@ちゃんねるブログ アニメ速報 -8ページ目

「昔のアニメはオープニングもいいものばかりだよね」


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知らないアニメがない。
この頃は本当にどのアニメ見ても面白い時代だったからね。

他にも、
東京ミュウミュウ/マーメイドメロディ/ツバサ・クロニクル/カードキャプターさくら

とか女の子向けまで豊富で、この時代の人らはアニメっ子にならない方がおかしいってくらい見るものが充実してた。

まだ、萌えという単語があまり流通してなくて視聴者に媚びてない。製作陣が心の底から楽しんで作ってたんだろうなーって事がわかるんだよね。

今のアニメと昔のアニメではやっぱり雰囲気そのものが全然違うんだよね。
作画的な意味でも、ストーリー的な意味でも。

また、五年先十年先に思い返してみると今のアニメが懐かしく思えるときが来るのかなあ。

しみじみ思いました。

次の記事はランスクエスト書きます(ゲームネタがない)





「俺小説書くのうまいんじゃね!? うは、天才」

これは小説書いてて、よく陥る心理状態です。自分の作品に感情移入しすぎると自然とこうなります。

今日はそんな自分では気づかない小説の穴をとある小説を使って紹介していこうと思いますね。読者側の人も「へえ、書いてる人はこんな気持ちで書いてるのかー」って感じで軽く目を通して見てください。


「見えないふり」

皆さん読んでますか! ナスさんって人が書いてる小説なんだそうです。彼は三日坊主なところがありますが、九日はもったようです。下手なりに頑張ってるみたいです。
彼はこう言ってましたよ!!

やっぱり一番多いのが、自分ではわかりやすいように書いているけど、読者にはまるで伝わってない事……。

だそうですね。

読者が求めているものって卓越された文章力とか、語彙能力とか、細かい設定とかそんなんじゃないんだと思います。

最近なろうで適当に選んで、最後まで読んでみるんですけど。
「で、結局この人は何が書きたかったの?」
最終的には、そこが私の感想を書くポイントになるんです。だって、作品を評価されたいのに技術的な面を評価されても書く側としては、伝えたいことが伝わってないってことですからね。
だからこそ「完結」してることが大事で、読み手からすればそこでやっとその作品を評価できるわけです。

もしあなたが小説書いてて、ブログにコメントもらった内容がキャラクターの事や、ストーリーの整合性を褒められたならそれは誇っていいですよ!
これが読者目線の最大限の評価だと思ってます。

ナスさん嘆いてました。

小説アップロードするたびにアクセス数が下がってく(涙)

こうなると評価される以前の問題です。彼は諦めたほうがいいです。


結局こんな芸能人御用達のアメブロなんかでおざなりに投稿してるだけじゃ、批判コメントってのはなかなかもらえませんから、自分の何が悪いのかさえわからないって人は多いと思う。
ナスさんみたいになりたくない人は、小説家になろうでも、魔法のiらんどでもに投稿してコメントをもらいましょう。

それでもナスさんはアメブロでめげずに投稿を続けるようです。やる気だけは褒めてあげてください。

あ、ちなみに私はナスさんではありませんよ。代理の者です。

これからもちょくちょく彼に変わって出てくるのでよろしくお願いします。

 
9.ノートに書かれた名前

  いつの間にか雨は止んでいて、隠れていた月が雲から顔を出していた。ぽたりぽたりと雫が家の屋根から落ちて、それが物悲しさを語っているようにも思える。
 門倉麻子の部屋に、たった今存在していた魂はどこへ消えてしまったんだろう。入ってきた時は、こんなにも広い空間だなんて印象は受けなかった。
 藤堂みのりは、ペタンと床にへたり込む。
 それを見たベッドの上の麻子が、駆け寄ってきてみのりの肩にシーツを被せた。

「だ、大丈夫なのみのり?」

「それはこっちのセリフよ。麻子こそ、ちゃんとわたしの事見えてる?」

 目の前で手をふりふりするみのりの手をぎゅっと掴んで、見えてるよ。と、はにかんで麻子は答えた。

「ほらね。ていうか――そんな事よりも! さっきの女の子……。あの子は幽霊? それとも生霊? 自縛霊とか」

「全部似たようなもんじゃないのそれ。……まあ、あれよあれ」

 細い指を虚空に向けながら、うーんと唸って考えた後、みのりはぽんと手を叩いて言った。

「《メリーさん》」

「メ、メリーさん? あの子捨てられた人形だったの!」

「捨てられたっていうか、自分から捨てられに言ったっていうか……。しかもそれで、つけ回してくるんだから全く質が悪いわよね……」

 みのりの言っている事がわからず麻子は混乱してしまう。それからウンウンと考え込んだのを見て、ふふっとみのりの顔から笑みがこぼれた。
 けれど、心の中では思ってしまう。これは全て自分が招いた事なのだと。あるいは、もっといい方法があったかもしれないと、ベッドの傍らに落ちたノートを見て少し後悔した。
 
 そういえば、と考えている間に違うことが思い浮かんでしまったのか、麻子は言った。

「みのりはどうしてここに? もしかして友情の絆で私がピンチなのを直感的にわかったとか!」

 みのりは一瞬どきっとした。
 気まずそうに目線を逸らしてから、濡れた髪をいじりながら言う。

「う、うん。やっぱり後から思ったのよ、あんたを一人にするのは危ないって。それで、追いかけてきたんだけど、真っ暗だったから不安になってね……」

 みのりは凄いなぁ、と麻子は関心したように言う。そのキラキラとした純粋な瞳を見るのが辛かった。きっとこんな立場でなければ、素直に喜べたのにと思う。
 突拍子もなく名前を呼ぶ。

「ねえ、麻子……!」
 
 無邪気な笑顔で、麻子は首をかしげる。
 けれど、喉の奥で言おうとしていた言葉を飲み込んだ。
 今一瞬。自分を友達だと思っているか、みのりはそれを尋ねそうになってしまった。紗奈がみのりへ聞いたように。
 麻子の気持ちを信じる前に、自分自身の気持ちを疑ってしまったのだ。友達だと心の底から思っているはずなのに、一度でも裏切ってしまったことが杭となって強く胸に突き刺さってしまっている。
 
 結局のところ自分と紗奈は似ていたのだとみのりは悟った。寂しくて、独りよがりで、だから友情ゴッコの結末を招いてしまったのだと切に思う。
 きっとそれをもっと早くに気づいていたら、紗奈の運命を変えられたのだろうか。 
 いや、多分そんな似た者同士だからこそ友達になってしまったのだとみのりは思った。
 麻子にかけてもらったシーツをみのりはくしゃりと掴んだ。冷えた体に布がこすれて、それだけで温もりを感じるようだ。

 そこへ降って沸いたような声が飛んでくる――。

「はーあ。なんかもうむかついてきた! 全部このノートのせいだよね」

 いつの間にか麻子がノートを持っているのを見て、みのりは我にかえる。次に麻子がとった行動に、目を見開いた。

「こんなもん……。こうだ!」

「あ――――駄目!」

 立ち上がり止めようとしたときには、麻子のフォームは完全に本を投げ捨てたものへと変わっていた。
 手を伸ばして、魚に釣り竿ごと持って行かれた人のような目を窓の外に向けてしまう。
 あれ……。と額から汗を垂らしてみのりに向き直った麻子が口をあわわとさせた。

「や、やっぱり。ポイ捨ては駄目だよね……。直接ゴミ捨て場に持っていかないと」

 頭をかいて笑う少女に、そういうことじゃない。と心の中で強く叫んだ後、みのりは部屋を飛び出し、すぐそばの階段を勢いよく降りていく。
 玄関広場まで来ると、靴も履かずに扉を開けて外へ出た。
 石門を通り抜けて、麻子の部屋を見上げると、そこから投げられたであろう位置を頭の中で特定する。
 そこはここから、反対側の家をぐるっと一周回った道路だった。
 誰かノートを拾ってなければそれでいい、杞憂になればと心の底から願い。柔らかな足裏に石ころを喰い込ませながらみのりは走った。
 
