あらやす日(本)誌 -91ページ目

日経平均とNYダウが逆相関~割安日本株の自主性発揮か?

円安基調ということもあってか?
最近、NYダウと日経平均の相関が崩れている。

いつもならばダウが上がれが日経も上がり、
ダウが下がれば日経も下がるのだが、
最近はこの連動が崩れている。

早くて年内遅くても来年早々、最悪でも来年8月には、
民主党政権が退場することが100%決定的なので、
それを織り込んだ民主党退場祝宴相場になってくるかもしれない。

民主党政権下での自主性のない低調な相場が終わるのだろう。

★日本株価はバブル以降最悪~3年間も低迷継続

日経平均1万円超えへの水準調整も早いのではないだろうか。

また、
アメリカ大統領選挙の年は株価が強いというジンクツもあって、
大相場になる可能性も感じる。








原発事故:未だに詳細な放射能汚染地図がない~過ちを是正するには?

昨年の福島第一原発事故から1年半以上が過ぎた。

しかし、
未だに政府も地方自治体、公的団体、民間団体も、
福島とその周辺地域における詳細な放射能汚染地図を作成していない。

詳細な放射能汚染地図とは、
小さなホットスポットもわかる地図のことだ。

小さな農地の中でも汚染度は場所によって異なっているので、
粗いピンポイントの検査では汚染度の全容は見えない。

たとえば、水路の近くの農地は汚染されているが、
水路から遠くに離れるほど汚染度が低くなる場合、
水路から遠くでは汚染度が低いので、
そこで検査をすればそこの農地一帯が安全だと判定されてしまう過ちが起きる。

政府等の農産物検査はこの過ちが起きていると思われる。

統計学や生産管理の品質管理において、
良品なのに不良品にしてしまう誤りを「第一種の誤り(過誤)」といい、
逆に不良品なのに良品にしてしまう誤りを「第二種の誤り」と言うが、
農作物の放射能検査等では両方の誤りが起きていると思われる。

これは国民の生命にかかわる由々しき問題だ。

住宅地の評価においても、
同じような過ちで起きかねない。

これは国民の財産にかかわる由々しき問題だ。


【蛇足】
・第一種過誤(偽陽性): 受諾(受理)されるべき「真」を拒絶(却下)する過誤。例えば、無実の人物を有罪にすること。警察の誤認逮捕もまさしく第一種の過ちだ。

・第二種過誤(偽陰性): 拒絶(却下)されるべき「偽」を受諾(受理)する過誤。例えば、真犯人を無罪にすること。


過ちを起こさないためには、
客観的に多くの「事実」を集めて検証するしかない。

チェルノブイリ原発事故では汚染の全容が調査されて公表されるまでに、
2~3年かかったようだが日本では…。

事実を知ることで、
さまざまな不都合も出てくるのだろう、
と誰もが思っているだろう。

しかし、
真実を知ることは、
人間の尊厳、人権尊重のためにも必須のことだ。





世界的な富の分散化~富の分配は成功している?

