本日の東京の感染者が3名で、新型コロナの日本の感染者が「収束」を迎えそうな感じですね。

コロナの「終息」はいつになるのかわかりませんが、とりあえずは落ち着きを取り戻している気がします。

 

私はどうしても経営者としての視点で物事を見てしまいますが、コロナの感染者数が増えているときには、やれPCR検査数が足りないとか、何で学校閉鎖をするのかとか、政府のすることなすことにケチをつけているコメントが大半でした。

結果が芳しくない時には、トップはしていることのすべてを否定されるので仕方がないと思います。

 

プロ野球の試合で、ホームランを打たれたり逆転された時に、解説者が「何でこのピッチャーはカーブを投げたのでしょうか!?」とか、「なぜ監督はピッチャーを交代させなかったのでしょうか?!」などと結果論的な話をされる時がありますが、そんな時に「結果論なら誰でも言えるよ!!」と思ってしまいます。

 

コロナの感染者数が増えているときには、政府の政策をボロクソに言っている人も、感染者の数が減っても、政府の政策を称賛する声をほとんど耳にしないような気がします。

 

経営者も結果や数字が伴わない時には、周りから悪く言われるのは同じですが、結果や数字が伴った時には、多少なりとも称賛されることが多いです。

そういう時には「勝てば官軍」という言葉を思い出します。()

 

今回のコロナの感染者数が減っていても、終息でない以上、これからどうなるのかは誰にもわかりませんし、決して安心できるわけではありません。

私には自民党の政策が正しかったのか、たまたま結果オーライなのかはよくわかりません。

しかし、日々、色んなことを決断しながら前に進んでいる立場からすると、いい結果が出ている時でさえ認めてもらえない政治家には、私は絶対になりたくないと思ってしまいます。

 

リーダーというものは結果で判断されるのは仕方がないとは思いますが、結果が出ている時でさえも認めてもらえないとすると、政治家は何を励みに頑張るのだろうかと思ってしまいます。

 

今の政治家は犯罪者のような扱いをされているようで、見ていてかわいそうになってきます。

国民総出で袋叩きにしているような気がします。()

私が子供のころは、自民党は絶対的な権力を持っていて「強者」「権力者」の象徴のような存在でした。

だからこそ、当時は、自民党にかみつく朝日新聞やテレビのコメンテイターや田中真紀子さん等が正義の味方のような気がしてかっこよく感じました。

しかし、最近では自民党や政治家には、「強者」「権力者」というよりは、「いじめられっ子」のような雰囲気があって気の毒に感じることが多いです。

伊藤詩織さんの強姦事件などの時には、自民党の権力に憤りを感じることもありますが、普段の政策の際には、「そんなに政治家は悪人の集まりなのだろうか?!」と疑問に思うことがよくあります。

 

私には政治のことはよくわかりませんが、これだけ袋叩きにされて政治家になりたい人が減ってくることはないのだろうかと心配してしまいます。

 

 

 

 

 

厚労省から「新型コロナウイルス感染防止のため歯科医院で緊急性の少ない治療は延期を考慮すること」という要請がありました。

「不要不急の治療」「緊急性の少ない治療」と言われて、思いつくのが定期的な検診やホワイトニングですが、虫歯の治療においても痛みがある治療以外は緊急性が少ない治療とも言えます。

 

「緊急性のある治療」として思い出されるのが、歯科医師会が行っている日曜診療や休日診療でやっているのは、どこの医院も閉まっているため、順番で歯科医師が滞在して、緊急で痛くてどうしようもない人だけが患者さんとしてご来院される仕組みです。

休日明けまで我慢できない人が、「治療するDrは誰でもいいから、とにかく痛みを取ってほしい」と思う人が来院されます。

厚労省が本気で歯科医院に「新型コロナウイルス感染防止のため歯科医院で緊急性の少ない治療は延期すること」を望んでいるのであれば、日曜診療のような仕組みにしていかなければ、歯科医院の方で「不要不急の治療」「緊急性の少ない治療」を決めていくことは難しいと思います。

歯科治療において、どの医院も「治療よりも予防」の大切さを啓もうしてきました。

それが、「痛みが出るまでは歯科医院へのご来院は控えて下さい」と歯科医院側から伝えることは難しいです。

痛みが出る前の治療なら1,2回で済んだものが、痛みが出てからの治療では5~10回ご来院されなくてはならない可能性が高くなります。

矯正治療も「不要不急の治療」「緊急性の少ない治療」のように思う方もいらっしゃいますが、「結婚式があったり、就活や留学までに歯並びをきれいにしたい」というのは期間を逆算して考えられていることであり、歯科医院の方が「矯正治療は不要不急の治療」と決めつけるのはいかがなものかと思います。

私の中では、不要不急の判断は患者さまがするものだと思っています。

 

