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夢は小説家ですと本気で宣ふブログ

文章の世界に魅入られた小娘が、妄想を書籍化しようと奮闘する日記。



 暗闇の中を歩いている。整備されていない足場は草木に覆われていて、足裏には小石の感触が伝わってくる。目を凝らしても入ってくる色彩情報は乏しく、踏み外さないよう努めるのが精一杯であった。
 しばらくそうして歩いていると、遠くに仄かな灯りがあった。近付くと、それは他人の灯した灯りであって、彼らは懐中電灯という先代の作った利器を使用して灯りを生み出していた。仄かな灯りであっても、何も持たない自分より遥かに足場は確保され確実に進めていけているようであった。
 そうして、ようやく自分も灯りを所持していることに気付いたのだ。
 携帯電話のライトを使用して自分の足場を照らす。自分の履いたデニムの色や靴の色が黒い世界に色を与えた。相変わらず1メートル先の道は見えないが、手の届く範囲に危険はないと認識して、安堵したのだ。
 暗闇の先は安全なのか、目的地に近付いているのか、分からずに、ただ足下の石ころに転ばないように歩いていく。


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 通勤時間に書く30分SS第1弾!
 先輩の意見や上司の意見は明るく照らしてくれているようで、自分の道に正しいかなんて分からないよねって話。現代設定で失敗例を書くほうが伝わるけれど、比喩表現のほうが好きです。
 階段から転げ落ちる。床が無い――思ったときには落ちていた。ぐるんぐるん回る景色を捉えることはできず、助かる方法は見付からない。踊り場の床に身体ごとたたき付けられて、ようやく回転は止まった。激しい痛みに生きていることを実感した。

 以来、僕は階段が怖い。

 バリアフリーと囁かれている今日だけど、まだまだ世間には階段が多い。
 何度も克服しようと挑んだ。段々と重なるそれを目の前に一段、一段。
 でもそんな試みを知る由もなく途中で床が無くなる錯覚に陥った。頭の中の僕は平衡感覚を失ってみるみる暗がりに落ちていく。そんな幻覚をみた。そうなるともうだめで、階段の途中でうずくまって震え出すのだ。

 何も知らない君は「ほら早く」と僕の手を引いて階段へと導いた。僕には君の背に黒い羽が見える気がした。だから強くその手を払ってしまったんだ。
 何も知らない女性は階段の前で茫然と立ち尽くす僕に「どいてよ!」と声を荒げた。でも僕はちっとも動けやしなかったんだ。

 『お年寄りや身体の不自由な方が優先的にご利用いただけますようにご協力お願いします』エレベーターは僕を拒絶して、その扉を固く閉じた。
 登る手段はなくなった。
 階段なんか嫌いだ。階段のせいだ。
 階段の先には輝く未来が待っているはずで、僕にも平等にその先が待っているはずで、でも階段に失敗してしまった僕はその先を目指すことができなくなってしまったんだ。
 階段が僕から社会を奪い、階段が僕を孤立させた。


 一度の経験と一生の分岐点。
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 ひとつのものが嫌いになると、それに関わるものがすべて嫌いになるという話。
 それから、ものの見方を変えてみれば『階段が怖い』なんて事情を知らない二人の女性は悪くない。でも自分では思いがけないようなものが苦手な人もいるということ。それに気付かず放った一言が思いがけず人を傷つけることもあるということ。
 そして、『階段が怖い』ということは何も悪いことじゃないんだからエレベーターを堂々と使用すればいい。無理して克服しなくていいんだっていう話。
 ランキングに小説を追加した記念に2007年10月に悩んでいる友人に私なりに答えた話。
 文章が書きたい気分なので、モリモリ更新します。

 さあ、盛大に若者を馬鹿にしようか。



 桜散る、この季節。
 新入生たちは受験が終わった安堵と、新しい環境への不安と、自分の幾重の可能性を信じて、緊張の面持ちで校門をくぐる。
 そんな新入生とは対照的に在校生は一種の強迫観念に捉われている。自分の所属するサークルに1人でもいい、新入生を迎えなければならないのだ。

 この話を聞いたのは、丑三つ時を数える深夜2時。
 新入生への歓迎会2日目を終えた大学生たちが来店したときだった。

 店に着くなり、「疲れた」とぼやき宙を仰ぐ青年たちにどうかしたのかと尋ねた。
 そうすると青年たちは今はサークルの勧誘時期で来週の金曜日まで毎日のように飲み会があるのだという。
 毎年、毎年。春になると未成年の若者が飲酒したと騒ぎになったり病院に運ばれたりしているのをニュースで見る。少なくなってきたとはいえ、まだそのような行事は続いているようであった。
 今夜は1人新入生が柔道部に入るのか、ラグビー部に入るのか悩んでいて結局ラグビー部に入りそうなのだと、柔道部の在校生は項垂れラグビー部の在校生は手を叩いて喜んだ。
 私はふと疑問に思って青年たちに尋ねてみた。「資金の工面はどうしているのか」という疑問だ。
「1人4万5千円です」
 青年の1人が答えた。
 その費用はどうするのかと私は続けた。
「お母さんとバトルですね。教科書代が必要でって言うんです」
 4万5千円を教科書代で、私は呆れてものも言えないというのはこういうことかと思案していた。

