あらやす日(本)誌 -123ページ目

出世魚のような原発用語の変遷~損傷→溶融→…

出世魚は、
稚魚から成魚までの魚の成長段階(体長)によって、
異なる名前で呼ばれる魚のこと。

その代表格がブリ(鰤)。

呼び名や体長は地域でさまざまで、
関東では、

モジャコ(稚魚)
 ↓
ワカシ:15cmくらいまで
 ↓
イナダ:40cmくらい
 ↓
ワラサ:60cmくらい
 ↓
ブリ:80~90cm以上
 ↓
?放射能で突然変異?


高知出身のある方が、
ブリッ子(死語か?)の女性をハマチとあだ名をつけていたが、
高知ではブリの手前がハマチで、
ハマチからさらに、
オオイナ→スズイナと言うらしい。


それはさておき、

原発・原子炉の核燃料棒の状態も、
徐々に悪化の過程をたどっている。

損傷(東電・政府は当初、溶融を認めず)

溶融(メルトダウン)

メルトスルー その1?(圧力容器の外に出る)

メルトスルー その2?(格納容器の外に出る)

?3号機は爆発で原子炉建屋の外に??

??

さて、
次はどのような呼ばれ方をするのやら。


原発問題:東電、所長を「口頭注意」とNHK報道

6/8、NHKテレビ(NewsWatch9)のニュースで、
「東電は(海水注入の指示を無視して注入継続した)吉田所長を(虚偽報告で)口頭注意」と報道。
さらに、
「口頭注意はもっとも軽い処分」とのことで、
小生はクスッと笑ってしましった。

わざわざ、
公共の電波を使って報道するレベルの話だろうか。

小生は、
東電の注水中止指示の事実も信じられないし、
東電幹部の吉田所長の指示無視して注水継続したという事実も信じられない。

ウソ+ウソの茶番のように見える。

その茶番をNHKがマジな顔して報道する姿は、
さらに輪をかけて茶番に見える。







僭越ながら、日本のリーダーに理念がない理由は…

僭越ながら思うに、
日本に理念を持ったリーダーが生まれない理由は、
ただ単に、
世間が理念を必要としていなかったからでしょう。

そのニーズ、必要がなかったらでしょう。

しかし、
これからは、
人々といっしょに共有できる理念が必要になります。

個々の選挙民や個々の圧力団体のニーズを聞き、
その見返りを単純に求めるような、
御用政治家や御用官僚等の御用聞きはいなくならないでしょう。

近年、御用聞きは増えてきているようです。

だからこそ、
これからは大きな理念を持った政治家が必要になります。

この大震災と原発事故で、
戦後の平和惚けした時代は終わりを告げるでしょう。

国民は目を覚ましつつあります。

多くの人々が目を覚まして、
国のビジョン、
今必要な理念をいっしょに考えつつあります。

過激な平和主義と過激な個人主義によって、
国家観や社会性を喪失させる洗脳は、
終焉を迎えるのでしょう。

社会悪の一つである「理念なき政治」が、
あまりにも長く続きすぎたためか、
目が覚めるまで少し時間がかかるかもしれません。

そう簡単に理念が生まれるわけでもありませんから、
徐々に目を覚ましながら、
これから必要となる「理念」を考えてゆきたい、
と小生は思います。



原発事故~地震時に「制御棒」は入ったのか??

原子炉の停止時に「制御棒」が核燃料棒に挿入されることは、
原子力の安全を担保する絶対条件だと言われる。

制御棒はその名の示す通り、
核燃料棒に挿入して核反応(中性子数の放出)を抑制することで、
核燃料の出力を制御する棒状のものだ。

しかし、
原子力安全の絶対条件である制御棒の制御は今も昔も完璧ではない。

平時でも、
制御棒の脱落・誤挿入事故が多発し、
核反応が抑制できずに臨界状態になる事故も起きている。

臨界状態とは、
原子核分裂の連鎖反応が一定の割合で継続している状態のことで、
今回の福島第一原発事故でも臨界状態が起きていた可能性が指摘されている。

$あらやす日(本)誌~内なるアメーバを探して

【参考】原子力資料情報室~制御棒の事故一覧
http://cnic.jp/files/earthquake20110311/20110411seigyobou.pd



