以前から「アザミ」について、いろいろ自分の憶測を書いています。 (^。^)

棘のあるこのアザミは、イエス・キリストの「イバラの冠」と関連付けられ、キリスト教では「受難の象徴」となっています。
「アザミ」・「イバラ」=「受難の象徴」
・・そんな「アザミ」と「イバラ」が、旧約聖書「創世記」の神の言葉の中で、すでに登場していたんです。(゚∀゚)
神は、アダムとイブが、食べることを禁じた実を食べたことを知って、アダムに言います。
あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、地はあなたのために呪われ、あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。
地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、あなたは野の草を食べるであろう。
あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、あなたは土から取られたのだから。
あなたは、ちりだから、ちりに帰る。
ーー創世記 第3章ーー
「原罪と楽園追放」 ミケランジェロ
「アダムとイブが禁忌を犯した」→「地が呪われた」
→「呪われた地から生えたのが、イバラ と アザミ」
・・そしてそれに象徴される農作物を食べることによって、
=「土に帰る(死ぬ)」
・・という意味? ( ゚д゚)
・・だとしたら、「イエスの磔刑」以前に、もともとイバラとアザミは「受難の象徴」であった?
・・そしてそれは「食べてはいけない物」=「禁断の果実」の象徴でもあるのかも・・?
共通する「棘がある」ということ。
(★ちなみに「イバラ」とは固有名詞ではなく、棘のある植物の総称です)
・・わたしたちは気付かないうちに、棘のある何かを食べて、それに刺さって、そこから発生するさまざまな不調によって、土に帰っているのかもしれません・・? ( ̄∇ ̄)
(憶測ですよー(゚∀゚))
また、もしかしたらそれは、食物についている「虫」が刺す、ということかも?
★「スクナヒコナ」がモデルといわれる「一寸法師」は、鬼に飲み込まれた時、お腹の中から針で刺し、鬼を退治しました。
(= 小さな「刺す虫」の比喩?)
「ミクロの敵にやられる」=「百獣の王もお腹の虫には敵わない」
=「獅子身中の虫」

そして、日本語の「アザミ」という名前は、その美しい花に手を伸ばすと棘に刺されることから「欺(あざむ)く」が由来ともいわれます。
「綺麗なアザミには、棘がある」・・
「綺麗な (イ) バラにも、棘がある」・・
そして・・「美味しい食べ物には、刺す虫がいる」・・? (゚∀゚)
・・それが、棘のある「イバラ」「アザミ」の「受難」の意味なのかも・・?
・・・なーんて、思ってしまうのでした・・ ( ´▽`)
え、何か言った?

聞いてないし

聞いてないもんねー


































