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地球温暖化推進委員会

全てのエコNPO・NGO団体に神の裁きを!

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 さて去年250ccバイクを買った職場の後輩が梅雨前にツーリングに誘ってきたので走行プランを練った。本人が言う事には”100キロ以上は無理です。”???

 一日の走行距離が片道50キロを超すコースは絶対に無理と言い張る。これには我が耳を疑った。いい歳こいた三十路男の言葉とは思えない。ツーリングの言葉の直訳は”遠乗り”である。この男は何をしたいのだろうか?下道の感覚で言えば平均時速を35km/hと仮定すれば全行程3時間で帰宅する事となる。ただでさえ貴重な梅雨前のツーリングチャンスと言うのにこれはあんまりだろう。
 
 先輩社員を居酒屋に誘った本人が”ボクは15分が限界なので15分で飲み会をお開きにしましょう”と言っているのとなんら変わりがない。
言い出しっぺが100キロ以上は絶対に走らないと言い張るので己の未熟さを棚に上げ、他人を付き合わせる事を指摘した上で優しく指導してやった。

          ”長距離を走れる様になってから人を誘いな!”

              こいつは”ゆとり”以下だな。

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 ZZRのフロントブレーキローター交換とシートカウルのリプレイスが終わったのでGWを一人でやることにした。ソロツーリングで大宰府まで行こう。お昼ご飯はその筋では有名なとんかつ大将のジャンボとんかつ定食に決定。ブレーキ周りの部品に当たりが出ていないので峠越えはせず、R34を長崎から東進してR3を北上する。太宰府市の朱雀大路交差点から県道505に乗り、更に県道31号を福岡方向に走ると店舗の前に出る。結構県道31号は立派な道だった。

 この県道31号の青葉台にとんかつ大将大宰府店がある。実は大野城店に移転するためこの店舗の営業は来週の17日までであった。大野城店の営業開始は22日である。幸運であった。この計画が1週ずれていたら閉店の憂き目に遭っていた筈。両隣の店舗も店仕舞いの準備を見せており、ひょっとすると区画整理か何かがあるのかもしれない。

 ZZRを駐車場の隅に留め、店舗に入ろうとするとジャンボとんかつ定食の模型が展示してある。たいてい見本模型より小さい物が出てくるのが普通。入店したのが土曜日の午後1時と言う事もあり比較的店内は空いていた。ジャンボとんかつ定食をオーダーするが店員からは何の注意も無かったので安心していたが、他の客の皿の料理の量を見ているとちょっと不安になる。”中””小”の声が聞こえているので???と思っていた。待つこと20分弱自分のジャンボがやってきた・・。

 第一印象は物理的、質量なら胃に収めるのは無理ではないと思うが”揚げ物”の王様のとんかつである。獣脂が胃にどれくらいの負担を与えるかが問題であった。ともかく冷めないうちにどれだけ食べ進められるかが肝であろう。ちなみに見本模型とほぼ同じサイズである。とんかつ自体の味はいたって普通のとんかつである。美味しい。巨大なとんかつが二枚。一枚で普通の店の二人前くらいの規模である。つまり4人前のとんかつを頼んだ事になる。お店のPRではとんかつだけで800gあるらしい。

 自分のキャパ的には3人前が限界だと認識している。つまり”通常の3倍”までは許容できるがそれ以上は無理である。最初の1枚目は大丈夫であったが2枚目の2割程度から急にきつくなってきた。今まで感じていなかった獣脂の匂いのせいでウプッとなりかけた。これはマズイ。かなりヤバイ。胃の容量以前に獣脂の負担に耐えられなくなった証拠である。事前情報で山盛りのキャベツから出る水分でとんかつの衣が膨れ上がって剥がれてしまう事が解っていたのでキャベツととんかつを早々に分離する。作戦変更でとんかつのみ持ち帰る事にした。キャベツの山とご飯と味噌汁は難なく胃に納まる。やはり油の限界であった。

 店員に持ち帰りの意思を告げると20円の追加でパック容器を出してくれるという。一種のペナルティの様な物だ。残念がだ6切れのとんかつを土産として持ち帰った。

 今回の行程は片道約4時間。往復8時間で途中休憩なし。走行距離は297km。ZZRの燃費は30.5km/Lである。

 持ち帰ったとんかつは夕食のカツ丼になった。さすがに揚げ物は辛い。もう歳かなあ。

 

