今年も1年間ありがとうございました。



無事、年が越せることを心より感謝いたします。



私も来年50歳で、クリニックも24年目に入ります。

人間は必ず死にますし、組織もいつかは無くなりします。

50歳にもなれば、死も現実味を帯びてきます(笑)

周りを見ていても、いつ死んでもおかしくありません。



組織も、今の様に変化の激しい時代においては、5年後10年後が安泰と言い切れない時代になっています。



人は必ず死ぬからこそ、生きている瞬間を充実させたり、期間限定の命だからこそ、その期間をありがたく感謝して生きていけるようにも感じます。

生きていることが当たり前だった若い頃よりも、死につながっていることを実感できる後半の人生の方がありがたいのではないかと感じます。



歯科医院という組織においても、今順調だから今の状態が今後も長く続くと考えるよりも、組織は必ず無くなるもの、倒産するものだからこそ、1年でも1日でも長く存在していくために、昨日よりも今日、今日よりも明日、改善していくべきなのだと思います。



自分の命も歯科医院も、死や消滅(倒産)することが前提だからこそ、その事実を受け入れながら、今できる精一杯のことをしていかないと、最後のその瞬間に「あ~しておけばよかった」と後悔してしまうのではないかと思います。



今のところ、幸い、自分も健康だし、クリニックも順調です。

でも、これが当たり前だと考えないで、必ず死ぬし、必ず倒産するものだという危機感を持ちながら、人生を生きて、クリニックを運営していきたいと思っています。



今年1年、皆様のおかげで、充実した1年にさせていただけました。

来年も、謙虚に使命感、責任感、正義感といった気持ちとともに1年頑張っていきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。

私は来年の2月で50歳になります。

40歳を過ぎたぐらいから「人生の後半は、趣味を持たないと人生が味気なくなってくる」と言うようなことを何度か言われたことがあります。

そのたびに、「私の趣味は仕事ですから…」と答えてきました。

そう答えると失笑する人もいましたが、年々、私の中でも、この言葉に信念が宿るようになってきました。


「ゴルフは楽しいよ」「サーフィンはいいよ」など、色んな趣味を勧めてくれる人もいますが、私の中ではゴルフやサーフィンが楽しいのではなく、「ゴルフやサーフィンを一生懸命続けたから、楽しく感じる貴方がいるのはないですか?」と聞きたくなることがあります。

ゴルフが楽しいのであれば、日本中の人がゴルフをするはずだし、私も学生時代にかかわって続けたスポーツには、思い入れがありますが、やったこともないスポーツにはあまり関心が持てません。


「鏡の法則」と言う言葉がありますが、自分が一生懸命頑張ったものほど、思い入れもわいてきて楽しく感じるのだと思います。

趣味においても色んな壁を乗り越えてきたからこそ、それに比例した楽しみや喜びもあるのだと思います。


「桜がきれい」なのは「桜をきれい」と思う人がいるだけで、桜を見ても何も感じない人もいます。

「この犬可愛い」と言う人もいれば、「犬なんて不潔」と思う人もいます。


ものには絶対的な価値観と言うものはなくて、同じものを見てもそれを見る人の感性で感じ方は違ってくるものなんだと思います。


「仕事は辛いこと、お金を稼ぐための手段」とみなすこともできますが、「仕事は自分が成長できるチャンスであり、世の中に貢献でき、誰かに喜んでもらえる最高の機会である」とみなすこともできます。

「辛いこと=嫌なこと」とみなすこともできれば「辛いこと=楽しいことの前触れ」とみなすこともできます。


私は、趣味の存在を否定するつもりはありません。

私にも、好きなスポーツはありますし、趣味と言えなくないものも存在します。



私のクリニックには、多くの社員がいますので、社員の中の「仕事は辛いこと、お金を稼ぐための手段」という先入観を変えてあげることが、社員の幸せにもつながると思って、日々、「仕事は楽しいよ」「仕事にはこういう意味と価値があるんだよ」ということを言い続けることで、「どんなことでも一生懸命続けていれば、趣味と同じレベルの楽しみと喜びを見出せるのだよ」

と言うことに気が付いてもらいたいという気持ちがあります。


私だって、初めから仕事が趣味レベルだったわけではありません。

小さな壁を1つずつクリアーしていくうちに、ある時点で、辛さよりも喜びの方が勝っているのを感じるようになってきたのです。

そういう境界点は、趣味に比べれば、仕事においての方が時間もかかるのかもしれません。


しかし、趣味は自己満足で終わりますが、仕事においては他人に喜んでもらえる、世の中の役に立っているということを実感できることにおいて、軍配が上がるような気がします。