21世紀に入って約10年間で世界が作る富(名目GDP換算)は2倍以上になった。

経済産業省の発行する「通商白書(2011年)」「中小企業白書(2012年:69P)」によると、

2000年:約30兆ドル
    ↓
2011年:約70兆ドル

と世界の富=名目GDPは大きく拡大している。

1990年代、日本は世界の名目GDPの約15%を占めていたが、
今や9%を割っている。

日本などの先進国諸国の名目GDPの伸び率は低いものの、
それでも日本以外の先進諸国は日本以上に伸びている。

世界の富の増加分の多くは主に新興諸国の発展によるものだ。

大きく伸びている新興諸国の増加分のうち、
中国は2割以上を占めるが、
他の約8割はインド、ロシア、ブラジル、韓国などの新興諸国の伸びだ。

この増加傾向は、
今後も継続してゆくものと思われる。

富が一部の国に集中せずに多くの国々に分散化することは、
貧富の差が世界的な規模で縮小しているともいえ、
全世界的な見地から見れば喜ばしいことだ。

こうした新興国の発展は欧米や日本等の先進諸国の資本投下によってもたらされており、
国際的な金融資本が新興諸国の富の多くを支配している可能性もある。

世界の富の2割近くがケイマン諸島などの非課税地域に逃げ込んでいるという実態もある。

こうした非課税の富は、
日本の名目GDPの2倍以上=アメリカの名目GDPに匹敵する数字だ。

非課税の富は主に欧米の先進諸国の特権層が独占する富だろうが、
税金として徴収できず国民に対する所得分配に支障をきたしている。

この非課税の富を容認している思想は、
新自由主義=特権階層の保護主義だろう。

欧米などの先進諸国はこの非課税の自由な富で流動性を高めて、
新興諸国に投資を行なって日本以上のパフォーマンスを上げているのだろう。

日本には日本のモラルがあり、
日本が生み出す富の多くは課税されて、
非課税地域へ逃げ出す富は少ないかもしれない。

日本は世界一の債権国であり、
海外の債権を有効に回収するための追加的な投資も含めて、
今後も海外への投資は必要だ。

個人的な観測では、
日本は戦後賠償的な気持ちをもって、
中国と韓国の経済発展に大きく寄与したと思うが、
今後は対等なおつきあいをしてゆくべきだろう。

伸びている市場は中国だけでなく、
日本は中国の市場だけに特化する必要はまったくない。

他にも多くの新興国の市場が伸びており、
こうした国を日本は支援してさらに市場を拡大させ、
そうした市場の中で日本は活路を見出してゆくことになるのだろう。




日本株価はバブル以降最悪~3年間も低迷継続

民主党が与党になった2009年後半から今に至るまで約3年。
この期間、日本の株価は低迷を続けている。

これほど長期にわたって低迷したことはバブル崩壊以降初めてのことだ。

あらやす日(本)誌~内なるアメーバを探して

上記の日経平均チャートを見ると、
民主党政権になった2009年10月ごろから3年間、
11339円~8160円の間を行ったり来たり。

ここまで低迷したことは、
戦後の日経平均チャート(下記はバブル崩壊以降のチャート)の歴史の中でも、
非常にめずらしい…初めてか?

あらやす日(本)誌~内なるアメーバを探して


これに対しては、
ドイツの株価(下記チャート)は…
サブプライム&リーマンショック前の水準にほぼ戻っている。

あらやす日(本)誌~内なるアメーバを探して

アメリカの株価(下記)も…
サブプライム&リーマンショック前の水準にほぼ戻っている。

あらやす日(本)誌~内なるアメーバを探して

ドイツとアメリカの株価は、
日本の日経平均でいえば16000~17000円くらいの水準だ。

なぜ、
日本はここまで低迷しているのか?

昨年の大震災の影響も大きいだろうが…
ドイツもアメリカも2009年後半から回復基調にあるので、
与党である民主党政権の経済政策と企業経営者の失敗だと考えるのが妥当だ。

今年2012の政府の増税路線や日中問題はさらに株価低迷に追い打ちをかけている。

さて、
どうしたらドイツやアメリカ並みの経済回復ができるのか?

政府の経済政策の一般的な定石は、
金融政策(為替の安定=円安政策、金融緩和)と財政政策(公共事業等)、
デフレ脱却政策=インフレ政策などだが…
民主党の方針は「不作為=何もしない」に等しい感じに見える。


【蛇足】
最近、やっと重い腰をあげて政府も日銀もインフレ目標を掲げて金融緩和をやりだしているが、傍目で見ていると嫌々仕方ないから行ったというような感じで気迫が国際金融の世論に伝わっていないようだ。
不言実行のつもりかもしれないが明確に政府・日銀は金融ポリシーを説明し主張してアナウンス効果を発揮させないと損だ。実行と同じレベルで、政策ポリシーをきちんと説明することは非常に大事なことでその効果は実行レベルの成果をさらに効果的なものにしてくれる。


総選挙ができない日本~争点ぼかしで成り行きまかせ

フツーの国だったら衆議院解散で総選挙をしているところだろう。

「増税」と「原発」という、
めったにない大きな争点が二つもあるのになぜいまだに選挙をしないのか?