 けれど、おおよそこの時間帯に人なんて出歩かないであろう。という心の隙がみのりにはあったのかもしれない。

 目的の場所にたどり着けば、車のライトが光線のようにみのりの視界を奪った。
 眩しくて思わず右手で光を遮るとその先を細く目を凝らして見通す。

「あ、あなたは……」

 車の前には、少年らしき人物が降りてきていた。
 その手にはノートがあり、口角を釣り上げながら不気味に手をすりすりとなじませている。

「やあ。このノート、ずっと欲しかったんだよ藤堂さん」

 男の割には、まだ声変わりを迎えていない高い声。みのりには聞き覚えのある、身近なその声に戦慄が走った。

「真翔君、それは何の冗談……」

「これの使い方。僕はただそれが知りたいだけだよ」

 本を裏返して、こんこんとそこを指の先で叩いた。太いマジックペンで「みのり」と書かれているその場所を。
 みのりの頭の中は疑問でいっぱいだった。まず第一に美代子先生は一体どうなったのか。
 真翔がもし何らかの方法で先生に勝ち、ここまで運転させたと考えたがどこにもスーツを着た担任の姿はない。
 だとすると、真翔が自力でここまで来たということになる。
 そして、ノートの存在を少なからず知っているような口ぶりが一番みのりの胸の中で引っかかっている事だった。
 
 動転していることを悟られたくなかった。
 努めて冷静に、いつもの雰囲気の違う真翔の目を直視する。

「わたしは、真翔君がどこでノートのことを知ったのかが知りたいわ。それに答えてくれたら、教えてあげる」

「ふうん。まあいいや、今は武器もあるしね――」

 そう言って真翔は、懐から地のついた剣鉈を取り出した。


8.流れていく血の雨

 空気がぴりぴりと電気を発したような緊張を帯びていた。
 つけたままの車のライトが点滅して、それが暗闇の中で一瞬の判断を促すように二名の人間を睨みつけている。
 時に。総三真翔は何故こんなにも必死なのだろうか、と女は思う。
 自分の命が危ぶまれる状況化だから? しかしそれならば、いくらでも逃げる隙はあったはずだ。
 ナイフを握る女の手に力がこもる。対峙している少年に対して、苛立ちが抑えきれなかった。  腕や、腹からは雨で濡れた白い服の上から血がにじみ出ている。もし真翔が学ランを着ていたら、こうはならなかっただろう。
 しかし、真翔の動きは一向に鈍くならずそれどころか女の目には早くなっているようにさえ思えた。
 それでいて首の皮一枚のところでナイフを避けたりと、自分の周りを飛び交う羽虫のようで女の鬱憤は溜まりに溜まっていた。
 ぴくぴくとこめかみが痙攣して、冷静でいられなくなっている自分にも腹がたち、一旦ふっと息を吐き出して平静を装ってみせる。

「わからないわ。貴方なぜそんなに傷だらけになってまでしてあたしを止めたいの。紗奈を救えなかったただの餓鬼のくせにして、今更ヒーロー気取り? 自分の命も惜しくないですってか?」

 眉を不気味に吊り上げて表情を歪める女に対し、真翔の目がぴくりと動く。
 
「確かに……。確かに僕は、あなたの娘さんを救えませんでした。それは、とても悔しくてやるせないことですけど、だからこそ僕はこうしてあなたに立ち向かっている」

「へえ、じゃあ。あたしの為に死んで欲しいのだけれど?」

「それはできません。僕は藤堂さんに信じてもらえたんだから、それを裏切るような真似はできない。僕が死んでしまったら、きっと藤堂さんは自分の責任だと思ってしまうから」

「……あ、そう。じゃもういいわ。ま、な、と、君」

 まるで光のない瞳。ゴミでも見るかのような目つきで真翔を睨んだ。
 すっと鼻から息を吸うと、目を見開いて真翔の懐へと飛び込む。先ほどから、数十分は斬りかかっているのに、そのどれもが致命傷には至らない。
 子供の体力だと思って、計算を見誤った完全なる女側の失態。
 ナイフの柄を自分に向け、横薙ぎに振り払うが、軽快な動きで避けられてしまう。
 自分の行動が読まれていることに心の中で舌打ちしながらも、今度は足を狙って下から突き上げた。刃が肉を切る感触はない。視界の端に真翔を捉え、ぎろりとそちらへ振り向くと力任せに剣鉈を振り回した。
 けれどそれが最大のミス。雨のせいで滑りのよくなった地面で女はバランスを崩してしまった。

「なっ――――!」
 
 しまった! と思った時には盛大に体がアスファルトに打ち付けられていた。持っていたナイフがガードレールの下をくぐり抜けて崖下へ落ちていき、手を伸ばそうとした時には既に遅く、それを笑うように、雨の音が大きく聞こえるようになった。
 受身がとれなかった分、立ち上がろうとすると体に激痛が走り、思うように動いてくれない。
 
「……クソッ! なんなのよ、うざったいわね」

 半ばヤケになったかのように叫ぶ女に対して、見計らったように真翔が言った。

「先生。自分では気づいてないかもしれないですけど、あなたの攻撃が僕に届くことは、多分もうありません」

「――――なんですって?」

 真翔に向ける眼差しが、先ほどとは打って変わって頼りないモノへと変わっていた。それは凶器を失った事だけが原因ではないことを真翔が語る。

「この1年あなたの授業をずっと受けてきて思ったんです。もしかして、先生は身体が弱いんじゃないかって。授業を一つ終えるたびに大きく一回深呼吸しますよね。あれは、その証拠なんじゃないですか?」

「それは単に貴方達の物覚えが悪いからよ。ため息くらいつくわ」

「僕たちのクラスはわりと優秀な方ですよ。まあ、少し例外というか藤堂さんを除いてだけど……。でもね、紗奈さんと先生がどうしても僕の中で被るんです。あの子も病弱で、すぐにバテてしまう子だった。現に、先生は今かなり疲労しているはずの僕に攻撃が一切当たらなくなってしまった」

 女はからくり人形のようにカタカタと笑った。

「ねえ、知ってる? あの子が失明した原因。あれはね、あたしの体質が元々なのよ」

「……それは、どういうことです?」

 濡れた髪をかきあげて、女は雨雲を見上げた。

「そう。貴方の言ったとおり、あたしは体が弱い。もう今立ってるのも辛いくらいに。そんな忌まわしいものが紗奈にも遺伝してしまった。最悪な事により酷く、目を蝕む害悪なものとして。そして皮肉な事に、あたしがそれを知ったのはつい最近。こっちに住んでる祖父から伝えられただけ……」

 そこまで話したところで女は目を細めたかと思うと、ぐらりと力なく地面へと倒れてしまう。慌てて、真翔は駆け寄ると、首に手を回して状態を起こした。

「せ、先生。大丈夫ですか?」

 うなだれた女はぼんやりと少年を見つめながら、自虐的に口を引きつらせる。

「なんか、馬鹿みたいだわ。あたし……」

「先生、捕まってください。あんまり雨に打たれてると体温が下がって風邪をひいてしまいます」

 けれど美代子は力なく首を振る。
 言っても聞かない教師に困り、真翔はなりふりかまってられずに無理やり手を膝下にすべり込ませると、そのままぐっと持ち上げた。
 そのせいでナイフでえぐられた傷口に衝撃が走る。けれどここで先生を落とすわけにはいかないと踏ん張った。
 幸いな事に車までの距離はそれほど無い。教師を抱えたままの状態で、車のドア口まで運ぶと、開けっ放しの後頭部座席に病人をそっと座らせた。
 閉めますよ、と確認してから車のドアを全部閉めて、最後に真翔が乗り込んだのは運転席だった。
 座席が濡れてしまうけれど、この際仕方ないと真翔は心の中で先生に謝る。
 そこへ、後ろでぐったりと横たわっている教師が怪訝そうに訪ねた。

