長編小説「ミズキさんと帰宅」 33~奥手な男を変えるのも女の悦び~ | 「空虚ノスタルジア」

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「マスター、心遣いありがとうございます!」
「時間厳守だぞ」

笹島さんの計らいで中也君も休憩時間の間だけ私たちと食事することを許された。本当はリサの為にミズキさんが頼んでくれたのだが、2人には内緒だ。
正直、中也君と一緒なのは私にとってもありがたい。さっきのリサの言い方が気になって仕方なかったからだ。皆の間に一体何があるのか?私からそれに歩み寄ることを想像するとぶるぶると足が震えてしまう。

「早速ピザいいか?腹減っちゃって。あっ!乾杯、乾杯しよう!はい、カンパーイ!ん、ん、クーッ!酒だったら最高だけど仕事だからな、ジンジャエールで我慢だ。皆はどんどん飲んでくれよ、じゃねーと売り上げに響くからな」
「ちょっと!声大きい!仕事場なんだからわきまえないとマスターさんにまた怒鳴られるわよ」

普段通りの2人のやり取りに、さっきのことが思い過ごしである可能性の方に傾き、私は少しだけホッとした。そりゃ、甘い考えだとはわかってるけど今は忘れていたいのだ。

「じゃあ、売り上げに貢献しようかな。すみません!カシスオレンジ一つ!」
「さっすがミズキさん。マスターもアニキ的存在だけどミズキさんもアニキ的存在だな。アニキ、一人前の男になる方法を俺に教えてください」

変なお願いをする中也君と、すっかり乗せられてるミズキさんに対して…

「お酒は一杯だけって言ったでしょ!」
「中也!わけのわかんないこと言ってミズキさんを困らせないで!」

と、私とリサは怒りの声をあげ2人は「すみません」と項垂れるのだった。意気投合してるのは嬉しいが、中也君にあまり影響されないように後でミズキさんに言っておかなくちゃ。

それから私たちは黙々と食事を続けた…正確には黙々と食事する中也君を見続けていた。もう私とリサはお腹一杯だったし、さすがのミズキさんもロールパンを一口ずつちぎって頬張る程度だ。
とはいえ、ただ見続けていたわけではなくとある会話で盛り上がっていたのだが、その内容は…


「あらー、リサちゃん、久しぶりね。ミズキさんもいらっしゃい。主人の部屋が空いてますから遠慮なく泊まっていってくださいね」
「い、いえ。僕は帰りますから…」
泊まるという言葉に反応したらしくミズキさんの顔は熱を帯びているように一気に赤くなる。私は母を苦笑いするも裏では面白くて笑うのであった。

中也君以外のメンバーが私の家に来た理由はリサが、久々にナツミの家に泊まりたい、と言ったのが発端だった。すかさず中也君が「俺も泊めて。家まで帰るの面倒だし」と乗っかってきたがまさか私の家というわけにもいかず、ミズキさんが「じゃあ僕の家はどうだい?」と助け船を出したのだ。
私とリサでやめた方がいいと散々言ったがミズキさんは「誰かが泊まりにくるなんて滅多に無いからね」と、迷惑どころかむしろ楽しんでいる様子。
結局、11時にバイトが終わる中也君を待つために皆で私の家に来ることになったというわけである。

まあ、11時に終わってバイクで自宅に帰り次の日は大学じゃ面倒だと思う気持ちはわからなくもないが、一応中也君には「今日だけよ」とキツく言ってある。習慣化されたら困るし、ミズキさんは優しいから頼まれたら断れないだろう。なのでミズキさんの分まで私が言う必要があるのだ。

「寒かったでしょ?どうぞこのコーヒーで温まって。ケーキぐらい用意しとけばよかったわ、ごめんなさいね、たいしたものじゃないけどクッキーでも召し上がって」
「いえ、私こそ急に、泊まらせて、なんて言ってすみません」
「僕まで押しかけてしまい申し訳ありません。中也君が来たらすぐ帰りますので…」
「そんな遠慮なさらないで。普段はナツミと2人だからこうしてお客さんが来てくださると新鮮で楽しいわ。あっ!お風呂沸かしてくるわね」

「お構いなく」というリサの言葉も聞かずに母はさっさと風呂場に行ってしまった。全く、せっかちなんだから。まあ、それだけ来客が嬉しいのだろう。店で母に電話で伝えた時だって随分と舞い上がっていたし。
「お風呂、いいわね。私のとこユニットバスでしょ?狭くてゆっくり出来ないのよ。だから皆の後でゆっくり浸からせてもらうから、ナツミ、ミズキさんと先に入ってきなさいよ」
「そ、それはちょっとまだ早いんじゃないかな。はは」
「そうよ。リサまでミズキさんに変なこと言わないで」
リサは涼しい顔で「別に恋人同士なんだからいいじゃない」と言いつつも「まあ私も中也とまだ入ったことないんだけどね。アイツ、意外と奥手だからキスだって私がリードしたのよ」と首を振った。

もしここに姉が居れば「奥手な男を変えるのも女の悦びよ」などと熱弁を振るっていただろう。その手の話は耳にタコが出来るくらい聞かされてきた。

結局、私はリサと2人で一日の疲れを癒すことにした。リサは私とミズキさんの関係がどこまで進んでるのかを聞き、私はリサと中也君の関係がどこまで進んでるのかを聞いた。女同士となるとやはりそういう話になっちゃうものだ。

その間、ミズキさんは母とリビングに居たのだが、私に関してとても重大な話をしていることなど知らずに、私はリサとのんびり浴槽に浸かっていた…

(続く)



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