人生においては、2者択一の選択肢よりも、どちらも選ぶ選択肢が正しい場合も多いですが、趣味と仕事の二者択一ではなく、どちらも堪能することが人生を彩らせてくれるのかもしれませんね。

私にとっての趣味は、あくまで、仕事をより充実させるための気分転換としての役割りが強いようにも感じます。

私の中で、「マンネリ化」は人間にとっての永遠のテーマだと思っています。



人は同じことを繰り返せば、そのことに飽きてきたり、効率よく片づけようとしたり、何も考えなくただ淡々と仕事をさばいていくようになってしまうのが、自然の流れだと思っています。

しかし、私が「マンネリ化」についての話題を提供すると、私の周りでは驚くほど「マンネリ化」を意識している人が少ないことに驚きました。



私の中で、「マンネリ化」とは、寝ても覚めてもそのことが頭から離れないぐらい夢中になれない状態やワクワク感を持って仕事をしていない状況を意味していますが、多くの人は「マンネリ化」という言葉からイメージするのは、例えば、どうやって仕事をさぼろうかというぐらい究極の後ろ向きな姿をイメージしている人が殆どなのに気が付きました。



言葉は、その人なりの定義が違えば受け止め方も違ってきます。

スタッフに「マンネリ化を感じませんか?」という質問をすれば、まず、ほとんどの人が「感じません」と答えます。

院長の私に「マンネリ化を感じています」と答えるわけにはいかないのかもしれません()


しかし、私の中でのマンネリ化とは、寝ても覚めてもそのことが頭から離れないぐらい夢中になれない状態や趣味と同じレベルで仕事が楽しく感じるレベルを意味していますので、「マンネリ化」を感じている、という答えは決して大きなマイナスなわけではないのです。



いくら口では「マンネリ化」していないと言っても、私にはマンネリ化をしている人はすぐに見抜けます()

私の中で、マンネリ化している人を見抜く着眼点は


1つ目は、普段から、不平不満や愚痴泣き言が多い人です。

人は、夢や目標があって必死の時は、不平不満を言うエネルギーを目標の達成に使います。

しかし、昨日までに自分でできる仕事をただ作業として行っている人は、毎日に充実感も満足感も感じられないので、不平不満や愚痴泣き言が多くなります。

自分の心が満たされていないために、自分の幸せを実感できないので、不平不満と言った毒を吐いて、頑張っている人の足を引っ張ろうとします。



2つ目は、新しいことに挑戦しようとしない人です。

マンネリ化していない人は新しいことに挑戦することに喜びを感じますが、マンネリ化している人の特徴として、同じ仕事をより効率的に、悪く言えばより手抜きしていくことに価値を見出していますので、新しいことをすることに対して、異常に拒否反応が強い人です。



3つ目として、マンネリ化している人は、「何のために仕事をしているのか?」と聞かれても、「お金のため」「生活のため」という理由以外に何も答えられない人です。

人は生活のためだけに仕事をしているのであれば、給料日以外は時間をただ浪費しているだけになってしまいます。マンネリ化を防止する最大のヒントがこの「何のために仕事をしているのか?」を真剣に考えていくことだと思います。

この答えを真剣に考えていけば、自分の成長によってその答えが違ってくるものです。自分のためから、他人のため、社会のためと、少しずつでも利他の気持ちが芽生えてくるものです。

仕事を長くしていても、いつまでたっても自分のためにしか頑張れない人は、かなりの確率でマンネリ化の症状があります。


「天才とは1万時間を1つのことに打ち込める人だ」と聞いたことがありますが、1万時間1つのことに打ち込むためには、マンネリ化の壁を打ち破らなければなりません。

マンネリ化を打ち破るためには、自分がマンネリ化をしていることに気が付かなければなりません。

ソクラテスが、「無知の知」と言ったように、自分が無知であることを知ることで、だからどういう行動につながるかが決まってくるので、


「人はマンネリ化するものである」ということを認めることで、だからどう対処していくべきなのかにつながるのではないかと思います。

周りが評価するような結果を出している人は、必ず、「マンネリ化」の壁を克服した人たちだと信じています。

その存在に気が付かなければ、克服することもできません。

壁にぶつかって悩み苦しむことで突破口を見つけていくのだと思います。


マンネリ化することが悪いのではなく、人間とはそういうものだから「何のために働くのか?」を真剣に考え続けたり、常に新しいことに挑戦したり、夢や目標を高く掲げて言ったりしていくことが大切なんだと思います。

