仕事を辞めたい原因のトップが人間関係の悪化といわれています。

では人間関係の悪化とは具体的にはどういうことかと考えてみました。

逆にいい人間関係とはどんなものかとも考えてみました。



仕事における最大の目的は、お客様に喜んでもらって「ありがとうと言ってもらうこと」だと私は考えています。

当クリニックでは、社員一同お客様に喜んでもらおうと頑張っていますが、たとえばその中に、自分が楽をすることを最優先に考えている人間がいるとします。

その人にとって、自分のことよりもお客様のことを大事に考えている人間を認めるということは、自分の考え方や生き方を否定されることになります。

自分を否定したりされたりすることは気持ちのいいものではありません。



その時にとるであろう行動は、自分と同じ間違った考えの仲間を増やそうとしたり、孤立しても自分は自分と開き直ってチームの和を乱すか、あるいは辞めていくことを考えます。

学校生活で、ドロップアウトした人間がすることと同じ傾向になります。



そういうチームは居心地の悪いチームになります。

職場において、自分が楽をすることを最優先に考えている人は、そういう考え方の人で集まれば自分を否定されなくて済むので快適でしょうし、お客様から「ありがとう」と言ってもらうために楽したい気持ちを抑えている人はそういう人間が集まって切磋琢磨しているチームが快適になってきます。



甲子園を目指しているチームに、趣味で野球をしている学生が来ても、お互いに居心地が悪くなってきますよね。

職場においても、結婚生活においても、友人関係においても、同じ価値観で生きている人といることが居心地のいい人間関係なんだと思います。



クリニックのトップとして、今いるスタッフが居心地良く仕事していくために、自分が楽をすることを最優先に考えるような利己的な人間が入社してこないように採用に気をつけ、間違ってそういう人間を採用しても、そういう人間にとっては、居心地が悪くなるような環境にして、自分から去って行ってくれるような職場にしていきたいと思っています。



わかりやすく言えば、当クリニックは仕事を通じて成長したい人間にとっての、甲子園を目指している人が集まる集団にしていきたいと思っています。













原発事故の対処の為に、自衛隊、消防援助隊、警察官、東京電力の方の命がけの仕事には本当に頭が下がります。

こういう方々のおかげで、危機を回避しているのだと思うと、感謝の気持ちと自分も使命感を持って生きていきたいと切に思います。


人にはそれぞれいろんな立場があります。

私自身、青山個人の立場、私の両親の子供としての立場、妻の旦那としての立場、娘たちの父親としての立場、社員の上司としての立場、患者さまの主治医としての立場、男性としての立場、日本人としての立場、人間としての立場、etc……


上記の仕事の方々にも家族がいることと思います。

そして命をかけて危険に立ち向かっていくことは、父親や旦那として妻や娘の立場からすればやめてほしい行為かもしれません。

しかし、男として、日本人として、人間として、とても勇敢な行為で尊敬します。


時として、ある人からは高く評価されることが、別の人からは逆の評価になることがあります。

その際の基準になるのが、その人の人生観、使命感ではないかと思います。


男性と女性では考え方が違うかもしれませんが、私の中では、プライベートでは当然、家族などの身内を優先して守ろうとすると思いますが、使命感を持って働くべき仕事においては、もっと広い視野に立った、自分、家族のこと以上に他人の為にどういう行動が出来るかということの方が大切なような気がします。


私自身、実際の現場において、どこまでその気持ちを貫けるかはわかりませんが、男として、日本人として、自分のことが好きでいられる行動をしていきたいなと、自衛隊や消防援助隊などの方々の勇敢な行動に襟元を正される思いがします。


この年になってきますと、人として生まれてきた以上は、損得よりも、人間として価値ある生き方をしていきたいと思います。







今回の震災で義援金を寄付された方は多かったのではないでしょうか?

私も寄付をさせていただきました。

しかし、寄付をするまでに時間がたってしまいました。

寄付しようとは早くから決めていたのに、いくらの金額が妥当なのだろうかということで、長い間自問自答していました。


イチローが1億円、安室奈美恵が5000万円とかすごい数字がマスコミで流れていましたが、「一般人にはいくらが相場なのだろう?」と思ってしまった人は他にもいるのではないでしょうか?


「寄付というものは気持ちが大切だから、気持ちがこもっていれば金額は関係ない」のは頭ではわかっていても、どういう基準で判断していくべきか本当に悩みました。

寄付した今でもよくわかりません。


毎年、収入の何%かを寄付することを自分に義務付けている人の話もときどき耳にします。

困っている人に手を差し伸べることは大切なことですが、私の場合、今までに寄付するということに慣れていないために、こんなに悩んでしまったのかと反省したり、答えがないテーマだから、今から少しずつ自分なりの答えを見つけて行こうとも思っています。


スーツを着なれていない私がたまにスーツを着るととても変な気分がします。

普段からスーツを着ている人はそんな気持ちは感じないでしょう。

寄付も同じで、普段から寄付しなれていないから、こういう時に妥当な金額はいくらなのだろうと考えてしまうのだと思います。


私は人生の折り返し地点を過ぎているので、そろそろ、いろんな意味での社会への恩返しを考えながら生きていかなくてはいけない時期に来ているように感じます。

今回の地震や原発の被災地から離れていればいるほど、ホッとしたりよかったと思うのが多くの人間の偽わらざる気持ちのような気がします。


今現在で考えればそうだと思いますが、未来的に考えれば、被災地から近ければ近い人ほど、人として生きていくために大切な信念が身について幸せを感じられる感性が強くなるように思います。


本当に困った状態において役立つのは、表面的な知識ではなく、深い部分でぶれることのない信念だと思います。


人を動かすのは「思い」です。


未曽有の大地震や原発の恐怖に耐えて、生き抜いた方は、今後の人生において普通の人には持ち合わせていない信念が植えつけられているのだと思います。


復興までには時間もかかりそうですが、気持ちだけは折れないで耐え抜いてほしいと祈るばかりです。


耐え抜いた先には悟りに近い幸せが待っていると思うので、頑張ってほしいと祈るる気持ちでいっぱいです。

昨日のブログにも書きましたが、今回の震災でのコメントが難しいのは、自分が経験してないレベルの大変さを頑張っていらっしゃる方に向かって、簡単に「頑張ろう」のようなコメントをしても、軽い言葉になってしまうように思われてしまうように感じたことがあります。


必死で生きている方に向かって、普通に生きている自分がどういうコメントをすれば勇気づけられるのか私には思いつきませんが、それぞれの人が自分でできる努力の範囲を広げていくことかなと思います。


頑張って生きていない人は他人を勇気づけることもできないんだと知って、これからの人生においても辛いこと思うようにいかないことから逃げないで頑張って生きることが、未来に誰かを励ますことができるのだと信じて頑張ろうと思います。


それにしても、困難な時に力を合わせる姿を見ると日本人って素敵だなと再認識しています。