長編小説「ミズキさんと帰宅」 30~隠れ家に集いし者たち~ | 「空虚ノスタルジア」

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「いやー、さっきさ笹島のアニキにナツミちゃんの話したんだよ。そしたらさ、アニキも知ってるって言うからビックリしてよ、で、もしかしたら2人でここに来るんじゃね?とか予想してたら見事的中!俺の勘ってけっこう当たるんだよなぁ、うんうん」

私たちはテーブル席に着き、ただ黙って中也君の話を聞いていた。気分が乗ってくるのか段々と声が大きくなり、街頭演説でも聞かされているように思えてくる。

「それでさー!痛てっ!何だよ全く…」
拳で頭をガツンとされ中也君が振り返るとそこには笹島さんが鬼のような形相で腕を組んでいた。無論、最初から知っていた私はどのタイミングで気付くのかと内心ワクワクしていたのだが、吹き出しそうになっているミズキさんを見る限り、彼も楽しんでいたのだろう。
「あ、アニキ!いつからそこに突っ立ってたんすか?」
「最初からだ。言いたいことは山ほどあるが、まず、俺はお前のアニキになった覚えはねえぞ。ちゃんとマスターって呼べ」
「すみません。でも俺みたいな面接に一度も受かったことのない奴を即採用してくれたんで嬉しくなっちゃって…あっ!飲み物何にする?原価が安いやつはやめといた方がいいよ。俺の予想だと原価が高いのは…ひゃっ!」

笹島さんに首根っこを掴まれ中也君はスタッフルームまで連れていかれた…あんな調子で大丈夫なのかしら?こっちが心配になってくる。
「見苦しいとこ見せたな、まあ色々と教育が必要だけどああいう奴は嫌いじゃないし、ウチの店をもっと盛り上げるためにあいつが必要な気がしてさ採用したんだ」
「根はいい人なんでお願いします」と、私は頭を下げた。
「はは。任せときなって」

力強く頷き笹島さんは厨房の方へと戻っていった。中也君が今日から働いていることをリサにメールしてみようと思ったが、中也君から言わないように頼まれていたのを思い出した。さっき彼が口にした「面接に一度も受かったことがない」という言葉、きっとそれが私に口止めした理由なのだろう。リサはそんなことで馬鹿にしたりするような子ではないけど、彼のプライドが許さないのだ。私にだってそれなりにプライドというものはあるつもりだから、気持ちは何となくわかる。

開店直後ということでまだ他に客はおらず、あと僅かで終わるはずの貸し切り状態に私はニンマリと笑みが零れ、笹島さんが運んできた烏龍茶で私たちは乾杯した。ミズキさんは前回ここで食事した際、飲みすぎて次の日二日酔いになったらしくしばらくお酒は控えるそうだ。

「わかるな~」ミズキさんは私に目を向けてはいるもののどこか独り言のように吐きながら何度も頷く、
「何が?」
「ああ、ごめん。いや、アイツが中也君を採用したことだよ。色々と教育は必要だけど彼の目って真っ直ぐでキラキラしてるんだよね。そう思わない?」
「まあ…そうね」

正直、そんな風に思ったことはないのだが、リサも、中也の目が好き、って言ってたっけ?ミズキさんは姉を好きになった理由に対しても目を挙げていた。私の目はどんな風に映っているのだろう?聞いてみたいけど口に出すのは怖くて尻込みしてしまう。聞かない方がいい、と自分を誤魔化しながら私はミズキさんの話を笑って聞いていた。


それなりに客席が埋まってきたころ、私たちはペスカトーレ、シーザーサラダ、焼きカレードリア、そしてたっぷり野菜のピザに舌鼓を打っていた。どれもボリュームがあるけど、ミズキさんとならペロリと平らげてしまうだろう。
「烏龍茶、お待たせしました~」と、やってきたのはさっきスタッフルームに連れていかれた中也君。
「ありがとう。ねえ、あの部屋で何してたの?」
「ああ、チーフの人に色々叩き込まれてたんだ。言葉遣いがなってないとかで、こっぴどく叱られたんだけど、厳しさって愛だよな。俺、ここの人にすげー気に入られてるみたいだ。いやー俺ってどこへ行っても愛されるんだよなー」
「はは。確かにそうかもね。笹島も君に期待してるみたいだよ」
「やっぱり?俺もそうじゃないかと思って…あっ!いらっしゃいませ!何名様ですか?」

思わず「ふふ」と笑みが零れる。中也君、けっこう頑張ってるじゃない、私も負けずに頑張らないとね。将来についてとか真剣に考えなきゃ、のんびりしちゃいられない…

「どうぞ、こちらです」
中也君が客を案内したのは私たちの隣の席だった。気が付けば他の席はすべて埋まっていて店はかなりの盛り上がりをみせている。オープンしてさほど経っていないし、場所もわかり辛いのに「Diningbar SASA」は既に隠れ家ではなくなってしまっているのかもしれない。嬉しいような、そうじゃないような、複雑な気分だ。
「あら?あなたたちも来てたの?」
パーティ帰りのようなワインレッドの光沢がある女性が私たちを見るなり嬉しそうな声を上げた。
「あ、杏里さん!」

見上げるとそこには眩しい輝きを放つイヤリングを付け、美容院できっちりセットしてもらったような髪型の小林杏里さん…ミズキさんのお店の店員さんがスーツ姿の男性と腕を組み微笑んでいた。
あまりの変貌ぶりのせいか、ミズキさんも目を丸くして驚いていた…風に見えたのだが、その驚きが本当に意味するものなど、今の私にはわかるわけもなかった…

(続く)


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