「ねえ。なんであたしを助けたの? それとも、一緒に投身自殺してくれる気にでもなった?」

「そんなんじゃありませんよ。あなたが死んでしまったら、絶対に悲しむ人がいるんです。僕もそうですし、藤堂さんも、門倉さんも。そして娘さんも。後、運転には期待しないでくださいね。一応家が工場でフォークリフトの練習とかしたことある程度なので」

「……あたしとしては、このままアクセル全開で谷底に二人で無理心中したい気分だわ」

「先生独身でしたっけ」

 明るくそう言って真翔はシートベルトをつけた。ミラーを自分の目線に合わせると、右足でアクセスをふかして、左足でクラッチを踏む。
 
「じゃあ、行きますよ先生。門倉さんの家までなんとか耐えてください」

 ギアをニュートラルから一速に入れると、ゆっくりと目的地までのスタートを切った。
 その途中。真翔はずっと気になっていた事を、この時間で聞く。

「先生。あのノートは何なんです? とてもこの世のものとは思えません。いじめていた子の目を奪ったあの力。あんなもの一体どこで……」

「さあ……。何せ祖父母に預けて仕事にかまけてる最低な母親だから。あの子の事は、何も知らないわ」

 その沈んだ声に、もう話しかけないでと言っているように真翔は感じた。それに、これ以上詮索してもきっと望んでいる答えは帰ってこないだろう。
 門倉麻子の家へ向かうまでの時間。ずっと真翔はその事について考えていた。




7.見えないふり

 門倉麻子は呆然と眺めていることしかできなかった。
 部屋に全身ずぶ濡れで飛び込んできた親友は、半透明の少女を紗奈と呼んだ。それも2年前自殺した川島美代子の娘。
 無論途中から転校してきた麻子には、先生に娘がいた事すら知らなかった訳で、何がなんだからわからない。

 かぶっていた布団をゆっくりと頭から下ろすと、麻子はみのりを見据える。
 みのりはなおも悲しそうに、涙で潤んだ瞳を紗奈に向けていた、それとは対照的に紗奈はこうなることを予期していたように冷静に言う。

「やっと思い出してくれたんだ。あたし達の想い出。みのりから奪ったみのりが見てきた世界の一部を」

 破れたページのノートをぷらぷらと見せつけながら、紗奈は言う。

「こんなの、今更返されたって困るわよ……。紗奈はわたしにどうして欲しいの?」

「別に。ただ、あたしはみのりが過去に縛られないように記憶を封じていただけ。それを返したのは、今からこの子から目をもらう所をしっかり見てもらうためなの」

「ちょっと待って。麻子は関係ないでしょ? やめてよ紗奈。ここにはあなたをいじめた子達はもういないのよ。これ以上何を求めるの」

 その言葉を聞いて、紗奈はうっとりとした上目遣いでみのりを見つめる。

「ねえ。みのりはあたしの事を親友だと思ってる?」

「思ってるわよ。今でもそれは変わらない、当たり前でしょ……?」

「そうよね。だったら、この子はいらないよね?」

 紗奈が指を差したその先。驚いた麻子の体がびくんと跳ね、ベッドが軋んだ。それに視線を向けた紗奈はくすくすとその様子を嘲笑した後、その顔からすっと笑みを消して唇を噛む。

「あの子達から奪った目がね、また見えなくなってきちゃったの。そんな時に毎日みのりが仲良く話してる、この子の声が耳から離れなくて、離れなくて……。今はもうあまり目が見えないから、その光景を頭で思い浮かべる度に胸が苦しくなってね」

「紗奈…………」

「ねえ、みのり。親友は一人でいいと思わない?」

 その問いにみのりは答えられなかった。どちらかを選んでしまったら、一つを失ってしまう気がしたから。
 どうしようもなくてみのりが俯いた先、いつの間にか床には小さく水たまりができていて、そこに映るみのりの姿が揺れていた。その光景が優柔不断な自分と重なって見え、悔しくて右手をぎゅっと握り締める。
 2年前から変わらない。
 みのりは自分の判断によって人の運命が変わってしまう事をとても恐れていた。だからいざという時に、行動に移せないでいる。
 いつだってそうだ。誰かに手を引かれなければ、みのりは何もできなかった。
 
 紗奈は自分の問いに答えられないみのりに対して、イエスと受け取ったのか楽しそうに白い歯を見せた。
 今から料理でも始めるかのような気軽さでゆっくりとみのりから、麻子へと視線を移す。

「大丈夫。死ぬことはないよ、目が見えなくなっちゃうだけ。その光をあたしに分けてくれるだけでいいの」

 首を振って嫌がる麻子の顎を紗奈は左手で掴んで固定した。そして顎から頬にかけて線をなぞるように指を滑らせる。ひくついた麻子の目を見て笑いながら、嗜むように耳を舌で舐めた。

 ひっ――と声をあげた麻子の表情からは血の気が引いて、大きな瞳が動揺を示した。不快感が紗奈の冷たい舌を通って流れ込んでくるようで、麻子は完全に動けなくなってしまう。
 もしここで目を閉じてしまったら、次に開けた時そこに光が宿っているとは限らない。そう思うと、恐怖にすくんで瞼さえ閉じることが躊躇われる。
 
 そこへ、矢を放ったような鋭い声が飛んできた。
 
「やめなさい――!」

 ぴくりと、紗奈の華奢な肩が揺れた。振り返ると、こちらを真っ直ぐな視線で睨みつけてくるみのりの姿があった。

「紗奈。わたしの親友を傷つけたら許さない。例え、あなたでも……」

 一瞬にして紗奈の顔に影が落ちる。
 既に興味がなくなった玩具のように麻子には目も呉れず、紗奈はのっそりとベッドから立ち上がった。

「嘘、みのりがあたしに意見するなんてこと一度もなかったよね。これってやっぱりこの女のせいなの?」

 その言葉を聞いてみのりの頭に血がのぼる。ずっと立ち止まっていたみのりの足が動いた。スタスタと紗奈までの距離を歩いたかと思えば、右手をばっと振り上げる。
 見上げた瞬間、紗奈の頬に鈍い痛みが走り、同時に気持ちのいい音が部屋に響いた。
 みるみる内に紗奈の頬が赤く染まっていく。

「…………なに?」
 
 何をされたのかわからず右手を頬に当てた紗奈は、ひりひりと痛む肌に顔をしかめて、そこで初めてぶたれたのだと気づく。
 それでもなお信じられなくて、我が目を疑うような表情で呆けた視線をみのりに向けた。

「ふざけないで」

 ふるふると肩をいからせ、眉を吊り上げながら、みのりは泣いていた。
 その態度が紗奈には、まったくと言っていいほど理解できなくて、戸惑いがちに視線が泳いでしまう。
 そんなわからず屋に、沸騰したお湯のようにみのりの怒りは煮えたぎり、やがて爆発する。

「あんたが勝手に死んだ後、こっちはどれだけ辛かったと思ってるの? 毎日毎日、あの時何もできなかった自分が恨めしくて、嘆かわしくて。本当に地獄のような日々だった。こっちもあてつけに死んでやろうかと思ったわよ! 結局紗奈はわたしにとんでもなく大きな重荷を背負わせて身勝手にいなくなりやがった……!」