2007年におきた新潟中越地震時では、
柏崎刈羽原子力発電所(東京電力)で制御棒が抜けない問題が起きている。

【参考】
制御棒また抜けず~柏崎刈羽原発で3本目(2007年11月25日21時18分 朝日新聞 配信)
新潟県中越沖地震で被災した柏崎刈羽原発の制御棒が一部引き抜けなくなっている。東京電力は25日、6号機で引き抜けない制御棒が新たに1本見つかったと発表した。6号機で2本目、同原発全体では3本目だ。制御棒や駆動装置に変形や異常がないかを今後調べると言う。
東電によると、原子炉内の被害状況を調べるために、16日から燃料集合体を移動した後、制御棒を引き抜く作業をしていたところ、23日の1本に加え、25日未明にさらに1本が抜けないことがわかった。
7号機で抜けなくなった1本は分解点検でも、特に異常が見つからず、東電は制御棒を動かすピストンと筒の間に1ミリにも満たない微小なさびの粉などが入り込んだのが原因ではないかと推定している。6号機でも分解して原因を調べると言う。


さて、
福島第一原発の原子炉では、
地震時に制御棒が正しく本当に挿入されたのだろうか?

前記の原子力資料情報室の資料で、
後藤氏は挿入は一応成功したと言っているが、
さて、
どうなのだろうか?

この点について指摘または言及している記事等は見あたらない。

日本型統治モデルの改革を考える

企業の経営者の役割は、
売上を上げる商品・サービスを作って、
原価などの費用をできるだけ落として、
最終的に収益をあげることだ。

そして、
従業員の生活を守り、
顧客満足を実現し、
社会貢献を行うことだ。

国家の運営者(政府)の役割は、
国民の安全を守り、
国民の資産を増やすための施策を実行して、
同時に、
企業等の資源獲得コストや、
行政コスト等の社会的な費用を落とすことだと言える。


少し話がそれるが、

当然、原発事故や計画停電や節電による経済的損害の責任は、
最終的には国にある。

東電は行政と政府の庇護・管理下で電力事業を行っている。

彼らのビジネスモデルはなかば行政(公共)的で、
なかば私利私欲の権現で、
原発推進という思想を最大限に利用して莫大な安定的な収益をあげてきた。
顧客や協力会社は二の次、三の次だったろう。

行政と政府による庇護・管理下での電力事業、
それが東電の最後の砦であり、
訴訟時の難攻不落の法的構成だ。


さて、
企業のビジネスモデルが、
「儲かる仕組み」ならば、
国家統治モデルは何か?

それは、
「国民の幸福を生む仕組み」だ。

現代国家は国民の幸福を優先し、
国民の幸福が国益になるという思想が理想とされている。

今の日本の国家統治モデルも、
当然ながら、
「国民の幸福を生む仕組み」になっているはずだが、
果たしてそうだろうか?

世界の国家統治モデルを具体的に見ると、
中国や北朝鮮は共産党による中央集権体制になっている。
また、
多くの先進諸国は、
複数政党による議会制民主主義を取っており、
国会での立法権、司法権、行政権の3つの権力を立てて、
相互の権力を抑制し監視している。

日本型統治モデルも、
多くの先進諸国同様の統治モデルを採用しているが、
実質的には、
行政権を強大にした明治時代以来の官僚体制を継続していると言える。

この官僚体制は、
明治時代において、
日本の独立を守って、
明治時代に西欧列強諸国と立ち向かうための仕組みだった。
そして、
殖産興業と富国強兵を短期間で成し遂げるための仕組みだった。

歴史的に見て、
日本の官僚体制は、
天皇=国家に奉仕するための体制であり、
国民に奉仕するための体制ではなかった。

だから、
明治時代は国民主権の思想や人権を軽視してきた。

天皇を中心にした強力な国家を構築するための、
中央集権体制のための仕組みだったと言える。

日本はこの特異な仕組みで、
坂の上の雲を追いかけて大国になり、
大国の証明ともいえる人類史に残る多くの戦争をおこして、
最後は敗戦し、
そして、
戦後復興を成し遂げた。

現代に至って、
国民全体の幸福と国益を守ることよりも、
一部の国民・企業の利益と、
官僚体制そのものの幸福を生むための、
機械仕掛けの集金&バラマキ装置になっているようだ。

