先日、とある場所に参加して、

その日は打ち上げまで行くことに

なりました。

 

 

途中で早抜けしたけど、

それでも家に着いたのは

日付が変わる頃になっていました。

で、問題はその翌日。

ほんとに疲れてしまって一日中、

何もしたくない感じだったのです。

 

 

でもね、この時間に帰ることって、

少し遠方のライブに行った時に何度か

経験してるんです。

 

 

なのに、

その時には全然疲れたなんて感じたこと

ないんです。一度もね。

 

 

つまり、

自分が行きたい場所なのかそうじゃないのか、

好きなことなのかそうじゃないのか、

の違いってとても大きいし

 

 

さらに、身体の疲れよりも心の疲れの方が

ダメージは大きいんですね。

 

 

 

 

 

 

 

よく、仕事が好きだと思えない。

と言ってる人に遭遇します。

それはとても疲れるし、辛いことだと思います。

だけどね、私は思うんですよ。

好きなことにしてしまえばいいんじゃない?

 

 

それは、

そうは言っても、経済的なことみたいな

辞められない事情が、とか、

本気でやりたいことで成功するための

まだ道の途中とかだったりするのならば、です。

 

 

今は『嫌い』で、嫌いになる理由探しに

一生懸命になってるんだと思う。

だけども同じ状態の中にいい部分も必ず

あるはずなんだよね。

だけど『ない』と断定してる内はそれは永久に

見つけられないのよ。

 

 

でも、嫌いからいきなり好き!になるのは

なかなかじゃない?だから始まりは

嫌いが真っ黒くらい強いとしたら少しずつ

白を混ぜていくんです、ゆっくりと。

そうしたら自然と嫌度は薄まるから。

 

 

でも、辞められないという理由が

ないんだったとしたら、

 

 

それはもう、さっさと辞めることを

選択してもいいのでは?

 

 

 

 

 

 

世界はこんなに楽しいことで溢れてるし、

すごく貴重な命の時間の一部を

嫌なことで満たす暇なんてないんだわ。

 

 

私は、この世とお別れする時に、

「あー、楽しかった。みんなありがとね」

と言ってさよならしたいとずっと思っていて、

 

 

多分それが、いつしか自分の

基本の判断基準になってるのかもね。

でも、それも悪くないなと思ってるよ。

 

 

 

 

 


 

 

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気持ちのいい朝。

 

 

昨夜、外に出たらもうこおろぎが鳴いてました。

日中はあんなに暑いのに、それでもきちんと

次の季節の気配が始まっていることに

すごいな、と毎回同じくらい感動してしまいます。

 

 

あのね、感動すること、他には感謝すること、

うれしくなることって生きていていくらでもあると

思うんです。

なのに大人になると減ってくるとしたらそれは

 

 

・完璧な出来事しか認めない

・自分の感情を感じなくしてきた

 

 

という理由のどちらかで、完璧な出来事しか、、

の方だったら、それはどんどん刺激を求めて

激辛しか辛さを感じなくなった舌、みたいなことで、

なかなかのハードモードで生きてると思いません?

 

 

 

 

 

 

自分の感情を感じないようには似ているようで逆で、

小さな辛さや苦しさにも、とても傷ついた

という経験があっての、そうなってるからね。

 

 

でもね、間違いなくどちらも自分で

選んでるからね。

深い部分の意識でね。

 

 

だけどそれって、結果的には感情を鈍らせてる

というのは共通で、なんていうか人生全体の

彩度や明度が落ちていってるとも言える気がする。

 

 

つまり楽しい人生からは外れていってない?

 

 

私たちは、見たいものを見たいように見ています。

でもそれには「何を見て」「どう感じるか」の

基本の設定があるはずで、

「完璧な出来事しか認めない」あるいは、

「この世界は傷つくことだらけだ」という

基本設定そのものを、まず変えなきゃなんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

でもそれには、そうなってる人自身が

「なんかわかんないけど、、このままは嫌だ」

と思わないと、変えようがないのです。

 

 

なんという美しい世界!

今日も幸せだー!

と当たり前に思う毎日。こっちの方が

楽なんだけどな。

 

 

とね、真反対も経験したからこそ

言えてるのかもね。

 

 

 

 

 

 

 

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『マリー・アントワネット・スタイル』展

を見に、横浜美術館に行って来ました。

 

 

池田理代子先生のベルサイユのばらを

リアルタイムで見ていた私たちの世代、

世界史でのフランス革命のパートは先生よりも

詳しかったんじゃないかと思います笑

 

 

 

 

 

マリー・アントワネット・スタイルなので、

彼女のドレスや持ち物や生活についての

展示がされていて、きらびやかというよりも

細部まで施された上質なディテールに

圧倒されました。

 

 

 

 

 

 

誰もが憧れて、ファッションや持ち物までが

彼女から発信されていきました。

 

 

なんだか今の時代のハイパーインフルエンサー

みたいだなと見ていくうちに思ったんです。

けれども王妃だから制約もすごかったのかなと

想いを馳せていました。

 

 

そしてあの有名な『首飾り事件』

アントワネット自身は全く関係していなかったのに、

王妃の名前を利用した宝石詐欺事件によって

「なんて酷い浪費家の王妃なんだ」と

民衆の反感はさらに強くなりフランス革命へ

向かう空気を加速させたとも言われています。

 

 

最後は捕らえられて処刑されて人生が終わります。

その時まだ37歳。

亡くなった時の頭部の型をとったレプリカも

展示してあるのが切なかったです。

(さすがにそれは写真に撮れませんでした)

 

 

 

 

 

 

 

そしてその後、これでもかと悪の権化のように

風刺画などが出回りました。

 

 

 

 

 

これね、昨今の有名芸能人の本当かどうかよりも

不確かな発信が一人歩きした事件?と似てない?

