なぜ多くの人はSNSにはまるのか?

ということがよく議論になります。

 

他人と繋がっていたい、他人に認めてもらいたい、自己満足………

 

私自身、「なぜブログを書いているのか?」ということを自問自答することがあります。

 

もしも誰も読んでくれていなくても書き続けるのか?

読者が何人以下になったら書く気力がなくなるのか?

ブログを書くのは、「自分のため」と「読んでくれている人のため」の割合はどれくらいなのか?

ブログを書くのは義務感と自主的な気持ちの割合はどれくらいなのか?

自分が意識している「ブログを書く意味と価値」にはどんなことがあるのか?

 

 

ブログを書くのが、しんどくなったり面倒に感じることもあれば、積極的に書きたくなる時もあります。

ブログを書いた以上は、一人でも多くの人に読んでもらいたい、共感してもらいたいという気持ちはあります。

一方では、自分の頭と気持ちを整理するために書いているのだから、共感してもらえるか否定されるかに意識を向けない方がいい、と思う自分もいます。

 

ブログを書きながら、「共感してほしい」という承認欲求と、「自分のため」という自己満足とが同居しています。

 

以前、歌手の長渕剛さんが「自分のために書いた曲が、多くのファンから勇気をもらったとか元気づけられたとか言われた時に、歌手をしていてよかったなぁ~としみじみと感じる」ということを言われていて、何かすごく共感しました。

 

多くの人は、仕事のスタートは「自分の生活のため」に仕事をしています。

しかし、一生懸命に仕事をしているとお客様から喜ばれ感謝されます。

自分のために仕事をしていたのに、気づいたら他人から感謝されていて不思議な気持ちになります。

スタートは「自分のため」でも、結果的に「誰かの役に立っている!!」と感じれることで、それがモチベーションになり継続していけるのではないかと思います。

 

人間には承認欲求という気持ちがありますが、最終的には自己満足で自分のためにやっていると思えることで、そのことが継続出来て習慣になってくるような気がします。

 

 

少し前に「マスカレードホテル」を観て、「ホテルマンって大変だなぁ~」と思いました。

長澤まさみ演じるホテルマンと木村拓哉演じる刑事の役で、ぶっきらぼうな刑事とホスピタリティいっぱいのホテルマンとの対比がとても印象的でした。

確かに刑事がホテルマンのような対応をしていたら仕事にならないでしょうし、ホテルマンが刑事のように上から目線だったら、お客にとっては居心地の悪いホテルになってしまいます。

 

どこまでが事実なのかはわかりませんが、ホテルマンはお客様のわがままにとことん付き合っています。

刑事役の木村拓哉が「あんな理不尽な注文にまともにこたえていたら相手が図に乗るだけだぞ!!はっきり言ってやった方がいいのではないか?!」というコメントには「確かに!!」と思うこともあります。

刑事というのは、悪者を退治する職業です。「白か黒かをハッキリさせて、黒ならば罰する!!」のが刑事の仕事だと思います。

一方、ホテルマンにとって白か黒かは問題ではなく、たとえ黒でも相手に不快な思いをさせないことがホテルマンの仕事なんだと思います。

ホテルマンって大変だ、と思う反面、日々の仕事で相手の気持ちを推し量るのがルーティーンになっている人はどんなに人間的に素敵なんだろうかと思ってしまいました。

 

以前私は、自分の子供を幼稚園に送っていた時にお母さんにクレームを言われている保育士さんを見て、保育士さんって大変だなぁ、自分を抑えて偉いなぁ、と保育士さんを尊敬したものです。

 

歯科医師の場合には、出来ないことをやってくれとか、無理難題を言われればお互いのために治療の継続を断ることができますが、保育士さんには無理難題を言われても「それではご納得される他の幼稚園に行かれてはどうですか!?」ということは絶対にありません。

そんなことを言えば大問題になるような気がします。

 

営業の人と話をすることも多いのですが、ほとんどの営業の方はたとえ相手が間違っていたとしても自分の感情を抑えて、決して感情的にはなられない姿には本当に感心させられます。

 

「何のために仕事をするのか?」ということが私の中では永遠のテーマですが、その答えの1つが、「仕事を通じて、感情を理性でコントロールできる人間になっていく」ということがあります。

私の中では、ホテルマンや保育士さんや営業の方の多くは、かなり尊敬に値しています。

どう解釈すれば「自分は間違っていない!」という感情を封印出来て、冷静な対処ができるのかすごく興味があります。

 

自分の中で、「自分は正しい!」「自分は間違っていない!」と頭をよぎった時が危険信号だと思っています。

人は「自分は正しい!」「自分は間違っていない!」だから相手は謝るべきだ、素直になるべきだ等の流れが条件反射のようになってきます。

しかし、いろんな視点で見ていけば、絶対的に正しいことも少ないし、相手には相手の言い分があるものだし、そんな時に自分の感情に流されないで冷静な対応ができる人間にすごく憧れます。

人間には、本能的だったり、先入観にとらわれたりして条件反射をしてしまうことが多いですが、ホテルマンの方たちは、そういう条件反射のスイッチをOFFにできる能力があるのではないかと思ってしまいます。