 まくしたてて言うみのりの態度を理不尽に思ったのか、むっとして紗奈も睨みつけて返す。

「当たり前よ。何言ってるの。こっちだってあなたが全然役に立たないから、辛い思いをしていたんでしょう!? だから死んでやったのよ。ふざけてるのはそっちでしょ」

 紗奈がみのりの頬をひっぱたいた。
 みのりはそれをものともしないで、その程度? と言いたげに鼻で笑うと、さらに続ける。
 
「目が見えなくなった事を死んでも認められないねちっこい陰湿女よね、あんたって。本当なんでこんな奴と友達になったのかわからないわ」

「そっちこそ普段は強気で、男子にも勝るとも劣らない性格してるのに、いざって時にはまったく役に立たないドブ鼠みたいだわ。下水道で一生を過ごすといいんじゃないの?」

 ふっと息を吐き出した紗奈。少し喋るだけでも体が弱い紗奈の昔からある癖だ。それを見ていたみのりは、胸に懐かしいものが込み上げてくるのを抑えられなかった。
 少しの沈黙の後、大きく深呼吸したみのりが少し歪んだ笑顔で言った。

「けど、それでもあんたは親友なのよ」

「……みのり」

「こんな悪口叩くことなんて今までじゃ考えられなかったけど、それはわたしがちゃんと紗奈と向き合わなかった結果なのよね……」

 一年前より紗奈への視線が高くなってしまった自分に、みのりは底知れない罪悪感を抱いた。それを振り払うように、紗奈の体を抱きしめる。

「紗奈、ごめんね。わたしはきっと最後まであなたの親友ではいられなかった。だから今だけはこうさせて」
 
 抱きしめる手に力を込めると、それだけで紗奈が消えてしまいそうに思えてそっと優しく包み込むようにした。
 けれど意に反して、次第に抱きしめている紗奈の背中に感触がなくなっていく。見ると、ただでさえ不明細だった紗奈の体がだんだんと光を帯びてきていて、今にも消え入りそうだった。
 それは頑張って作り上げた自慢の雪だるまが、春がきて自然と溶けてしまうように。

 けれど、みのりは今になってそれが嫌になってしまった。

「ねえ、みのり。やっぱりあたしはこの世界では邪魔者なんだよ」

 一瞬でも気を抜けば、その声は途切れてしまいそうなほどに頼りない。その予兆がみのりにとっては辛く、動悸が激しくなる。

「そんなことない。馬鹿な事言ってんじゃないわよ」

 そうかな? とみのりの腕の中で紗奈が囁いたのに即座にそうよ、と返す。

「だったら、自殺なんてするんじゃなかったな……。なんて、今更後悔しても遅いんだけど」

 微笑んだ紗奈の息が唇からこぼれた。それが最後と言わんばかりに。
 みのりの腕はすっと空中に浮いているだけのものになり、頬に当たった紗奈の吐息が、まだ余韻として残り続けていた。

6.あなたのいない世界

「もう、やめて……。紗奈」

 自分は何をしているのだろう、と喪失感に囚われながら、崩れ落ちそうになる。
 ああ……、わたしは何も変わってはいなかった。
 2年前。紗奈がいじめられていた時も、何もしてあげられなかったのだから。

 わたしが中学一年だった頃――――。
 紗奈とは、特別仲がよかったわけでもない。けれど彼女のおだやかで、落ち着いた性格はとても好きだった。
 当時からわたしはガサツで声が大きいと男子から言われ、女の子らしい所なんて綺麗な長い髪ぐらいしかなかった。
 だから、わたしはお淑やかでまるでお嬢様のような振る舞いの紗奈に羨望の眼差しを向けていたんだろう。
 たまに目が合っては、笑いかけて来る紗奈にいちいち「あんた友達少ないわよね!」と嫌味ったらしく言っていたのを覚えている。
 でもそれは恥ずかしさのあまり口からついて出た言葉であって、悪気があったわけじゃない。
 それを知ってか知らずか、突然紗奈はふわっとした柔らかい笑顔でこう言った。

「うん、そうなんだ。だからよかったら友達になって欲しいの。ダメかな?」

 その時は驚きのあまり、何を喋ったのかよく覚えてはいない。あとから紗奈が笑いながら、たまにネタとして話に出すくらいだから、相当なことをやらかしたのだろう。
 
 あの頃の私たちは親友だったはずなのに。
 

 それから数ヶ月経って事態は一変する。
 紗奈の体に異変が起き始めた。
 廊下を歩いている途中、いきなりふらっと倒れそうになったのをわたしは慌てて抱き寄せた。

「ど、どうしたの?」

「あ、うん……。ちょっとつまずいちゃって……」

「え? 何もない廊下で…………?」

 そんなドジな子だったかな、とその時は思った。
 けれどそれは違う。この時紗奈は自分の目が見えなくなってきていることに気づいていたんだ。笑ってごまかしていたから、わたしは気にもとめなかったけれど。
 きっと紗奈は、わたしに心配させたくなくて、目のことを黙っていたんだと思う。
 
 鈍いわたしだから、そんなことにも気づいてあげられなかった。
 
 ある日の休み時間。
 わたしは、間違いだらけのプリントとにらめっこしながら、こうでもないああでもないと一人悩んでいた。
 そんな時に、ふいに流れるように耳へと入ってきた。

「ねえ、紗奈ちゃんって目が見えないらしいよ」

「えー、なにそれ。本当なの?」

「本当、本当。今度足かけてみなって、簡単に転んじゃうから。もうほとんど見えなくなってんじゃないかってくらい盛大に転ぶから」

「ちょっ、何それ面白そう」

 それを聞いたわたしは勢いよく立ち上がって、気づけばその子達の元へと詰め寄っていた。

「それどういうことなの!?」

 きっかけは、些細な事だったらしい。
 紗奈が、教科書を見ながらぼーっとしているので、隣の子が何をしているのか聞くと、こう答える。

「あ、うん。ちょっと文字が小さくて読めなくて」

「紗奈ちゃんって目悪かったっけ……? これかなりおっきいほうだと思うよ? これとか読める?」

「えっと…………」

 案の定紗奈は言葉に詰まり、それから困ったように頭をかいてごまかしたらしいが、その光景を一部の女子が見ていた。
 それは、紗奈に嫉妬心を抱いていていたクラスの女子グループ数名。
 そこから、連鎖のようにいじめが広がっていき、圧倒言う間にクラスの誰もが紗奈の事実を知ることになる。
 もちろんわたしは紗奈にちょっかいを出している連中を見かけたら、幾度となくやめるように言った。
 すると女子達は隠れていじめをするようになり、紗奈の外傷が目に見えて現れだした頃。
 今度はわたしではなく、総三真翔という少年が女子グループに向かって言い放った。

「君たちなんだろ? 川島さん達をいじめているのは」

「はぁ? 違うし。そもそも真翔君は、あの子の彼女か何か? 紗奈に助けてってせがまれたのー?」

 少年はこれ以上ないくらいに激昂していて、けれど暴力にものを言わせたわけでも、言葉で怒鳴りつけたわけでもなかった。
 ただ一言女子達に呟いた。

「返ってくるよ……。絶対にね」

 すっかり静まり返ってしまった教室に、下品な笑い声がしばらく続いていた。



 それから、二ヶ月が経った。
 いじめの事を両親に話して、学校側に言うように頼んだけれど、それも力によってねじ伏せられる。事実は隠蔽されて、挙句にはわたしを退学にすると脅された両親はとうとう諦めてしまった。

 わたしと紗奈の関係もどことなく離れていっていて、話しかけるのも気まずい空気を一つ重ねないといけないほどにまでなる。
 何をしているんだろう、自分は。紗奈のために何かしてあげられることはないのか。
 そうして無作為な日々を送っていた、ある夜のこと――――。
 滅多にかかってこない家の電話がベルを鳴らした。
 その時携帯は持っていなくて、鳴り続けるベルに誰もいないのかと、わたしは電話のある玄関の前まで行くと受話器をとった。
 もしもし、とかけてきた相手を確認すると、少女の声がした。

