私は「怖れる事がない人生が幸せな人生だ」と定義づけています。


そして人が自分の事を不幸に感じる最大の原因が、怖れではないかと思っています。


“怖れ”は、これから起こりうるかもしれない出来事を受け入れたくない気持ちが原因で発生する心の動きです。


自分はこうありたい、こうしたいと思うことと違う結果が生じようとしている時に、その結果を受け入れたくない時に“怖れ”が生じるのです。
 
人間は誰でも苦労はしたくないし、争いたくもないでしょう。


物事が思うように進まないで辛い状況になりそうな兆しがあれば“怖れ”を抱くのです。


お金が無くなりそうな時、大切な人を失いそうな時、自分の病気が治らなかったらと想像したとき、好きな人と別れそうな時etc…


すべてのことを受け入れる覚悟ができれば“怖れ”の入り込む余地はなくなるのです。


“怖れ”のない人生が最高に幸せな人生であるのであれば、すべてを受け入れられる人間から幸せになっていけるのではないでしょうか。


全ての事を受け入れるために大切な事が、身近な事に感謝する習慣なのだと思います。


何かに感謝している時に、自分の事を不幸に感じる人はいません。


感謝する心を持つ事は、相手の為ではなく、自分の幸せのためなのです。


それは毎日コツコツ、感謝する事を積み重ねていかなくては習慣にならないので、初めのうちは無理矢理にでも感謝できる事を見つけていかなくては習慣にはなりえないのだと思います。


一見悪いと感じそうなことでも時間がたつと何かを学ぶことができているものです。


それなら「ピンチはチャンス」と考える思考回路を作っていく努力をしてきたいと思います。


いいことが起きても、一見悪いと感じそうなことが起きても、どちらが起きても感謝できる人間になれば、24時間幸せな人生なんだと思います。


面接が多い時期になりましたが「何の為に当クリニックを志望をしたのか?」と聞くと、「仕事を通じて成長する為」という答えが多いです。


その答えを聞いて、「成長とは何を持って成長といえるのだろう?」と改めて考えてしましました。


成長したいから当クリニックに勤めようとしているのであれば、社員を成長させてあげなくては当クリニックに勤めてもらう意味がない事になってしまいます。


歯科医師、歯科衛生士、歯科技工士といった専門職の人は、今までできなかった仕事ができるようになったり、手際よく仕事ができるようになる事を成長と考えられているのではないかと想像できます。


しかし、私の中ではそれは少し違うのではないかと思っています。
 
歯科医師などの自分の職種を通じて患者様と接するのが、我々の仕事です。


歯を削ったり、歯石を取ったり、模型を作るのは作業です。


患者様から満足していただいて、初めて仕事をした事になります。
 
患者様に満足してもらうために一番大切な事は、どんな職種であろうとその人の人間力だと思っています。
 
人間力って抽象的すぎますが、その人が思い考え行動している事がその人の人間力だと思います。
 
いい事を考えている人はいい行動をとります。
 
何が患者様の為かという事を考えていれば、いろんな行動があります。


他人を思いやれる気持ちや、前向きにプラス思考に考えられる事、嫌な事を最小限に受け入れられ、いい事を最大限に感謝、感動できるようになる事が人間の成長ではないかと思います。
 
当クリニックに勤めることで、そういう考え方が出来る人間になるお手伝いができればいいなと思っています。
 
トップは後ろ姿と情熱でしか部下を指導していく事はできないのであれば、トップである私が本気でそういう成長を目指して頑張ることが大切なんだと思います。


面接をしていて自分の襟元を正さなければいけないなといつも思います。


人間関係において大切なことは、自分をオープンにしていくことではないかと思っています。

コミュニケーションの少ない関係で、お互いに黙っていたのでは、相手が何を考え、何を感じているのかわかりません。

何を考えているのかわからないから誤解が生じたり、不信感につながるのだと思います。

エレベーターで他人と同じ空間になると、緊張感やストレスが感じられるのは、この人が何を考えているかわからないからではないでしょうか?

友達や夫婦においてもコミュニュケーションがなければ、何を考えているのかわからなくて誤解が生じやすくなります。

まして、他人となれば少しでもコミュニュケーションを増やしていかなければ、不気味な存在のままでお互いの距離は永遠に縮まりません。

以心伝心なんて言うのは、お互いをよく知っている人間間のことではないでしょうか?

