長編小説「ミズキさんと帰宅」 32~棘に含む感情~ | 「空虚ノスタルジア」

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‐5日後‐

「やあ、待たせてごめんね」
「ううん、私も今来たところ」

私とミズキさんは毎日、彼の仕事終わりに駅前で待ち合わせをして食事などしながら帰宅するという日々が続いた。私だけが切り離されたように感じていた駅前も今では溶け込んでいるような気分になる。とはいえ、なるべく人の少ない場所で待つのがやっとという状態だが、それでも私の中で起こる変化に心を躍らせているのは確かで、ミズキさんとなら何があっても乗り越えてゆけるような希望を胸に刻むのだった。

ミズキさんと一日中過ごしたあの日から、私はSNSで日記を書くのが日課となった。まあ、三日坊主で終わるかもしれないけど、そこでの繋がりを大事にしたい思いと、私の言葉で今日の出来事を留めておきたい思いがうまく重なったのだ。
彼氏が出来たという喜びを私は思い切って書いてみた。普段はコメントなど無いに等しいが、恋愛になると皆、それなりに興味があるらしく
「どんな人ですか?今度ツーショット写真見せてください」とか
「羨ましいです。クリスマスまでには私も彼氏欲しい」などといったコメントが寄せられた。
次の日にスイーツフェスティバルのことを書いたら、いつも通り無いに等しくなったが、唯一、以前初めて笹島さんの店を訪れた日記にコメントしてくれたジュリエッタさんだけは毎日書いてくれる。優しさと温かさに溢れた彼女のコメントを読む度に私の気分は熱を帯びるのだ。


「ミズキさん、彼女が友達の…」
「リサです。すみません、お2人のデートの邪魔をしちゃって…」
「いや、僕が頼んだんだから悪いのは僕の方さ。中也君の成長をどうしても見たくてね」


大学の方は相変わらずでリサと中也君は仲の良さを見せつけてくれるし、ハナと直実はそんな2人を「バカップル」などと言って苦笑いしてるし、明秀君は日替わりスイーツを持ってきてくれて、授業が終わると一緒に帰っている。
…だが、明秀君に対する皆の態度が少し冷たいようにも感じる。スイーツフェスティバルのときのリサの冷たい視線は私の思い過ごしではないのかもしれないが、直接訊く勇気もなく、あくまで何となくそう感じるだけなので少々歯がゆい思いを抱くのだった。もしかしたら今までもそうであって私が気付いていなかっただけなのかもしれない。どちらにせよ歯がゆさが消えて無くなるわけではないけど…


「それじゃ、行こうか」

間に会話を挟んだが、その内容通り、今日は私とミズキさん、リサという組み合わせである。昨日、リサから「中也が働いてるとこ見たいから一緒に行ってくれない?」と頼まれ、ミズキさんに事情を話して「明日は会えそうにない」と言ったところ「僕も一緒についてっちゃダメかなあ?中也君の働きぶりも見たいし、ナツミちゃんの友達にも会ってみたい」と意外な返事が返ってきた。

そういうわけで私たちはリサとミズキさんの自己紹介なんかを交えながら「SASA」に向かっているのである。
少し遠回りにはなるが工房の前を通らない別の道を歩いてると何故か向こうから竹井さんがやってきた。今日はミズキさんと一緒だからか、私たちの姿を確認すると軽く会釈して立ち尽くす。
「あれ?景子さん、こんなとこで何を?」
確かに周りにはコンビニも無くて、ビルや工場ばかりがここら一帯を占領し、工場からは機械音が虚しく響いている。
「ちょっと…用事で…私、まだ仕事ありますので…」
そそくさと去ってゆく北川さんの後ろ姿に目をやりながら私たちは「SASA」へと急いだ。なぜこんなとこにいたのか気にはなったものの、今日は今年一番の寒さでこんな寂しい場所に長く留まっていたくなかったのである。


「いらっしゃ…おお!リサ、来てくれたのか、ナツミちゃんにミズキさんまで」
心なしか、中也君のウエイター姿が板についてきたように感じた。たった5日ではさほど変化はないだろうなどと思っていたが、完全に私の間違いだったようだ。
「ああ、君が中也の彼女さんかい?マスターの笹島です。いつも中也をこき使わせてもらってるよ」
「中也がお世話になっています」
リサがいつもより大人びて見える澄ました表情で頭を下げると、笹島さんは「中也、いい彼女さんじゃないか!」と彼の肩を勢いよく抱いた。
「でしょ?とゆーわけで今日は俺も皆と同じ客ってことで…」
「働いているところちゃんと見てもらえ」
「ですよね~。じゃあこちらの席へどうぞ」

席に着くと私とミズキさんは顔を見合わせて笑い、リサは感慨深そうにまだ慣れない手つきで懸命に働く中也君を見守っていた。笹島さんだけでなく他の店員さんにも「中也」と呼ばれ「可愛い彼女にあのことバラすぞ」「勘弁してくださいよ~俺の秘蔵コレクション見せますから~」などというやり取りから、愛されていることがよくわかる。

…けど、秘蔵コレクションって何かしら?

「ナツミ、付き合ってくれてありがとうね、こういう店は一人じゃちょっとね」
「いいのよ、ここの料理美味しいし、毎日通いたいくらい。どうせならハナたちも来れればよかったのにね」
誘ってはみたもののそれぞれに用事があって来られなかったのだ。
「また機会があるさ。いいなあ、大学生活って。僕は高卒だからさ、憧れるなあ」
一杯だけと決めて深い青色のカクテルを飲みながらミズキさんが呟く。隣ではリサもカクテルを飲んでおり、その誘惑に負けそうになるがグッと堪えて私は烏龍茶を飲み干す。

「皆、忙しいんでしょ。仕方ないわよ」

薄く笑って言い放つリサの言葉に私は戸惑いを隠せなかった。どこか棘があるような言い方に感じたのだ。やはり私の知らない「何か」がある。そう思うと心と体が離れてしまったかのように、中也君が「お待たせしました~」とピザを運んできても、遠くで微かに聞こえる程度の声でしかないのだった…

(続く)


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