新宿の路上で猫が売られていた。
ゲージが1つ置いてあって、ダンボールで蓋をされている。ゲージにはリードが結ばれていて、5匹程の猫が繋がれている。脇に2人の大人が座り込んでいる。
猫は床に寝っ転がって日向ぼっこをしているようであった。
猫は散歩に出されていたのだろうか? いや、売られていたのだろう。
猫は「自由」と表現される。勝手気ままに歩きまわり、手を差し出せば素知らぬ顔でそっぽを向き、すり抜ける。と、思ったら身をすり寄せて「にゃあ」と鳴く。
誰かにとっては、愛玩動物であり、人生のパートナーであり、我が子であり、商売道具であり、害獣である。
以前、姉に「人間が一番高等な動物だと思っているのは人間だけだ」と言って、不思議がられたことがある。まずそんなことは考えないらしい。
それは人の価値観で、人間と猫の関係をどちらが上かと種族争いするならば、人間が圧勝すると思う。現段階ではどう足掻いても人間が上で、人間以上に強い種族は現れていないように思う。それでもボルト選手が塗り替えていくように人間もまた進化しているとは思う。
あの猫は死ぬまで繋がれて、死にそうになったら捨てられるのであろうか。きっとそうなのだろう、そして私は救おうとは思わない。路上で売られた猫を獣医にかけて「病気していない」と診断されても、きっと私は飼わない。それが私と猫との距離感だ。
猫が路上で売られているのを見て、誰かに話したくなっただけだ。古本を売るように並べられた猫を見て、こんなことをする人がいるのかと学んだだけだ。
猫を売買する人を通り過ぎ、私は面接を受けに行った。仕事を手に入れた。
不愉快なものを見た。その程度の感想で、生きていく。