おまじないコブラはじめました。 -126ページ目

おまじないコブラはじめました。

河内美雪さんの『借金王キャッシュ』好きが昂じてこのようなタイトルをつけましたが、中身は数学オタク中年乙女のボヤキです。悪しからず御了承くださいませm(_ _)m

科学的考証とかできてないため、ウンチクは話半分で読んでください。

田植えも終わった初夏。
今年も車に草混じりの泥の水玉模様が。

「アア、もうツバメの営巣の季節か~」

と、青空を見上げるこの頃、みなさまいかがお過ごしですか。




車庫を新調して(親がね)二年あまり、この季節になると、我が家では巣を構えたいツバメの若夫婦と巣を作らせたくない家人の攻防が日々繰り広げられます。

ツバメは福をもたらすと言われており、新しい建屋にお住まいになりたいと内覧にいらっしゃるのは本来なら大歓迎なのです。

車が汚れるっちゃ汚れるのですが、雛が巣立つまでシートでもかけておけばいいだけの話ですし(しかも、ベスト巣作りポジションとの関係で、汚れるのはワタクシの車だけだし)。

ただ、我が家は大型車の往来の多い道路に面しており、しかも車庫と道路の間隔が狭いのです。

トラックが通ったタイミングで、運悪く近くにいた雀が吸い込まれて(幅の狭いところは空気の流れが速くなって気圧が下がるとかそんな感じだと思います)ワタクシの足元に落ちてくる、というような場面に何度か遭遇しているものだから、正直、安全の保証はしかねるのです。

そんなわけで、早朝からせっせと泥を運んでくる働き者の若夫婦を、出勤前にしぶしぶ追い払うのですが、相手もなかなか諦めてくれません。

自分よりはるかに大きい人間に、怯まず向かってきます。

この攻防が始まるまで、ワタクシ、こんなに近くで、しかも真正面から、飛んでいるツバメを見たことがありませんでした。

精一杯嘴を開けて威嚇してくる姿に

「必死で生きているんだなぁ」

と、胸を打たれます。





でも、ここはあきまへん!

はやくもっと別のいい場所を見つけて、幸せに暮らしてほしいと、切に願う次第です。






久しぶりに平積みされている本を買いました。

ヨシタケシンスケさん作の『りんごかもしれない』

ナショナルジオグラフィック社の珈琲本を買いに行ったはずが、子供向け絵本に化けました。



ある日少年が家に帰ると、テーブルにりんごがひとつ。

でも、もしかしたら、これはりんごではないのかも…

と、少年の想像(というか妄想というか)が延々と繰り広げられる、といった内容ですが、なかなかバラエティに富んで面白かったです。

見えない部分に思いを馳せたり、視点を遠くしたりぐっと近づけたり時をかけたり、ときにはほんのり孤独感を覗かせたり。


で、随所になんとなく“学研都市つくば”感が。


※個人の感想です。


この本を読んだあと、給食のミカンを見て「宇宙から来たUFOかも」と、キャッキャ騒いでいる小学生の姿など思い浮かべると、思わずニヤリとしてしまいます。


よろしければ、手に取ってみて下さい。





去年の今頃ワタクシは病んでいました。

理由は、知人との対人関係の一方的な(あくまでもワタクシ視点での)もつれ(たぶん相手はもつれていると想像だにしてないと思う)なのですか、詳しいことは個人情報に抵触しますので割愛いたします。

以下、そのときの心情を記録していたものです。よろしければ読んでみて下さい。

********************

言葉を発する。
テキトーなときも、そうでないときも、発するときはそれなりに伝わって欲しいと思っているけれど、自分が望む通りに伝わって欲しいというのは単なるエゴで、自分の口元を離れてしまえば、その言葉はもう受けとる人のものなのだ。だからといって無責任で良い訳ではないが。

と、頭ではわかっていても、やはり伝わらないと悲しい。

例えるならば、時間をかけて選んだ贈り物からラッピングのリボンだけをむしりとって髪に飾り、箱をポイと捨てて「似合うね~カワイイよ」と言って欲しそうに上目遣いでワタシを見つめる相手の前で言葉を失うような。

そういうとき、スマートに振る舞えないのでついつい背を向けて放置してしまう。さて、何日たったことやら。

ワタシの発した言葉がもう受け手のものであるのと同様、リアクションした相手の姿への感想もまた、リアクションを受け取ったワタシのものなのだか、感じたままに「なんじゃそりゃあ!」とシバキを入れるのも、なんだか違う気がする。

「おもしれぇ生き物だなあ」と微笑むには、まだ悟りは遠い。

…病んどるかも。

********************



まあ、暗い。

この精神状態から若干体調に変調をきたし、不眠からくる血圧の乱高下や血糖値の上昇なんかもそこそこ長い期間続いたため

「もしかしてこれは更年期障害なのか?」とも思うほどだったのですが

『わざわざ悪態つく必要はないけど、相手に嫌な思いをさせてるかもとか畏れずに堂々と放置しよう。相手が望むような気の利いたことなんか、心にもなくて言えねぇわ』

と肚を決めてから、少しずつ元に戻っていきました。

良くも悪くも、心の体に与える影響の大きさを実感する出来事でした。




で、今思うのは

「あのときは被害者気取りだったけどさ、きっと自分との関わりのなかで似たような気持ちなってる人いるわ、たぶん」

です。

嗚呼、ヤダヤダ恐いよう。




そんなわけで

「アイツにはなに言っても響かんわ」と思われないよう、精進を重ねたいと思うこの頃です。