「やっほー」

 陽気な紗奈の声だった。何故かその様子に不安を感じてしまう。

「ど、どうしたの? 何かあった?」

「ちょっと話がしたくて」

「あっ、だったらわたし今から紗奈の家まで行く。体力なら自信あるしっ――――!」

 けれど、ううん。と電話の向こうで紗奈は否定する。
 
「あたしの家おじいちゃんとおばあちゃんしかいないでしょ? だから電話も置いてなくて」
 
 公衆電話からかけているのだと苦笑した。続けて、紗奈は通話越しに息を漏らす。

「ねえ、みのり。あなたはあたしの事を友達だと思ってた?」

「っ当たり前じゃない! 友達、ううん、親友でしょ!」

 間髪入れずに答えとふふ、っと微笑したのが聞こえた。

「みのりならそう言ってくれるって思ってた」

 いつもの上品な感じとは少し違い、寂しげな笑い声。

「な、なんか紗奈怖いよ。ねえ、今どこの公衆電話使ってるの?」

「えーと水口商店の近く、自動販売機の隣、かな」

「だったら今そこまで行くから待ってて!」

「待って!! 聞いて、みのり――――!」

 重たい声が耳に響き、わたしはとうとう受話器を置くことができなかった。ふぅと電話越しに息をついた紗奈が、淡々とした口調でわたしに言った。

「あたしみのりの事、これっぽっちも恨んでなんかないよ。みのりは多分自分に責任を感じているのかもしれないけれど、そんなことない。…………だって。みのりはいつも強気で、活発な子であたしに元気をいっぱいくれた。みのりはね、あたしの憧れの女の子だったんだよ?」

「そんな…………」

「だからね、もう重荷を背負って生きていく必要なんてないんだよ。みのりは、あたしの事で頭をいっぱいに悩ますことだってしなくていいの」

 何かを言いたかったけれど、どうしてか涙がこぼれ始めて、次第には嗚咽も抑えられなくなる。
 そんなわたしを慰めるように、紗奈の優しい声が聞こえてくる。

「あたしだんだんとね、目に映る世界が霞んでいって、そのうち幕を下ろすんじゃないかって予感があるの。そうしたらわたしに残る世界はあと4つ。どれも魅力的な世界だけれど、わたしはやっぱり、この世界が好きだった。それは……、なんでだと思う?」

「えっと……。それはっ……!」

 紗奈の欲しがっている言葉を答えたくて、頭の中を必死で巡らせてみたけれど、このとんちんかんな脳ではどうしようもない。
 わたしの答えが待ちきれなかったのか、紗奈が先に口を開いた。

「それはね……」

 あなたの映る世界が、あたしにとっては一番輝いて見えたから

 最後にそう言い残して、紗奈は電話を切った。
5.すれ違い

 雲はすっぽりと空を覆い隠していた。藤堂みのりを上から見下ろしながら、その意思を砕こうと企んでいるかのような雨。
 それはみのりの体を容赦なくうちつけ、気力と精神を削り取っていく針の筵のようだった。
 背中に張り付いたシャツが気持ち悪い上に、靴も水を吸い取って鉛をつけたみたいに重い。それなのにみのりは、それをハンデとも思わないで必至で足に力を入れて地面を蹴り続ける。

「ぐ、あぁああ!!!」

 暗雲に隠れて見えなくなった月にみのりは叫んだ。その先まで手が届けば、きっとたどり着けるだろうと思っていたから。
 
 真翔に託されたバトンを握って、走ること15分余り。
 唯一みのりが後ろ髪を引かれることがあれば、それは総三真翔の事だった。もちろん、真翔の事を信じていたい気持ちはあったけれど、友達以上の異性として真翔を慕情しているみのりにとっては度し難い事だった。
 相手は女とは言え、凶器を持った大の大人。それに立ち向かうのに丸腰なんて、いくらなんでも危険すぎる。下手をしたら、切り傷どころではない。
 何よりみのり不安を種の生んだのは、担任教師の心変わりが突飛で思いがけないものだった事が一番の要因だろう。

 川島美代子は、みのりのクラスの担任になってまだ日が浅かった。けれど、この一年間美代子先生はクラスのために尽くしてきたとみのりは思ったし、いつも笑顔を周りに振りまいているようなほがらかな人物だったと皆が思っていたはずだ。
 それなのに何故?
 美代子が、クラスの担任になって今日でちょうど一年――――。
 そこで、みのりの胸には突然糸が絡まったようなもどかしい引っかかりを感じた。
 
(あれ……。わたし、何か重要な事を忘れてる……。思い出さなくちゃならないはずなのに……)

 けれど考えれば考えるほど糸は固く、ねじれていくようで不快感が増していくばかりだった。
 首を振って、みのりは前を向きなおす。今は走ることに専念しよう、わからない事を考えていても仕方がない。そこまで考え直したところで、ようやく明かりらしき黄色い煌きが、みのりの瞳に映った。
 そこからの足取りは目に見えて早く、一刻の猶予も許さないと自分に戒めたみのりにとって、それはラストスパートをかける大きなキッカケになったのだろう。

 やがて、足を止めたのは、『門倉』と書かれた表札の前だった。 
 その瞬間、蓄積していたものが破裂したように、ガクリと膝が地面へと落ちる。
 強気なみのりが思わず顔を歪めてしまうほど、本人も気づかないうちに体が限界に達していた。
 長いアスファルトを抜けて、あぜ道で泥だらけになりながらも、みのりは短い距離でイチ早く麻子の元へ向かおうとした結果。体はぼろぼろの傷だらけになっていた。

「ぐぅ……。これは、やばいわね……」

 しかし、弱音を吐いている暇はない。
 見れば、麻子の家の電気が一つもついていなかった。寝るにしてはまだ早すぎる時間だ。
 足を引きずりながら、玄関から中に入ると、服が目いっぱい余計に吸収してくれた水を、発散するように力を込めて絞り上げた。
 その後、靴と一緒に靴下も脱ぎ捨てて、まずはじめにリビングへと向かう。暗闇に目が慣れたせいか、部屋の電気はすぐに見つかりスイッチを押すが、一向につく気配がない。

「どうしてつかないのよ! 他の家はついてるのに……!」

 理不尽な力が働いているとしか思えない。
 苦虫を噛んだように、渋い顔をしてみのりは2階へと駆け上がった。
 それは、僥倖な事に一番目の扉。可愛らしい文字で「麻子」と名札がかけられていた。それを見た途端、考えるよりも先に体が動く。

「麻子――――!!」

 扉をこじあげたと同時に、名前を叫んだ。

 一番初めに目に飛び込んできたのは、ベッドの上にいる半透明の少女。そしてその奥にみのりに向かって渇求の瞳を輝かせた麻子が縮こまっていた。
 口をぱくぱくとさせて、何か言いたげな麻子の無事な様子に、全神経が活動停止しそうなくらいの安堵感を覚える。

 しかし、視界に映るもうひとりの人物に対してだけは、別の意思が働いた。

「………紗奈」

 その名前を呼ばれた半透明の少女は、不気味に笑い出す。

「ひ、ひひひひひ!!」

 金切り声が耳を劈き、耳を塞ぎたくなるような悲鳴に変わる。

「許さない………。許さない許さない、許さない。 御前らが憎い! 奪ってやる奪ってやる奪ってやる奪ってやるぅう――――!!!」

 その時、ようやくみのりの頭の中で一本の筋道が通り、鮮明に二年前の光景が浮かびあがった。
 それは、とても残酷で罪悪感に苛まれて、見ているのが辛いくらいにみのりの心を崖から突き落とした。
 みのりの瞳から涙がこぼれた。拭っても拭ってもそれは湯水のごとく溢れ出て、留まるところを知らない。
 
「ごめんなさい」

 口からこぼれた言葉に、部屋の中で鳴り響いていた絶叫が途絶えた。

「…………」

「ごめんなさい。わたし、あなたの為に何もしてあげられなかった!」

 心の中で額が地面に付いてしまう程に頭を下げた。
 そして自分は何も成長なんてしていなかったのだとみのりは羞恥心に駆られる。同時に自身への失望が際限なく体を蝕み始めた。
 麻子の時と同じ。わたしは、あの時も事実を知っていて救う事を諦めてしまった。過去も未来も何も変わっていない。その事実が重くのしかかり、重圧で潰れてしまいそうになる。
 けれど、みのりは真実を思い出してしまった。

