愚かなる在校生 | 夢は小説家ですと本気で宣ふブログ

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文章の世界に魅入られた小娘が、妄想を書籍化しようと奮闘する日記。

 文章が書きたい気分なので、モリモリ更新します。

 さあ、盛大に若者を馬鹿にしようか。



 桜散る、この季節。
 新入生たちは受験が終わった安堵と、新しい環境への不安と、自分の幾重の可能性を信じて、緊張の面持ちで校門をくぐる。
 そんな新入生とは対照的に在校生は一種の強迫観念に捉われている。自分の所属するサークルに1人でもいい、新入生を迎えなければならないのだ。

 この話を聞いたのは、丑三つ時を数える深夜2時。
 新入生への歓迎会2日目を終えた大学生たちが来店したときだった。

 店に着くなり、「疲れた」とぼやき宙を仰ぐ青年たちにどうかしたのかと尋ねた。
 そうすると青年たちは今はサークルの勧誘時期で来週の金曜日まで毎日のように飲み会があるのだという。
 毎年、毎年。春になると未成年の若者が飲酒したと騒ぎになったり病院に運ばれたりしているのをニュースで見る。少なくなってきたとはいえ、まだそのような行事は続いているようであった。
 今夜は1人新入生が柔道部に入るのか、ラグビー部に入るのか悩んでいて結局ラグビー部に入りそうなのだと、柔道部の在校生は項垂れラグビー部の在校生は手を叩いて喜んだ。
 私はふと疑問に思って青年たちに尋ねてみた。「資金の工面はどうしているのか」という疑問だ。
「1人4万5千円です」
 青年の1人が答えた。
 その費用はどうするのかと私は続けた。
「お母さんとバトルですね。教科書代が必要でって言うんです」
 4万5千円を教科書代で、私は呆れてものも言えないというのはこういうことかと思案していた。

 そう、こんな盛大な前置きをしていて何が言いたいかというと、大学生とは何をするためにお金を使い時間を使い、今という時間を生きているのかという問いだ。
 その子の家庭は分からないが、大学生は授業料で少なくとも50万円から100万円の費用が毎年必要なはずだ。お母さんはどうにかこうにか資金を工面してやりくりしてその費用を生み出している。お父さんは毎日何を思って満員電車に乗り上司に怒られパソコンに向かうのであろうか。
 子どもは大学生にまで育った。年も20を過ぎ成人を迎えた。
 そんな子どもが夜な夜な新入部員を1人得るためにお金を使い時間を使い、カリキュラムを組まないといけない時間に飲み屋に電話している。
 そんな皮肉な話があっていいのだろうか。
 月並みの表現だろうが、4万5千円あれば何ができるであろう。その4万5千円が工面できなくて命を落とす人が何人いるのであろう。
 日本でだって、幼き子どもが母に言われて「財布を落としたから電車代をくれ」と大人に言って回りお金を集めた話や年端もいかない子どもが児童ポルノに出させられたりしているではないか。
 未来ある若者が、時代を担う若者がそんなことでいいのであろうか。
 お母さんが勉強していると信じている傍目で、どんな職場に就職してどのような給与を得るのであろうと心配している余所で、宴会の段取りを決め着席順に頭を悩ませ、二次会会場を抑えているのだ。

 今という時間は今しかないということ。4万5千円を稼ぐ辛さ、親元を離れる心細さ、彼らが知るのはまだ先のことであろう。
 でもどうか4万5千円の恩返しを、それ以上の生きた意義を見つけて欲しいものだと切に願う。