私は歯科医師を天職だと思っています。寝ても覚めても仕事のことを考えています。

仕事が趣味だと思っているぐらいですが、それでもマンネリ化を感じることがあります。

そんな時には、「何のために仕事をしているのか?」を自分に問い続けて、思いを進化させながらマンネリ化と戦い続けているような気がします。

プラス思考を無神経、能天気と勘違いしている人が多いことが気になります。

どんな嫌なことが起きても、明るく、前向きに振る舞える人のことをプラス思考と言い、嫌なことが起きて落ち込んだり、悩む人間はプラス思考ではなくてマイナス思考の人だと分類している人が多いような気がします。



そういう分類方法で、私も自分のことをマイナス思考の人間だと,長い間思い込んでいましたので、その気持ちはわかります。

私自身、プラス思考の人間は、持って生まれたものであって、いろいろ試したが自分は絶対にプラス思考にはなれないと信じていました。

しかしながら、いろいろ勉強したり、いろんなことを試行錯誤していくうちに、プラス思考って目指すかどうかの違いだけで、誰でも身につけることができることに気が付きました。



人は、それまで生きてきた経験が先入観や常識となって、それをもとに目の前の出来事を「いいこと」と「悪いこと」に無意識で区分けしてしまいます。

「悪いこと」と判断したことを、一生懸命努力して「いいこと」と思い込もうとする行為をプラス思考なんだと思っていました。

しかし、やはり「悪いこと」は無理に「いいこと」と思い込もうとしてもどこかに無理が来てしまうものなのです。

物事は「悪いこと」と思った段階で、悪循環が始まるようになっています。


目の前の出来事を「いいこと」と思えるように、自分の中での先入観と常識を変えていくしかないのです。

「プラス思考って目指すかどうかの違いだけで、誰でも身につけることができることに気がついた」、というのは、自分の先入観と価値観を変えていけば、プラス思考は自然と結果としてついてくるものなのです。


世の中で、プロセスを飛ばして、結果を求めすぎるために、逆に結果が伴わないことは多くあります。

スポーツで「勝利」という結果を求めすぎるために、平常心が保てなくなって勝てる相手にも勝てなくなったり、「お金」という結果を求めるあまり、目先の欲に目がくらんで「信用」という大切なものを失って、結果としてお金からも縁遠くなったり、相手を変えようとして頭ごなしに威圧して、結局、相手は反発して関係が悪化したり………「結果」にフォーカスするあまり、本来フォーカスするべきプロセスが忘れ去られてしまうのでしょう。



プラス思考は結果であって、フォーカスすべきは、先入観という自分の中での色眼鏡なのです。

目の前の出来事を「悪いこと」と思っているのは自分なのです。

100人中99人がその出来事を「悪いこと」と思っていても、その出来事を「いいこと」と思う決定権は、自分にあるのです。

試験に落ちても、恋人に振られても、お金を落としても「いいこと」と思う人間はいるのです。

そういう人は、無理してでも、目の前に起こること全てを「いいこと」と思い込もうと習慣にしているのです。



「いいこと」と思えない場合でも、無理してでもせめて「悪いこと」と思わないように意識しているのです。

感情に流されて物事を判断していると、多くのことが「悪いこと」「嫌なこと」になってしまいます。

しかし、自分の意識の中で「悪いこと」「嫌なこと」と決まった瞬間から、悪循環がスタートするのです。


自分の人生を好循環に回していきたいのであれば、自分の人生の中での「悪いこと」「嫌なこと」と決めつけることを減らしていくしかないのです。

How are you? と聞かれれば、相手が医者じゃなければ、いつもI am fine.と答えることが大切なんだと思います。

「あそこが痛い」、「ここが悪い」と答えたところで、何も好転するわけでなければ、自分に暗示するためにも、常にI am fine. が正解なんだと思います。 


目の前の出来事を、常に「いいこと」と工夫するために大切なのは、感謝する気持ちを常に持つことではないかと思います。

普通に考えれば、嫌に思えることが起きても、神様は自分を鍛えてくれるために、この人を送り込んでくれたのだ、「神様、自分を鍛えてくれてありがとう!」と心の中で思えば、好循環がスタートするのです。


最近は、プラス思考になるための努力というのは、人間としての義務ではないかとさえ思えます。

一人一人が目の前の出来事を、前向きに受け止めれば、場の空気も和んでくるし、相手のことも思いやれると思います。

厳しい言い方をすれば、死ぬまでマイナス思考のままでいるということは、人として人生における義務を遂行していないと言ってもいいのではないかとさえ思います。


プラス思考への正しいやり方を知らなかったのであれば、今現在、マイナス思考というのは、仕方のないことだと思います。

しかし、自分が楽に生きていいくため、他人を思いやるため、世の中をよくしていくためにも、自分の先入観を変えて、目の前の出来事を少しでも「いいこと」に受け止める考え方を工夫していくことは、絶対に大切な事だと思います。


