【自分が好き】っていうと、「自惚れてる」とか「自分に甘い」とか言われがちな今日この頃。「謙譲の美徳」の文化があるからでしょうか。そういえば、学校とか仕事とか、家庭でも褒められることより注意されたり叱られたりすることが多いような気がする。「甘やかしてつけあがらないように」って思うんでしょうか。

いつも「だめだめ」って言われてたら、どんな人でも「だめなのかなあ」って思っちゃうよね。自分が【これはいい!】と思っていても、誰もそう言ってくれないと悲しいし、不安になるし、やがて【実はよくないのかなあ】と思っちゃったりするよね。その辺ってやっぱり人って弱い。

でも、もし逆だったらどうかな。いつも「いいねーいいねー」って言われていたとしたら、きっと嬉しいし、自信になるし、【自分ってやっぱりいいんだ】って思うんじゃないかなあ。アメリカの子供の教育ってそんなところがあるみたい。「褒めて育てる」ってこと。

どちらも極端かもしれないけど、つまるところ、どっちが正しいなんていえないってこと。だったら、自分が【いい】と思ったことは【いい】んじゃないかな。少なくとも自分にとってね。そして、そんな【いい】ことを思う自分はやっぱり【素敵】。【自分が好き】でいいんだよ。「自分に甘い」って言われたっていいじゃん。今生きてるってことは、【自分が大切】ってことなんだから。
あるとき、自分自身に何らかの【違和感】を覚えるときってありませんか?うまく言葉にはできないんだけど、自分が自分でないような、本意でないことをしているような、そんな感覚。だから何が自分なのか、何か本意なのかも分からなくて、悶々とする気持ち。実はそれはとても大事な【こころのシグナル】だと思います。

こころの中にいろんなものを溜め込んでいるのでしょう。殻を厚くしていて、表には出ないから余計に溜まっている。行き場のない思いはこころの中で絡みあってごちゃごちゃになってたりして。表ではまた違う自分がいて、それは心地いい反面、内面とはすごくギャップがあったりする。【何か違うな】というのは、そんなギャップから来ているのかもね。でも外の自分は自分で過ごしやすいところもあるし、中の自分はこんがらがっていてどれがどうだか分からない。そんな状態なんじゃないかなと思います。

【あなたは変わらないと】というのは正確な表現ではありません。人はそんなに変わることはできません。【そもそもの自分に戻していく】、そんな感じだと思います。それも180度全てを変えることなんて必要ない。今の自分は今まで生きていくうえで必要としてきた、それもまた大事な自分。それを全て否定したら自分が寂しいよね。

要は【違和感】のあるところが何なのかを自分で見つめて理解して、少しずつ【今まで隠していたけど、本当は外に出したい自分】を場所、時、相手に応じて出していくということ。小出しでいいんだと思います。出せない一番の理由は、【出したときに心地よさがないかもしれない】という恐れ。逆に言うと、もし小出しに出してみて、それが心地よければ自然ともっと出していきたいと思うようになる。だって人は気持ちのいいことしかできないのだもの。

少しずつ、ゆっくりと。一人でするのが怖ければ誰かといっしょに。風邪を引いてのどや鼻に【違和感】があると辛いよね。こころだっていっしょだよ。
先日、あるベンチャー企業の社長とご飯を食べていました。いろんな話をしたのですが、その中で盛り上がったのが「人材育成」の話。「自分の思うように人が育っていかないんだ。」とのこと。

もう少し話を聞いてみると、こんな感じ:
①言ったことをやらない
②「学ぶ」とは「まねぶ=まねる」なのに、自分を真似ようという姿勢がない
③怒っても黙ってしまう。ちゃんと話さない。
④同じ失敗するなら思い切ってやれと言っているけど、そこまでやらない
⑤等々

僕が言ったのは一言:「それって【やらない】じゃなくて、【やりたくない】んじゃないですか?何で【やりたくないのか】を明らかにしないと【やらない】でしょうね。」

「そっかー、それって考えたこともなかったな」と社長。

実際はもっといろんな問題があるんでしょうが、シンプルに考えるとそんなこと。「そんな社員はクビにすればいい」っていう意見もあるけど、人材採用自体が大変なベンチャー企業にとっては今の社員は貴重な人材。だったらモチベーションを上げていくことをまずは考えたほうが結果としてうまくいく。