戦前から戦後に至る動乱期に、
憲法上では主権を天皇から国民に委譲したが、
東西冷戦下での日本の役割に期待したせいか、
戦勝国は先進国の統治モデルを日本に強要しなかった。

そのため、
統治モデルはいまだに古い体質を温存している。

そして、
いまだに日本人は、
江戸時代以来の「お上」(おかみ)観から抜けきっていないようだ。

というよりは、
「お上」(おかみ)を利用して儲ける、
という昔ながらのビジネスモデルをいまだに行っていると言える。

しかし、
企業のビジネスモデルに寿命があり、
企業が経営改革を行うように、
この日本の統治モデルは寿命を迎えつつあり、
産業界も共倒れする前に「お上(おかみ)ビジネス」を返上して、
日本のためになる改革を行うときにきている。

現首相・菅氏ら民主党は、
当初、「ビジネスモデル」という表現まで出して、
統治モデルの改革を訴えていた。

多くの国民が民主党に票を入れたのも、
この統治モデルの改革のためだ。

しかし、
あえなく民主党の半分は抵抗勢力に丸め込まれて、
最後までに踏ん張っているのは小沢グループだけになっている。

明治維新から脈々と継続している日本型統治モデルを、
改革することは「工程表」さえ作れないほど、
たいへんなことであることは間違いない。

検察や裁判所も率いている行政機関と対峙して、
統治モデルを改革することは、
原発事故収束のために現場で命をかけてた作業と同じように、
困難な仕事だ。

行政機関とその周囲の勢力の数は、
日本の人口の1割以上にのぼり、
その利権の持つ力は、
「軍」を除けば、
世界有数の抵抗の壁を構築している。

また、
「お上(おかみ)ビジネス」の売上規模は大きく、
個人的な勝手な胸算用では、
国内自動車産業規模(約20兆円)を軽く超えるのではないかと思う。

この強靱な勢力をすべて敵に回して、
統治モデルを破壊するような企みは、
この国難の中にあって日本の崩壊につながるだろう。

そこで、
統治モデルを再構築するためは、
国家ビジョンを模索しながら、
「司法」「行政」「立法」における、
致命的な部分から手直しをしてゆくのがいいのだろう。

まず、すぐにできることは、
「裁判所=司法権の独立」だ。

公平な裁判を行うなために、
裁判官と検察官の半数~全員を選挙制・任期制にしてゆくことだ。

ロースクールを創設して弁護士の数を近年増やしているのは、
このための良い布石になっている。


「立法権の独立」については、
行政官僚が天下り的に政治家になる場合があるが、
行政官僚が政治家になったときには一定の歯止めが必要かもしれない。

たとえば、
財務省出身の政治家は、
金融・財務関連の委員会の委員に一定期間なれないとか。


「行政権」そのものについては、
特別会計の透明化だ。

これは最大の難関だが、
これから続くであろう、なし崩し的な「増税」の前に、
ここにメスを入れるのが正当な段取りだろう。

国会で決議される国家予算の3倍以上とも言われる、
この特別会計は国会でまったく審議されずに、
国民の監視外になっており、
行政機関の裁量で運営されている。

日本の行政肥大現象の源が、
この「特別会計」にあると言っても過言ではない。

権力は利権であり、
「金」なのだ。

日本最大の闇ともいえるこの特別会計の中身を、
1円単位ですべて公開してその使途と効果を監査する必要がある。

この監査のために、
会計検査院などの機関で数千人規模の人員を増やしても行うべきことで、
民間の監査法人の活用も考えられるだろう。

これは増税論議の前に、
財務破綻が迫っている日本においては必至・必須のことだ。

戦後、
特別会計にメスを入れようとした、
多くの政治家やジャーナリストが弾圧・圧力を受けている。

特別会計と共に「行政権」にかかわる難題の最後は、
地方自治体の再編。

その前に、
公務員給与を歳入連動型にする必要がある。
結果的に給与削減になるが、
景気がよくなれば上がるのだから納得性は高いだろう。

企業が給与システムを比較的簡単にいじれるように、
公務員給与は国会の法律で簡単にできることなので、
これはもはや「やる気」の問題でしかない。

しかし、
日本型統治モデルの特徴ゆえに、
政治家のやる気は萎縮しやすい。

公務員の給与よりも難題なのは、
肥大した地方自治体の再編による、
一般事務職を中心にした公務員の削減だ。