なぜなら、
野党・自民党も弱腰で、
マスゴミはこぞって与党・民主党の御用聞きになり、
世論を喚起して大きな争点にしないように仕向けているからだろう。

9月選挙、11月選挙のうわさだけ出て、
選挙の話はオオカミ少年レベルのたわごとに聞こえる。

日本の支配的権力層は、
民意に配慮せずに増税と原発を維持・推進しようとしている。

もちろん、
それはそれで間違った選択とは完全に言い切れないが、
その決定プロセスは不正であり(=適正な民主主義的手続きでない)、
大きな過ちがある。

民意に基づく適正なルールで決めなければ、
いかなる決定も「不正」なものとなる。

憲法改正についても、
議論なくして最初から否定する朝日新聞等の姿勢は、
到底、適正な方法とはいえない。


















祝!ノーベル賞授賞~山中伸弥教授に見る日本的リーダーシップ

京都大学iPS細胞研究所所長・教授の山中伸弥氏が「成熟細胞が初期化され多能性をもつことの発見」により2012年のノーベル医学生理学賞を受賞した。

山中教授は授賞会見で、
「メンバーのひとりひとりがすごいの一言に尽きる…メンバーに恵まれてラッキーだった」
と言って多くの先輩や後輩の研究スタッフの名前を連ね、
多くの人々の業績の集大成として研究が成功したことを話した。

研究成果が過去の他者の研究と連携し、
また、チームによる組織的なものであることをその言葉は物語り、
手柄を決して一人占めしない、その謙虚な姿勢は日本的なリーダーシップだと言える。

また、
iPS細胞の特許を一企業に一人占めされないように、
京都大学という公的機関の特許にしている。
ここにも山中教授の公共性を重視した配慮が見える。

山中教授の父親はミシンを作る町工場の経営者だったので、
経営者としての父親の苦労を身近で見ていたと思う。
そして、
公器としての「経営」を肌身で実感していたのではないかと思う。

アメリカでの研究者生活をやめて日本に戻った山中氏が最初に入った研究施設は、
アメリカでの研究室とは異なり、実験用のマウスの管理まで研究者が行わなければならず、
研究に専念できなかったらしい。

研究は一人ですべての作業を行なうわけではなく、
多くのスタッフの協働作業なのだ。
たぶん、
氏はマウスの管理担当者にも感謝の気持ちを忘れていないと思う。

また、
氏はプレゼンではユーモアを忘れず、
レーザーポインターの使い方等の細かい配慮もしているという。
研究資金を得るためにプレゼンは重要な技術なのだ。
プレゼンのこだわりで有名なアップルの故スティーブ・ジョブズ氏もそうだった。

山中教授は組織マネジメント、技術経営(MOT)等の経営マネジメントを理解していると思う。

そうした総合的な力が研究を成功に導いたのではないだろうか。


【蛇足】
iPS細胞の研究は、韓国のソウル大学教授の論文ねつ造事件で一時窮地(研究中止等)に陥ったことがあるらしい。

フツーの国になれるか?~お経的護憲の呪縛からの解放

安倍晋三・元首相はその著書のタイトルで、
日本の理想を「美しい国」と表現した。

思うに、
「美しい国」になる前にまずは「フツーの国」になることが先だろう。

フツーでない → フツー → 美しい
が普通のフローであり、
今の日本は「フツー」より前の段階だ。

明治維新後、
日本の先人は諸外国との不平等条約を撤廃すべく奔走して、
欧米列強諸国による植民地化を阻止した。

現代も同じような時代の転換期にあり、
置かれている客観的な状況も当時によく似ている感じがする。

「戦後●年」という常套句によって正当化される戦後体制に、
やっと終止符を打つときがきたようだ。

戦後、敗戦国としてやむをえなく甘受してきた自虐史観と、
その背景になっている法的な制約を取り払うときがきた。

そのためには今や日本の危機の元凶(【注】)になりつつある、
現・憲法の前文・条文を一部見直して、
国益の尊重を最優先したフツーの国になることが日本の真の独立への第一歩だ。

【注】
戦後の日本は、その平和憲法によって、アメリカを中心にした西側陣営の諸外国の軍事的な庇護の元で経済的繁栄を謳歌できた。しかし、その後の冷戦の終焉、アメリカの衰退、中国の隆盛の中で、日本は諸外国に完全に依存する時代遅れの国家ビジョンはうち捨てて、国際協調を前提にした主権国家独自の新たな国家ビジョンを描いてゆく必要がある、


この日本の独立志向に対しては「日本帝国主義の復活」だとして、
国内では朝日新聞等、海外では中国等の抵抗勢力が猛反発してくることは必至で、
この内憂外患によって憲法改正は阻害され、さらに日本が孤立化する可能性がある。

この圧力を回避して憲法改正を実現するためには、
国内では熟議のための公平な言論の場をつくり、
海外では親日国との同盟をさらに強化する必要があるだろう。

昨今の中国と韓国の反日工作は、
ほぼ間違いなく日本のフツー化に反対する動きであり、
この抵抗勢力に公式に対抗するには、
日本政府は国際世論に向けて「フツーの国になりたい」と宣言すべきだろう。
「フツーの国になりたい」ではあまりにも口語的なので、
もちろん、もっとましな言い回しにすることになるが。