 

若い時には、刑事役のキムタクのように白か黒かはっきりできる人をかっこいいと思っていましたが、歳と共に、たとえ黒だとしても相手を傷つけないような神対応ができる人にすごく憧れます。

 

自分の子供たちに身に着けてほしい能力の1つが「ストレス耐性」ですが、「ストレス耐性」というのは「物事の解釈力」なのではないかと思います。

 

物事を悪く解釈すれば、どうしても感情にスイッチが反応しますし、物事をいい方に解釈すれば感情よりも理性が発動してくれるのだと思います。

 

 

 

元広島の丸選手が、FA制度で巨人に移籍したことで、広島ファンの丸選手へのブーイングが起こるかどうかが大きな話題になっていました。

そんな折、先日3月5日にオープン戦とはいえ広島巨人戦が行われ、丸選手が打席に立った時に「広島ファンから暖かい拍手が起こった」ということがニュースで美談として取り上げられました。

物事というのは、心配したようなことは案外起こらないことが多いものですが、カープファンが暖かい拍手で迎え入れたことでいろいろ考えることがありました。

 

新井選手がFA制度で阪神タイガースに移籍した時には、広島阪神戦での広島の球場では、ものすごいブーイングがおきました。

それが今回の丸選手ではブーイングではなく拍手でした。

 

「この違いは何なんだろう??」と思うと、

 

⓵新井選手が阪神に移籍した当時は、広島カープは「万年最下位」候補のとても弱いチームでしたが、今ではセリーグで3連覇するほどの強いチームになったから、丸選手1人が抜けたぐらいでは、そんなに大きな影響を受けなくてすむという心の余裕がファンを優しくさせてくれているのだろうか……

 

②新井選手が移籍したごろは、今のようにカープ女子や家族連れでの観戦というよりも、昔ながらの男性のカープファンが大半なので、数少ない中心選手の新井選手が敵のチームに移籍したことで、「愛しさ余って憎さ100倍」という感じで、血の気の多い男性は怒りに任せてブーイングしたのが、今では女性や家族連れなどのお客さんが多いので温かい拍手になったのか………

 

③今回、丸選手が巨人に移籍した際に、新井選手は自分の経験も踏まえて丸選手には「どんな時でも俺はお前の味方だからな!」といったことがマスコミでも取り上げられたり、カープの選手もいろんなところで「丸選手へのブーイング」を控えるお願いをしていたことが影響したのだろうか……

 

人は自分の思うようにいかないことがあると、感情的になったり、誰かのせいにしたい生き物ではないだろうか。

全てのカープファンは丸選手には広島カープに残ってほしかったと思います。

しかし、そうならなかった時に、感情に流されそうな自分をコントロールできるのは「理性」です。

今回の一件は、人間的な視点からいうと、広島ファンは、感情的にならずに理性的な対応をされた方が多かったという点は凄く誇らしいことだと思います。

 

一方、戦略的な点からいうと、違う見方もあるのではないかと思います。

 

といいますのも、以前、カープの大瀬良投手が阪神の藤浪投手からデットボールを当たられた時に、「気にしなくていいよ!」というような態度をとった時に、コーチや監督から「優しすぎる!」「チームの士気にかかわる!」ということで、かなり注意をされたということが紙面に掲載されていました。

 

また、かなり以前ですが、FAで他のチームに移籍した選手に観客席から応援の拍手をしていると、試合後に監督が「今後は敵になる選手を応援するような拍手をされると、残っている選手の士気にも影響するので、できればそういう行為は控えてほしい」ということをコメントされていました。

 

外交の時にも感じますが、北方領土や尖閣諸島や竹島の問題で、人として正しい行動は「他人と争ってまで何かを手に入れること」ではないのかもしれません。

しかし、国を代表して交渉している時には「国益」ということを最優先して考えなければなりません。

個人的には、自分は譲ってもいいと思うけど、お国のことを考えれば、絶対に譲ることはできない、という板挟みでの葛藤があるのだろうなと感じます。

 

今回の丸選手への温かい拍手からいろんなことを考えてしまいましたが、一言でいうと「時代の流れ」で「価値観が変わってきている」ということのような気がした出来事でした。

 

 

私が子供の頃は、テレビに出るスターやアイドルには、同じ人間とは思えないような距離感がありました。

アイドルはトイレにも行かないのではないか、というような幻想がありました。(笑)

しかし、今ではAKBの握手会など身近に感じれるアイドルの方が人気が出ます。

ジャニーズのアイドルも、初期のトシちゃんやマッチなどには親近感というよりも一般人とは違う雰囲気の方が強かったと思いますが、今の嵐やその他のジャニーズのアイドルには、かっこいいけど身近にいてもおかしくないという雰囲気を感じます。

私はアイドルオタクではありませんが(笑)、時代の流れというものをこういうところからも感じます。

 

こういう流れを歯科医院の院長としても感じます。

約30年前の私が開業したころは、「リーダーシップ」というのは、プロ野球の故星野監督のような部下をぐいぐい引っ張っていける人のことをイメージしていました。

リーダーには、社員に有無を言わせない圧力を持っていなければ統率することはできないと思っていました。

俗にいう「カリスマ」的な要素が必要なんだと思っていました。

しかし最近では、リーダーには、「カリスマ性」よりも「親近感」の方が大事ではないかと感じます。

 