 いつの間にか切れて痛む口の中に、涙が流れて入ったことでひりひりと痛みが増していく。
 血と涙と唾液の混ざったものを飲み込むと、意を決して言葉を吐き出した。

「川島紗奈。あなたは、2年前。いじめられて自殺した先生の娘さんなんでしょう――――?」


4.右の道か、左の道か。


「ちょっと、あなた達こんな時間まで何をしていたの?」

 学校の玄関で靴を履き変えていた、藤堂みのりと総三真翔はギクリと体を硬直させる。揃って声の聞こえてきた方へ見ると、スーツを着た女教師がこちらへ近づいてきていた。
 しゅっと引き締まったスレンダーな体でスタスタとこちらへ向かってくるその姿は、真翔達の担任、川島美代子だった。
 
 一瞬ひやりと、汗水を垂らした真翔だったが、この人ならもしかして協力してくれるかもしれない、と心に淡い期待を抱く。
 傍らにいるみのりへと視線を向けてみても、その目は安堵と期待に満ちていた。
 美代子は教師として、この桜ノ宮中学ではかなりの仕事をこなしている。クラスからも同僚からも好かれてもいたし、それはこの二人にも該当していた。

「あ、あの! 川島先生。門倉さんが今大変なんです。なんとか協力していただけませんか?」

 まくしたてて言うと、美代子の鋭い瞳がぱちぱちと瞬きを繰り返す。その間、生唾を飲み込む数秒の時が流れ、それからすぐに美代子は教師の顔つきに戻った。

「……なにがあったの? 先生に訳を話して。それからよ」

 真翔とみのりの顔はぱっと明るくなり、そして二人で身振り手振り、事の発端をできるだけ手短に美代子へと伝えた。
 
「なるほどね。事情はわかったわ。だったら、ワタシの車に乗って言って。今は一刻も早く門倉さんの元へと行かないといけないんでしょ? それにもうすぐ雨が降ってくるから――――」

「え、でもいいんですか? その学校の事とか……」

 真翔が気遣うように尋ねると、教師は笑う。

「今は学校よりも大切な、やるべき事があるのよ。あたしはそのためにここに来たんだから」

 そう言ってひるがえり、自分の車へと向かう背中が、二人にはとても大きく見えた。
 
 
 すぐにエンジン音が聞こえてきて、目の前に黒い軽自動車が停止する。
 座席から窓を開けて、「さあ、二人とも早く乗って」という声にそれぞれ後ろの席へ飛び込むようにして乗った。
 学校の門まで来ると、ハンドルを切ろうとしたところで美代子が言った。

「門倉さんの家は、確か水口商店の近くだったわよね。普通に人が歩いていく分には門から左の道を行けばいいんだけど、車だと右の山沿いの道から回ったほうが早いの。道幅も広いしね」

「そうなんですか?」

 みのりが後ろから尋ねるのをバックミラーに目を通して美代子は頷く。
 そこに、ちょっと待ってくださいと真翔が慌てて身をのりだす。

「今は家に向かうよりも、門倉さんに追いつくのが優先です」

「……でも、もし先に門倉さんが家についたらそれこそ危険よ。あのノートは密閉された空間でも実態として現れる。逃げ場がなくなったらおしまいだわ」

「それは、確かにそうですけど……」

 渋っていた真翔だったが、隣にいたみのりが先生を信じようと耳元に小声で呟いたのをきっかけに、決意する。

「わかりました。じゃあお願いします」

 その言葉に、アクセルを踏んで美代子は答えた。
 
 走行中、みのりと真翔の二人はずっと無言だった。ただ、流れていく景色を見つめながら、お互いの心には門倉麻子の事が頭によぎっている。

 少女は己を叱咤しながら、もし麻子が自分を許してくれるのならば今度はずっと傍にいてあげようと心の中で固く決意する。
 一人で歩いている麻子を想像して、胸がひどく締め付けられた。今すぐにでも打ち明けたい、あなたを裏切ってしまったと。
 でも本当は、あなたの事が大好きで今でも親友だと思っていると。
 失望されるかもしれない、けれどそんな事は怖くなかった。
 ただ今は、麻子の元に一秒でも早く駆けつけて、その体を力いっぱい抱きしめたい。
 それが、藤堂みのりの想い。

 少年は自責の念に駆られながらも無力な自分にもどかしく、そしてそんな自分が門倉麻子のために何をしてあげられるのかを必至で悩んでいた。
 ノートの力は絶対的だ。火で焼いても、山へ捨てても、いつの間にかそれはその人の元へと現れる。あらゆる物理的攻撃が効かないのであれば、対処の使用がない。
 そして、ノートは対象者の『目』を奪う。

 教師は笑う。
 ミラー越しに二人を見つめる瞳は黒く濁っていて、拠り所を知らない。その目はやがて、正面の崩れた崖へと向かった。
 山沿いを辿って、きついカーブの先にあるのは大量の砂や岩が崩れ落ちてきてバリケードのようになった道路だった。
 タイヤの擦れる音とともに、車が止まる。

「「え……?」」

 考えることに没頭していた二人は、同時に声を漏らす。そして、目の前の光景に驚愕の目をしめした。

「こ、これじゃとてもじゃないけど車なんて通れないわよ! な、なんとかして向こう側へ行けないかな??」

「いいえ、そんな危ないことはできないわ、仕方ないわね。引き返すしかないわ……。ごめんなさい二人共」

 ハンドルを切って、今まで来た道をUターンしようとする。
 すると、じっと黙っていた真翔が猜疑の目を担任教師へと向けた。

「次は、どこに行くつもりですか?」

「え……?」

 あっけにとられて、教師は思わず後ろの左座席にいた真翔に首を向ける。

「先生。あなたはわかってここに来たんじゃないですか。ここの所、梅雨のせいか土砂降りでしたよね。だったら地盤が緩くなって、崖崩れが起きていても不思議じゃなかった。それなのに、あなたは僕達をここに誘導した」

「ち、ちょっと待ってよ総三君。あたしは確認したはずよ? どっちの道に行くかって」

「そう、僕達はあなたの罠にまんまとハマってしまった」

「え? ど、どういう事? せ、先生嘘ですよね?」

 一人訳がわからないと言った様子でみのりはあたふたしていた。

「嘘。…………嘘ねぇ? 何が、本当で、何が嘘なのか。貴方達にはそれがわかる?」

 虚ろな目。海底の奥深くにでも沈んでいるかのような低い声からは普段の教師の面影が一切消えていた。

「何が言いたいんですか」

「あたしには、何もわからないわ。自分が正しいのか、間違っているのかさえ。けど、それでもあたしはやらなくちゃいけないのよ」

 そう言って、口元を不気味に歪ませた。
 次に懐から出した物は鈍く光る剣鉈。それを舌で這い舐めながら、獲物を狩るようなギラギラとした目を後部座席へと向ける。

「いいでしょう。この学校に来る際にもらったのよ。とても切れ味がよくて、この田舎では必需品だって……」

 先に反応して声をあげたのは、真翔だった。

「――――藤堂さん、車から降りるんだ!!」

 それがみのりの耳に入るか否かの数秒には、もう二人共車内にはいない。しかし、それは剣鉈を持った女も同じくして、車から飛び出と、先回りして道をふさいだ。
 牽制するように、ナイフを突きつけてくる。

「逃がすわけないじゃない。せめて、一匹は狩らないとね」

 ふふふ、と笑うその姿からは、以前の優しかった教師の面影はない。
 今目の前にいるのは、狂った殺人鬼と違わないほど、同じ人間とは程遠い存在。
 やがて、雨が降ってくる。それが、タイムリミットを急かしているようで、真翔とみのりの心には、焦りが募っていく。
 