日本がフツーの国になるには、
右翼化する必要はまったくない。
ただ、
今の日本が「フツーではない」という認識からはじまり、
フツーの国になればいいのだ。

フツーではない今の日本国をもっともわかりやすく端的に象徴するのは…
それは日本国憲法だろう。

もちろん、
憲法の条文のすべてがフツーではないわけではなく、
特にフツーでないのは憲法・前文と憲法第9条だ。

憲法第9条は日本人が書いた日本語とは到底言えないほど意味不明で、今までこの条文を改正せずに「放置」していたこと自体「法治」国家として問題がある。最低限、一刻も早く正しい日本語にする必要がある。


憲法・前文の「平和を愛する諸国民(=諸外国の国民の略)の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持…」について

憲法・前文では、
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民(=諸外国の国民の略)の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」とある。

この後半をより平易に解釈すれば、
「平和を愛する諸外国の国民を信頼して、諸外国に日本国民の安全と生存を託す」という意味となり、この憲法前文は憲法第9条「戦争の放棄」の前提になっている。

しかし、
冷戦構造が集結して権力構造が多極化する現代において、
果たして、
アメリカや中国等の外国に日本の安全と生存のすべてを託すことができないことは明白だ。

フツーの国になるには、
まずは「日本国民の安全と生存」を「日本が防衛する」と憲法で明記することだ。

外国の軍事力等に依存するような半植民地的な国家ビジョンから自主独立を前提にした国家ビジョンに是正することが先決だ。



憲法第9条の「戦争」「戦力」「交戦権」の否定について

憲法第9条には下記の2項がある。

1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


憲法前文とこの条文ゆえに、
日本国憲法は世界に冠たる平和憲法と言われている。
しかし、
その内容は奇妙そのもので、
憲法学者の間でさえ、その解釈が分かれているという意味不明の欠陥条文だ。

第1項では、
戦争と武力行使を永久放棄しているが、日本領土に対して武力行使があった場合の国家本来の「自衛権」をも否定しているように思える。第9条では「自衛権」が明記されていないのだ。

第2項では、
冒頭の”前項の目的”が具体的に何を指すのかがわからない。
この「目的」とは国際紛争を解決する手段としての「戦争」「武力行使」のことで、自衛目的の場合は、第2項は適用されないのか?
そもそも、歴史的に見ても侵略のための戦争と自衛のための戦争を峻別することは困難だが、自衛のための戦争まで放棄するとしたら、国連統治の国になるか…スイスのように永久中立国家を宣言すべきだろうが…スイスでも自衛軍を保持している。

自衛隊は「戦力」でないのか?
政府見解では自衛隊は第2項の「戦力」ではないというが…
誰がどう見ても「戦力」にしか見えない。

地球上のすべて先進国には国防「軍」がある。
しかし、
日本は自衛「隊」という妙な名前でごまかしているが、
このごまかしの有事になった場合にどうなるのか?

万が一、有事で自衛隊が出動して自衛隊員が敵国の捕虜になった場合は軍人として扱われず、捕虜になった国の刑法等が適用されて民間人として裁判にかけられて死刑になりかねない。

第2項は最後で「交戦権」を否定しているが、自衛のための「交戦権」まで否定するのか?
「交戦権」の定義自体不明確で、国家の自衛のための交戦権まで否定することは主権のある国家では考えられない。法律学者の間でこの定義が定まっていないのだから、当然、一般国民も一意に理解できず、このような意味不明の言葉は憲法で使うべきではない。

世界の多くの人々が不思議に思っているこの言葉のごまかしを是正して、
国家の基本的機能としての当然の義務として国民の生命と財産を防衛できる戦力=「軍」を、
憲法上でフツーに明記する必要がある。


古今東西、
法令の大原則は誰が読んでも同じ解釈になることだ。

ところが、
憲法第9条は専門家の間でも複数の解釈がある。

憲法学のバイブル、基本書だと言われる故・芦部信喜氏(東大・教授)の「憲法」:第四章”平和主義の原理”(岩波書店)においては、驚いたことに第9条(第2項)の解釈を大きく分けて3種類(侵略・自衛の峻別不能説・戦争遂行不能説・戦争限定放棄説)、さらに細かく分けると4種類も掲載している。

憲法学の大家でさえ、
解釈をひとつに統一できない第9条は悪法だと断言できる。

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なぜ、
このような日本語としても不明確な欠陥条文を持つ憲法を、
聖書やお経のように今まで手を入れずに日本は温存してきたのか?

