この種のミュージシャンの伝記映画は、一種の長編スターものまね大会だと私は思っている。
いかに、どこまで、本人を再現出来るか。ものまね好きなら演者が限りなく本人に近づけば近づくほど、そのそっくり感を楽しむことができるが、どこまでいったって本人を超えられる訳ではない。そういう意味ではある程度割り切って観るのが正解かなーと思う。
マイケルの甥っ子ジャファー・ジャクソンは難しい役どころなれど、かなり寄せていたと思う。もともとすごく似ているという訳でもないのだが、笑った顔やふとした瞬間の顔つきがマイケル本人に思えるほどだ。
体型なども、マイケルの方がずっと線が細いし、ジャファーはマイケルに比べると下半身が太い印象を受ける。それでも、ダンスはかなり頑張って再現している気がする。
この役のために2年間ダンスの訓練をしたと言う話もあるようで、たった2年でここまで仕上げたのはやはり血筋か?
歌声はジャファーの声とマイケルの音源をミックスしているらしい。これが全部ジャファーの再現だったとしたらびっくりするところだが、ご本人の声もミックスさせているのなら、まあ、納得かなーという感じ。
フレディ・マーキュリーの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』の時もそうだったが、この種のミュージシャン伝記ものを観ると、やっぱり実物の映像を見直したくなる。なんで、映画を見終わったあとはいろいろマイケルのPVをYouTubeであさってみたりもした。
ネタバレ
マイケル・ジャクソンは私にとって80年代のあのキラキラした時代の象徴的人物とも言える。
映画はそのマイケルの一番輝いている半生を描いていて、エンターテインメントとしてライトに楽しめる作品だと思う。
その分、きれいに描きすぎという物足りなさもあるが、マイケル入門編としてはまずまずな感じかなと。
続編も企画されているらしいが、このあとのマイケルはむしろ重たい展開てんこもりな上に、結末も悲しいものになるので、前半分で留めておくのが正解かもしれない。でもどうせなら最後まで描いて欲しい気もする。
私はマイケルのアルバムでは『オフ・ザ・ウォール』『スリラー』あたりが好きで、顔も素朴さが残っていて、一番見やすい印象を受ける。PVも『今夜はビート・イット』や『スリラー』の頃が一番好き。特にゾンビホラー好きとしては『スリラー』は秀逸な出来で、監督にジョン・ランディスを起用したところも最高だった。
アルバム『バッド』『デンジャラス』あたりになると、そこまでのれなくて、PVもダンスはすごいけどくどいというイメージになってしまった。特に『バッド』のPVはくどかったなー。『スムーズ・クリミナル』のPVは好きだけど、あれも途中のアングラな演出がちょっとくどい。キング・オブ・ポップなんて呼ばれていたけど、どんどん気軽に観られる音楽ではなくなっていき、より商業的な秘密主義がうざかったり、アーティスティックに走り過ぎたりで、大衆酒場がなんだか入りにくい高級会員制バーになったような感じ。
自己改造もどんどん進み、人間味のない人形のような、マネキンのような、ロボットのような見た目になったのもなんだかなじみにくいイメージとなってしまった。マイケルは自分の鼻が大きいことをとても気にしていたようだが、お鼻の大きなマイケルも十分可愛かった。いや、むしろ、あの頃のマイケルが一番良かった。父親によってコンプレックスを埋め込まれたというのもあるだろうが、本人も美意識が高かったのだろうと思う。彼はエリザベス・テーラーの美貌を賞賛していたので、あのような美貌を終生目指していたのではと思っていた。その結果、顔がどんどん白くなっていったのだと。
