



今月に入り、彼の訃報を聞いた時に手が震えた。予感が的中したのだ。
私がZZR400のオーナーズ倶楽部に入る直接的なきっかけを作ったのは彼であり、バイク以外にもデカ盛り巡りと同じ東海地方出身と言う事で御当地ネタでも接点は多かった。ZZRのハードユーザーであり、基本的に高速道路を使用せず1000キロ単位の弾丸ツーリングを基本とする猛者であった。それ故、常人離れした武勇伝を数多く持っていた。
就職で九州で暮らし出して四半世紀が経とうとしている。歳のせいか故郷の匂いがする物に敏感に反応する様になっていた。名古屋近辺の赤味噌文化的なネタの話がよく通じる相手であった。井村屋のあずきバーやら味噌煮込みうどん(きしめんを含む)、この地方特有の喫茶店文化(コーヒーに豆菓子orトーストが付属する)、スガキヤのラーメン等々。兎に角懐かしい。
いつか余裕が出来たら彼と名古屋近辺で食い倒れツーリングをしてみたいと思っていた。去年、彼が好むコメダの白ノワールを琵琶湖一周ソロツーリングの時に食べた。深夜だったので小さい方にしたが、長距離ライダー納得のハイカロリーメニューである。一日の大半をバイクのシートの上で過ごす彼には丁度いい補助食だったろう。
今私のZZR400N4の走行距離は12万6千キロを超えた。彼が自分のN6で私の走行距離を密かに抜く事を目的にしていた事は解っていた。私は彼に追われる身であったと自覚している。順調に行けば今年の末辺りで追い抜かれる筈だった。彼の弁慶の様な風貌から想像出来ぬ童(わらべ)の得意顔を想像していた。しかしそれは現実になる事はない。
聞くところでは業務中の不慮の事故で亡くなったと言う。とびっきり体力まかせのクレイジーな嗜好の持ち主であったが人懐っこく細やかな心使いをする彼に再び会う為、名古屋飯ツーリングに出る計画を立案しよう。
さよならは名古屋で言うよ。