東日本大震災から1週間が経ちましたね。

ブログで何かを書こうと思っていましたが、東北の方の状況を考えると軽々しいコメントをすることがはばかれる気持ちが強かったです。

一個人の人間として出来ることは何かと考えても、やはり目に見えるものとして、寄付ということは思いつきます。

今ほどの状況では、一日も早い復興にはやはりお金が一番必要だと思います。

しかし、お金以外にも何かできることはないのだろうかと考えました。

「祈ること」……祈ったところですぐに何かが変わるわけではないかもしれません。しかし、自分のことではなく見ず知らずの他人の為に心から祈るという行為が、今後の長い年月も含めて、何かを生み出すような気がします。

私は、被爆地の広島県の出身ですが、いまだに多くの人が被爆者に対して心からの祈りをささげてくださることが何らかの強い力を広島県民に与えてくれているように思います。

「自分のことのように感じること」……東京もかなり強い地震がありましたが、1週間たち、地震もかなり落ち着いてきました。

しかし、東北の方の状況は一向に改善していないようです。

1人1人が、東北の人のことを常に意識しながら、必死で生きていくことが大切なように思います。

1人の力は本当にしれていますが、無力と微力は大きく違うと思います。

微力の積み重ねが大きな力になると信じて継続していきたいと思います。

今の私ではこれぐらいのことしか思いつきませんが、他人事ではなく、少しでも自分ごととして感じながら生きていきたいと思います。

前原外相は民主党の中でも、かなり期待できる人材のように思えていたので、今回の辞任は残念な気がします。


そもそも、政治家というのは何のためにいるのかと考えてしまいました。


国民は彼らに何を期待しているのでしょうか?


人間的に素晴らしいとか、いい人とかいうことではなく、日本のために何をしてくれるかということが大切なような気がします。


もちろん法律という決まりごとはありますが、何をしたかということよりもどういう「思い」でそのことをしたのかが大切なように思います。


私利私欲のため、自分の損得のためにしたことか、日本のことを思って、使命感でしたことかなど、その人の生き方考え方が大切なように思います。


人は思いがあって行動します。


日本のためを思って頑張っている人のやる気をそぐようなことをしていたのでは、いい人材が政治から離れていくのではないかと心配してしまいます。


法律や規則は守らなければいけませんが、揚げ足を取り合ったり、あら捜しをすることが日本のためになるのかといつも考えさせられます。

今回の事件が、揚げ足取りのレベルなのか辞任すべき問題なのかは私にはよくわかりませんが、政治の在り方に強い疑問を持ってしまい、このままで日本は本当に大丈夫なんだろうかと感じないわけにいきません。


中国の政治の在り方もいろいろ問題がありますが、自由という名のものとに、本来のあるべき姿が失われていっているように感じてしまいます。


今の時代には、日本のような政治体制で、リーダーシップを持って進めていくことは不可能なんだろうかと悲観的な考え方になってしまい、落ちるところまで落ちなければ変わることはできないようにも感じてしまいます。


政治家が独走しないように目を光らせることは大切なことなのかもしれませんが、ダメな部分を見つけて非難するよりも、頑張っていることを見つけて評価できるような世の中になっていかなければいけないのではないかと思ってしまいました。



パソコンの調子が悪くて久々のブログです。



日々、いろんなことが頭をよぎり、小さな気付きをアウトプットしたいのですが、文章にするとなるとなかなか腰が重いのを感じます。


いろんなことに気づき、アウトプットしながら潜在意識に染み込ませ、自分の習慣にすることで人生が変わってくると信じています。


知っているだけでは何も変わらなくて、無意識でできるぐらいまで繰り返して初めて何かが変わってくるのだと思います。



今は、物事の受け入れ方をプラス思考にするように心がけています。


目の前で電車やエレベーターが行ってしまおうと、思うように物事が進まなくても、たとえ病気になっても、一瞬でプラスに変えられるような考え方、受け入れ方を心がけています。