後になって、あれは尋常性白斑という病気で白くなったのだと説明されたが、いまいち信じられなかった。とはいえ、鼻の整形は公表しているので、仮に白くする方法があったとしても今更それを隠す必要はないだろうから、やっぱり病気だったのかなーと一応納得した。いや、病気なら病気で気の毒だけど、当時のマイケルは肌を白くする方法があったらやりかねないイメージがあったのよ。
とにかく見かけがどんどん非人間的で、不自然な上に、私生活の奇行も目立ち、すごい人だとは思うけど、ぶっ飛びすぎているというか、理解の範疇を超えている人って感じだった。
実際のジャファー・ジャクソンもマイケル同様結構お鼻が大きいお顔立ちだけど、映画では特殊メイクで手術後鼻が小さくなったマイケルを表現しているのだとか。どういう特殊メイクかしらんけど、すごい技術だね。
もともとマイケル・ジャクソンは大のマイケルファンだった友人のプッシュでその存在を知った感じで、その頃フィンガー5は知っていたが、その元ネタがジャクソン5ということも知らず、そのボーカルの子供が大成してソロとして活動しているということも知らなかった。
『オフ・ザ・ウォール』の頃は、日本のスズキのバイクCMに出ていて、友人から「●チャンネルの5時55分にそのCMが流れるから観て」と言われ、よくわからんけど観たという感じ。あれがマイケルファーストインプレッションだったなー。とにかくダンスが上手いから観てくれと言われ、確かにダンス上手だねーという感想だった。
その後『スリラー』が大ブレイク。当時の自分は洋楽は殆ど聴かなかったけど、MTV全盛期で、小林克也のベストヒットUSAなどがテレビで放送されるようになり、すっかり洋楽にはまるようになった。
マイケル好きの友人は『スリラー』のPV(メイキング付)ビデオをわざわざ購入し、それを何度も見せてくれ、洗脳されるように自分もすっかりはまってしまった。後に演劇部でこのスリラーダンスを実際コピーして踊ったりもした。
あの時代はエンターテインメント業界も自分の私生活も、本当に何もかもがキラキラしていたと改めて思う。良い時代だった。
そういう意味では自分はマイケル・ジャクソンの表面的な活躍をミーハー的に楽しんだに過ぎないし、時折聞こえてくるゴシップも含めて、雲の上の人という、自分と同じ時代を生きるスターというイメージだったので、思いがけずマイケルが50歳と早逝し、少なからずそれは自分のもっとも幸せだった時代の終焉のような衝撃を覚えたものだ。
そんな訳で、マイケル・ジャクソンの自伝も読んだことがないし(映画『ムーンウォーカー』とか、『THIS IS IT』は観たけどね)、生い立ちも殆ど知らないので、初めて映画でそのあたりの流れをざっくり知った感じ。
ミュージシャン映画といえば、サクセスからの慢心、ドラッグなどの挫折を経て、最後に再起して終わりみたいなストーリーが定番だけど、マイケルはドラッグにはまるなどの展開はない。代わりに毒親とも言える父親からの自立を描いた作品となっている。
いや、とにかくこの父親ジョセフが強烈で、あとでwikiを読んだけど、映画の誇張ではなく、実際かなりの毒親っぷりであることがわかる。加えて2018年に他界しているので、遠慮無く徹底的なビィランとして描かれている気がする。
一方母親はまだ存命だからなのか、割といい風に描かれている。実際マイケルは母親とは良好な関係だったようだし、ある意味母親も被害者かもしれないけど、なんだかんだジョセフのような男と別れず、子供を守り切れない訳だから、まったく罪がないと言えるのかどうかは引っかかる部分でもある。ただ、あの時代離婚はそう簡単ではなかったかもしれないし、まあ、しょうがなかったのかなーっと言う気もする。でもやっぱりちょっともやるかなー。
ジョセフは隠し子も含めて11人も子供がいる。決して裕福な暮らしではないのに、なんでそんなに子供を作るのかなー。
貧乏子だくさんというが、もしや貧乏人は避妊方法を知らないのか?
