長編小説「ミズキさんと帰宅」 29~中也の面接~ | 「空虚ノスタルジア」

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「ナツミちゃん、無理しなくていいんだよ。やめとこうか?」
「いえ、初めてだけどミズキさんとなら平気…うん、覚悟は出来てる」
「…わかった。もし途中で無理だと思ったらちゃんと言うんだよ。別に経験しなきゃいけないってもんでもないんだから」
「ううん、私、経験したいの。誰でもないミズキさんと2人で」


…少々、性的な印象を受ける会話に聞こえたかもしれないが、それは間違いである。

あれから私たちは外に出て駅の近くにある商店街で雑貨を見たり、CDショップで一緒に新譜を視聴したり、衣料店でミズキさんに似合いそうな服を探したり、日曜の午後ということでそれなりに混みあってはいるが、ずっと手を引っ張ってくれる彼のおかげで充実した時間を過ごせた。

そして「一休みしよう」と私が指を指したのが駅前の若い子で溢れ返っているカフェで、順番待ちをしているときの会話が冒頭のものである。
確かにミズキさんの言う通り、若い子に囲まれてカフェで珈琲を飲むなど別に経験しなきゃいけないというものではない。
けれど、ミズキさんと2人ならこれまで避け続けてきたことでさえ素敵な景色に見える気がして、ここにもそんな期待を抱きながら入ったのだ。

やたら長ったらしい名前がズラッと並ぶ中、私は無難にホットココアを、ミズキさんはチョコレートを溶かして飲むというチョコなんとかかんとかコーヒーを頼んだ。店内はBGMを掻き消す程に騒々しくて360°どの方向からも様々な声が飛び交っている。飛び交い過ぎてそれぞれが何の話をしているのかわからないくらいに。

ドリンクを置いたトレーを持って座る場所を探していると「ナツミちゃん!」と聞き覚えのある声が騒々しさの中で彼の言葉だけを掬い上げるように響いた。
「ちゅ、中也君!?」
奥の方で手を振って見せたのはいつもに比べて服装はやや地味で落ち着いた雰囲気ではあるが紛れも無く中也君だった。彼の隣が空いていたので私は「大学の友達なの」とミズキさんに説明しながら座る。
「あっ!ナツミちゃんの彼氏ってもしかしてこの人?ども!初めまして。大学の友達で中也って言います。ナツミちゃんとは本当にただの友達、略してタダトモなんで心配しなくていいっすよ。俺も彼女いますから」

…タダトモって携帯のCMじゃないんだから、全く。どんな格好でも中也君はやっぱり中也君ね。

「初めまして。瀬田瑞樹です。ミズキって呼んでください。ナツミちゃんの友達…今の若い子はタダトモって言うのかい?タダトモに会えて嬉しいよ」
「言わないから。でも中也君、どうしてこんなとこに?リサは一緒じゃないの?」
「俺、これからバイトの面接なんだ、この近くの店。まだ時間あるしそれまでここで過ごそうと思って。リサには受かってから言おうと思ってんだ。事情があってね。ってか、ナツミちゃんこそ何でここにいるんだよ?こんな何も無いとこデートで来る場所じゃないだろ?」
「何も無くて悪かったわね。ここは私の地元よ」
悪気がないのはわかっていても、少々カチンときた私は思いっきり睨みつけてやった。
「あっ!そ、そうなの!?いやー、いい所だよね、のどかで。ほら、最近芸能人が散歩する番組流行ってんじゃん?もしかしてここにも2、3人くらい芸能人が来た事…」
「ないけど」
「まあまあナツミちゃん、ここの近くの店でバイトするようになったら中也君もこの街の良さがわかるはずさ、あんまりイジめちゃ可哀想だよ」
いつもと何ら変わらない穏やかな声で微笑むとミズキさんは「ちょっとトイレ」と席を立った。

「…ナツミちゃん、本気で怒ってる?」
噴き出す汗を紙ナプキンで拭いながら中也君は恐る恐る言った。
「まさか、冗談よ。確かに何も無いとこだもの」
「よかったぁ。ナツミちゃんって意外とSなんだな。俺はMだけどベッドん中限定だから、さっきみたいなのは勘弁してくれよ」

聞きたくなかった情報に苦笑いを浮かべながら私は姉の事を思い出した。昨日中也君は姉に会っているのだ、私はミズキさんの前で絶対に姉の話をしないように頼み込む。慣れてきたのか感覚が麻痺しているのか騒々しさなどいつしか気にも留めぬようになっている。

「何かワケありそうだな。別に言わねーよ、リサにもさ[鼻の下伸ばし過ぎ]って怒られちゃって…あの人のことは忘れるよ、それに俺みたいなケツの青いガキなんか相手にされないってわかってるし…ま、とにかくそれは心配すんな」
「うん、ありがとう」
「しっかし、ナツミちゃんも変わったな。良い意味で。前は俺が話を振っても素っ気ないし、さっきみたいに怒ったフリすることもなかった。恋のチカラって奴か?」

ぶっきらぼうな言い方だが、優しさが滲み出ているように思えた。確かにチャラチャラしてて、いい加減なとこがある中也君とは面と向かって深く話したことなんてなかった。中也君からすれば私が避けてるようにも見えてたかもしれない。

「まあ、そんなとこかな」
「そっか。よかったじゃん!いい人そうだしさ。さて、俺はそろそろ知らない人に媚び売ってきますかね」
中也君にとって面接ってそういう感覚なの?と、突っ込む間もなく彼は「何かあったら相談乗るから、ベッドん中で」などと言い残して去っていった。もしかしたら私たちに気を遣ってくれたのかもしれない。

「やあ、待たせたね。トイレが混んでて…って中也君は?」
「もう行っちゃった」

もっと話したかったんだけどな…と、残念がるミズキさんを尻目に私はまだ暖かいココアで、窓からもうすぐ赤く染まるであろう空を感慨深く見つめていた。


静寂な暗闇を手を繋ぎ、導かれるように歩く。一旦、家に戻ってもよかったのだが、私もミズキさんもそれを口にすることなく、私たちは笹島さんの店が開くまで街をぶらぶらしていた。人込みも電飾際立つ看板も電気屋の上にそびえたつ大型の液晶ビジョンさえも愛せそうな気がして、そんな自分が不思議だ。

「お腹空いたな、今日はたらふく食べるぞぉ~」
「私も」

2人で笑いながら笹島さんの店の扉を開けると「いらっしゃ、おお!ミズキか!ナツミちゃんも一緒なんだな」

「!」
「!」

私たちは入るなり言葉を失った。もちろん笹島さんに驚いたわけではない。笹島さんの隣で「いらっしゃいませ~」と威勢よく出迎えてくれた人に驚いたのだ。

「な、なんで?」
「いやー、面接受けたら即採用されちゃってさ、早速今日から働くことにしたんだ。どう?この格好似合ってる?」

状況がイマイチ呑み込めていない私たちとは対照的にウエイター姿の中也君は笹島さんと肩を並べて人懐っこくニコニコ笑うのだった…

(続く)



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