前回「鐘」について思ったことをいろいろと書きました。

 

  

 

 

 

その「鐘」について、さらに考えてみました。

 

 

 

「鐘(かね)」と「金(かね)」は、音が同じなので、何か関連があるような気がしています。

 

 

「金が底をつく」「鐘をつく」

 

 

「時は金なり」「時は鐘鳴り」? 

→  鐘は、時間と関係があるように思うので。

 

 

 

   

 

 

 

 

 

前回、鐘は兜と共に、頭蓋骨の比喩ではないか?  という(トンデモ)説を書きましたが・・

 

 

           

 

 

 

出費が多くお金のやりくりができないことを「首が回らない」と言いますね。

 

 

「首が回らない」=「金が回らない」→「鐘が回らない」

 

 

→「兜が回らない」=「回転させて外す兜が外せない」???

 

 

 

「兜を被っているから真実が見えてない」??

 

 

  

 

 

 

(自分で自分の頭は見ることができません。実は兜のようなものを被っているのかも?? =トンデモ仮説!( ̄∇ ̄))

 

 

(この本を読んで考えるとそう思えて・・^_^;)

  

 

 

 

 

 

 

そして、逆に、首が回ることで有名な生き物

 

 

「フクロウ」 🦉 ♪  ^o^

 

 

 

 

フクロウは、「知恵」のシンボルです。

 

(ギリシャ神話のアテナのシンボルでも)

(なんとか団体のシンボルも! (^。^)) 

 

 

 

  首が回るってことは「後ろが見えること」

 

 

=「すべてが見通せること」を象徴しているように思えます。

 

   

 

 

 

「一般人が知らないこと」を知っているという意味・・?

 

 

「後ろの正面(真実?)」を知っている??

 

 

   

 

 

 

 

さきほど、兜は回転させて外す? と書きました。

 

 

仏陀(覚醒者)は「首に3本のしわがある」ということになっています(仏の32相の一つ)

 

 

 

 

 

 

 = 首を3回転させて、兜を外した名残だったりして?? ( ̄∇ ̄)

 

 

 三つ巴の回転 =3回転???

 

 

  

 

 

 

 

・・なんだか鐘の話から、またまたトンデモない方向に着地してしまいました・・^_^;

 

 

(全く意味不明ですよね!!( ̄∇ ̄))

 

 

 

  

 意味わからんし!   首も回せんくせに・・

 

 

 

 

 

 

こちらは京都東山、永観堂の「みかえり阿弥陀さま」^ ^

 

 

 

   

 

 

 

首を回せるのかも・・!? (・∀・)