「ビジョン」「適材適所」「チーム」。組織の大小に関わらずこれらってやっぱり大事と感じた1日でした。

いつの頃からか、ネクタイとかシャツを使い分けています。


<ネクタイ>

・話を盛り上げたいとき、相手にいっぱい話してもらいたいとき:赤

・楽しい雰囲気にしたいとき:黄

・真面目な話をしたいとき、冷静な分析を相手にするとき:青


<シャツ>

・固めの人に会うとき、初めて会って信頼されたいとき:白

・優しさを強調したいとき、暖かい雰囲気を出したいとき:ピンク

・ちょっと「切れ者」っぽく見せたいとき:青


すごく真面目でご年配の方と会うときは白シャツに青のレジメンなんぞしたりします。カウンセリングの時はピンクや赤を見につけたりして。大事なときにつけるのは「朱赤」のネクタイかな。


半分は自己満足と気分かもしれないけど、ステキな人と会えたりいい関係を築けたりできるのは「いろ」のおかげもあるのかなと思ったりしています(能天気?)。色って奥が深い。


「カラーセラピー」ってありますよね。もう少し勉強してみようかなと思う今日この頃です。

ひとりごとなんですが。。
ちょっと仕事で結構なアクシデントが勃発しました。
自分で対応しようかどうか迷ったのですが、同じチームの後輩に仕切ってもらうことにしました。
そもそもこのプロジェクトはその後輩が取ってきたもの。
まだこの仕事の経験は少なくて、独り立ちさせていいものかどうか考えましたが、いい機会かなと。
自分が取ってきた仕事だから思い入れはきっとあるでしょう。追い込まれるほどに真剣に考えて行動をするはず。
心から起こす行動は相手にも伝わり、アクシデントのときの行動ほど相手の信頼につながっていくと思っています。「言霊」っていう言葉があるとおり。
上の意見を待っていてはアクシデントの場合は命取りになる。自分が当事者となって悩んでこそ、考えてこそ、ゴールを達成できる。
もちろん丸投げで見放すわけではない。報告は今まで以上に細かくしろ、相談にはいつでも乗って私自身の「意見」を言うと伝えました。何かあったときの責任は私が取るつもりです。
きっといらいらするのでしょう。口を挟みたくなるのでしょう。でも、最後の最後まで我慢しようと自分に誓いました。
これをきっかけに一皮向けてくれるといいなあ。

調子がよくなったと思ったらまた落ちる。治ったと思ったら悪くなる。その繰り返し。自分は同じところを【いったりきたり】しているんじゃないか、そんなことを考えちゃう。


私達が普段生活をしているときにはどうしても気分のバイオリズムがあります。同じことをしていても楽しいときと憂鬱なときがあるよね。逆に言えば、気分なんて変わるもの。だって今日あることは昨日あることとは違うのだもの。ってことは、明日あることは今日とは違うこと?明日は違うバイオリズムかもしれないね。明日のことは誰にも分からないけど、今日とは明らかに違うんだ。


【こころの殻】だって本来は呼吸する。殻が厚くなったり薄くなったり。感情の起伏が大きいときは、殻が薄くなってるとき。それだけ自分からも気持ちを外に出しているし、感情を生み出す出来事を中に入れている。だから感情が揺れ動くことは悪いことなんかじゃない。


大切なのは【良くなった】と一瞬でも自分が感じること。前に進んでいるってことなんだから。一度前に進んでいたら、元に戻っていても目印の足跡がついてるよ。

先ほどまで、昔の会社の先輩とご飯を食べていました。最近、その人とは心の会話をすることが多い。その人は、一見、人当たりが良くて、社交的。でも自分は実は内向的で人見知り。そのギャップの中で苦しんで、ある人に相談して、【自分らしく生きること】に気づいた。その瞬間にすごく自分が楽になった。そんな話を聞いてから、その人とは心の会話をすることが多くなったように思います。