国としては、国民の命を守る義務があります。

経営者としても会社や雇用を維持していく義務があります。

国民としても、ただ生きていればいいというわけではなく、QOL(生活の質)に対していろんな思いがあります。

国民の義務として、法律は守るべきですし、国の指示には従うべきです。

しかし、「新型コロナウイルス感染防止のため歯科医院で緊急性の少ない治療は延期を考慮すること」という表現では、多くの医院が周りの歯科医院に合わせた対応をしていくしかないような気がします。

歯科医院側が、治療を断ったり、休診にすることが患者さまの為、社会の為、社員のためになるのであれば、歯科医院はそうしていくべきでしょう。

その結果、経済的に体力のない医院は、「閉院していくことも仕方のない事」と覚悟することになります。

コロナウイルスに殺されるリスクをとるのか、経済的に持ちこたえられなくて歯科医院を閉院するリスクをとるのか、そのバランスをとってかじを取っていくのか、国が断定しない限りは、経営者の考え方によって違いが出てくるのは仕方のないことのような気がします。

 

どの選択が正しいかったは結果論になってきます。

年齢的な点、独身か家族がいるか、資金的に余裕があるかないか、等々、それぞれのおかれた立場で考え、選択する方法は違ってきます。

 

こんな状況だからこそ、いろんな視点で物事を見ていかなくては「自分が正しい!!」という人同士の衝突で、ぎすぎすしてしまうような気がします。

どの選択にも正解はないけど、1人1人が責任をもって自分の頭で考えていく必要があると思います。

 

コロナ離婚が増えていると言われています。

結婚生活というのは、お互いに我慢しなければやっていけないところがあるものですが、お互いに余裕がなくなってくると、自己中な自分が出てくるものだと思います。

「自分が幸せでないのに他人を幸せにすることはできない」と言われていますが、自分の心に余裕がなければ相手を思いやる気持ちも沸いてきにくいと思います

心に余裕があれば、感情よりも理性が勝りますが、心に余裕がなくなれば感情が勝ってきます。

 

仕事においても、理性よりも感情が勝れば自分勝手な言動が増えてきます。

コロナウイルスの脅威にしても、自分は感染していない、絶対にうつされたくないとなれば、周りの人をばい菌のように見てしまいますが、自分が他人に感染させる可能性がある、という視点でとらえると少しは優しい気持ちになれます。

今は誰もが、被害者にも加害者にもなる可能性があります。

うつらない努力には、恐怖心が伴い受動的でしんどいですが、うつさない努力には思いやりの気持ちが伴い自発的でしんどさが軽減されます。

うつらない努力とうつさない努力の違いは、結果的には行動はほとんど同じだと思います。

やっていることは同じでも両者の間には、心への負担が違ってくると思います。

うつされたくないという気持ちが100%の人は、生きることが恐怖心に満ち溢れますが、自分から他人にうつしたくないという気持ちが増えれば増えるほど、気持ちは楽になってくるように思います。

 

経済的にも、世界的に厳しい状況が続いています。

金銭的に余裕がなくなってくると、どうしても視野が狭くなってきます。

誰もが厳しい状況で、心に余裕を持たせるのはプラスの考え方しかないのではないかと思います。

現実は同じでも、その現実の解釈力で見える世界は変わってくると思います。

 

マイナス思考は感情の力、プラス思考は意志の力

マイナス思考は無意識の結果、プラス思考は意識の結果

無意識のマイナスの感情に流されないで、意識しながら背伸びしてプラスの面に目を向けていきたいものです。

 

 

新型コロナウイルスの感染が広がっていますが、「緊急事態宣言が甘い」という意見が多くを占めています。

自主性に任せるのではなく強制的にさせるべきだとの意見が多いように思います。

「経営者の生活をきちんと保障してから、強制的にお店を閉めてもらうべきだ」という意見が多いですが、そんなことが本当にできるのだろうか??と疑問に思ってしまいます。

中小企業の助成金の上限が200万円と言われていますが、国の立場からすると200万円の助成金を出すことはかなりの負担になると思います。

一方、給付される中小企業の経営者にとって、200万円なんて必要経費のほんの一部にしかならない会社がほとんどではないかと思います。

お金を出す方ともらう方との金銭的なギャップが大きい以上、「安心して休業できる」ということは絵に描いた餅のような気がします。

コロナの終焉が1,2か月後なのか1年後なのか、それとももっと続くのかを予測することができない状況下において、安易に「みんなの生活を保障します!」ということは言えないことは凄く理解ができます。

もちろん、生活を保証したほうがいいのはわかっていますが、どこまでの金額が正当な金額なのかはそれぞれの事情で違うでしょうから私にはわかりません。

私自身、経営者として、期限が分からない状況下において、スタッフに「給料は保証しますから安心して自宅待機してください。」ということは簡単には言えないです。

 

平時と有事ではトップのスタンスも違ってきます。

平時において「スタッフを大切に考えています」と言っていても、いざ会社が倒産する可能性が出てきたら、すべての社員と倒産を見届けるのか、あるいは、そういうスタッフにも辞めてもらわなくてはいけなくなってきます。

