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地球温暖化推進委員会

全てのエコNPO・NGO団体に神の裁きを!

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 2年がかりでまだ仕上がらない99式艦爆のジオラマが何とか形になりつつある。まだ飛行甲板の塗装や整備員の塗りが残っているけど、仕上げに向けてイメージを固めていく為に未完成状態を段階的にアップさせるべくに時々アッセンブリーしてみる。意外にカメラアングルで面白い写真が撮れる。ジオラマの製作にはデジカメ撮影は有効なのかもしれないね。しかし資料映像としての永遠の0は有り難い。

 模型メーカーのタミヤがCG製作に協力しているので一航戦の赤城のシーンは感動物ね。艦体側面の煙突から出る海水の蒸気に拍手喝采!

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 我が家で一番の長生きは1991年製のホンダCVIC SiR(EG6)である。当然だが新車で購入し現在に至る。昨年秋に左側リアフェンダーに腐食による穴が開いた。通算4個目の穴なので特に驚きもしない。車検が迫り、延命させるか否か家族会議の結果モノコックの延命をする事となり車体のレストアを実行するに至った。

 いつもお世話になる友人の整備工場に預けた期間は二ヶ月半。車検はともかく、レストアの為に内装を剥がした後にガラスを外して板金と再塗装。ついでに駐車場で当て逃げされたと思われるフェンダーのエクボや軽く擦った痕も同時に板金処理してもらった。最初の見積もりの時にはベテランの板金担当さんがかなり難しい雰囲気を出していたものの、予想していたほどモノコックは傷んでいなかったらしく、納車の時にはニコニコしていた。今回初めて工場長とも直接話が出来た。私の様な物好きによくしてくれる奇特な人(?)と言っても良いかもしれない。工場長の便宜が無ければ私のEG6は延命出来ていないのは事実だ。人の縁とは有り難いと実感する。

 花粉症の時期も過ぎ、GWがジワジワ接近中だ。EG6の老体に鞭を打って温泉通いでも始めてみようかと思う今日この頃である。

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 我々は一人の友人を失った。先月下旬にTVニュースで高速道路の事故現場の映像を見た時、直感的に彼が死んだと感じた。TVのニュースと友人には関連は無い。所謂虫の知らせを言うものかも知れない。
今月に入り、彼の訃報を聞いた時に手が震えた。予感が的中したのだ。

 私がZZR400のオーナーズ倶楽部に入る直接的なきっかけを作ったのは彼であり、バイク以外にもデカ盛り巡りと同じ東海地方出身と言う事で御当地ネタでも接点は多かった。ZZRのハードユーザーであり、基本的に高速道路を使用せず1000キロ単位の弾丸ツーリングを基本とする猛者であった。それ故、常人離れした武勇伝を数多く持っていた。

 就職で九州で暮らし出して四半世紀が経とうとしている。歳のせいか故郷の匂いがする物に敏感に反応する様になっていた。名古屋近辺の赤味噌文化的なネタの話がよく通じる相手であった。井村屋のあずきバーやら味噌煮込みうどん(きしめんを含む)、この地方特有の喫茶店文化(コーヒーに豆菓子orトーストが付属する)、スガキヤのラーメン等々。兎に角懐かしい。

 いつか余裕が出来たら彼と名古屋近辺で食い倒れツーリングをしてみたいと思っていた。去年、彼が好むコメダの白ノワールを琵琶湖一周ソロツーリングの時に食べた。深夜だったので小さい方にしたが、長距離ライダー納得のハイカロリーメニューである。一日の大半をバイクのシートの上で過ごす彼には丁度いい補助食だったろう。

 今私のZZR400N4の走行距離は12万6千キロを超えた。彼が自分のN6で私の走行距離を密かに抜く事を目的にしていた事は解っていた。私は彼に追われる身であったと自覚している。順調に行けば今年の末辺りで追い抜かれる筈だった。彼の弁慶の様な風貌から想像出来ぬ童(わらべ)の得意顔を想像していた。しかしそれは現実になる事はない。

 聞くところでは業務中の不慮の事故で亡くなったと言う。とびっきり体力まかせのクレイジーな嗜好の持ち主であったが人懐っこく細やかな心使いをする彼に再び会う為、名古屋飯ツーリングに出る計画を立案しよう。

 さよならは名古屋で言うよ。

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 さてこの年末年始は色々と慌ただしく、我が家のZZR400N4も出番が多かった。走行距離が12万5000kmを超え、まだ整備の手を入れていない部分が心配になってきた矢先の事であった。昨年の11月の車検時に担当整備士が指摘したエンジンのオイルパン周辺のオイル漏れが現実となった。

 冷却水を循環させるポンプ下面からエンジンオイルが垂れている。ZZR400シリーズの定番トラブルの一つでポンプを駆動しているシャフトがエンジンのオイルパン側から貫通している。このオイルシールに寿命がくるとオイルがドレン穴から出てくる。クーラントの循環側にも同様のシールがあり、これが駄目になるとドレンから一気に冷却水が漏れてくる。聞いた話では走行4万キロ強でこのトラブルが出た車体もあり、12万キロ超えの車体では漏れていないのが奇跡であった。