共通した思いは、【自分のあるがままをあるがままに認めること】がすごく大変だし、勇気がいること。ネガティブな自分も受け止めるということだからね。でも、一度それを認めてしまうと、自分がすごく楽になって、いろんなことが変わってくる。 そして、一度そう思うと、言葉に出せないことがいっぱいでてくる。【感情】って言葉には表現できない。でも感じることはできるんだよね、ということを延々話していました。


日常では【理屈】や【理性】が先走っていて、【感情】や【感覚】がよくないものとしてとられがち。でも、自分も他人も結局は【感じる】ことで付き合いが深くなっていく。 私がカウンセリングをしていて、よく聞かれるのが「どうやってその人のことを理解して、受け止めているんですか?」ということ。実はうまくいえません。【感じる】ことがほとんどだから。それはテクニックや理論とはちょっと違うところにある。それを言うと理解されないことが多いのだけれど、それ以外に言いようがない。


人は基本的には自分中心にしか物事は考えられない。自分のしたいことしかできない。それは理屈じゃないなと思います。【したい】ことに理由はなかったりするから。だから、私のカウンセリングは【したいこと探しの旅】を感性のぶつかりあいの中でいっしょに歩んでいくことなんだなと思います。


ちょっとまとまりがないかもしれません。ごめんなさい。感性のまま書いてみました。

自分の長所と短所とは表裏一体っていいますよね。それって、あなたのことを見る人の見方が千差万別だということ。でも、それじゃあどっちがどうなのか分からないよね。だから、「一般的な常識」とか「多数派の意見」とかがついつい自分の長所や短所を決める尺度になっちゃったりする。

【自分の好きなところ】があるとしたら、きっとそれは少なくとも【自分にとって】ステキなところ。自分ひとりでもそう思うのならそれでいいんじゃないかな。正確には、自分ひとりじゃない。そんなところを【ステキなところ】と思ってくれる人は必ずいる。だってものの見方は千差万別なんだもの。

【自分の好きなところ】を大事にして、もっと好きになろうと思ったとき、きっとあなた全体がもっとステキになる。そんな甘くていいの?もっと短所を直そうとすべきなんじゃないの?いやいや、だって短所だって裏を返せばあなたの長所なんですよ。短所を直すことはあなたの大事な長所の一つを犠牲にしちゃう。それって実はもったいないこと。

「私には長所がありません、短所ばかり」という人。それって、見方を変えると長所がいっぱいあるってことだよね。

要はものの見方。四角いと思ったものが横から見ると丸かったり、短いと思ったものが意外と長かったり。短所を直すのは大変、長所を伸ばすのも一苦労。でも、長所を伸ばすほうがきっとうまくいったときに気持ちいいよ。
ジョー・タイ, 桜田 直美
天使になった男

事業に失敗して崖から飛び降りようとした男(ポール)の前に、ある男(レイフ)が現れる。レイフは不思議な力を持っていて、死のうと思ったきっかけのところまで時間を戻していく。レイフはいろんな前向きの考え方を示していきていき、ポールに考えさせる。そしてー。

「同じ出来事でも、考え方によって起こせる行動は変わってくる。」ということを、分かりやすいいくつかのキーワードで表現している本。そう、ベストセラーとなった「グッドラック」にタイプとしては似ているかな。「恐怖に打ち勝つにはどう考えるか」「目標に向かってどう進むか」という、自分に照らし合わせやすいトピックだから、なんだか読んでいると「そっかー」という気持ちになってきますよ。

かわいい「しおり」が入っていますよ。これは買ってからのお楽しみ。是非是非。

最近始めたエキストラのお手伝い。最近のCMって、素人モデルを使うことが多いんだそう。

その他大勢なので、写ってるのかどうかなんて分かりませんが、また普段と違う環境で結構楽しい。どこでどうカウンセリングの機会があるかわかんないと思って手伝ってるのですが、くせになりそう。

もし目立って写るようなことがあったら、お知らせしますね。