それでも誤解を生じやすいものです。

他人との人間関係では、自分の考えている事をオープンにしていくことで、お互いを知っていくことが出来てくるのではないかと思っています。

私は医院のミーティングで、自分の恥ずかしい部分を話すことが多いですが、自分をオープンにして、お互いの壁を取り除きたいという思いから、恥ずかしい部分を隠さないで話すようにしています。

医院のトップとして、まずは自分から殻を破っていかなくてはいけないと思っています。

そうやって、自分をオープンにしていけばいくほど、私自身飾らないで生きていけるので、今のままの自分を受け入れていけて、自分に自信がついているようにも実感します。

自分のことをオープンに出来ない人は、その代償として、自分を飾って生きていかないといけないので、誤解されたり、低評価だったり、意味もなく攻撃される頻度も増えてくるように思います。

自分をオープンにするから攻撃されるのではなく、自分を隠そうとするから相手は本性を出させようとして、攻撃してくるのではないかと思えるようになってきました。

人は泥臭くても頑張っている人間を攻撃したくはないものですが、いい恰好をしてすましている人間を攻撃したくなるのではないかと思います。

自分らしく生きるとは、自分の弱さをオープンにして、相手の反応を受け入れる覚悟をもって生きていくことにあるのではないかと感じています。
このブログも、自分をオープンにすることで自分らしさがわかってくるように思って書いています。

人間は日々大きな矛盾に突き当たりながら生きていかないといけません。

多くの場合、自分が持っているものに感謝するのではなく、自分が持っていないものを欲しがるようにできているように感じます。

人間は「他人の芝生は青く見える」「ない物ねだり」をする動物なのです。

それは今持っていない物を、どうにかして手に入れようとがんばるから能力が向上するメリットもあります。

しかし、常に無いものを求めていたのでは、心が満たされることはありません。

平穏な気持ちになったり、満たされた気持ちになるためには、逆に自分の持っているものに感謝して「足るを知る」生き方をしていくことが大切になってきます。

このない物を手に入れようとがんばる姿勢と、持っているものに感謝して満たされた気持ちで生きている、一見相いれない2つの考え方のバランスをとって生きていくことはとても難しいのです。

理想としては「足るを知って」日々持っている物、与えられている物に感謝しながら、満たされた気持ちのうえで、目標を持って更に上を目指していくことなのでしょうが、人間は本来、怠け者なので、心が満たされていますと楽な方へ流されがちなのです。

心が満たされないで、今の状況を何とか良い方向へ変えたいと思うからこそ、つらい努力も出来るのです。
 
スポーツにおいても、トレーニングと休息のバランスが大事なように、「ない物ねだり」と「足るを知る」バランスをとれる人が仕事においても、人生においても成功者となれるのです。

この関係をスポーツで例えて言えば、「トレーニング」が「ない物ねだり」に当たり、「休息」が「足るを知る」ことになるでしょう。

このバランスの取り方は各々の性格や今現在おかれている状況によって違ってくるでしょう。

私の中でのこだわりは、物欲など目に見えるものには「足るを知る」必要があり、誰かの役に立つ、利他の気持ちや向上心など目に見えない精神の向上には決して満足することなく精進していく生き方が正しいように思えます。

利己のための前進は卑しく、利他のための前進は貴いと思いますが、それらは100%どちらかというものではなく、利他の比率を高めていくことを成長というように思います。

人間は無意識レベルで何気なく生きていると、他人と比較をして生きているように思います。

そして他人よりも優れた点を見つけては喜び、他人より劣っている点を見つけては落ち込み一喜一憂してしまいます。


できれば優越感だけを感じて生きていきたいので、劣等感を感じそうになったら、本能的にその人の足を引っ張ろうとする気持ちが芽生えてきます。

その最たるものが「いじめ」だと思います。

いじめは自分が優越感を感じていたいからする卑劣な行為だと思っています。

いじめの根本的な問題は、他人との比較です。

他人と比較するから優越感と劣等感を感じてしまうのです。


人間は本能と理性があります。

本能で生きれば、他人と比較して生きてしまいます。

理性で生きれば、他人と比較するのではなく、過去の自分と比較して生きていけます。

言葉を変えれば、感情で生きれば他人と比較して生き、理想を目指して生きれば過去の自分と比較して生きていきます。


私の今年の最大のテーマは、「感情で生きないで理想で生きる」ということです。
他人と比較して一喜一憂するのではなく、自分の成長に目を向けて一歩一歩確実に前進していることを喜んでいきたいと思います。

他人と比較して優越感を感じた時は、優越感を感じる考え方は、明日は劣等感に代わることを肝に据えて反省し、他人と比較して劣等感を感じた時は、相手を妬むのではなく、その人の目に見えていない努力に敬意を向けるようにしようと思います。

そして、他人と比較しないで自分の過去と比較する生き方を習慣にできるように、意識的に理想に向かって生きていきたいと思っています。


一喜一憂する生き方を戒め、常に安定した気持ちで生きていきたいと思っています。