気持ちのいい朝。
昨夜、外に出たらもうこおろぎが鳴いてました。
日中はあんなに暑いのに、それでもきちんと
次の季節の気配が始まっていることに
すごいな、と毎回同じくらい感動してしまいます。
あのね、感動すること、他には感謝すること、
うれしくなることって生きていていくらでもあると
思うんです。
なのに大人になると減ってくるとしたらそれは
・完璧な出来事しか認めない
・自分の感情を感じなくしてきた
という理由のどちらかで、完璧な出来事しか、、
の方だったら、それはどんどん刺激を求めて
激辛しか辛さを感じなくなった舌、みたいなことで、
なかなかのハードモードで生きてると思いません?
自分の感情を感じないようには似ているようで逆で、
小さな辛さや苦しさにも、とても傷ついた
という経験があっての、そうなってるからね。
でもね、間違いなくどちらも自分で
選んでるからね。
深い部分の意識でね。
だけどそれって、結果的には感情を鈍らせてる
というのは共通で、なんていうか人生全体の
彩度や明度が落ちていってるとも言える気がする。
つまり楽しい人生からは外れていってない?
私たちは、見たいものを見たいように見ています。
でもそれには「何を見て」「どう感じるか」の
基本の設定があるはずで、
「完璧な出来事しか認めない」あるいは、
「この世界は傷つくことだらけだ」という
基本設定そのものを、まず変えなきゃなんだよね。
でもそれには、そうなってる人自身が
「なんかわかんないけど、、このままは嫌だ」
と思わないと、変えようがないのです。
なんという美しい世界!
今日も幸せだー!
と当たり前に思う毎日。こっちの方が
楽なんだけどな。
とね、真反対も経験したからこそ
言えてるのかもね。
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