その理由は…政治家と国民の怠慢だと言ってしまえばそれまでで、
憲法改正を阻止する力が強かったというのが事実だろう。

戦後は何の疑いもなく平和憲法をお経のように唱えて、
自衛隊の廃止まで考える過激な護憲派の勢力が強かったというのが事実だろう。

大作家の小説は誤字脱字があっても(著作権の問題もあるだろうが…)、
編集者が修正できずにそのまま出版されているという。

日本の憲法も戦勝国という大作家が中心になって書いたものだから、
著作権者の許可が必要だった可能性も高い。

理由がいずれにせよ、
修正できない絶対的なものとして憲法は戦後日本を統制してきた。

小生も戦前の教育勅語のように現・憲法を暗記させられた。

このような平和憲法教の洗脳教育の中で育てば、
当然、平和憲法信者が生まれる。

創価学会の聖教新聞のように、
朝日新聞や毎日新聞等のマスコミは社会の安定装置として、
護憲のための広報メディアとして、
言論の自由を否定してでも憲法を絶対視する報道に徹している。

果たして、
憲法原理主義者の彼らは何を守っているのか?

西村幸祐氏の言では、
それはさながら映画「マトリックス」のように、
平和憲法がつくった仮想世界のシステムを守っている、
という説明になる。

このシステムの住人はさながら村上春樹氏の小説に出てくる登場人物のように、
表情や感情が見えない。

この世界の主人公は生身の国民ではなく、
概念上の人間によって構成されるシステムだ。

映画「マトリックス」のシステムを防衛する兵士スミスと同様に、
彼らはプログラム通りに戦後のシステムを防衛しているにすぎないのだろう。

こうしたマスコミの姿勢は「南京虐殺事件」「慰安婦問題」等のねつ造を生み、
中国・韓国の支配層による反日工作の油に火を注ぎ、
今や「マスゴミ」と揶揄されて日本の変革を阻む抵抗勢力になっている。

20世紀に二度の大戦を経験した人々が平和憲法に託した「夢」は理解できるが、
現実におこっている世界の変化と普遍的な夢との間にあるギャップは大きい。

現・憲法において日本の平和が実現できないとわかった今、
戦後の時代(戦後レジーム)が終わりを告げたことを意味するのだろう。

戦後の日本の「物」的な経済的復興に貢献した現・憲法の役割は終わった。

もはやこの憲法に日本の未来を託すことはできない。

これからの日本人の精神、「心」の復興に貢献する憲法にしないといけない。

すでにインターネットの世界では憲法護憲教の呪縛のきき目はなく、
ネットからリアルの世界へその解毒効果は波及しつつある。



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家族・郷土・国を守りたい気持ち=感性の問題

これからのマーケティングは「体験」と「感性」を大事にしてゆくとは、
昨今、よく聞くフレーズだが、
思えば当たり前の話だ。

理屈や数値に依存しすぎると、
この一番大事な「感性」が鈍感になるのだろう。

戦後の日本で急激に蔓延した反国家=反日のキケンな空気を、
早々に気づいた人々はある種の感性が優れた人だと思う。

この異様な空気は、
南京虐殺問題、慰安婦問題、尖閣問題、竹島問題が過熱する以前から漂っていたものだが、
多くの人が知覚できるようになったのはいつごろだったか?

たぶん、
中国と韓国が反日工作を支配層の権力維持・国威高揚のために露骨に利用しだしたころ、
これに同期して朝日新聞等のマスゴミが護憲にこだわったために中国と韓国の「反日」工作に利用されはじめたころだろう。

キケンを感じる感性は生存本能に結びついたもので、
生命体にとってもっとも大事なものだ。

失礼ながら…男に生まれてほしかったと思う櫻井よしこや金美麗は、
母性のある女性だからこそ感受できた鋭い感性の持ち主だと思う。

すぎやまこういちや、
音楽評論家だったこともある西村幸祐は、
聴覚だけでなく一般的な感性も優れていると思う。

しかし、
彼らの鋭敏な感性が察知したものは大手マスゴミ等の組織的な反日的システムの壁であり、
まさしく彼らは今も莫大な資金で構築されている壁に対して孤軍奮闘している。

自殺した中川昭一氏が敵対したのもこの反日的システムだ。


日本の危ない空気を感じるのは「感性」なのだろう。

  なぜ、家族を守るのか?

