感情と会話
『こうしてみてみると、人の感情が、実に非論理的なものだということを認識せざるを得ない。
会話の本質は、つまり会話の内容にはない、という極論さえ導かれる。』
テレビドラマを見ながら食事をしている家族を乗せて、地球は自転している。 森博嗣(今はもうない)
笑ってしまった。女性と話をしているとこのようなことが身にしみます。
非論理的なもので話し合えるからこそ友達なんだね。
もともと心が論理的にはできていないから、共感するときは論理的、非論理的なんて、そんなの関係ない。
人生経験
どうして変化に対して人は臆病になるのだろうか、と考える。
きっと、心配したとき元通りに戻れない、という心配(あるいは予測)があるからだろう。
結局のところ、失敗の大きさをどう見積もるか、にすべての判断が帰着するように思える。
しかし、人はどんなときでも、逆戻りはできないのだから、永遠に真の答など得られない。
経験できるのは、僅かに自分の人生一回だけだ。
他の人の人生も、自分の別の人生も、無理。
人生経験が豊かな人というのは基本的に嘘である。 森博嗣(恋恋蓮歩の演習)
最後の一文が気に入った。
外国をぐるぐるまわって旅してきた人も、
家の中で自分を考えきた人と、人生経験という意味では同じだと思う。
その人の表に出てくるものは違うものになるだろうが、
中身は、自分がどれだけ考えてきたかということに起因するのだろう。
正念場
「さてと…」独り言を口にしながら、保呂草は煙草をくわえる。
ここが考えどころだ、と彼は思った。
大体において、正念場の実態は、本当の正念場よりも、ずっと前にある。
正念場には、なるべく早く気づいたほうがよい。
その方が対処が早くなる。
これがつまり、「敏感」という意味である。 森博嗣(恋恋蓮歩の演習)
「こりゃ困ったな、どうにかしなきゃ」と思うと同時に
「あのときどうしてもっと先を考えて行 動しなかったんだろう」と思う。
これを繰り返し反省していくことで、敏感になんていくんだろう。
最近は鈍感という方が流行りだが、この世の悲しさを表している気がして。
やはり、自分は敏感でいたいな。
理由と行動
『人は常に理由をもって行動するのではない。
それにもかかわらず、常に理由を探そうとする。
ないものを探している。どこかに落ちていないか、と探し回る。
最後には、別のものを拾い上げ、それで代用する。
それが探していたものだと、思い込む。
そして、信じる。』 森博嗣(月は幽咽のデバイス)
自分の行動にはすべて理由があると思っていると、ないもの探しで自分を偽ることになる。
それが心にたまり、考えすぎと呼ばれることが起こり、しっくりしないことになるのだろう。
ひとセット
紳士が女性に食事をおごる理由
女性は化粧品やドレス、靴を揃えるのにお金がかかる。
男性はそれに比べたら掛かる費用は少ない。
だから、女性におごる。
というもの。はじめて聞いて美しいと思った。
この点からすると、ケチって服にお金をかけない人におごることはないんですね。
二人が同じ方向を向いていないと。
見逃してしまう
見逃してしまう 喜びの種を あたたかい大地で育てましょう
というYUKIの歌詞を聴いて見逃すについて何か思うことがあった。
昔はよいと思わなかった女性を見逃した
野球のバッターボックスでストライクを見逃した
俺はいろんなものを見逃してきた。
上の二つの見逃すという行為、違うようにみえて同じじゃないかと思った。
もし、見逃すことがない世界だったらどうなるのだろう。
野球で、見逃し三振がなかったらなにが変わるんだろう。
きっと見逃し三振するはずだった球を打ったとしてもヒットにはならないだろう。
そこには一瞬の多くの迷いがあるから、きっと凡打だろう。
ある程度は見逃してしまってもしょうがないと思う。
そこで、そのあとどう動くか。
夏の匂い
お風呂出たばかりのほてった体を、窓を開けて外の風に当てた。
気持ちいい。夏の匂いがする。今年初めてだ。
涼しくて気持ちいい感じと、逆に寂しくなる感じ。
この混ざった感じがなんともいい。
これは4月と9月に味わえる期間限定ものだ。
だからなおさらいいんだろう。
神宮球場にでも観戦に行きたいな。
朝鮮出兵と焼き物
昔、朝鮮の優れた焼き物は日本にとって憧れだった。
そのため、朝鮮侵略のとき(1600年頃)に、焼き物の技術を持つ人々が大勢日本に連れてこられた。(とくに九州地方へ)
これらの人々が生み出した焼き物は今では各地域の有名な特産品になっている。
有田焼(長崎)は全国に伝わり、九谷焼、京焼きなどの源流となった。
薩摩焼などは、今も開祖の子孫が伝統の技術を受け継いでいる。
今、俺のカップは九谷焼。これが元は朝鮮から連れて来られた人の技術だったのかぁ、と思ってみてみると
思うところがある。
黙って泣く
黙って泣く子供のすすり泣きは、怒り狂った強い男のそれよりももっと深い呪いである。
エリザベス・ブラウンニン
黙って泣くことも怒り狂って泣くこともあった。
怒り狂って泣くほうが突発的に起こるぶんあとを引きずらない。
黙って泣くことはじわじわと心に悲しみなどが湧くから、その源泉を絶たないと悲しみは続く。
怒りのエネルギーが発散できずそれが涙になるわけではないと思う。
黙って泣くことと怒り狂って泣くことはまったく別のことだ。
うれし涙と悲し涙は同じ涙でありながら成分が微妙に違うように、黙り泣きと怒り泣きも成分が違う。
体にはいろんな成分があるんだから、どうせならいっぱいに使わないとね。
必要のないものなのだとしたら、進化の過程で排除されたと思うしね。
人や物を守る
硫化水素で自殺するニュースが後を絶たない。
自殺することに悲しみを覚える。
そして、洗剤を混ぜて硫化水素で自殺することも悲しい。
理科を勉強するのはなんでだろう。
・身の回りの物事に感動できるようになる
たとえば、雪の結晶の美しさとか。
・新たなものの創造
たとえば、生活を便利にするパソコン、テレビ、新幹線とか。
・自然の驚異から大切な人や物を守る
たとえば、台風や地震の予測。ウィルスなどに対処する薬とか。