ザ・ショックス 世界の目撃者
つい最近、低俗と言われるエクスプロイテーション映画『チェーンヒート』を観た直後に、懲りずにまたこんな悪趣味な映画を…。こちらは「観客の見世物的好奇心に訴える猟奇系ドキュメンタリー・モキュメンタリー映画」(wikiより転載)、いわゆるモンド映画。「「衝撃」と「ドキュメンタリー」から、ショックメンタリー(shockumentary)という呼び方もされる」(wikiより転載)らしい。1978年に公開された『ジャンク 死と惨劇』と言う映画を皮切りに、この種の映画が日本でも話題になっていた。丁度、『FOCUS』や『FRIDAY』なんて雑誌も80年代に刊行され、コンプラゆるゆるの昭和の時代、レイティングなんて何のそので、この種の映画が子供でも観られる環境にあって、私も高校の時、友人と放送室でこっそり『ジャンク 死と惨劇』のビデオ鑑賞会なんぞ行ったものだ。正直、見終わった後、鬱になる類いの映画で、その後はこの種の映画は避けていたのだが、1986年に公開された『ザ・ショックス 世界の目撃者』に関してはたまたま何かの映画と二本立てで、どんな映画か前知識もなく観てしまった。お陰で、しばらくは鬱になるわ、食欲失うわ、異様に死に対する恐怖心を覚えるようになった、いわばトラウマ映画で、内容は殆ど忘れたが、時々嫌な気持ちと共に思い出される映画。メディアもVHSに止まっているので、もはや観る機会もないと思っていたのだが、最近、たまたま目にする機会があって、「あの時のトラウマはなんだったのだろう」とついつい検証がてら観てしまった。もともとは、日本テレビ系列の『世界の決定的瞬間』と言う世界各国で起こった事件・事故などのハプニング映像を紹介するバラエティ特番の映画化らしいが、当時のニュースも今では放送出来ないような結構えぐい映像がそのままお茶の間に流れていた、そんな時代でもあった。のっけから、1986年に起こったチャレンジャー号爆発事故映像。この映画の公開が1986年と言うことを考えるとかなりタイムリーな映像をオープニングに持ってきたことになる。この事故に関しては子供の頃リアルタイムでニュース映像などを目にしていたが、今観ても衝撃的である。特に、搭乗者の中に女性の教師がいて、生徒の観ている前で爆発とあって、余計に滅入る気持ちに拍車がかかる。ここから、火災による投身や、犯罪者の射殺、暴動、リンチ、処刑など、殺伐とした映像が続く。そんな中、前半で印象的なのは、1983年にフィリピンに起こったベニグノ=アキノ暗殺事件。アキノ氏はTBSの報道番組で、「明日は殺されるかも知れない。事件は空港で一瞬のうちに終わる」と既に自分の死を覚悟している。また、飛行機を降りる直前に同行していた記者に「必ず何かが起こるから、ビデオカメラを回し続けておいてくれ」と言い残し、その直後アキノ氏はタラップを降りる途中で射殺される。射殺そのものの映像はないのだが、アキノ氏は自分が殺されるとわかっていて、何故に帰国したのか?と、その己の運命を受け入れる覚悟を持った行動がやけに心に残る。『ジャンク 死と惨劇』もそうだが、この種の映画は何故か、電気椅子による処刑シーンもひとつの売りになっているようで、必ずと言っていいほど、その映像が流れる。もっとも、実は電気椅子処刑はフェイク映像という話しもあるようで、真意の程は定かではない。フェイクにしても、『ザ・ショックス 世界の目撃者』の電気処刑映像はかなりリアルに出来ていて、嫌な後味を残す。ただ、『ジャンク 死と惨劇』では目玉が飛び出さないように、目を覆うなどの処置が施されているが、この映画ではそれがなく、どちらがよりリアルに出来たフェイクかはわからない。また、別の映画で観た電気椅子処刑では目の覆いの隙間からどろどろと眼球が溶けて流れ出す描写があったが、さすがにそれはかなり嘘っぽかった。中盤、殺伐とした映像の箸休め的に、スポーツの珍プレイや、女性の着替え盗撮映像などのエロサービスタイムとなる。着替え盗撮に関しては犯罪だと思うのだが、屋外の着替えでは局部が葉に隠れて見えなかったり、微妙な配慮がされているあたりは、きっとやらせ映像なのだろう。だからセーフなのか???後半、カーレースやスタントマン事故映像が続く。そんな中、実は、映画館で観たとき、もっとも私をトラウマにしたのが、1985年に起こった山海塾のシアトル公演の事故映像。約20メートルのビルに、両手両足をロープで縛ってぶら下がるというパフォーマンスで、ぶら下がっていたふたりの内、ひとりがロープが切れて落下し、死亡するという事故だ。ロープが切れた瞬間、この人は何を思ったのだろう。落ちていく仲間を観ながら、残ったもうひとりは何を思っただろう。と何故かその思いが気になって、何度もその時の映像がフラッシュバックする。決して血糊が出るとか、派手な死に方ではなかったが、いつまでもいつまでも頭を離れず、思い出すととても嫌な気持ちがする。この山海塾の事故映像は、劇場公開のみだったようで、VHSには収録されておらず、今回観た映像でもカットされていた。山海塾からクレームが入ったのかもしれない。いずれにせよ、再び見ないで済んだことは幸いであった。(その代わりなのか、飛び込み台に頭を打って死亡した水泳選手の映像が差し替えられたらしいが、これはこれでまた嫌な感じ)最後に、もっとも滅入る映像として、1985年ネバドデルルイス火山の噴火による土石流でつぶれた家に挟まれた13歳の少女オマイラ・サンチェスの死亡映像が流れる。この映像も子供の頃新聞やニュースなどでリアルタイムで目にしていたが、実は詳細をあまり知らなかった。瓦礫に脚が挟まり、身動きが出来ず、救助する手段もないまま、大勢に見守られながら三日目にして息を引き取るオマイラ。救助隊が周りにいながら誰も彼女を救えない絶望感。そんな絶望的状況にありながら、周りに気を遣う健気な少女。どれほど怖かっただろう。どれほど辛かっただろう。どれほど悲しかっただろう。白目が充血して真っ黒にみえる彼女の瞳がまたしてもトラウマのように脳裏に焼き付いて離れない。やっぱり、見終わった後は、いろんな感情が尾を引く。この世界はなんと残酷で恐ろしいのだろうと、生きることが怖くなる。ただ、劇場で観た当時よりは、耐性が出来ているのか当時より冷静に観られたし、当時より後を引くことはない。とはいえ、やっぱり嫌な映像であることに変わりはない。昔、そんな事件や事故があったなーと、ちょっと懐かしいような気持ちもするが、そんな懐かしいなんて甘っちょろい表現とは、ちょっと違う気もしつつ、うまい表現が思いつかない。