  なぜ、郷土を守るのか?

  なぜ、国を守るのか?

これらの疑問の答えには科学的な理屈はなく、
本能的に出てくる答えであり、
理由のない答えだと言える。

だから、
そもそも疑問を感じないのが世界標準の人類の感性になっている。

これらのタブーともいえる持ってはいけない「疑問」を、
敗戦国の屈辱として絵に描いた平和や過剰な個人主義の理屈を強制され、
この理由のいらない当たり前の答えを、
素直に導く感性を喪失していた人々の数が臨界点に達しようとしたとき、
これは「ヤバイ」と少なからぬ人々が感じ取ったのが今なのだろう。

初心に戻って、
周囲にある社会のムードやマスゴミの言論等の人工的な雑音を無視して、
胸に手を当てて静かに一人で少し考えれば、
自分の中にある自然なフツーの感性を感じ取れるだろう。




日本で生産された反日システムの輸出・入の成果

たしかに、
国家は自国民や他国に対して権力をふるう暴力的なシステムを内在しているが、
「国民の生命・財産を守る」という国家の基本的な権力を否定する国民はいない。

しかし、
日本は国家を否定する世界初の「国民」になろうとしていたようだ。

そして、
その試みはなかば成功した。

しかし、
最近になってその過ちに日本人は気づきつつある。

この気づきは、
戦後復興と経済的繁栄のみに徹しバブル崩壊でゆでガエル状態で亡国に向かっていた、
日本社会における最大の好転に向かう転機になるのだろう。

この気づきは、
中国や韓国に日本から輸出された「反日」が、
さらに過激になって日本へ逆輸入された大きな成果だろう。


【文庫】 「反日」の正体 中国、韓国、北朝鮮とどう対峙するか (文芸社文庫 に 1-2)
【文庫】 「反日」の正体 中国、韓国、北朝鮮とどう対峙するか (文芸社文庫 に 1-2)西村 幸祐

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1003~政治家・中川昭一氏の命日 合掌

10月3日は中川昭一氏の命日。
2009年の今日、56歳で亡くなった。

中川氏は中国にもアメリカにもなびかない、
真・保守派の憂国の士だったと思う。

マスゴミは一切今日の命日を追悼しないだろうが、
ネットの世界では多くの日本人が今日の命日に涙している。

命日の今日、
小生のまぶたにも涙がたまっている。

なぜ、日本人は中川氏を守れなかったのか?
と自問自答する。

「ANA」と言われた麻生太郎、中川昭一、安倍晋三の3人が日本の政界をリードしていたら、
日本の失われた20年は終止符を打ったのではないかと思う。

問題視された酩酊会見やバチカン宮殿内での失態(【注】)は…。
はめられた可能性が高いと個人的には思う。

【注】
バチカン宮殿内での失態は朝日新聞等のねつ造だと言われている。というのは、バチカン市国の司教協議会バチカン事務所とバチカン放送局日本語課の責任者として在籍していた和田誠神父(カルメル会)は、中川氏のこの失態を否定したがマスゴミは一切報じなかった(正論2009年5月号 P100~101)。


しかし、
未来に向けて注目すべき問題は陰謀論の真偽の確定ではない。

陰謀で中川氏が政界から排除されたのではないか?
と言われる言動・行動に対して氏の熱い国士としての政治家の思いを感じ、
その思いを継承して日本の未来を展望することだろう。


眠ったままの日本人へ~中川昭一氏が残したもの



恐怖!「人権侵害救済法案(現・人権擁護法案)で私は消される。」~故中川昭一氏の講演



【家族会より】「拉致議連」会長だった中川昭一氏の訃報に接して[桜H21/10/5]



【ニュースの読み方】中川昭一氏を殺したシステム[桜H21/10/17]


 西村幸祐氏の反日システムの話は奥深く、鋭い。

 後半で村上春樹氏の海外での講演で出てきた反日的戦後「システム」の話が出てくる…ノーベル文学賞ねらいのジェスチャーで日本の右傾化を批判した村上春樹氏の現代日本的反日思想(国籍・人種を超越できるという非現実な理想としての自分像)が何となくわかる気がする。