一歩動いてもよい
電車で立っているとき、倒れちゃいけないと思っていると揺れが苦痛である。
揺れたら、一歩動いてもいんだというくらいの気持ちでいると揺れが苦痛でなくなり、しかもうまく立っていられる。
余裕をもつというのとはちょっと違う。
同じようにテニスの構えも、あまり構えすぎてもよくない。
人生も同じようなものだろうか。
時には倒れてしまうことも、道を踏み外してしまうこともある。
そんな時は、一歩動いてもいいという気持ちでいようと思う。
大人になったらなりたいもの
小学生対象 大人になったらなりたいもの
男子
1位 野球選手 2位 学者・博士 3位 サッカー選手 4位 医者 5位 大工
女子
1位 食べ物屋さん 2位 看護師 3位 保育園の先生 4位 学校の先生 5位 医者
こうみてみると、女子で将来なりたいものを叶えてる人は男子に比べ多いと思う。
女子の方が男子よりも現実的考え方だからか。
男子は、小学校の時の夢が大人になって叶わなかったとき、いや、叶わないと気付いた時
何を考え思っているのだろう。サラリーマンになったとき、どうやって対処しているのだろう。
信じる教わる
「人を信じられないで人に教わるというのは難しい」
信じてる人に教えられると…
腑に落ちないことでも、何か重要なものがあるはずだと考え直す。
腑に落ちる良いことは、やっぱりそうだ、とさらにその人を信じさせる。
信じてない人に教えられると…
腑に落ちないことは、さらにその人を信じさせない方向へ勢いをつける。
腑に落ちる良いことは、本当にそうかなと疑いの目で見られたり、たまにはいいこと言うなと思われたりする程度。
ただ、信じてる人が自分にとってすべてよいことを言うかわわからないから取捨選択すべきだ。
信じてない人でもいいことを言うことはよくあるから、聞く耳は貸すべきだ。
しかる
怒るのでなく叱る、とはよく言ったものだ。
怒るとは自分の感情を抑えられず爆発させたもので、
叱るとは相手をよく しようとして相手のためを思って言うこと。
叱られた方は、相手が怒っているのか叱っているのかすぐわかるだろう。
『お前がやらなきゃどうするんだよ』という叱り方をする。これは要注意や。
続けさせるために面白く
俺「あの映画面白かったよ。結構好き。続編もみたいな」
A「あれ、最後どうなって終わったんだっけ」
俺「どうなったんかなぁ。覚えてないな」
A「好きな映画なのに覚えてないの?」
おもしろかったことは覚えていると思っていた。
おもしろくてもどうしても思い出せないことってある。
(面白かった)=(内容を覚えている) ことにはならない。
内容は覚えてないのに面白かったと思ったこと自体は覚えている。
続けさせるために面白くさせるのであって、覚えさせるために面白くさせるのではない。
ここを間違えないようにしよう。
恋の終わり
『どんなに興味深い会議でも、終わるとうれしい。
それと同じように、どんなに苦い恋愛も、終わるとさびしくなるようだ。』
終わることで存在が明らかになるものも多い。 森博嗣 「今はもうない」
というか、終わることで存在が明らかになるものがほとんどな気がする。
教えるなら
『人間は自分の生きざまを見せること以外に、他人に教えることなど、何もないのだ。
一般に使われている教育という言葉は、ありもしない幻想でしかない。』
特に自分の子供に対しては、これが顕著である。
なぜなら、子供は生まれたときから親に注目しているからだ。
子供や学生の最も素直な言葉とは、「やって見せてよ」である。 森博嗣(笑わない数学者)
そうだなぁ。生きざまが立派な人は無理に教えようとしない。
生きざまが立派でない人は事細かに一からすべてを、しかも無理に教えようとする。
お手伝いさん
『得をする、損をする、成功する、失敗する、いずれも、本人の評価だ』
しかし本人の評価が最も重要である。
他のものはすべてゴミだと思ってもよい。 森博嗣(笑わない数学者)
この最後の一文が面白い。
自分を自分で評価することが一番大事。そのお手伝いに、他のものを使うことは有効である。
計算
『計算が不得意でも、人の気持ちを見抜けることはすごいと思う。』
計算力には、早い遅い意外にも評価軸がある。 森博嗣(今夜はパラシュート博物館へ)
偏差値の高い大学を出たからといって人の気持ちを見抜けるとは限らない。
学業のできる人でも、人の気持ちは1+1=2というような計算が成り立たないことがあることを知っている必要があると思う。
とくに、計算が得意と思っている人ほど。自分?