「あぁ、いいわねぇ。雨、雨……。雨を降らす雲は、この世界を暗くする。紗奈の気持ちを、ちょっとでもわかってあげられる。この世界を闇へと染めあげる雨がわたしは好き」

 まずい。とそこで真翔は歯ぎしりした。
 このままこんな所で時間を稼がれたら門倉麻子に追いつくどころか、真っ暗になって道がわからなくなってしまう。
 みのりへと目を向けると、怯えて腰が抜けそうになっていた。ふるふると恐怖で揺れるポニーテールが、どことなく頼りない。
 それでも、真翔はみのりならやってくれると信じた。

「藤堂さん。僕が、先生を押さえつける。だから、先に行って」

「そ、そんな事……」

 できない、そう言いそうになった。
 けれど、モタモタしている暇はない。だからみのりはすぐに決断した。
 何よりもこの人なら、みのりを立ち直らせた総三真翔ならやってくれる。自分が余計な心配をしなくても、きっと大丈夫だろう、と……。
 心の底から、みのりはそう信じることができた。
 わかった、と小さく呟く。お互い目も合わせずに、視線は目の前の敵へと向いていた。

「先生。手加減はしませんからね」
 
 真翔が、地面を蹴った。
 すぐに距離は縮まり、低く身構えていた教師の腕が、懐まで行こうとしたところで振り下ろされる。それを真翔は左手でつかみとろうとするが、思ったよりも力が強い。
 
「――――ぐっ!」

 なんとか持ちこたえると、それを後方で不安げに見守っていたみのりが、全力で脇を駆け抜けていった。
 それを目で追いながら、女は吐き捨てる。

「…………まあ、いいわ」

 そして、再びその眼球はぎろりと真翔へと向いた。

「……じゃあ、あなたから償ってもらいましょうか。あたしの大事な娘を殺した償いをね…………」




3.瞳のない少女

 
 午後6時20分――――。
 
 ポツポツと、雨が降ってきていた。
 そのせいか少し肌寒い空気が麻子の部屋を漂っている。少女の体も酷く冷め切っていて、部屋の隅っこで布団を頭からかぶりながら何かに怯えていた。

 ――――数分前。

 ノートを見てから、すぐさま玄関に飛び込んだ麻子は扉の鍵をロックした。
 そこで家があまりにも静かなことを不審に思った。慌てて靴を脱ぎ捨ててリビングまで行くと電気をつけ、テーブルを見ると手書きのメモと白い箱が置かれていることに気づく。
 メモには 『ごめんね。ご飯はレンジの中に入れてあるから。それと、麻子の好きなケーキ』
 丁寧な字で、けれど簡素なものだった。
 
(今日遅いんだ……。お母さん)

 メモがある時点でなんとなく察しがついた。
 元々、母の仕事の都合でこの田舎へと引っ越してきた。それで家庭環境が変わるかと言えば、そんな事はなかったけれど。
 夜ご飯を一人で食べることなんてしょっちゅうだし、月に貰えるお小遣いも少ない。都会にいた頃は、友達と遊ぶとすぐにお金がなくなって、いつの間にか遊びのグループから外されていたりもした。
 ずっと昔からそうだったから、麻子にとってはそれが普通だった。
 この桜ノ宮の土地でも、だんだんとみんなから避けられて、終いにはみのりにまで見限られてしまうだろうか。
 仕方ないと思う反面、胸がしめつけられるぐらい寂しいと感じた。

 麻子は、メモと一緒に置かれていた白い箱を開けた。そこには、一人分のレアチーズケーキが入っていて、それは麻子の大好物だったけれど、すぐに蓋を閉めた。
 そして、冷蔵庫まで持って行くとそれを中に入れる。
 
(……お母さんが帰ってきたら半分こにして一緒に食べよう。そのほうがきっと美味しい)

 ふと、窓ガラスに自分が写っているのが見えた。母親譲りのパッチリとした大きな瞳。それは麻子の自慢だったし、みのりにも可愛いと言われる。
 今は外からの雨にガラスがうたれて瞳がぼやけて見えた。しかし、次第にそれがおかしいことに気づく。
 自分の目に酷く靄がかかっている。ゴミでも入ったのかと、両手でこすってみてもそれはとれない。
 拭っても拭っても、目が赤く泣き腫らしたみたいになるだけだった。

「え、ちょっとやだ……。なにこれ?」

 その異常性に、胸がざわついて仕方がない。
 もしかして、とそこであのノートの事を思い出した直後。
 背後で耳に残るあの音が聞こえた。それと同時に、バチ!! と音がしてそこで麻子の視界は闇に落ちた。



 カチカチと何か硬いものが合わさるような音がずっと暗い部屋の中で鳴っていた。

(なんで――!? 鍵はちゃんとしめたはずなのに…………!)
 
 恨みを持たれるような事をした覚えは麻子にはない。そもそもコミュニケーションの範囲が限りなく低いと自覚している麻子にとって、少なくともこれが知っている人物の仕業ではない事を確信していた。
 だったら――――。
 そこまで想像したところで、ゾっと体に悪寒が走る。おぞましい空気がずっと肌にまとわりついているようで、日焼けもしていない麻子の顔はこれ以上ないくらい青ざめていた。
 正体がわからない。知りたいけれど、"向こう"はただ黙って得体の知れない敵意を向けてくるだけ。
 アレはなんなのか。何故自分の元へ現れるのか。それが知りたくて仕方がない。フラストレーションが限界まで溜まっていって、頭が壊れそうだった。
 せめてこれがみのりのイタズラやドッキリならいいのに、と思いたかった。
 けれど、そんな願いを裏切るかのごとく、その音は耳にこべりつく。

 バサ……。
 
 突然ベッドの前に落ちてきたそれに、麻子の心臓は止まりそうになる。足と手を必至で使ってもがきながらベッドの隅へと移動した。
 パタリ、パタリ風もないのにページがめくられていく。相変わらず蛇でものたうち回ったような読めない文字に、子供の絵。
 完全に硬直してしまった麻子は、潤んだ目を瞑ることもできずにノートに釘付けになる。心臓がバクバクと音を立てて、それが痛いくらいに頭へと響いた。
 そして、最後のページにさしかかった時。

 『欲しい。その目が、欲しい』

 声が聞こえた。同い年か、自分より年下の女の子の声。
 どこか虚ろで、それは誰に向けて言っているものなのか――――。
 急に激しくなってきた雨音のせいでよく聞き取れない。

「な、なに…………? わたしに何か用なの……?」

『あなたの目が欲しい。その綺麗な目が……』

 暗がりに小さな女の子の姿が浮かび上がる。白いワンピースを着ていて、 闇に紛れて溶け込むようにその存在は薄く儚い。
 口元が笑っているように見えた。麻子を求めるように、その少女はベッドに乗ると、這いずり近寄ってくる。

「こ、来ないで――――!」

 大声を出したつもりが、かすれた声が出ただけ。それも雨音によってかき消される。麻子の声は誰にも届かない。
 助けなんて来ない。やっぱり自分は一人なのだと、ぎゅっと目を瞑った。
 ワンピースの少女の細く骨ばった腕が麻子へと伸び、その小さな手が目に触れるか否かの刹那――――!
 部屋の扉が、バン!! と音を立てて、凄い勢いで開かれた。そして誰かが部屋の中へ入ってくる。
 見覚えのあるその人物に、麻子は奇跡でも起きたのかと目を見開いて驚く。

「麻子ッ…………!!」

 びしょ濡れになった藤堂みのりがその名前を叫んだ。


 

2.三人の行方


 午後5時40分。
 夕日が差し掛かる空と、増え始めて群れを成すカラスがいくつもの電柱に止まって鳴いている。
 桜ノ宮中学の門を次々と跨いでいく生徒達を教師は見送っていて、ちょうどその頃、門倉麻子が一人で帰路についた頃だった――――。
 