 そしてやっと来るべきして来たオイル漏れである。漏れ出た場所を特定するためにアンダーカウルを外してポンプを下側からデジカメで撮影した。予想通りドレンから若干のクーラントが混じったエンジンオイルが漏れ出ていた。いつもの赤い男爵の担当整備士に見せるためそのままの状態で工場に持ち込んだ。取りあえずの確認と言う事であったが工場長まで出てきて何やら議論している。エンジン下部を高圧洗浄した後にもう一箇所のオイル漏れ箇所を見つけたらしい。シフトペダルが連結されているシフトシャフトのオイルシールが劣化していたらしくここからもエンジンオイルが漏れていた。工場の手持ち作業の都合でZZRを一旦持ち帰り作業予定日まで手元で様子を見ながら乗る事にした。

 ところがその2日後の事である。所用の帰り道のバイパスのトンネルの中でいきなりガス欠状態で走行中にエンジンが止まった。追突の危険があったのでハザードランプを点灯させ、シートにまたがったまま地面を蹴って退避エリアに逃げ込んだ。冷たい嫌な汗を久々にかいた。症状がガス欠に酷似していたので燃料メーターの表示誤差を疑ったが、タンクの油面を確認すると残量は少ないもののまだ燃料は入っている。いくらセルを回してもエンジンに火が入らない。時計を見ると19:50!

 赤い男爵の営業は20:00終了である。即、SOS電話連絡をして回収用のトラックに来てもらった。工場長が直々に駆けつけてくれた。退避エリアで工場長が確認作業をしながらチョークを引いて長いクランキングを行ったらエンジンに火が入った。どうも燃料の供給経路に何かがあったようだ。

 取りあえず自走可能であったのでそこから数キロ先のGSまで追走してもらい給油を行った後、工場長と今後の事を相談した。製造後19年目の車体であるから何が起きても不思議ではないが一番可能性が高い燃料ポンプ周りをユニットごと新品に入れ替える事にした。

 つまり”安全を金で買う。”と言う事である。作業は冷却水ポンプ交換作業と同時に行う。冷却ポンプとラジエターホース4本を交換する際にラジエターコアが破れる可能性があったので試験動作の為に一週間工場に入る事になる。もうどちらがついでの作業かは問題では無くなってしまった。実はこの燃料ポンプの故障トラブルもZZR400シリーズの定番トラブルである。定番トラブルが2個同時に発生したと言ってもよいだろう。やれやれ年始からいよいよ気ぜわしい事である。

 昨日の夜に修理完了したZZR400N4を引き取った。せっかくなのでステンレスエキパイを磨いてアンダーカウルを元通りに装着してやった。人も機械も年月を重ねると入院回数が増えていく。

 人馬共々医者にかかるのも何気に”わびさび”だねえと思う今日この頃である。

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 ZZR400N4が車検から戻った。車検以外にフロントサスペンションのフルOHとインナーチューブの交換、クラッチ交換、前後ブレーキのマスターシリンダーとキャリパーのフルOH、左右のサイレンサーの交換を行った。クラッチとフロントサスに慣らし運転が必要だったので偶然の公休が好天だった事もあり、今年最後のソロツーリングに出る事にした。

 新品部品に当たりを出す為に走るので目的地は無い。朝9時過ぎに適当に出発する。走りながら気分でコース選定をした。もしかしたら佐賀県の三瀬峠辺りは紅葉しているかもしれないと思い、先日代車のバンデッド1200Sで走ったコースを選んだ。佐賀大和IC入り口を越した辺りで良い感じで空腹になったのでこのまま峠を越して福岡大の前にある大和家でランチすることにした。

 午後1時過ぎに大和家に到着するも高校生達がたむろしており、店の前は自転車でいっぱいだった。こんな事は初めてだった。大学のオープンスクールでもあったのだろうか。店内も1/3は高校生だったが特に待つ事もなく座席は確保できた。ここに来るのは2年ぶりで緊急入院して以来だ。

 券売機で唐揚げ丼大を選ぶ。先日ラーメン二郎で大豚Wを制覇できたので体調は緊急入院前に戻ったと自負していた。店員にカウンター越しに食券を渡して待つ。周りはお肌がピチピチした大学生と高校生ばかり。ところどころに外回りのサラリーマンが見える。10分ほど待って懐かしいバベルの塔がお出ましになった。”逝ける!”と気合を入れて食べ始める。何故か2年前に比べてニンニクの風味が弱く、生姜の風味が前面に出ているような気がしたが気のせいか?

 半分までは快調に食べ進んだが揚げ物特有の油のせいか箸が進まなくなってきた。唐揚げの切れ端を御飯で流し込むようにコツコツ食べる。拳のような最後の1個でかなり辛くなってきた。ここは二郎ではないし、これで止めようかと弱気になったが、白いプラグスーツを着た女の子が出てきたので今回も何とか食べきる事ができた。容積的には問題ないが揚げ物はまた別だな。苦労はしたがこれで入院前の体調に戻ったと言える。

 ランチが無事終わり、都市高速道路の真下を走りながらR3にのり南下する。鳥栖からR34を流しながら帰宅した。これで今回の新品パーツの慣らしは終わりだな。
走行距離312km。燃費27km/L。