明治時代に行われた廃藩置県を超える大きな再編を行って、
地方自治体の数を減らして行政コストを削減することだ。

地方自治体は、
狭い国土の日本にあって、
日本の地域性は世界的に見て希な多様性を育んできた温床だ。
その意味で、
慎重に再編をしてゆく必要があるだろう。

しかし、
これも日本型統治モデルの特徴ゆえに、
政治家のやる気は萎縮しやすい。

行政にかかわる構造改革は、
内部からの改革がおこりにくいので、
国民がお上(おかみ)観を捨てて、
政治家を応援して立法の力で変えてゆくしかない。

日本の再建、
日本の繁栄は、
こうした国家統治の構造改革=行政改革なくして、
ありえないのではないだろうか。


だらだらと長文になってしまいました。

最後までおつきあいいただいた方々、
誠にありがとうございました。

行政改革なくして「安全」な生活は無理~原発事故は1例

中国や北朝鮮と日本が似ているのは、
一つの組織体制に権力が集中しすぎているところだ。

中国・北朝鮮は共産党、
日本は「行政」だ。

日本の憲法学や政治学では、
「行政肥大現象」と呼ばれている。

西欧先進国の多くは、
国家権力を実質的に分散している。

すなわち、

    法律をつくる国会という「立法」機関、
    つくった法律を守る裁判所という「司法」機関、
    そして、
    法律にのっとって国民にサービスを提供する「行政」機関、

の3つに権力を分けて、
それぞれの機関にも内部的に委員会・審議会などの監視機関をつくっている。

この3つの権力機関を独立させて、
相互に監視しあうと言う意味で、
「権力分立」と言われる

最近では、
マスメディアが第4の権力になっており、
立法、司法、行政、マスメディアの4つの権力が、
相互に監視し合い、権力の専横を防止して健全な社会を構築することが、
先進諸国の国際的な常識として、
国家の理想的な体制だと定義されている。

しかし、
日本の場合は、
「権力分立」のお題目は形式的に憲法で唱えているが、
実質的に名ばかりで、
実質的に行政機関が他の立法、司法と密接に結合していて、
相互監視ができない統治体制になっている。

今回の原発事故を未然に防ぐ監視機関を、
日本はすべて持っていたが、
監視機関が「行政権力」、政治家、企業の影響を受けて、
形式と名前だけで実質的に機能しなかった。

国会では何度も原発の安全性の議論が行われた。
裁判所では原発関連の危険性を訴える訴訟がいくつもおきていた。
行政機関では経済産業省安全保安院、
そして、
経済産業省内部では東電等の民間企業を監視する原子力安全委員会で安全性を議論していた。
マスメディアや書籍でも原発の安全性を疑問視する論調はあった。

しかし、
ことごとく、
福島第一原発で複数の原子炉の多重防御が破られたように、
これらの複数の監視の目をかいくぐってしまった。


国会(国会議員)は行政を監督・監視できず、
逆に、
国会が行政に監督・監視されている状況にあるともいえる。

裁判所は、
行政機関である法務省の傘下にあるため、
公平な裁判ができない。

マスメディアは、
記者クラブを通じて情報源の行政機関と癒着して、
大本営発表機関に成り下がってしまった。


個々の権力機関が自立性と主体性を持った意思決定を行って、
本来の「権力分立」が標準以上のレベルで機能していたならば、
原発の安全基準はもっと高くなっただろう。

そして、
結果的に建設コストとリスクが上がって、
今のような低安全性の原発の林立は避けられただろう。

原発事故は氷山の一角で、
行政改革を真剣に行わないと似たような大事が今後も起きる。

すでに、
証拠ねつ造や冤罪、
泣き寝入りが過去も現在も起きてはいるが…
事件にしないで隠蔽していることも多いだろう。

一時期、
この日本の特異な統治体制を変革しようとして、
「行政改革」を政治家や世論は訴えたが、
最近では沈静化している。

自然に沈静化しているのではなく、
何らかの圧力と懐柔で人為的な作用で沈静化しているのだろう。

今回の原発事故の真の原因、
真因は、
東電や地震・津波ではなく、
行政肥大した日本の統治体制にある。

また、
その裏を返せば、
国会の機能不全=弱体化した国民主権、
行政等の一方の権力機関に有利な判決を下す裁判所、
真実の追求を放棄したマスメディア、
その中にあって、
結果的に行政権がさらに大きく肥大化したといえる。

