すべてが終わったので、静かに涙が流せるようにちょっと綴っておこうと思う。
15日早朝、おじいちゃんが亡くなった。
忙しい日常の中で、突然の訃報はどこか非現実じみていてあまり関心が持てなかった。
通夜にも行かないつもりで、慌ただしく用意する母や姉を横目に布団を被った。頭に浮かぶおじいちゃんは笑っていて、美味しいご飯に連れて行ってくれた。最近はあまり会っていなかったけれど、小さい頃はよく会っていた。お世話になった。
うとうとしていたら、おじいちゃんの葬式をする夢をみた。夢というものは誇張した表現が入るもので、私は宝塚歌劇の舞台に立っていた。踊りなんて分からなくて見よう見まねで、でもおじいちゃんに最高のパフォーマンスを披露しようと汗をかいていた。
目が覚めて、本当はおじいちゃんを見送りたいことに気がついた。
母に促されるまま、職場に電話をかけた。
仕事は休みがとれそうだった。
車で7時間。兵庫までの道のりは途中渋滞に巻き込まれて、おじいちゃんの家に着くころには日付が変わりそうだった。
おじいちゃんは隣の部屋に寝かされていた。
おじいちゃんが亡くなって、まだ1日たっていないのだ。おじいちゃんはそこにいた。
死人に関わることなんて日常生活にはない。私は正直ギョッとしたのだ。
次の日にはおじいちゃんは棺に入れられていて、檀家さんの説法もご焼香も一連の動作はおじいちゃんの死を結びつけるにはあまりに業務的すぎた。
明日にはおじいちゃんが運び出されることにあまり現実味を感じなかった。
そうして別れの日はやってきた。
最後の別れだ。おじいちゃんの棺にお花を入れるのだ。
あれが一番辛い。
「おじいちゃん、よかったね。きれいだね」
「おじいちゃん、お疲れさまでした。休んで下さい」
思い思いの別れの言葉を口にしながらおじいちゃんは花に包まれていく。おじいちゃんは本当に眠っているように穏やかで、生きているんじゃないかと錯覚してしまう。病院の先生の誤判断だったんではないだろうか。いま心拍数を測ってみたらトクントクンとささやかながらも鼓動を感じられるのではないか、そう思って額に触れてみても異様な冷たさが生気は無いのだと伝えていた。
そうしている内に運ばれて、あっという間におじいちゃんは火葬炉に入れられていく。
燃やされてしまっては生きていたとしても、完全にあちらに渡ってしまうだろう。
おじいちゃんが亡くなった。
いろいろあったように思う。いい事も悪い事も、私は知らない事も、たくさん聞いた。おぼろ気な記憶の中には生きていた時代のおじいちゃんの姿があった。
最後にお見送りができてよかったと思った。
なんか最初は行かないとか思ってごめんね。
最近は滅多に帰る事をしなくなってごめんね。
おじいちゃんが倒れた事も、痴呆になったことも知っていたけれど電話のひとつもしなかったね。
兵庫県の出来事は全部ブラウン管の向こう側みたいな気分になっていて私は知らないふり、届かないふりをしていたんだ。
輪廻ってあるのかな?
おじいちゃんは転生するのかな?
しばらくはおばあちゃんと2人で仲良く「久しぶり」なんて声を掛け合うのかな。
おじいちゃんは生きていた頃と今とどっちが幸せかな?
私には未知の先にいってしまったから、尋ねる事は出来ないけれど、私はね?
おじいちゃんが今、幸せならいいなって思うよ。
おじいちゃん、ありがとう。
どうか安らかに。