もともとはボクサーを目指していたらしいが、製鉄会社に勤め、実弟とバンドを始めたことがジャクソンズの前身になる。
しかし、子供を使ってバンドを結成し、それを世に出す手腕というか、プロデュース能力はかなり優れた人だったのだなー。どこで音楽を学んだか知らないが、子供をスターに育てられる能力があることもすごい。子供が全員音楽の才能があることと言い、その遺伝子は強力。
まあ、暴力をふるったり、子供を商品扱いしたり、とんでも親父なんだけど、ある意味非凡な人物とも言える。
ペプシのCM事故などはもとはといえば、この親父が災いとも言えるのだけど、この親父がいなければマイケル・ジャクソンは誕生していなかったと思うとなんとも複雑な存在。しかも火傷で瀕死の息子より、ツアーの穴が開くこと心配すると言う、人としての情がどこか欠落していて、だからあれほどマイケルに家族の絆を強要しておきながら、晩年父親の方が家族から孤立するという皮肉な結果になる。
それでもめげることなく最後まで精力的な人物ではあったようで、良くも悪くもツワモノだなーと思う。
映画はこの父親の支配から抜け出たマイケルが『バッド』を歌うラストは爽快で、父親にとっての良い息子ではなく、自分の意思で生きる、悪い息子になるんだというマイケルの決意が、歌と重なって良いしめくくりだった。
映画では子供らしい子供時代を過ごせなかったマイケルがずっとピーターパンのネバーランドを夢見たり、同じ年頃の友人を持つことが出来ず、ゲームを大人買いしても遊ぶ相手がいないとか、家でテレビ映画を一緒に観る相手はつねに母親という孤独なマイケル像が描かれている。この映画ではジャネット・ジャクソンは出演を断ったようで、マイケルとは仲良しだったと言う話しを聞くが、映画では、彼女との交流は一切描かれていない。
そういえば、ダイアナ・ロスの出演シーンもカットされたらしいが、理由はいまいちよくわからん。
とにかく人間の友達がいないから、ペットのラマやらキリンやら、かの有名なチンパンジーバブルスくんが彼の心のより所になっている。バブルスくんとの交流は一見微笑ましいが、結局最後は手に負えなくなって、元の持ち主に返されたという経緯があるので、なんだかなーという気もする。ちなみにバブルスくんは現在43歳で今も元気に暮らしてるそうな。
自分はバブルスくんは『スリラー』の成功後あたりに飼い始めたと思っていたが、実は『オフ・ザ・ウォール』の頃だったのだとこの映画で知った。
余談だけど、チンパンジーって結構獰猛なのよね。動物園でもニホンザルの猿山はおとなしいものだが、チンパンジーの猿山はなんか気が荒くて怖かったもんねー。マイケルも飼うならニホンザルにしておけば良かったのねーなんて思うよ。
マイケルが尊敬していたクインシー・ジョーンズも『バッド』以降は仲違いをし、一方的にクインシーの方がマイケルを批判していたという話しもあるようで、とにかく映画ではそんなどろどろした部分を描くことななく、一番マイケルが光り輝いていた瞬間だけを描いた作品だと思う。
そんな中、例のペプシのCM事故はこの映画でもっとも痛々しい場面となっている。この実際の事故映像も見たことがあるが、気分が悪くなるような痛々しさで、映画もそれをほぼ忠実に再現していて、ここまでこの事故を克明に描くとは思わなかった。
あとあと後遺症が残り、その痛みを抑えるために鎮痛剤を過剰摂取していたという話しもあるほどの大事故だが、その和解金をすべて焼傷センターに寄付するあたりにマイケルの懐の大きさを感じる。
世の中プラスマイナスの法則というのがやはりあるものか、マイケルような大スターが払ったその代償はあまりに大きかったように感じられる。毒親をもち、子供らしい子供時代を送ることが出来ず、つねにプライバシーを侵され、ゴシップネタになり、極めつけは長期にわたる児童性的虐待疑惑にさらされる。
実際、情をかけた子供に、性的虐待を受けたと偽証されたら、人間不信になるような出来事だと思うけど、このあたり、一応無罪にはなったけど、失礼ながら、どこか、マイケルってそんなことをしてても不思議はない危なっかしさもあって、いまいち実像が計り知れない人物である。
挙げ句、最後の集大成となるべく計画されたコンサートツアーも果たせぬままの急死。なんとも無念な終わりではなかったか。
この映画はあくまでマイケル・ジャクソンの伝記映画で、ジャクソン5がメインの映画ではないけど、それにしても兄貴たちが背景すぎるというか、兄貴たちがマイケルに対して何を思っていたかはまるで描かれない映画だった。