このような国家・社会の欠陥を修復することは可能なのか?
正直言って、
非常に困難に思える。

「欠陥」という認識さえ希薄な状況では、
欠陥の修復は不可能だ。
気づかずに慢性化している病気を治癒することが不可能なのだ。

しかし、
欠陥をしっかり認識させ、
今後の「行政改革」を再度議論してゆく必要性を、
今回の人災が教えてくれた。

これが、
行政機関主導の原発事故委員会では決して明らかにされない、
原発事故の最大の教訓だ。



日・独の猛毒大腸菌の類似性

ドイツで感染が広がっている猛毒の大腸菌は、
専門家によると非常に珍しいタイプで、
「never-before-seen」(今まで見たことがない猛毒大腸菌)とまで言っている。

【参考】ドイツ公共放送 dw-world
http://www.dw-world.de/dw/article/0,,15126176,00.html


ドイツはこの猛毒大腸菌の特徴をある程度情報公開している。

しかし、
このドイツのタイプと似ていると思われる日本での感染事例については、
放射線量の情報隠ぺいのように情報が非常に少ない。

日本で、そして、今、ドイツで猛威をふるっている猛毒大腸菌の特徴は、
「赤痢菌」の持つ特徴によく似ているように思われる。

素人目には、
赤痢菌の機能や多剤耐性(薬剤に強い)の機能を学習した、
大腸菌のグレードアップ版のように見える。

この「学習」が突然変異なのか、
人為的な実験によるものかは不明だ。

日本での1996年のO157感染事件や今回のO111(?)感染事件については、
ドイツのように情報が公開されていない。

そのため日本での調査結果の詳細は不明だが、
感染の状況や重症化している患者の様態等から見て、
先日の日本でのO111(?)感染事件と、
今回のドイツでのO104(?)感染事件で共通している点があるように思われる。

共通していると思われる特徴は、

①空気(経口)感染力が強い。

 ※ドイツでの感染力を見ると現段階ではまだ1996年に起きた日本でのO157事件レベル(堺市だけで8000人感染)に至っていないが、先日の日本で起きたO111(?)のユッケ(?ユッケ自体には大腸菌の検出がないようなのでユッケ自体に問題があったのか不明?)事件の方が感染力は低いようだ。しかし、日本での大腸菌が感染源にどの程度の量があったのか不明なので一概に比較はできない。


②大腸菌が腸壁に張り付く、または結合する機能がある(ドイツの場合)。

 ※赤痢菌にもこの能力があり、先日の日本で起きたO111(?)のユッケ事件の重症化の様態を見るとこの結合・張り付く機能がドイツのようにあるように思われるが不明。
 
 ※参考:ロイターのニュース記事:
 http://in.reuters.com/article/2011/06/03/idINIndia-57466420110603


③腸壁等の細胞にベロ毒素(志賀毒素:Shiga toxin-producing E. coli (STEC))を流し込む機能があり、
 これにより血流に毒素を流して、この毒素と反応しやすい組織(腎臓)を破壊して、さらに脳の組織を破壊して重症化させる。

 ※日本で起きたO111(?)のユッケ事件での重症患者は腎臓疾患と脳症をり患している。日本の場合はドイツよりも比較的多くの子供が腎臓疾患(溶血性尿毒症:HUS=Hemolytic-Uremic Syndrome)とその合併症の脳症で重症化しており、この点、赤痢に似ているようだ。今回のドイツの場合は成人女性の発症者が多い。