(一見不幸と思えるようなことなど)何が起こっても、「ありがたい」と思えるようになった時、私の中の幸せ度数が一気に跳ね上がり、私の人生が激変すると信じています。


自分の力で環境は変えられないけど、自分の受け入れ方は変えられるので、一生をかけて少しずつ幸せな考え方に近づいていきたいと思っています。

先日、子供をスケートに連れて行って一緒に滑りました。


スケートは27年ぶりで滑りはひどいものでしたが、「10代はいろんなことを悩んでいたな~」と当時の事を思い出しながら滑っていて懐かしかったです。

人は、現在、過去、未来を使い分けながら今を生きているように思います。

その使い方を間違えると、過去に固執して今をないがしろにしたり、未来を心配して今現在をおろそかにしたりしてしまいます。



一番大切なのは、今現在をどう生きるかです。

私は、過去と未来は、今を充実させるための道具だと思っています。

今をどう生きるかで、過去を正当化でき、未来が明るいものになってきます。



しかし、生きているといろんなことが起こりますし、日々、常に前向きにエネルギッシュに生きることは難しいです。


そんな時、過去を思い出して自分の成長を喜び、未来を夢見てワクワクすることで苦労を楽しみに変えていくことができるようになると思います。



今後、過去を思い出して自分の成長を喜ぶためには、今を頑張らなければいけません。


未来を夢見る時、ワクワクするような夢を見るためには、今を頑張らなければいけません。


現在と過去、未来はつながっているのです。

過去と未来を輝かせるためには、今現在を充実させていくしかないのです。



現在、過去、未来を悪循環で回していくか、良い循環で回していくかは、今をどう生きていくかにかかっていることを自覚して真剣に生きていきたいと思います。



















私のブログを読んでいただいてる方から「青山先生はどこかの宗派を信じているのですか?」という事を聞かれた事があります。

意識はしていませんが、話の内容が宗教的なのかもしれません。


宗教の存在自体には好意的な考えを持っているのですが、私にとっての宗教は、小さいときから両親に「宗教はだまされるとお金を巻き上げられるから注意しなさい」ということを聞かされて育ちました。

実際、実家の近所で、つぼを売っていてトラブルになったり、お布施のために持っていた自分のお店など全てを失った人がいたので、「宗教って怖いなー」と子供心に思っていました。

 

大学に入りますと、「原理研究会」というものがあって、「あそこに説明を聞きにいくと洗脳されて、抜け出せなくなってひどい目にあうんだよ」と友人から聞かされ、ますます「宗教って怖いなー」と思っていました。

一方、一度話を聞いたぐらいで人が洗脳されることが本当にありえるのだろうかと、怖いもの見たさで、どんなものなのか見てみたい気もしました。


まともな宗教との接点は、私の好きな作家で「氷点」「塩狩峠」などの著者である三浦綾子さんと「太郎物語」などの著者の曽野綾子さんがキリシタンだったので、キリスト教を信仰するのも悪くないなと学生時代に真剣に思ったことはありました。

しかし、宗教はイメージ的に一度入信してしまうと2度と引き返せない世界だと思っていたので、怖くて特に行動は起こしませんでした。


その他に、開業して仕事がうまくまわらない時には、宗教ではないのですが、故中村天風先生の教えている人生哲学の「天風会」に3年ほど入っていました。

ここでは、特定の宗教や神様を信じるのではなく、神様というのは自分の心の中にあるのだということで、心の中の考え方や目に見えないものを敬い感謝する気持ちを学ばせていただきました


そして、私が最も影響を受けたのは、私の妹が難病の末、病で38歳の人生を閉じたことでした。

死んだら全てがお終いだとしたら、妹の人生はなんだったのかということを考えていた時、「オーラの泉」などで、江原さんが輪廻転生のことや、人間の魂は何度も生まれ変わるということを言われていて、もしそうだとすれば、妹の魂はまた違う形でこの世に出てくるのだと思うことで、私の心はかなり元気になってきました。

今までは、死後の世界や魂の存在とかを信じることで、幽霊などに会ったら怖いと思って(笑)、そういうことは意識的に考えないように、信じないようにしてきていました。

しかし、妹の幽霊だったら会ってもいいと思えてきて(笑)、魂の存在や死後の本をたくさん読むようになって来ました。

そうしているうちに、人間は目に見えない神仏を敬う気持ちが無ければ、謙虚な生き方ができないのではないか、と思えるようになってきました。


そんな気持ちが強くなっている時に、星の王子様の「本当に大切なものは目では見えないんだよ」という一文に出会い、この一言で私の心のスイッチがいきなり「オン」になってしまい、私の中で「目に見えないことにこそ真実が隠されている」、と思えるようになってきました。

私にとって、死後の世界を考えることは、妹の供養の意味でも避けられないものでした。


そして、私の中では、死後の世界、魂の存在、目に見えない畏敬な存在を信じて生きていくほうが幸せになれるので、今後も信じていくと思います。

そういうことを信じていると、億万長者の斉藤一人さんは「神様は自分自身の中にいるんだよ」村上和雄さんは「目に見えない存在のことをサムシンググレート」と呼び、多くの成功者が、そういう存在を信じていることに勇気付けられたものです。


日本において、宗教というのは弱みに付け込むような悪いイメージの方が強いので、表立って肯定することはできない雰囲気がありますが、「目に見えないものを敬う気持ち」は、絶対に大切なことだと思います。

宗教という事にアレルギーがある人にとっては、神様や仏様以外の、「サムシンググレート」でいいのではないでしょうか。


大切な事は、見えることだけを信じて「損だ、得だ」という価値観で生きるのではなく、人としてどう生きるかと言う事を考える際には、目に見えない力を信じる事が、自分を正しい方向に導いてくれると思います。