誰かに嫌な気分にさせられると、まずその人への仕返しを考えてしまうのが人の常のように思います。



私もそうですが、100人中99人はそうではないでしょうか?



後の1人は相手への仕返しではなく、その出来事を自分の成長のために考えたり、その出来事にとらわれないで、違うことへ考えを移行します。



嫌な気分にされた時点で、その人の感情は悪循環に入っています。

そこで仕返しを考えると、悪循環が定着してしまいます。

一方、同じ出来事でもいい方に考えたり、違うことへ考えを移行できる人は、悪循環を一瞬で回避できます。


わかりやすい例で言いますと、ある日、犬のウンコを踏んでしまいました。

自分の靴はウンコを踏んでいると考えている限り、気分はすぐれません。

ウンコを踏んだことを忘れるか、ウンコを踏んだ靴がこの靴でよかった、とかいい方に考えて、少しでも早く嫌な気分から脱しなければなりません。

最悪なのは、このウンコをした犯人を捕まえて文句の一つも言ってやろうという対応ではないでしょうか?(笑)


嫌な気分にされた時に、仕返しいたい気持ちはあっても、たいていの場合は実行できません。

それならば、仕返ししたい気持ちを成長や成功に気持ちを切り替える習慣にしていきたいと思っています。


そうなった時、僕の人生は成長と成功しかない人生に変わっていくのだと思います。

中国に「泣いて馬謖を斬る」ということわざがありますが、クリニックを経営していて、優しさと厳しさのバランスに悩むことがよくあります。

自主性と強制的ともいえるかもしれません。


できることならどの経営者も、社員の自主性に任せ優しく接したいものです。

しかし、仕事というものはあるレベルに達しなければ仕事をしたことにはなりません。

趣味は自己満足でいいですが、仕事は他者満足を得て始めて完結します。

プライベートな友人関係ならミスをしても「ドンマイ、ドンマイ」ですみます。

しかし仕事においては、自分がミスをするということはお客さんなり、同僚に迷惑をかけることになります。


職場は仲良しクラブではありません。

お互いのミスを許しあうという風潮の裏には、「自分がミスをした時も許してね」という暗黙の甘さが隠れています。


お客さんに迷惑をかけておいて、「ドンマイ、ドンマイ」ですます風潮の会社は、遅かれ早かれつぶれていくでしょう。

その時点で、「ドンマイ、ドンマイ」でなかったことにやっと気がつきます。

しかし、「時すでに遅し」なのです。


経営者は社員に比べ、常にお客様を意識していますので、小さなミスにも敏感ですが、社員によっては、ミスに対する温度差があります。

小さなミスに対しても許されないこと、という緊張感がある職場と、小さなミスなので「ドンマイ、ドンマイ」で人間なんだから仕方がないではないかという雰囲気の会社では、ミスの頻度も違えばお客様の満足度も違ってきます。

その差をコントロールできるのはトップの経営者しかいないと思っています。

「和」を強調しすぎるあまり、「厳」がおろそかになりがちですが、「厳」があってこそ「和」に意味が出てくるのだと思います。


トップは、どうしても目の前の社員の顔色を見がちですが、社員に迎合して「ドンマイ、ドンマイ」ですましているのか、見えないお客様のほうを見て適度な緊張感を維持していくために「厳」を取り入れるのかでその会社の将来性が決まってくるように感じます。


「和」で妥協するのか、「厳」を取りいれられるかは、最終的にはトップがその会社をどういう方向に進めていきたいかの「思い」の違いで決まってくるように思います。

今は結婚していますが、独身時代に、結婚相手を決めるまで、いろんなことを頭で考えていました。

そして結婚が38歳と周りの友人よりも遅くなってしまいました。

当時から結婚はゴールではなくスタートだとは思っていました。

結婚後は見ず知らずの人と生活を共にして、普通に暮らせば4050年近くを一緒に過ごすことになります。

できれば、喧嘩は少なくしたい、自分の考え方を受け入れてくれるような価値観の近い人と結婚したい、将来的に起こるであろう問題点も解決できるパートナーでありたい……

相手が自分との結婚に何を期待しているのだろうか?

その期待に自分は答えられるのだろうか?