 ※赤痢菌は細胞と結合してベロ毒素を流して腎臓の細胞を破壊する。


④異なる2つの組織を持つ、いわゆる「キメラ」だと思われる(ドイツの場合)。

 ※赤痢菌のように一つは細胞との結合(前記①の機能)、一つは毒素の注入(前記②の機能)だろうか?。


⑤抗生物質などの薬剤が効きにくい多剤耐性の遺伝子が組み込まれている。

 ※治療法として一般的な抗生物質の投与は、腸管内で毒性大腸菌が死滅する際に大量のベロ毒素を放出するとの考えから、使用すべきでないという意見がある。

⑥前記の特徴などから発症者が重症化しやすい。


日本で起きた1996年のO157事件では120人が腎臓疾患(溶血性尿毒症:HUS=Hemolytic-Uremic Syndrome)等で重症化し、当時史上最悪の大腸菌感染事件だったが、今回のドイツの感染事件でも腎臓疾患等で重症患者が520名(6/3時点)になっており、また、さらに増えつつあり、史上最悪の大腸菌感染事件になっている。
今回のドイツの場合、発症者約1750名の約3割(約520名)が重症化しているが(6/3時点)、その大きな理由は、毒素が強力なのか?前期⑤の大腸菌の持つ多剤耐性の遺伝子によって薬剤治療が困難になっているのではないかと思う。



上記の特徴によって、
人畜無害な多くの大腸菌の中で、
突出した有害性を持つことになる非常に珍しいタイプになっている。


日本もドイツのように積極的に情報を公開して、
西欧諸国等で情報を共有することで、
感染源・感染ルートや治療法を共同作業で確立してゆきたいものだ。



【参考】
最初の赤痢菌は、1897年に日本で赤痢が大流行したときに医学者の志賀潔により発見され、
発見者の名前から学名Shigellaと呼ばれている。
赤痢を起こす赤痢菌は大きくAからDの4種類に分けられる。近年は、D群赤痢菌による感染例が多
い。志賀潔が発見したA群赤痢菌はかつて広域に渡って感染していたが、現在、感染例は激減して
いる。一般的には衛生が行き届いて居ない途上国での発生が多いが、B・D群に関しては先進国で
も感染の報告がある。
 ・Shigella dysenteriae(A群赤痢菌・志賀赤痢菌)
 ・Shigella flexneri(B群赤痢菌・フレクスナー赤痢菌)
 ・Shigella boydii(C群赤痢菌・ボイド赤痢菌)
 ・Shigella sonnei(D群赤痢菌・ソンネ赤痢菌)


赤痢菌の機能や薬剤に耐性のある大腸菌が自然に生まれることは、
自然界では非常に珍しい。
それは確かなことではないだろうか。

「内閣不信任案」否決~辞職までの「工程表」は未定

震災復興論議で早々に増税論を振り回し、
原発事故では放射能汚染の実態を隠し、
この「国難」を利用して、
旧体制維持に躍起になっている現政権。

さすがに、
しっぺ返しをくらって、
このまま政権運営することはもはや不可能。

今更、
方向転換しても大震災以後、
ここ2ヶ月の失策の言い訳をすることは不可能だ。

「内閣不信任案」に対して、
民主党内部から菅政権の非人道的な政権運営に揺さぶりをかけたことは、
小さな成果だが、
ないよりはマシなことだ。

この国難の時期にあって、
総選挙は避けなければならないことも確かだから、
「内閣不信任案」否決は仕方ない。

「内閣不信任案」が、
菅政権の終焉にきっかけをつくったことは、
まずまずの結果だろうが、
辞職の「工程表」は、
原発事故収束の「工程表」よりも、
ラフに絵に描いたモチの段階。

さて、
どのタイミングで辞職するのか?

震災対応に目処がついたらと言うが、
辞職までの「工程表」を、
ただちに出してもらいたいものだ。







日本の次は今度はドイツで猛毒大腸菌感染拡大中

日本で、
感染源と疑われている焼き肉店の紹介が日本テレビの番組で紹介されたのが4/18、
4/23にこの焼き肉店で食事をした人が猛毒大腸菌に感染し、
富山県を中心に神奈川県で猛毒大腸菌による感染が広がった。