プラス思考というのは、目の前で起きている出来事を10個のうち10個プラスに受け止めることではないと思います。

スタートは10個の出来事中10個ともマイナスに受け止めてもいいのだと思います。

死ぬまでに10個中1つでも多くのことを「いいこと」と思える人間を目指すのかどうかの違いだと思います。


人は、「プラス思考で生きていければいい」のではなく、「プラス思考に近づくために生きている」と言っても過言ではないかと思います。

少しずつ「いいこと」と思えることを増やしていって、1年かけて10個中1個「いいこと」に思えるようになれば、後は時間の問題だと思います。

結局、プラス思考は、考え方の習慣なのだと思います。

英語を身につけるように、この単語は英語でどういうかを覚えていくように、目の前の出来事を、こういうケースではどう考えていけばいいのか、ということを、11つ習慣にしていくことで、少しずつでも、自分の中の先入観を変えていけると信じられるかどうかで、時間がたって振り返ってみれば、以前の自分とは全く変わった先入観を獲得できているのだと思います。



プラス思考とは、死ぬまで追及していくべき課題なのだと思います。

完璧な人もいないし、全然ダメな人もいないと思います。

まずは、プラス思考の向こうにどんなメリットがあるかに気づく事からのスタートのような気がします。

プラス思考のメリットに気づいて、自分の心が動いたら、後はプラス思考を心から目指したいと思うかどうかの心の持ち方の差だけで、人生は天と地の違いがあると思います。




そろそろ来年卒業される学生さんの面接の時期になりました。

毎年、面接される学生さんは、まずどの人も「人間関係のいい職場で働きたい」と言われます。



一般的に、就職で重視することも、離職の理由でも一番に挙げられるのも「人間関係のいい職場」ということである以上、人を雇う側の責任としてには、自分の職場を「人間関係のいい職場にしていくことが最大の課題」ということになります。

逆に言えば、「人間関係のいい職場」が少ないから、求職者は「人間関係のいい職場で働きたい」と思うのかもしれません。



当クリニックには30名近い社員がいますが、社員間の人間関係の良さには、当クリニックの社員から、いつも驚ろかれます。


組織のトップとしての私の役割は、社員に働きやすい環境を提供することだと思っています。


人間関係でぎすぎすした職場では、社員は仕事に集中できません。


社員に患者様への対応や仕事に集中してもらうためにも、仕事以外の余計なこと(特に人間関係)にエネルギーを費やさなくて済む環境作りをしていかなければいけないと私は思っています。


私が「人間関係のいい職場」を作っていくために意識していることは、「いい人材を採用して、いい教育をしていくこと」に尽きます。

「いい人材を採用する」だけでもダメですし、「いい教育をしていくこと」だけでも難しいと思っています。

せっかく「いい人材を採用」できても、教育が間違えれば間違った方向に進んでしまいますし、「いい教育をしていくこと」だけでも、その人の受け入れ態勢ができていなければ、何を伝えても相手に伝わらないと思います。


歯科医院が過剰になっている昨今では、昔以上に「いい社員」の争奪戦になってきています。

「企業は人なり」と言われますが、サービス業だと言われている歯科医院において、「いい人材」は、どの医院も、のどから手が出るぐらい欲しい気持ちを持っています。


「いい人材」に面接に来てもらうためには、クリニック側も人気のある歯科医院に成長していかなければなりません。

患者様に支持されるだけでなく、求職者からも「是非このクリニック働きたい」と興味を持ってもらう人気クリニックにならなければなりません。



そうして入社して頂いた後も、きちんとした教育をして患者様からも評価され、世の中にお役にたてる人材に教育していかなければなりません。


小さな歯科医院では、「やっとの思いで採用できた人に辞められたら困る」という感情が働いて、きちんとした教育ができないところがほとんどです。

正しいことを正しく教育していくことは、その社員の為だけでなく、患者様の為でもあり、1人1人が正しい考え方を身につけることは、若い人が日本の未来を背負っていくためにも大切なことのように思っています。



1人1人の国民が正しい考え方を身に付けていくことが日本を良くしていくため不可欠なように、社員1人1人が成長していくことで患者様もクリニックも良くなっていくのだと思っています。



仕事とは「誰かの役に立つため」「誰かを幸せにするため」に存在しています。

患者様を幸せにできれば人気医院になりますし、スタッフを大切にすれば就職したい人が列を作る医院になります。



世の中には好循環と悪循環しかないと思っています。


当クリニックは、患者様からも社員からも「あってて良かった」と思って頂ける良循環のクリニックにしていかなければいけないと覚悟を決めています。