【思いは一つ、頑張ろう熊本編 その4】
熊本名物の太平燕を堪能した後は、熊本城と並ぶ観光スポットの水前寺公園にやって来ました
正式名称は「水前寺成趣園(じょうじゅえん)」と言い、風光明媚な庭園となっています
水前寺公園は熊本藩主である細川家のお茶屋として利用された76,000㎢の回遊式庭園で、
東海道五十三次を模した和風庭園が広がってるんだよ~
と言うことで、さっそく記念撮影して~
園内に足を踏み入れると~
さっそく園内を散策しはじめました
因みに、当園にペットを連れていくためには、抱っこをするのが条件だったので、
我が家に来た頃は小さかったのに、3.5kgもあるとさすがに手に乗せるには重くなったよ~
ま、可愛いから仕方ないけどね~
と言いつつ、テクテク歩くと、目の前に綺麗な池と日本庭園が広がってました
この池は阿蘇山からの伏流水が湧き出しているので、綺麗な水がたくさん溜まっているけど、
ここも地震直後は地殻変動が起こり、干上がってしまいました
(この画像はお借りしたものです)
しかし、その後には池の水も溜まり出し、池の水量は元通りとなりました
よかったよかった・・・
と言うことで、今はすっかり綺麗な姿となっているので、記念撮影した後で~
でも、始めは調子よかったものの~
それにしても、すっかり人気者になってるよね~
でも、最後はすっかり仲良くなって、再びの記念撮影
そして、またまた記念撮影
それにしても、息子君が押さえつけてるので、ちぃ君はドンピシャのカメラ目線だよね~
そして、再び歩き出すことにしたけど、ここは前述通り東海道を模しているので~
綺麗な富士山を見つけちゃったよ~
その後、橋を渡り出すと~
「出水(いずみ)神社」が姿を見せました
熊本市は「西南の役」で焼け野原となってしまったので、
細川藩主の御霊を祀り、御恩徳によって、戦いで荒んだ人心を安定させ、
熊本の町を発展させようとの願望から明治11年に創建されたそうです
因みに、「西南の役」とは政府軍に納得いかない薩摩藩の面々が
西郷隆盛を大将として政府軍に反乱した戦いのことを言い、
来年の大河ドラマにも取り上げられることとなっています
もひとつウンチクを語ると、築城の天才である加藤清正が築城した「熊本城」は
西郷隆盛らの猛攻撃を受けても落城しなかったので、難攻不落の名城と言われてるんだよ~
ここには昭和天皇お手植えの松や~
神水「長寿の水」があったので、一口飲んで~
『これで長寿間違いなしだわ~』
その後しっかり参拝して、「熊本の一日も早い復興」を祈願しました
綺麗な富士山に到着したので、またまた記念撮影
でも、よ~く見ると~
『寝てるじゃ~~ん』
この日はポカポカ陽気だったことに加え、息子君に抱かれて気持ちよかったんだろうね~
その後、富士山を横目に見ながら~
テクテク歩き~
細川藤孝公と細川忠利公の銅像前で、再び記念撮影しました
その後、富士山の裏側を回ると~
池の反対側にたどり着いたけど~
『う~ん、綺麗だわ~』
そして、ここには「古今伝授の間」があって~
ここから見る景色が絶景だと言われてるんだよ~
それにしても、ここを訪れたのは「青ブロ」を始めて三回目になるけど、
こんなに晴天に恵まれたのは初めてで、大満足だったよ~
『おっ・・・』
ここには「みつばち牧場」があったので~
『あはは・・・』
やっぱりこうなっちゃうよね~
熊本編は次回が最終回ですよ~
【「青ブロ」のバックナンバー】
「熊本市:水前寺公園」
「金沢市:兼六園」
「東京:六義園」