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 先日本屋にて”カスタム虎の穴3”という本を買ってよんでいた。そこにはショッキングな事が書かれていた。バイクのブレーキディスクの使用限界の厚みはディスクの中央部に刻印してある事が多い・・・。なるほど確認してみると3.5mmと打刻されていた。早速ノギスで計測してみると、ヤヤヤヤ?右側3mm、左側3.2mmではないか!何度計りなおしても結果は変わらず。

 ついに来てしまったか。そりゃ走行距離計が一回転して新車になってるからいた仕方ないと諦めて御世話になっている赤い男爵に部品注文に出向いた。いつもの工場長が迎えてくれる。事情を説明し、ディスクローターとパッドの交換にキャリパーのOHを依頼して部品注文となった。工場長によると彼の顧客で10万キロ越えのバイクを維持しているのは私だけらしい。10万1千キロの数字をみて大喜びであった。彼によると製造後15年経過すると旧車扱いになるらしい。PL法のからみで製造後7年間はメーカーは交換部品の製造を義務付けられている。その倍の期間が過ぎると事実上部品関連の確保は不確実な物となり、趣味で維持を楽しむ旧車の世界へ仲間入りになるそうだ。

 ZZR400Nシリーズの最終型は2006年度モデルであるので2014年までは年式違いを問題にしなければ純正部品の確保は可能と言う理屈である。工場長の弁では顧客が走行距離3万~4万キロの中古車を購入する際、維持に関して意見を求められる事が多いそうだ。確かに気持ちは解らなくもないが、新車であっても永久にメンテナンスなしで乗り続ける事が可能な乗り物は存在しないのである。

 部品注文を終え、帰宅して半年程前にヤフオクで落としたN4のシートカウルの塗装をした。16年前のカウルは紫外線と経年劣化であちこちにひび割れが発生して補修の限界をこしつつあったのである。気温と湿度が丁度よい季節になるのをまっていたのだ。下地処理を丁寧にしたせいもあり、1000円の買い物にしては上等なカウルになった。さて入梅する前にどこかツーリングに出たい気分である。

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 先月、大量のお漏らしでぐっしょりした挙げ句、入院を強いられたEG6。
多少手こずったものの、掛かり付けの医者(?)の手厚い看護(笑)のお陰で社会復帰できた。介護を担当してくれた友人によると現在生産されている車と比べるとEG6あたりの世代の車両はバブル世代と言う事もあり、造りがケチケチしていないお陰で長生き出来るらしい。

 設計技術の進歩で余計な強度を持たせる事なく車体やエンジンを製造出来るようになった反面、車両としての寿命は相対的に短命になっている。つまり設計上の耐用年数がくればそのまま産廃になるのも設計通りと言うわけである。

 ”NO ONE LIVES FOREVER.””まあそういう事だ。”
ホテルモスクワのバラライカの有難いお言葉である。

 うちの爺ちゃんまだ2回は車検通すよ。

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 先日大量の大浸水に見舞われた我がEG6。結局どうにも出来ずに工場入りになった。助手席側のAピラー辺りのシール劣化と車体の錆びにより派手な水漏れをしていた事が判明。シールの再処理と車体の防錆処理をして帰ってきた。しかしまだ若干の水漏れがある事が解った。どうやら蛇口はまだ別にあったらしい。再度工場に持ち込んだものの浸水箇所が特定できないので見込み作業をしてもらい様子を見る事となったが、この直近に往復1500kmの大移動が予定されていたので万一を考慮して車体の水抜き穴の開口をしてもらった。

 他の車種は知らないがEG6の水抜き穴はアンダーコートの下に埋められており、スクレーパーでアンダーコートを剥ぎ取らないと穴のキャップが外せない。基本的にユーザーの作業としては設定されていないようだった。しかも簡易な金属キャップと言うよりはただの蓋で繰り返しの脱着は考慮されていない。面倒を見てくれている友人の計らいでぴったりのゴムキャップで脱着出来るようになった。再びロプノールが現れない様にモノコックとカーペットの間に人工芝を敷いてみた。これで3cm弱の空間が出来て、雨水はカーペットに接触せずに排水口から車外に出て行く筈である。

 ただし、開口したまま深い水溜りに突っ込めばトイレのウオシュレットよろしく噴水の様に水が噴出してくるだろう。諸刃の刃ではあるが車内に水が溜まり錆びて穴が開くよりはましである。水が溜まると言うのは御老体にはよくあるトラブルである。我々日本人は目上の者を尊敬し、お年寄りを敬う国民である。聞くところによれば天皇陛下も心臓の手術後に胸に水が溜まり、それでも御公務を果たしたと聞く。やはり天皇と呼ばれる方は尊敬に値する。私も水の溜まった老人の介護を敬意をもってする事にしよう。