発症者約170人、重症者17人(重症率約10%)、子供2人を含む4人死亡(死亡率約2.4 %)
の被害になっており、日本での感染被害は沈静化しつつあるようだ。

【参考】殺人ユッケ事件
http://ameblo.jp/ararada/entry-10889682278.html


日本での最初の発症報告からほぼ1か月後、
5/20(最初の感染報告)にドイツ(ドイツ北部)で、
猛毒大腸菌による感染が広がり、
今も感染は拡大中だ。
 
ドイツで感染が拡大している大腸菌は、
日本のものと同様に、
大腸菌性感染としては今まで経験したことがないほど強い毒性レベルになっている。

6/1時点でドイツ国内外を含めて発症者は約1500名で、
アメリカでも2名の感染者が出ている。

発症者のうち重症者約400人(重症率約27%弱)、
16人死亡(死亡率約1.1%)の被害になっている。

なお、
毒性のある大腸菌による平均的な重症率は約6~20%(幅があるので平均とは言い難いが)、
平均的な死亡率は最大で約1.5%だから、
今回、日本とドイツでの大腸菌の毒性は強い。


日本とドイツの猛毒大腸菌には、
それぞれ特徴があるようだ。

日本の猛毒大腸菌の場合、
重症率は低いが死亡率が高い。
また、
子供と大人もかかり、
腎臓疾患で重症化しており、
特に子供は腎臓疾患から脳症を合併しやすく、
子供は脳症による重症者が多いようだ。

脳症になって重症化した子供は、
命は助かっても体のけいれんや、
昏睡症状、意識障害などの後遺症で正常な生活を行えなくなる可能性がある。

まったく、
卑劣きわまりない猛毒大腸菌だ。

政府は徹底的に感染源と感染ルートを調査する必要がある。


日本のように海に囲まれた国でなく諸外国に影響を与えやすいドイツでは、
今、不眠不休で感染源と感染ルートの特定を行っていると言う。

ドイツの場合、
子供よりも大人の被害者が多く、
また、
日本よりも感染者が一桁多く、
感染力(空気感染力)が非常に強いのが特徴で、
日本の猛毒大腸菌よりもさらに重症化する被害者が多い。

日本よりも死亡率は低いようだが、
重症者が今後死亡する可能性があるので、
さらに死亡率は上昇して日本並みになるのかもしれない。

日本でもドイツでも、
猛毒大腸菌の最大の攻撃先は腎臓だ。

腎臓は一度ダメージを受けると回復が難しい臓器で、
腎臓で重症化すると一生涯、週に3回くらい病院で人工透析をしなければならなくなる。


猛毒大腸菌の種類も日本とドイツで異なるようだが、
大きな感染を今まで引き起こしていない珍しいタイプのようだ。

シュピーゲル社オンライン版によると、
ドイツの猛毒大腸菌は、
韓国で見つかった「O104」に近いようで、
「chimera:キメラ」(突然変異などで2 種以上の異なる組織をもつ生物体)だと言う。

http://www.spiegel.de/international/germany/0,1518,765777,00.html

自然な突然変異か?
人工的な細菌兵器なのか?
はまったく不明だが、
いずれの可能性も否定できないだろう。


日本同様に、
ドイツの猛毒大腸菌の感染源や感染ルートはわかっていない。

日本で1996年におきた猛毒大腸菌(O157)食中毒事件のときに、
カイワレ大根に濡れ衣を着せたが、結局、カイワレ大根は無実だった。

今回の日本の焼き肉店の場合も実際よくわからない状況だ。

今回のドイツでも、
スペイン産のきゅうりが疑われたが、
すぐにこれをドイツは公式に否定している。

しかし、
風評被害でスペイン産の野菜・果実の販売は大きな打撃をこむっており、
スペインは金融危機も深刻で、
さらに今回の農業の危機でダブルパンチの状況だ。


自公など「内閣不信任決議案」を提出~政局の揺れは想定内

「内閣不信任決議案」を提出について、
この国難にあって「大義がない」「政局ごっこ」
でしかないと言う人がいるが、
小生はそうは思わない。

菅政権が犯している歴史的な汚名ともいえる失策は、
原発事故に対して行われている「非主体的」で「非人道的」な行いだ。

かつて、
鳩山政権辞任時に、
普天間問題紛糾と安保の危機を理由にして、
マスメディアは「万死に値する」
と禁句ともいえる信じがたい表現まで使って非難したが、
今回こそ、そのタイトルにふさわしい事態ではないだろうか。

菅政権の原発事故に対するさまざなな対応は、
国民を放射線から防護することを怠った、
国家犯罪的な不当な行為と不作為の連鎖が進行中だ。

戦後、
これほど明確な理由を持った「内閣不信任決議案」はないかもしれない。