歯科医院を経営していて、日々時代の変化を感じています。

 

毎日治療だけしていればよかった時代から、いろんなことに意識を向けないといけない時代になってきています。

現像のレントゲンがデジタルになったり、歯科医院にCTがあるのが当たり前の時代になったり、歯科医師の国家試験が年々難しくなってきたり、求人が大変な時代になったり………

 

年を重ねていくと、多くの人が「昔はよかったなぁ~」と「古き良き時代」を懐かしみますよね()

昔もそれなりに大変だったとは思うのですが、過ぎ去ってしまうと現在の時代の流れについていけなくなっている自分に気づくと、昔を懐かしがってくるのかと感じることがあります。

 

過去を振り返ったり昔を懐かしむのは老化の始まり、と言われたことがありますが()、時代は常に変わっているのだから、自分も変わっていかなければ、無意識に過去を懐かしんでしまうのかと思います。

過去をいくら懐かしんでも、2度と過去のようなことは起こりません!!!

バブルの時代を懐かしんでも2度と同じバブルはやってきません。()

 

「適者生存」という言葉がありますが、変わる時代に合った生き方ができなければ淘汰されてしまうのだと思います。

人生においても、20代30代40代と年齢によっての生き方というものがあるように感じます。

若い時には物欲中心や利己的な生き方でも許されると思いますが、年齢を重ねていくにしたがって、物質から精神的な満足に移行していったり利己的な生き方から利他的な生き方に移行していかなければ、いろんな問題が発生しやすくなってくるように思います。

 

人は先人の知恵から「こうするべき!」というアドバイスをもらいますが、生き方や考え方を変えることは簡単なことではありません。

簡単ではなくても、どこかで変わっていかなくては、目の前にいろんな問題や課題が現れてきます。

「できれば変わりたくないけど変わるしかない!!」と心の底から思えた時に、人は変わり始めるのだと思います。

この「変わるしかない!!」と思うためには、頭ではなく、心から感じなければ体は動きません。

自分の経験上思うことは、心から「変わるしかない!!」と思うためには、骨身に染みるまで嫌な思いをするしかないのではないかと思います。()

 

従来のやり方、生き方、考え方をしていても、何も問題がおきなくて順調なのであれば、誰も変わりたいとは思わないと思います。

しかし、人生からは困難や問題を発生させて、私が変わるように求めてきます()

そういう人生の問いかけにいつまでも抗い続けても自分が嫌な目をするだけです。

そういう「嫌な目」「痛い思い」を続けていくうちに、どこかの部分で、「もうわかったよ!」「(もう他人や環境のせいにしないで、自分が)変わるから勘弁してよ!!」と心から思えた時に、人は変わる努力を始めるのだと思います。

そう思うと、運命や神様とけんかしても勝てるわけはないのだから、自分が早く変わっていく方が得のような気がします()

 

「本当は変わりたくないけど、いつかは変わるしかない!」「どうせ変わるんなら早く変わった方が得じゃん!!」と自分に言い聞かせながら、今日も変わりたくない自分と向き合って生きていくのだと思います()

 

 

 

私の好きな言葉の1つに

「マイナス思考は感情の力、プラス思考は意志の力」

というのがあります。

人間は、感情に流されれば、マイナス思考になるのが普通で、プラス思考に見える人は意志の力で前向きに考えているのだ、ということです。

 

私自身、昔から自分のことをマイナス思考だと信じていましたが、最近では周りからプラス思考のように思われることが多くなってきました。

自分の性格を自分なりに分析すると、基本的には超マイナス思考だと思います。

常に将来のいろんなことを心配している自分がいます()

自分の中で、心の底では、「マイナス思考は疲れるし、より楽に生きたい」という願望があるために、出来るだけ物事のプラスの面を見るように心がけています。

 

無意識で生きていると、物事の良くない面に目がいきがちです。

他人の長所よりも短所に目がいきます。(無意識で自分の優越感を満たそうとしています)