ジャクソン5ではマイケルと共にリードボーカルを務めたというジャーメイン・ジャクソンも影が薄い。ジャクソン5ではジャーメイン・ジャクソンはマイケルに次ぐ人気があったようだし、彼が真っ先にジャクソン5を離れソロ活動したことが、マイケルのソロ活動の後押しにもなったそうだが、今も存命な彼らを映画で描くことはいろいろ微妙で難しかったのかもしれないけど、結果ただの背景と化しているのもなんだかなーという感じ。
当時は、マイケルがジャクソン5を脱退する経緯とか、あんまりよくわからなくて、せっかく兄弟で作ったグループなのだから、ソロ活動とは別に続ければいいと思っていた。おまけにPVに出演することも拒んでいて、『トーチャー』のPVでは、骸骨がムーンウォークしてたり、徹底的にマイケルが姿を見せない事に、ソロで売れてお高くとまっているのかと思っていた。
この映画を観て、ジャクソン5に対する複雑な思いがあったのだなーとわかった次第。何も知らずにお高くとまっているなんて思って悪かった、マイコー。
ちなみに自分は当時でもやや古くさいディスコサウンドな『トーチャー』が結構好きで、久しぶりにYouTubeで観たよ。ジャクソン5を離れていたジャーメイン・ジャクソンが戻り、マイケルとリードボーカルを務める貴重な曲で、自分は割とジャーメイン・ジャクソン好きだなーなんて思う。
ちなみに、マイケルを演じたジャファー・ジャクソンはジャーメイン・ジャクソンの息子なんだねー。
マイケルが曲を作る時に、宇宙とチャネリングして曲が降りてくるのを待っていると言うシーンで、降りてきた曲を受け取らないとプリンスに降りてしまうというあたりが面白かった。実際そんなことを言ったのかどうか知らないけど、意外にプリンスを意識してたのかな。
『ドリームガールズ』の時代と違って、マイケルやプリンスの時代はもう黒人シンガーも市民権を得てると思っていたら、PVをMTVで流すことも簡単にはいかなかったんだなーっと、アメリカの人種差別の根深さを感じるエピソード。
あと、時間的に描ききれないと思うけど、マイケルが『ウィズ』に出演したこととか、ポール・マッカートニーと歌った『SAYSAYSAY』とか『We Are The World』のエピソードも描いて欲しかったなー。『キャプテンEO』のエピソードとかもね。
マイケルが鼠を飼っていたことが、『ベン』の伏線になってたり、ネバーランドの憧れがあとのネバーランド・ランチにつながる伏線になってたりするんだけど、ネバーランドに関しては映画の中では回収されることなく終わったな。あくまで、マイケルをある程度知っている人にだけぴんとくるエピソードだった。
とにかくこの映画は、マイケルのものまねベストヒットアルバムPVみたいで、当時を知る人間には懐かしさがあって悪くはないが、それだけと言えばそれだけの映画のようにも見える。
それでも、『ビートイット』や『スリラー』の再現は楽しかったが、『ビートイット』の練習風景ではあたかもマイケルがダンスの振り付けをしているような演出で、実際『ビートイット』の振付師マイケル・ピータースがただの背景と化していたのは残念だった。『ビートイット』のPVにも出演しているマイケル・ピータースのダンスはマイケルに勝るとも劣らぬダンスで良かったんだけどねー。
『スリラー』でもジョン・ランディス、殆ど姿見せなかったな。
初めてマイケルがムーンウォークを披露したモータウン25の再現シーンも良かった。マイケルのダンスを観て興奮する客席の子供が誰なのか気になったが、あれは特に誰ってことではないようで、てっきりジャファー・ジャクソンの子供時代だったのかなーっと深読みしちゃったよ。モータウン25が1983年で、ジャファー・ジャクソンは1996年生まれだからそれはないか。
なんか、マイケル・ジャクソンの思い出とあいまって、とりとめのない文章になってしまった。
追記
GQジャパンの情報によると、もともとマイケルの児童性的虐待疑惑となるチャンドラー訴訟もこの映画で描かれる予定で、映画も3時間に及ぶ作品となる予定が、チャンドラーと和解する際にこの件について映像化しないと言う契約があったことが後から判明し、実現出来なかったと言う背景もあるらしい。
だから2時間強の映画になったとか。
当初はマイケルのネバーランド・ランチの家宅捜索からはじまる予定だったらしいので、マイケルが子供の頃からずっと夢見るネバーランドの描写もそれに向けた伏線だったのかもしれない。
そこがごそっとなくなって急遽企画を練り直したことが、映画としてどこか中途半端な印象を残しているのかもしれない。
となると、続編が作られたとしてもやはりそのあたりに触れられなくなるから、作品としてはちょっと物足りないものになりそうな。