頭ごなしに命令しても聞いてくれるのは昭和世代までで、平成時代は、「ゆとり世代」「悟り世代」と言われていますが、頭ごなしで言っても自分で納得しないと心からは動いてくれないような気がします。

これはグチっているわけではなく、価値観が移行していることに気づかないといけないのだと思います。

 

昔は年を重ねるだけで尊敬の対象になりましたが、今では年を重ねていたり上司というだけでは尊敬の対象にはならないし、「自分が納得しないと自発的には動けない」という時代です。

「納得」してもらうためには、まずは相手に心を開いて自分が考えていることを話してもらわなければなりません。

その際に「自分が考えていることを素直に話すと怒られる可能性がある」と思ってしまうと、相手は怒られない範囲でしか本心を話してくれなくなります。

 

スタートは「相手が本心を話してくれる」ことにあるのであれば、上司と部下や親子にとって大切なことは「安心感」や「親近感」なのではないかと思います。

「上司のいうことを聞け!」とか「親の言うことは絶対だ!」というスタンスでは今の時代はコミュニケーションが取れない時代のように感じます。

確かに部下や子供は間違っていることも多いでしょう。

しかし、間違っているからと言って頭ごなしに否定してしまうと、その後の信頼関係は閉ざされてしまいます。

たとえ相手が間違っていたとしても、それを頭ごなしに否定するのではなく、どう間違っているのかを「伝えて」いかなくてはいけない時代なのだと思います。

 

自分の中で「常識」になっていたり「当たり前」になっていることを、「なぜ??」という視点で伝えていくことはすごく骨の折れる作業だと思います。

 

しかし、これからの時代にこの作業を「面倒くさい!」と思ってはしょってしまうと、コミュニケーションは取れない時代に突入していることに気づかないと「頑固おやじ」で孤立してしまう時代になってくると思います。

 

「伝える技術」という本がベストセラーになったのも、今の時代「伝えること」に悩んでいる人が多いことを象徴しているような気がします。

ダーウィンの進化論で、「強いものが生き残るのではなく、変化できるものだけが生き残れる」ということを言われていますが、これからの時代はどう伝えていくかということを真剣に考えた時に、

伝える前に「どう聞いてもらえるか?」

聞いてもらうためには「どういう信頼関係が必要か?」

信頼関係を築くためには「どういうかかわりを持っていくべきか?」

ということを考えていくと、日常の自分の言動がいかに大切なことかを認識させられます。

 

 

 

 

「企業は人がすべて」と言われています。

どんな職種であれ、最終的には「人のレベル」がその組織のレベルになります。

 

歯科医院において、Drがどんなにいい治療をしても、受付対応が最悪だとそのクリニックの評価は、受付の低い評価がすべてになってしまいます。

逆も真なりで、受付や周りスタッフの対応が最高でも、Drの治療や対応が最悪だとその医院の評価は最悪になります。

お客様の評価は、その組織の低い評価のところで決められてしまいます。

特に今の時代は、お客様の要望が高くなっていて、汚ないラーメン屋さんで「美味しいから汚くてもいい!」という人は少なくなっています。

 

経営者は自分のお店なので頑張るのが普通です。

しかし、社員には働き口はたくさんあるので、全ての人が経営者と同じ危機感を持って仕事をしているわけではありません。

そんな中、社員にも頑張って働いてもらうためには「社員教育」が必要になってきます。

「やり方」の社員教育には、早さの違いはあれ、いつかは習得できます。

一方「あり方」の社員教育にはマニュアルがないので、どうすれば社員のやる気に火をつけれるかは答えがありません。

当医院でも読書感想文を書いてもらったり、朝礼、面談、サンクスカードなどいろんな試みをしてきました。

そんなこんなで、今現在、すごく頑張ってくれる社員が残ってくれています。

 

社員教育というのは、お風呂に入るのと一緒で、「昨日お風呂に入ったからもう入らなくていい」というものではなく、毎日汚れがついてくるので、お風呂に入り続けなければなりません。

人は毎日生きていると、いろんな誘惑が近寄ってきます。

楽をしたい、面倒くさい、認められたい、お金持ちになりたい、モテたい、()etc………

頭の中にはいろんな雑念妄念が巡りまわっています。

特に若い時には、自分を律することは至難の業かと思います()

 

そんな中、自分を律して前向きに仕事してもらうためにはどうすればいいのか??

いろんな雑念妄念から自分の気持ちをコントロールするだけでも大変なのに、自分もできていないことを他人にアドバイスしたり強いたりすることは凄く疲れてしまいます。()

 

しかし、自分ができていないことを他人に助言する「ストレス」が自分を成長させてくれているのではないかと感じます。

人間なんてみんな心の底では楽をしたい生き物ではないかと思います。

その気持ちは素直に認めつつ、やせ我慢をしながら背伸びしていくことを成長というのではないかと自分を慰める今日この頃です。