 

 

 

多分一人一人は、その芸能人にそれほど

思い入れなんてないと思う。

だけども、悪人だと発信されたら途端に叩いてもいい

存在にしてしまう。。

 

 

人の意識の力ってすごいのです。

それは揺るがない。だけどもすごいからこそ

それをどっちに向けるのかが大事。

だってみんな自分で選べるんだもの。

 

 

同調圧力というのか予定調和というのか、

多数の方に流れやすいし、流れてた方が

楽なんだろうけどね。

 

 

 

 

 

 

でもせっかくすごい力を持ってるのに

自分の意志で使い方を選んだ方が良くない?

 

 

と、マリー・アントワネット・スタイルを見ながら

とんでもなく関係ないことを考えていたのでした。

 

 

 

マリー・アントワネットの死後20年経って、

その生き方のスタイルが見直されて

今に至るまで映画やファッション業界にまで影響を

与え続けているというのがほっとする救いでした。

 

 

 

 


 

 

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ずっと継続されているクライアントと、

ご縁のあった期間中に起こったことと

変わったことについて話していました。

 

 

いつも思うんだけど、

継続で長く受けられている方の

ビフォーアフターが変わり過ぎていて

こうやって客観的事実として振り返ると

受けたことがない人からすると嘘としか

思えないだろうな。

 

 

でもどの変化もすべて取りこぼすことなく、

クライアントが自分の力で手にしたもの

というのがすごいよね。

 

 

人は迷うのよ。

進もうとする時、変わろうとする時。

 

 

 

 

 

 

『今のままでもいいじゃない』と

過去の自分も、脳からのホメオスタシスも

変わらないのほうに引っ張ってくるんだけど、

それでも「変わりたい」を選択した人だけが

変われるわけで。

 

 

ある意味リスキーだから怖いとも感じるように

インプットされてるしね。

 

 

だけど一歩を踏み出す時に、

今はこういう状況でこういうことが起こってると

現在地を説明して、でもここを乗り越えたいんだよね?

とそっと背中を押すのが私の役目なのかな。

 

 

だってそこを進んだらこうなるよというのが

構造として見えると、わかるから。

 

 

 

 

 

 

もしも今、迷いの中にあるという人へ。

みんな不安だったし、怖かったし、

どっちが正解なのかと迷ってたよ。

 

 

でもねぇ、何度も何度も繰り返すと徐々に

『大したことなくない?』と

思えるようになるんだから。

 

 

そうやって現実を、人生を、

どこからでも変えていける。

 

 

 

 

 

 

 

 

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二日間お休みだったので、

諸々の事務作業でずっとPCの前でした。

 

 

二日目の夜に思ったんです。

『こうやって自分のことだけを考えるって

ずっとなかったな。。』と。

思い返せばここ5、6年はクライアントの

ことばっかり考えてたんです。

 

 

SNSを見ても、誰かに会いに行っても、

どこか遠くに旅行にいってもいつでも

『あ、これはあの人に役に立つ』という

思考回路になってたな。

 

 

これ、いいことと言えばいいことなんです。

でもなんでもそうだけど、行き過ぎるとそれは

いいとばかり言えないことになっていくから、

中庸というかちょうどいいバランスが大事。

 

 

 

 

 

 

クライアントさんから示し合わせたかのように、

驚く出来事のご報告を続けていただきました。

もちろん素晴らしい嬉しい出来事もだけど、

一瞬、どうして??と見えてしまう出来事が

起こったという方もいらっしゃいます。

 

 

でもね、良くないものを取り除く時には

痛みを伴うのです。

それが例え物体でなくて意識の世界だとしても。

敵は巨大な振りをして来るけれど、

それに恐れおののくんじゃなくて、

正体を見切ってしまえばこっちの勝ち!

 

 

乗り越えられないことは起こらないように

なってるから。

あ、但し邪魔する思い込みを消していたらだけど。

 

 

今年はね、まるで病院でスクリーニングされるみたいに

身体も心も生き方もスクリーニングされる年。

 

 

それって良くなるために、でしょ?

 

 

 

 

 

 

肩書きだけじゃなくいろんな場所の

変更に次ぐ変更で、インドア生活を極めてしまって

いたので、そろそろ自分を新しい場所に

連れ出すことも始めよう。

 

 

昭和の夏みたいに、朝方涼しいのも

なんだか嬉しいし、

次への一歩を踏み出すのにちょうどいいね。

 

 

 

 

 


 

 

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