『コミュニケーション力』を読んで、非常に面白いと感じたため、

斎藤孝先生の他の著書も読んでみた。


コメントを求められているときは、自分の見識やオリジナリティの深さを

問われているということを肝に銘じる必要があると、警鐘をならしている。


私は、映画を見たり、本を読んだりしても、人と違った感想が言えなかった。

単純に「面白かった」とか、「あの場面がキレイだった」程度しかコメントできなかった。


質問に関してもそう。

大学のゼミでは、友人が切り口の鋭い質問をしている様を見て、

なんて優秀なんだろうと思っていた。

自分はありふれた質問しか思い浮かばなかったのだ。


この本から、コメントや質問の大切さと、鋭いことを言える意識の持ち方を学んだ。


コメントとはどういうものか、こうまとめている。

ひと言で「なるほど」と思わせるような見方が鋭い、本質をついた言葉』


コメントの中で、してはいけないことは「あら探し」

弱点を指摘している人のほうが、されている人より知的レベルや能力が一段高いと

錯覚してはいけないと注意している。

たしかに、あら探しは簡単にできる。

しかし、そこからポジティブなものは生まれにくい。

良い部分にコメントし、発展性のあるコミュニケーションをとりたいものだ。


著者は直接述べていないが、『コミュニケーション力』で述べていた

「積極的受動性」がここでも大事だと読み取れる。


「コメントをしっかり言おうと心がけていると、世の中を見る目が変わってくる。

ただぼおっと見過ごしてしまうようなことでも、できるだけいいコメントをしようと思うと

物事をしっかり観察するようになるだろう。」

「コメントを常に考えている、この習慣が重要である。

コメント力全体に言えるのだが、当意即妙に答えるのは、

能力というより習慣だ。」


コメントするために、何事も積極的に受けるのが大事なのだ。

これを習慣化すれば、まさに著者のよく使う言葉である『技』になるのだろう。


良いコメントを言うためには

最初に思いついたことを言わないようにする。

思いついたことをすぐに口に出さずに、1回、心の中で濾過する作業が必要だという。

たしかに、自分なんかは誰でも思いつきそうなことが最初に頭に浮かぶだろう。

それをあえて口に出さず、人とは違うことを言うんだという強い意志のもと、

切り口を変えてから口に出すという訓練が必要かもしれない。


コメントのテクニックとしていくつか紹介しているが、

「作品をコメントするとき、それはどういうときにお勧めなのか、

誰にお勧めなのかを限定するくせをつけると、コメントに切れ味がでてくる。」

これなんかはすぐに実践できる。

すぐに実践できるくらい、具体的に書かれている点が、非常に参考になる。


最後に、すぐれたコメントとは

①内容が面白い(見る視点がいい、角度ある切り口である)

②表現が面白い(気の利いた言語表現である)

営業という仕事柄、コミュニケーション力が求められることが多い。

体系的にコミュニケーションを学ぼうと思い、この本を手に取った。


著者が専門としている「身体論」を軸に、

コミュニケーションとは「身体」を響き合わせることが醍醐味だと述べている。


「場を積極的で活動的な雰囲気にしたければ、

そこに参加する自分自身の身体をそのようにまずセットする必要がある。

身体が雰囲気をつくっているのだ」


自分のテンションや、姿勢、身体の動きが、より良いコミュニケーションを生み出すのだ。

たしかに、会議などで、皆が机に乗り出して議論をしていると、非常に生産的なアイディアが生まれる。

一方、自分が足をくんでいたり、のけぞったりしていては、

不毛な会議に終わってしまうことが多い。

意味のあるコミュニケーションにしたければ、まずは自分の姿勢やテンションを

それ用にセットすることが大事なのだ。


著者の定義するコミュニケーション力を箇条書きにすると


1.意味を的確につかみ、感情を理解し合う能力(コミュニケーションの基本的要件)

2.相手の言いたいことを的確につかむ能力(要約力)

3.相手と話している文脈は維持しながらも、自分自身の経験知の深みに降りていける能力(対話力)


いくつか著者が提示していたコミュニケーションの技の中で、

「積極的受動性」という概念が、大変興味深かった。

積極的に受動的であれということだ。

要するに、ただぼんやり話を受けるだけの受動ではなく、

自ら、ある情報を得るために、意識的に受ける受動をすべきだということだ。


たとえば、営業シーンで言うと、

お客様の話を、お客様の課題を発見するために、コミュニケーションをとるのだ。

ただなんとなく聞くのではなく、そこに課題解決の糸口を発見する意識を持って聞くのだ。

このような「積極的受動性」を持てば、コミュニケーション力は向上すると思う。


このブログもそう。

ブログに書くという前提を持って、何を書こうか考えながら読んでいるので、

なんとなく感想や参考になる箇所を書ける。


人のプレゼンに質問するときや、映画にコメントするときも、

最初から、質問するぞ、コメントするぞと意識していれば、スムーズに言葉が出る。

意識しよう。


著者は「積極的受動性」に関連して

「再生方式」と「言い換え」という技を提示している。


「再生方式」とは、相手が言ったことを、自分なりにまとめて話すこと。

「言い換え」とは、それより一段上の技で、自分の言葉で言い換えて話すこと。

これらの技を使うために、相手の話を聞くと、聞く姿勢が変わる。


なんとか言い換えてやろう、なんとか再生してやろうという意識で聞くので、

理解度が違うのだ。

毎日本を読むようになって、

速読に興味が湧いてきたので、

話題のこの本を手にとってみた。


結論から言うと、

速読のイメージが180度変わった。


速読というと、ななめ読みや、ページを画像として認識するなどの

特殊な技術を用いて、とにかく早く読むための技術だと思っていた。


しかし、この本で語られている速読とは、読む目的にフォーカスし、

入念に読む箇所と、流し読みする箇所でギアを変え、

メリハリを付けて読むことで、

早く読むだけでなく、自分の知りたい内容を要領よく手に入れる術だった。


自分は今まで、一文字一文字を丁寧に読むことでしか、

本に書かれていることの理解は深まらないと思っていたが、

その本を「何のために読んでいるのか」という目的意識があれば、

その本から「何を得るか」が明確になるため、

スピードと理解の両方を同時に実現できるということに気づかされた。


実際、早く読むには目の動きを訓練しなければならない。

ただ、ななめ読みやページを画像として認識するなどのあやふやなものではなく、

目の動かし方を鍛えるという、誰でも可能な方法のため、非常に現実的だ。

この部分は修行しなければいけないので、なかなか辛い。


ただ、自分が何のために読んでいるかを意識し、

重要な箇所とそうでない箇所で読むスピードを変えるという考え方を

学ぶだけでも、この本を手にとって良かった。


具体的には、「先行オーガナイザーを利用する」という箇所が非常に参考になった。

見出し、章・項の最初の数行。

この部分を入念に読めば、後にどんな内容が続くかだいたい予想がつくため、

流し読み程度で理解できる。

当たり前のことだし、大学受験の時、予備校で英語の読解問題を解くテクニックとして習った。

そんなこと忘れていて、最初から最後まで全部同じレベルで読んでいた自分が恥ずかしい。


もうひとつ。

「自分の血肉になっていれば、自分の言葉で置き換えられるはずだ」

これは大学のゼミで、先生が口酸っぱく教えてくれた。

著者の書いていることをそのままの言葉でメモするだけでなく、

自分の言葉に置き換えたり、自分の身近な例に当てはめたりできて、

ようやく本当に理解しているということなのだ。


忘れていたものを思い出させてくれると同時に、

今後の読書、人生に良い影響を与えてくれた本だった。