「秦河勝(はたのかわかつ)」について書いています。(^。^)
「秦河勝(はたのかわかつ)」とは、聖徳太子の片腕として文武両道の活躍をしたとされる、飛鳥時代の政治家・文化人です。
古代日本に渡来し、政治と経済に絶大な影響を与えた「秦氏」の族長的な人物とされています。

聖徳太子
そんな、飛鳥時代の重要人物「秦河勝(はたのかわかつ)」・・

秦河勝
この河勝は、なんと謎の神「摩多羅神(またらじん)」と同一視されてもいるのです。
「摩多羅神」とは、天台宗の本尊の背後に秘かに祀られる「秘神」にして「念仏修行の守護神」とされ、いろいろと考察されていますが、はっきりとはわかっていない謎の神さまです。
摩多羅神(またらじん)
この「摩多羅神(またらじん)」の読みは、他にも「またらしん」「まだらじん」などとも表記されます。
そして「まだらじん」の「まだら」という言葉からは、日本神話の「天の斑馬(あまのふちこま)」を連想します。
(斑馬=毛色がまだらな馬)
「古事記」
スサノオは「天の斑馬(あまのふちこま)」を逆剥ぎにし、その生皮を機織り場に投げ込みました。
生皮を頭からかぶった機織り娘は、驚いて機織り機から転げ落ち、織機りの道具で体を刺して死んでしまいました。
・・これが、アマテラスが岩戸へ籠った原因です。
「摩多羅神(まだらじん)」 と 「まだらの毛色の馬」
「まだら」という共通のワード・・
・・ 何か関係はないでしょうか・・?( ない?(゚∀゚))
その件についてはこちら
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そして「秦河勝(秦氏)」の「秦(はた)」という姓の由来ですが、歴史書によると・・
秦氏が天皇に絹織物を献上した際、
★「綿・絹織物は柔軟にして温暖なこと肌膚(はだ)の如しとのたまい「波多(はだ)姓」を賜った」
★「たてまつれる絹・綿・肌膚(はだ)に軟らかなり。
故、秦の字をよみて、「波陀(はだ)」といふ」
・・などと記述されているようです。
「肌(ハダ)」→「波多・波陀(ハダ)」→「秦(ハタ)」?
秦氏の「秦(はた)」は「肌(はだ)」と関係がある? ( ゚д゚)
アイツのくれたキヌ肌ざわり良すぎ!
そのため、河勝の「河(かわ)」からは「皮(かわ)」を連想します。(皮も肌では?)
「皮(かわ)」といえば・・
中世、河原に住む、死んだ動物の皮革を剥ぐ仕事に従事する人たちを、「河原者(かわらもの)」と呼んだそうです。
「河・川(かわ)」と、「皮・革(かわ)」は関係がある? ( ゚д゚)
「川」といえば、河勝は赤ん坊の時、壺に入れられ川に流れていたのを拾われたので「河勝」と名付けられた、という伝説があります。 (ホントに?^_^;)
じゃあ、河勝は「川・河(かわ)」と関係がある、ということですね。

入ってたの??
「河(かわ)勝」→「河原・川 (かわ)」→「皮・革(かわ)」?
河勝は、「肌」や「皮」と関係があるのでは・・? ( ゚д゚)
(つまり体を覆うもの?)
そして「河原者(かわらもの)」は、芸能にも従事していたといわれます。
河勝も、「猿楽の祖」「能の祖」とされているので、そんなところも共通点があるような・・? ( ゚д゚)
そして「翁」=「摩多羅神」ともいわれます
また「馬の皮」といえば、馬の皮と少女が融合して蚕に変身する「蚕馬(さんば) 伝説 」があるなど、「馬と蚕」には深い関わりがあります。
「蚕」といえば、養蚕の技術を日本に持ち込んだのは「秦氏」です。
そして、河勝が仕えた「聖徳太子」の本名は「厩戸皇子(うまやどのおうじ)」

聖徳太子
「厩(うまや)」とは「馬小屋」のことです。
「秦河勝」 と 「馬🐴」?
・・何か関係があるのでは・・? ( ゚д゚)
「秦河勝」 「馬の皮」 「蚕」
「摩多羅神(まだらじん)」は、「斑神(まだらじん)」?
・・「馬」と関係はあるでしょうか?
・・話があっちこっち行っちゃいましたが・・(゚∀゚)
この意味深な「河勝」と「摩多羅神」を、もう少し探ってみたいと思います・・(^。^)
延暦寺のキュートな摩多羅神 ♪
★余談ですが・・
馬小屋の前で生まれたとされる聖徳太子は「イエス・キリスト」を彷彿とさせますが、秦氏はキリスト教の一派「景教」を信仰していたともいわれます。
「スサノオ斑馬投げ込み事件」についてはこちらにも
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