自分がすでに「持っているもの」よりも、「持っていないもの」を見てしまい、無意識で自分の満たされていない気持ちが高まります。

 

人間には、煩悩が(除夜の鐘の数だけ)108つあると言われています。

煩悩とは、「人間の苦しみのもとになる考え方や生き方」のことですが、

人間の苦しみの根源は「貪(とん)・瞋(じん)・痴(ち)」の三毒だと言われています。

「貪欲」とはむさぼり、必要以上に求める心。

「瞋恚」とは怒りや憎しみの心。

「愚痴」とは愚痴、無知、愚かさ。

 

同じ物事を見てプラスの面を見れば「感謝」の気持ちが湧きあがり、マイナスの面を見れば「煩悩」が沸き起こります。

 

「人はプラス思考になるために生まれてきた」とい言っていた人がいますが、言葉を変えれば、人は誰しも幸せになるために生まれてきているのであれば、プラス思考を目指していくのは、人が生きていくうえでの義務なのかもしれません。

 

プラス思考というと何かすごく難しいことのように感じますが、人は無意識で生きればマイナス思考になり「煩悩」まみれの生き方になりますが、いいことを意識して生きていけば少しづつ「感謝」に満たされた生き方に近づいていくのだと思います。

 

「マイナス思考は感情の力、プラス思考は意志の力」というのは

「不幸せは無意識の力、幸せは意識の力」

「不幸せは『煩悩』まみれの生き方、幸せは『感謝』まみれの生き方」と置き換えられるのではないでしょうか。

 

 

昔の時代のドラマで、「ソックスを一度使っただけでゴムの部分がバカになった」という場面が出てきて、そういえば自分が子供の時には「ソックタッチ」といってソックスがズレ落ちないようにする為の「のり」のような物があったことを思い出しました。

 

ソックタッチを塗ったり輪ゴムをソックスの部分につけたりしてソックスがずれ落ちるのを防いでいました。(笑)

今の若い人からすれば「いつの時代!?」と言って笑われそうですが、私が子供の時には、ソックスがずれるのが当たり前の時代だったのが、今ではソックスはズレないのが当たり前の時代になっています。

 

ソックス以外においても、大学の時に、家庭の電話がコードレスになった時の感動は今でも覚えています(笑)

家庭電話のコードレスの電波の許容範囲を知らない人が、「外出時に家庭電話の子機を持って、外出して通話できなかった」という失敗談を笑って聞いていたのが、今では外出時には携帯電話を持っているのが普通になっています。

ポケベルの存在を知らない若い人も多いです。

 

今の常識が未来の非常識になり、今難しいことが未来にはいとも簡単にできるようになります。

ダーウィンが「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である。」と言ったと言われているが、日々社会が変化している以上、人間も変わっていかなければ、変わりゆく現実に対応できなくなってしまうのだろう。

 

仕事をしていて感じることも、昨日までの常識がどんどん通用しなくなってきているのを感じます。

 

体育会系のクラブにおいてでさえ、頭ごなしの指導はパワハラになっています。

 

場においての常識も変わりつつあります。

今現在、日本全体が求人難で困っていますが、会社が社員を選ぶ時代ではなく、社員が会社を選ぶ時代に変わりつつあります。

スタッフから選ばれない医院は生き残っていけない時代になっています。

 

年齢を重ねるにつれて、変わることへの抵抗感は強くなりがちですが、時代の変化を感じつつ、それに合わせて変わっていける対応力を身につけたいものです!!

 

久しぶりの投稿になります。

 

日々いろんな出来事が起こり、そのたびにいろんなことが頭をよぎります。

そういうことについてのブログのテーマはいくらでもあるのですが、それらを毎回文字に起こすとなると敷居が高くなってしまいます(笑)

問題が起こった時には、自分の過去の経験や整理された引き出しを引っ張り出しながら仕事したり生活しています。

 

自分の想定内の出来事であれば、無意識で処理して時間が過ぎていきます。

そして、想定外のことや非日常のことが起こると、その局面をどうやって乗り切ろうか、どうやって問題解決しようか、と全力で意識の力が動き始めます。

目の前に起こっている出来事や問題に対して、自分の中でのセンサーの感度がマックスになってきます。

 