自分をアピールしたいが、期待されすぎないようにしないと、後で約束が違うなどともめることは嫌だ、等々……


いろんなことを考えれば考えるだけ、結婚というものが怖くなったり慎重になってきました。

友人からは「頭で考えないで好きという感情で動けばいいじゃん!」とじれったがれましたが、年齢とともに理屈っぽくなってきて、右脳よりも左脳が発達してしまい、どうしても結婚後の生活を冷静に判断している自分がいるのです。

どういう人と結婚するのが一番最適か、どういう人とだったらうまくいくか等々………

今となっては笑ってしまうような昔の思い出ですが、歯科医院を運営していて人を採用する際も同じようなことを考えている自分がいます。

一度採用すれば、その後長い付き合いになるのだから、きちんとした人を採用したい。

いったん採用したら、できるだけ目をつむって長い目で見守らなければなりません。

そのためには、採用時や試用期間中に十分観察して判断しなければと思っています。

クリニックに適した人材を採用したいが、相手の求めているものとこちらが提供できるものとが一致しているだろうか?

過度の期待をされて入社してもらっても、行き違いがあるといけないし、甘い考えで入社されても周りのスタッフに悪影響があるので厳しいことを言わなければいけません。

お互い知らない者同士が、面接や入社して今後のことを判断していくので難しい点は多いです。


年々クリニックのレベルが上がってくれば、求める社員のレベルも毎年上がってきます。

相手を見抜く力というのは技術ではなく直観力のような気がします。

直観力というのは、多くの経験を積んで身に着けていくしかないのではないかと思います。

いろんなことを試しながら、いい人材を確保していきたいと考えていますが、まずは自分が成長していくことが直観力を身に着ける唯一の方法ではないかと思い自己修練していきたいと思います。

先日、牛丼屋で昼食を食べていた時、隣の人よりも後から来た私の方に、先に牛丼が運ばれてきました。

「あれ?!」とは思いましたが、「隣の方は何か時間がかかるものを注文されたんだろうな」と思ってそのまま食事をしていましたが、しばらくして、その方は返金を希望して立ち去られました。

「あ~やっぱり!」という感じで、社員の方が注文を忘れていたみたいでした。

私もこのお客の方と同じようなリアクションをしたことがあるので、返金して立ち去られる気持ちがとても理解できます。


しかし、今はなるべく穏便に済ましていきたいと考えています。

返金希望して立ち去ることで、少しは「俺は怒っているんだ。ざまあみろ!」という気持ちも解消できるかもしれません。

しかし、結局、一番損をするのは腹を立てた自分のような気がします。


その場で、「注文したものがまだ来てませんよ!」と言えば、あと23分で急いで牛丼は出てきます。

しかし、また別の店に行けば、怒りとともに新たに待つ時間も発生しますし、その日一日嫌な気分で過ごさなければなりません。

相手の為というよりは、自分の時間を無駄にしない為にも穏便に許してあげた方が得だと思います。


今回においても、隣の方には何の落ち度もありません。

落ち度もない上にイライラさせられたのでは、踏んだり蹴ったりになってしまいます。


自分の感情をコントロールできるのは自分だけです。

他人が自分のことを不愉快にしているように見えますが、その流れに乗る決断をしてしまうのは、やはり自分なのです。


怒ることが当然の場合でも、せめて怒りを少なくしていくことが自分の時間を無駄にしない為にも大切な事のように思います。


上記のように言うのは簡単ですが、それを実践することはとても大変な事なのはよく分かっています。

しかし、幸せって「嫌なことを最小限に感じて、いいことを最大限に感じる」

習慣の中にあると信じています。





何のために頑張っているかと問われたら、今後もその理由は変わってくるとは思いますが、今は「自分を好きになるため」「自分に自信を持ちたいから」かなと思います。

毎日のすべての行動は「自分を好きになる」「自信を持つ」ために行っていると思って行動しています。

「こんなことを考えたり、行動する自分を好きになれるだろうか?」

と自問した時に、自分のとるべき考え方や行動が決まってくるように思います。

1つ1つの考え方や行動が、少しでも成長できていると感じた時には、好きな自分に近づいている自分を認めてあげるようにしています。

そして成長することに疲れた時は、休むようにしています。

一生かけて少しずつでも、自分を好きになり、自分に自信が持てればなぁ~と思います。

Slow & steady win the game.