 そう、こんな盛大な前置きをしていて何が言いたいかというと、大学生とは何をするためにお金を使い時間を使い、今という時間を生きているのかという問いだ。
 その子の家庭は分からないが、大学生は授業料で少なくとも50万円から100万円の費用が毎年必要なはずだ。お母さんはどうにかこうにか資金を工面してやりくりしてその費用を生み出している。お父さんは毎日何を思って満員電車に乗り上司に怒られパソコンに向かうのであろうか。
 子どもは大学生にまで育った。年も20を過ぎ成人を迎えた。
 そんな子どもが夜な夜な新入部員を1人得るためにお金を使い時間を使い、カリキュラムを組まないといけない時間に飲み屋に電話している。
 そんな皮肉な話があっていいのだろうか。
 月並みの表現だろうが、4万5千円あれば何ができるであろう。その4万5千円が工面できなくて命を落とす人が何人いるのであろう。
 日本でだって、幼き子どもが母に言われて「財布を落としたから電車代をくれ」と大人に言って回りお金を集めた話や年端もいかない子どもが児童ポルノに出させられたりしているではないか。
 未来ある若者が、時代を担う若者がそんなことでいいのであろうか。
 お母さんが勉強していると信じている傍目で、どんな職場に就職してどのような給与を得るのであろうと心配している余所で、宴会の段取りを決め着席順に頭を悩ませ、二次会会場を抑えているのだ。

 今という時間は今しかないということ。4万5千円を稼ぐ辛さ、親元を離れる心細さ、彼らが知るのはまだ先のことであろう。
 でもどうか4万5千円の恩返しを、それ以上の生きた意義を見つけて欲しいものだと切に願う。

 
 
 すべてが終わったので、静かに涙が流せるようにちょっと綴っておこうと思う。

 15日早朝、おじいちゃんが亡くなった。
 忙しい日常の中で、突然の訃報はどこか非現実じみていてあまり関心が持てなかった。
 通夜にも行かないつもりで、慌ただしく用意する母や姉を横目に布団を被った。頭に浮かぶおじいちゃんは笑っていて、美味しいご飯に連れて行ってくれた。最近はあまり会っていなかったけれど、小さい頃はよく会っていた。お世話になった。
 うとうとしていたら、おじいちゃんの葬式をする夢をみた。夢というものは誇張した表現が入るもので、私は宝塚歌劇の舞台に立っていた。踊りなんて分からなくて見よう見まねで、でもおじいちゃんに最高のパフォーマンスを披露しようと汗をかいていた。
 目が覚めて、本当はおじいちゃんを見送りたいことに気がついた。
 母に促されるまま、職場に電話をかけた。

 仕事は休みがとれそうだった。

 車で7時間。兵庫までの道のりは途中渋滞に巻き込まれて、おじいちゃんの家に着くころには日付が変わりそうだった。
 おじいちゃんは隣の部屋に寝かされていた。
 おじいちゃんが亡くなって、まだ1日たっていないのだ。おじいちゃんはそこにいた。
 死人に関わることなんて日常生活にはない。私は正直ギョッとしたのだ。

 次の日にはおじいちゃんは棺に入れられていて、檀家さんの説法もご焼香も一連の動作はおじいちゃんの死を結びつけるにはあまりに業務的すぎた。
 明日にはおじいちゃんが運び出されることにあまり現実味を感じなかった。

 そうして別れの日はやってきた。

 最後の別れだ。おじいちゃんの棺にお花を入れるのだ。
 あれが一番辛い。

「おじいちゃん、よかったね。きれいだね」
「おじいちゃん、お疲れさまでした。休んで下さい」
 思い思いの別れの言葉を口にしながらおじいちゃんは花に包まれていく。おじいちゃんは本当に眠っているように穏やかで、生きているんじゃないかと錯覚してしまう。病院の先生の誤判断だったんではないだろうか。いま心拍数を測ってみたらトクントクンとささやかながらも鼓動を感じられるのではないか、そう思って額に触れてみても異様な冷たさが生気は無いのだと伝えていた。
 そうしている内に運ばれて、あっという間におじいちゃんは火葬炉に入れられていく。
 燃やされてしまっては生きていたとしても、完全にあちらに渡ってしまうだろう。

 おじいちゃんが亡くなった。
 いろいろあったように思う。いい事も悪い事も、私は知らない事も、たくさん聞いた。おぼろ気な記憶の中には生きていた時代のおじいちゃんの姿があった。
 最後にお見送りができてよかったと思った。

 なんか最初は行かないとか思ってごめんね。
 最近は滅多に帰る事をしなくなってごめんね。
 おじいちゃんが倒れた事も、痴呆になったことも知っていたけれど電話のひとつもしなかったね。
 兵庫県の出来事は全部ブラウン管の向こう側みたいな気分になっていて私は知らないふり、届かないふりをしていたんだ。
 
 輪廻ってあるのかな?
 おじいちゃんは転生するのかな?
 しばらくはおばあちゃんと2人で仲良く「久しぶり」なんて声を掛け合うのかな。

 おじいちゃんは生きていた頃と今とどっちが幸せかな?

 私には未知の先にいってしまったから、尋ねる事は出来ないけれど、私はね?
 おじいちゃんが今、幸せならいいなって思うよ。

 おじいちゃん、ありがとう。
 どうか安らかに。