そうなると平時に言っていた「社員を大切に思っている」ということは嘘だったのかということになりますが、決して嘘を言っているわけではないでしょう。

 

ヨーロッパのどこかの首相が「コロナウイルスは戦争だ」と言っていましたが、戦争と同じような状況の時と平和な時とでは、常識が違っても仕方のないこともあると思います。

人の命は同じように平等ですが、人工呼吸器が足りなくなったり、食糧が不足してきたら何かを基準に助ける人を選別することも有事においては起こりえることだと思います。

戦時中の出来事を平和の時の常識で判断することには何か違和感を感じることがあります。

 

日々歯科医院を経営していて、いろんなことを決断していかなければなりません。

その決断には、正解がないことの方が多いです。

自分の中で意識しているのは、間違った決断をすることを恐れるよりも、決断して間違っていると思ったら、すぐに修正していくことの方が、考えすぎて行動が遅くなりよりもずっといいと思っています。

しかし政治家のトップともなれば、間違ったから簡単に修正すればいいというレベルの問題ではないので、1つ1つのことを決断することがいかに大変なことなんだろうと思います。

コロナウイルスに関しても、政治家の決断に非難が集中していますが、政治家もいろんなことを想定しながら決断しているに違いないのに、かわいそうだなと同情してしまいます。

 

今の政治家の決断が正しいのか正しくないのかは私にはよくわかりませんが、他人の決断を非難したり、批判することは簡単ですが、決断することの大変さを日々感じているので、政治家の決定を批判している人を見ると「批判ばっかりするのは辞めようよ!」と感じてしまいます。

政治家だって人間だから、これだけ非難ばかりされたら、やる気がなくなってしまわないのかと心配になってきます。

 

 

長く勤務してくれているスタッフに、「なぜ長く勤務してくれているか?」を聞いたことがあります。

その時に、「青山先生はクレーマーから自分を守ってくれたから」というコメントがありました。

当時は、私の中では、スタッフを守っている意識はなかったのですが、スタッフではどうしようもないクレーマーの対応は、トップである自分が出ていくのが当然だと思っているので、理不尽な要求をしてくる方の対応を私がしたら、スタッフは「自分を守ってくれた」と思ってくれたみたいです。

 

少し前の映画で木村拓哉さん主演の「マスカレードホテル」というものがあり、刑事役の木村さんが理不尽なお客さんへの対応で「お客だからと言って何を言っても許されるわけではないだろう!」というようなコメントをホテルマンの長澤まさみさんに言っていましたが、長澤さんは冷静にクレーマーに対応していました。

 対等な人間関係においては木村さんの意見が正解ですが、仕事においては長澤さんの対応の方がレベルは上だと思います。(私にはできませんが……)

 

しかし、スタッフの立場からすると、仕事が忙しいことは我慢できても、理不尽な要求に対して神経を使うことは我慢が出来ないことも多いのかもしれません。

対応する相手が家族の場合、恋人の場合、上司の場合、部下の場合、お客様の場合、自分がお客の場合、男性の場合、子供の場合など、相手によって、こちらの対応に違いが出てしまうことはある意味仕方のないことかもしれません。(よくないことですが……)

家族には馴れ合いの甘えが出ますし、お客様や上司に対しては極力我慢をしようとするスタンスなのが人間だと思います。

 

どの職場においてもお客様に対しては極力我慢をしますが、自分がお客になった時には、理不尽でわがままにふるまう人のことをクレーマーというのだと思います。

対等な相手や上の人には絶対に取らないような言動を、自分がお客になった時には平気でとる人がいるものです。

そういう人を見ているといじめの心理とダブって感じます。

いじめというのは相手が反撃してこないとエスカレートしてきます。

自分はお客なのだから、お店側は絶対に自分に言い返してこない、という安心感から理不尽な要求を突き付けてくる人がいるものです。

いじめをしている人も理不尽なクレーマーも、そういう行為をやっている時は、相手の服従する姿に優越感を感じているのだと思います。

 

昔に比べて今の時代は、クレーマーの数は5倍増えてきていると言っている人がいます。

心の病んでいる人が増えている時代において、自分のストレスを自分がお客になった時に発散しようとする人が増えているのかもしれません。

モンスターのクレーマーには「物を買ってやっているんだ」「ここで食事をしてやっているんだ」「ここで治療してやっているんだ」etcの意識があるから、傲慢な態度に繋がるのだと思います。

「お客様は神様です」という時代がありましたが、今はすべてのお客様が神様ではない時代のように思います。

医療においては、「術者と患者様で一緒にいい治療をしていきましょうね」という契約をしているのに、「自分はお金を払ったのだから何でも自分の意見は聞け!」というようなこちらに奴隷契約をしたと勘違いしている患者さんには、毅然とした態度でスタッフを守っていかないといけない時代なんだと思います。

 

クレーマーが増えていくことをコントロールすることはできないのなら、その分自分が強くなっていくしかない時代のような気がします。