少し前「天岩戸開き」を取り上げ、岩戸隠れとは「日食」のことでは? と推測しました。
そしてその「アマテラス=太陽」とは「内なる太陽 = 丹田」の意味なのでは?
・・そんなふうに思うのです。
「日食」には「食」という字が入っていますが、この「食」は
「欠ける」という意味を持ちます。
「日食」「月食」「浸食」「侵食」「蝕まれる」・・
何かに「侵入される」「占領される」・・ような印象ですね!
「食べると、 欠ける」?
「欠ける」→「かける」→「✖️」→ 掛け算の答えは「積(せき) 」です。
「積」→「積み」→「罪」 「欠ける」ことは「罪」?
そして「食」で欠けるものとは「太陽」「火のエネルギー」?
もしかしたら、人はもともと丹田がもっと活性化していたのかも? ( ゚д゚)
食べると逆に、それが積もって岩石(月?)になり、やがて影を作り、自らの太陽を隠してしまう・・?
そしてその「内なる太陽を復活させて、昇らせることができた人」が、「覚醒者」?
その比喩と思われるのが、頭に太陽が昇ったような、赤い
「肉瘤(にくりゅう)」を持つ「丹頂鶴(たんちょうづる)」
頭頂部の盛り上がり「肉髻(にっけい)」を持つ「仏陀」

この「肉髷」の「髷(まげ)」という字は「もとどり」とも読みます。
つまり、「もとどおり(元通り)」? ( ´▽`)
一月一日「元旦」は、「丹が元通り」という意味では?
「内なる太陽を昇らせて、元通りにする」
「天岩戸開き」は、そんなことを表しているのでは?
・・なんて、思うのでした・・? (^。^)
(お餅の上の「橙(だいだい)」は第2チャクラの比喩?( ゚д゚))



