 門の前で、今日は一人で帰るの? と担任の《川島美代子》に声をかけられた麻子は、ぶっきらぼうに「そうです」と答えると訝しげにその女教師を睨みつけた。

 田舎の教師はだれもかれも陰湿で、そこらへんの腐った木に芽吹くキノコのようなじめじめしたイメージがある。情緒不安定というか、頼りないというか。
 とにかくここの教師は生気がなくて、近寄りがたい。
 少なくとも13歳の女子中学生である門倉麻子には、そう見えていたのだ。
 それは完全に偏見だとみのりは笑っていたけれど、自分の中学はもっとフラットで人柄の良さそうな人ばかりだったと麻子は息巻いている。
 その点、この担任、《川島美代子》は田舎の教師でいて一人浮いていた。柔和な性格に加え、よく見るときゅっとしまったスタイルに、聡明そうな顔つき。確かに教師という職が似合っているようにも思える。
 けれど、それがまた麻子にとっては気に食わない事でもあった。
 要は、この女教師が嫌いなだけなのだ。

「さようなら、先生……」

「あ、またね。門倉さん」

「…………」

 教師からすれば嫌味に聞こえるぐらいの努めて暗い声で挨拶をしたつもりだった。
 にも関わらず、それを何一つ気にした風もなく満面の笑みで返されたので、麻子は内心小さく驚いていた。
 なんだか猜疑心に駆られていた自分がバカバカしく思えてくる。
 途端居た堪れなくなったので、麻子はペコリともう一度礼をするとそそくさとバッグを握り締めて自分の家へと帰っていった。




 ――――同時刻、誰もいなくなった教室で二人の男女が言い争いをしていた。

「……なんだって!?」

 総三真翔は、人のいなくなった教室で声を荒らげた。よく通るその声は、シンと静まり返った廊下にまで届く。
 向かって正面にいた藤堂みのりは、慌てて小さな口に人差し指を立てて、静かにして、とジェスチャーを送った。
 それに対し真翔は端整な顔立ちを引きつらせた後、ふっと息を吐くと平静を取り戻す。

「何で門倉さんを一人にしたんだ。それじゃあまた一年前の二の舞になってしまう…………。それに……、もっと早く、せめて暗くなる前に言っておいてくれれば、僕だってすぐに協力できた。何でわざわざこのタイミングで……!」

 歯を食いしばって問う真翔の真剣な眼差しにみのりは一歩たじろいで、気まずそうに顔をそらす。
 いつも気丈に明るく振舞っているはずのみのりの表情に影ばかりが差していた。

「だ、だって仕方ないじゃない。あのノートに関わったら私達だってただじゃ済まない。真翔君だって死んじゃうかもしれないのよ!?」

「僕のことはいい。…………ただ、君は門倉さんと仲がよかったはずだ。それなのに、自分だけ見えないふりをして、彼女に本当の事を話さなかった。ちゃんと向き合わなかったんだ。僕はそれに対して怒っている」

「……確かに麻子とは親友だし、嫌いになったわけでもない……。だけど、だからって……、真翔君まで巻き込むなんて嫌だったの……!!」

「それは君の親友を裏切っていい理由にはならないだろ! 門倉さんは今も一人で寂しい思いをしているはずなんだ」

 普段は温厚なはずの真翔だが、今は悔しげに口を切り結んで、みのりへと責め立てる。
 それをどうしようもなく受け止められずに、けれど自分も悪いことをしたと感じていたみのりにとって、真翔の強い眼差しを直視することはできなかった。
 たちまち込み上げてくる後悔の念に苛まれ、蚊の鳴くような声で真翔に問う。

「そんなこと言ったって、じゃあどうすればよかったの……」

 遂にみのりは涙をぽろぽろと流しはじめ、それが教室の床にシミとなっていく。

「門倉さんを助けたいんだよね?」

「……そんなの、助けたいに決まってる。麻子とは本当に仲がよくて、いつの間にかクラスの誰よりも好きになってた。本当に親友だと私も思ってた……! …………けど、あのノートを見た瞬間とても、怖くなってしまって私…………」

 静寂に満ちた教室に、みのりの悲痛な声が満ちていく。

「藤堂さん……」
 
「わかってるわよ。私は逃げてしまった……。あのノートからも、自分の心の弱さからも…………。けど、後になって凄く後悔した。だって、自分のせいで、麻子を危険な目に合わせてしまうかもしれない、私の浅はかな行動で、あの子の人生を滅茶苦茶にしてしまったのかもしれない。そう思ったら、自分が死ぬよりも恐ろしくて、怖くなってしまった……」

 だから今頃になって、真翔に頼ってしまったのだとみのりは言う。
 そんなみのりに対して、真翔はほっと安堵したように息をついた。そして、まだ諦めてはいけないと、みのりの小さな方にそっと手を置く。

「だったら今からでも門倉さんのところに行こう。まだ下校からそんなに時間も経ってない。走ればすぐに追いつけるよ!」

 真翔はそう言ってポケットからハンカチを取り出すと、優しくみのりの涙を拭って笑いかけた。
 みのりにはそれが無償に嬉しくて、恥ずかしくて、はっと真翔へと背中を向けて顔を見られないようにした。
 どうしたの? と不思議に思った真翔が覗き込んでくるのを、慌てて押しのける。

「ち、ちょっと待ってて……」

 みのりは自分のカバンから小さなリボンがついた髪留めのゴムを取り出した。友達になった記念にと言って、麻子がみのりへプレゼントしてくれたものだ。
 セミロングの髪を、後ろで束ねてポニーテールにすると、みのりはよし! と気合を入れる。

「あ、そうだ。麻子の家にも今から行くって電話で伝えておいたほうがいいわよね」

「それがいいね。まだ3丁目の十字路あたりを歩いているだろうけど……。一番いいのは僕たちができるだけ早く門倉さんに追いつけることだよ」

 二人は目線を交わして、合図をとると、すぐさま教室から出て、廊下を走った。
 ……その途中。電話を終えたらしいみのりが少し躊躇った後におずおずと真翔へ尋ねた。

「真翔君、私のこと嫌いになった……?」

 今は真翔の心象を気にしている場合じゃないとみのり自身もわかっていた。けれど、どうしても聞かずにはいられなくて、無視されるのも覚悟で真翔の顔を伺う。
 そして、みのりの予想に反して真翔は言う。

「ううん。そんな事ないよ。むしろ謝りたいのはこっちの方だよ。藤堂さんは、僕の事を気遣ってくれたんだよね? そうだとは知らずに、あんなにも女の子の君に怒鳴ってしまって。本当にごめん」

「そんな……」

 謝られるなんて微塵も思っていなかったみのりは、思わず何かを言いかける。しかし、それを差し置いて胸にこみ上げくる気持ちを抑えきれなかった。
 どうして、友達を裏切ってしまった私をそんなにも簡単に許してしまえるのか。この総三真翔という男の子に、どこまでも深い熱情を抱いてしまう。
 次第に目頭が熱くなっていき、ほろほろとまた涙が出てきてしまった。
 そんな姿を真翔に見られたくなかったみのりは、走る速度を緩めて、真翔の横から少し後ろへと隠れるように下がる。
 
 ――――情けない。
 数十分前の自分に思いっきり強烈なビンタをかましたい気分だった。
 みのりは、麻子のたった一人の親友であることに誇りを持っていた。それなのに、ほんの些細なことでそれが崩れ落ちそうになってしまった事を、酷く悲しく思えてしまった。
 自分は、こんなにも心の弱い人間だったのかと……。
 
 「だからもう、藤堂みのりは挫けない」と心の中で強く一人の親友に誓った。

(待ってて麻子。私、あなたを絶対に助けてみせるから――――)