無意識で仕事や生活をしている時は疲れませんが、意識しながら言動することは凄く疲れます。

逆を言えば、意識して仕事したり生きている時には成長していますが、無意識で時間が過ぎていく時にはなにも成長していないのだと思っています。

 

字を書く時、あいさつをする時、食事をする時、息をする時でさえ、無意識でするのと意識してするのとでは得るものが違ってきます。

 

人間の成長過程と

  1. 意識してもできない  からスタートして、

  2. 意識すればできるようになる

  3. 意識しなくてもできるようになる(習慣化する)

  4. しない(できない)と気持ち悪くなってくる() 

 

の順番で身につくのだと信じています。

ブラッシングにしてもスポーツにしても、どんなものもこの繰り返しだと思います。

 

人間は、自分が持っていないもに目を向けて不平不満を言ったり、人の欠点に目がいって批判したり、目の前の出来事を受け入れないで抗おうとするのが本能(無意識の力)だと思います。

その本能を改善していくためには、「②の意識すればできる」から強化していくしかないのではないかと思います。

一刻も早く③の「意識しなくてもできるようになる(習慣化する)」になりたいと焦る気持ちはありますが、人間として生まれてきた以上、一生かけてもそうなれるのかどうかわからない道のりだと心して、向き合うべきテーマなのではないかと思っています。

 

意識して生きると、脳が疲れて寝つきが早いのを感じます()

 

 

私の好きな作家に曽野綾子さん、佐藤愛子さんがいます。

彼女たちの小説は読んだことがありませんが(失礼!)、彼女らのエッセイを読んで、彼女らの考え方にすごく共感できます。

二入りとも、社会や周りに期待しない、全てのことは自己責任、人間生きてるだけで丸儲けのような考え方に勇気づけられます。

日本のように恵まれた国で生活していますと、色んな事に「もっと、もっと!!」という欲求が芽生えてきます。

幸せというのはどれだけ喜べるか、どれだけ感謝できるか、ということのように思います。

喜んだり感謝するためには、比較対象が何になるかで違ってくると思います。

 

以前、体操の内村選手が、全日本個人総合選手権で11連覇が途絶えた後の試合で勝った時に、「勝つことが当たり前になっていたので、久しぶりに勝てて勝つ喜びを忘れていて、今すごくうれしい!!」というようなコメントをされていました。

日々大変な努力をされていても、勝つことが当たり前になってしまうと喜びよりも、当たり前のノルマのような感覚になってしまうんだと「大変だなぁ~」と思ったことがあります。

 

美味しい食べ物を初めて食べた時の感動はその時だけで、2回目3回目を食べるにしたがって感動は薄まってきて、最終的にその味が標準になり、おいしくない料理が増えていくのだと思います。

恵まれない時代には「もっと、もっと!!」という要求が「頑張る源泉」になっていたのだと思いますが、今のような恵まれた時代では、自分の平均レベル(普通)を下げることで幸せ感や感謝する気持ちを芽生えやすくしていくしかないような気がします。

それはある意味、上を目指すことよりも難しいことかもしれません。

ボランティア活動や他人のために役に立つということが注目されているのは、今の時代には必然のことのような気がします。

 

曽野綾子さんや佐藤愛子さんらが歯に衣着せないで、誤解を恐れず人間の本質をビシッと言ってくれていることはすごく気持ちがいいものですが、本音を言うとたたかれやすい日本ではすごく勇気がいることだと思います。

彼女らの本がベストセラーになるということは、多くの人が心で思っていても口に出せないことを彼女が代弁してくれているという共感の気持ちがあるからなのかと思います。

 

自分も彼女らのような人生観を持てるように生きていきたいと思います。

 

彼女らのお勧め対談です。

https://www.youtube.com/watch?v=bC4wR6w6Z6E&t=2454s  

https://www.youtube.com/watch?v=unS0CdqqltU