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Toshiさんがリブログしてくださいました。
拡散ありがとうございました
私のブログに前々からよく遊びに来てくれるブロガーさんは私が母が亡くなった2年前から村上有機農場の村上さんの農作業のお手伝いをさせていただいてるのをご存知だと思います。
昨日の記事にも初めて畑に来た時のこと、去年のことが書いてます。
ぜひ見てみてください。
前々から有機の畑をやりたいけど、自分では無理だけど、関わりたいなーと思ってた。
何かあった時、手を差し伸べてくれる人が居てくれたらいいなーと思ってた。
そしたらそのようになって、温かい仲間や心地よい居場所がこの歳になって出来ました。
村上さんもここに集まるみんなも大好き。
本当に居心地のよい場所です。
私が居なくなってもこの仲間の繋がりは変わらないだろうし、
私がどこかに行ってしまって、たまに戻ってきても温かく迎えてくれるだろうし、きっと繋がりはなくならない。
みんな、そーゆー人たち。
でも、
私はここから離れたくない!この場所やみんなとの繋がりを失いたくない!と思ってません。
ここに居てもいいし、居られなくなってもいいと思ってます
「こうじゃなきゃ」「これはこう」という自分の思い込み、固定観念も執着です。
それが多ければ多いほど選択肢はなくなります。
あげく、そこから外れる出来事や外れる人に対してムカついたり、許せなかったり、受け入れられなかったり、認められなかったりと、人や出来事を裁き、抵抗だらけになり、自分自身がさらに苦しくなります。
執着が少なければ少ないほどこーゆーことも少なく、生きるのもラクになりますよね。
昔の私はいろんなモノ、出来事、人に執着してました。
思い込みや固定観念もたくさんありました。
今は、モノ、お金、人、思い込み、どんどん執着を手放して、かなりなくなりました。
そしたら何が起こっても、怖くなくなった。
今は、家賃未払いの電気やガスが止まった家にひとり取り残されて、オットがとんずらしても「ま、いっかー」と思える私になりました
私は別のどこかに行っても今のような温かいステキな繋がりが新たにできると思ってるし、
あちこちにそんな居場所や繋がりがあると愉しいし、しあわせ広がるよね〜って思う。
だからこそ、温かいこの居場所にすらも執着がないんです
今は、いつまで居られるかわからないから、居られるうちは大好きなみんなに会いに行こうって思ってます
執着ってね、あってもいいんです。
そこにまだ執着したい何かがあるから。
手放せるまではしんどいですよね。
気付き、そこから学んでゆけるとそれと比例してカサブタという執着が少しづつ剥がれてゆく。
もう腹いっぱい!ってなったらカサブタがするりとはがれるようにカンタンに手放せます。
私もたくさんの執着が手放せるようになるまで本当にしんどかったです。
まだカケラはあってそれがたまにチクリと刺してくる🐝𓂃𓈒𓏸︎︎︎︎🐝
その経験をしてきたからこそ、
「執着はあっていい。でも、どっちかというとない方がラクだよね。だからって無理にどうのこうのしなくてもいいよ」と言えます
こちらもご参考に。
安心安全なはじめてセット
坂ノ途中さん
ビオマルシェ
秋川農園
大地を守る会