ヒーリングルーム Angel touch

ヒーリングルーム Angel touch

ヒーリングルームAngel touchのブログです。
【より善く生きるためのヒント】
として、
癒しのステップに役立つヒントを綴っていきます。



私たちは、

自分の「現状」に対する認識が甘い傾向にあります。

 

自分の「現状」を客観的に把握するのは、

実際には色々と難しいものです。

 

しかしそれをきちんと把握しなければ、
何をどう改善すればいいのか、
どこを変えればいいのか
が見えてきません。

自分は(自分の世界は)こうなんだ

という強固な思い込みが自分を追い詰めている、

ということも少なくありません。


先日ご相談に来られた方は、

「一生懸命気分を上げていないと、

気持ちが落ち込んでしまい、鬱になりそうだから怖いんです」

と言われました。

つまり、

「気分を上げよう上げようと頑張っていないと、

鬱になってしまいそうなのが自分である」

と思っているわけです。


そこで私は

「それは既に鬱ですよね…?」

というお話をしたのです。


「鬱にならないようにしよう」とやっているということは、
「自分はまだ鬱ではない」という認識です。

しかし、必死に頑張らないと「鬱状態になってしまう」

というのであれば、

それは実際には既に鬱なのです。

それを認められないが故に、

間違った方向でがんばってしまっていて、

自分をより追い詰めることになってしまっていたのです。


彼女は
「鬱にならないようにしなきゃ、と頑張っていたけれど、
もうこれは鬱なんだとわかったら、すごく楽になった」


と言われていました。

鬱状態なら、
自分をこれ以上「頑張らせる」ことはしない方が良いのだ、
ということは知っていたのです。

「がんばらなきゃ、がんばらなきゃ」ということで、

彼女はより追い詰められていたのです。


誰でも、時と場合によっては鬱状態になることがあります。
そういう経験がない人はいません。

 

鬱状態になれば、色々なことが気になりすぎたり、

不安になったり、やる気が出なくなったり、

人と接することが怖くなったり。

 

当たり前です。

そこを無理に頑張ったら、その状態は悪化してしまいます。


風邪を引いたのに風邪だと認識せずに動き続けていたら、

風邪は悪化するだけですよね。

それと同じです。

でも、風邪を引くのは悪いことではありませんよね。
鬱も同じです。

鬱になったことを「悪いこと」「ダメなこと」としてしまうことが、
より自分を追い詰めることになってしまうのです。




(やる気…が出ないといかんのか?)




自分の状態がなんだかわからないが故に混乱し、

苦しんでいる状況は他にもいろいろとあります。

例えば、

最近は「大人の発達障害」が話題になることが増えていますが、

「人の気持ちがよくわからない」
「コミュニケーションがうまく取れない」


という悩みの中で、
実際にはADHDだった、アスペルガー症候群だった、
ということがわかることがあります。

するその現状を把握できただけで、

随分と気持ちが楽になる方が多いようです。

「繊細さん(HSP)」もそうですよね。
HSP(ハイパーセンシティブパーソン)だということがわかると、
「そうか、だから私は苦しかったのか…」
という一定の理解をすることができます。

そう、

まず自分の今の状態を正確に把握することは、

とても大事なことなのです。



(「挟まりそう」なのではありません。

 すでに挟まっています ←現状)



ただ、ここには「罠」も存在しています。

「私は〇〇だ」ということを

「都合の良い言い訳」に使うことができてしまう
ということです。


「私は○○だから」

「私はこんなに辛いんだから」

 

仕方がないんだ、
周りに理解してほしい、


ということばかりを主張していても、
実際には思うように問題は解決していきません。

 

自分軸に立って、

「自分がどうすれば問題を解決できるのか」

を学ばない限り、

「苦しい状態」を変えることはできないのです。


以前、ワークショップで
「大人のコミュニケーションの悩み」というテーマをやりました。

人間の悩みの9割はコミュニケーション、といわれます。
だからこそ、

ご相談に来られる方の悩みもほとんどの場合、
コミュニケーションや人間関係が関係しています。

先ほど書いたように、まずは「現状把握」が大事。
理解が進むと、気持ちはずいぶんと楽になるからです。

でもそれだけでは問題は解決しません。

鬱も、コミュニケーションの問題も、
「それなら仕方がないからそのままで良い」

わけではないからです。

大事なのは、

 

「ではどうするか」

 

ということ。

鬱から抜け出していくには、
コミュニケーションをうまく取れるようにするには、
自分がどのようなことに取り組んでいけば良いのか

ということです。

一方で、現状を正しく把握しないと、

解決策は間違ったものになってしまいます。

だからこそ、

まずは現状を把握し、
その後に適切な解決策を模索していく、

というプロセスが必要になります。




(間違えないようにしようネ)

 




ホメオパシーは、

「薬の代わり」「病院の代わり」と思われることが多いですが、
実際には精神感情面の微妙な問題を扱うことが多いです。

このブログをお読みくださるみなさんは、

すでにお分かりのことと思いますが、

体の病気の根本には必ず精神感情面の状態が関係しています

カウンセリングだけでは解決しない方が多いのはなぜかというと、

「こうすればいい」ということがわかったとしても、
それをする「エネルギー」が得られないからなのです。

ホメオパシーのレメディは生体のエネルギーを上げていくので、
行動や意識を変えて行くためのエネルギーを得られます。


それによって、

内側でも外側でもアクション(行動)を起こすことができるようになります。
するとより問題解決がたやすくなるのです。

 

 

そのため、

「ホメオパシーをやったら

いつの間にか人間関係の問題が解決した」

ということが起こるのです。
(もちろん、アプローチの仕方にもよりますが…)


病気が治っていくということは、
精神感情面のバランスが取れていき、

より健康になっていく、ということだからです。





(整いました(*'ω'*))

 

 



人は、心のバランスが崩れれば

誰でも「コミュニケーション障害」に陥りますし、
鬱にもなります。

鬱でなくても、

HSPやADHDなどの方はどうしても繊細なので、

心のバランスは不安定になりがちです。

不安定だからこそバランスを崩しやすいし、
バランスを崩しやすいから不安定である、

ということもできます。

でも、「自分の個性」としてそれを捉えることもできます。

悪い側面ばかりではないはずだからです。

 

良い面をより前面に出して生きていけるようになるには、

やはりまず自分の特性と現状をしっかりと把握し、

 

「ポジティブな形で使えるようになる方法」

を身につけて行く必要があります。

 


うまく活用できるようになれば、
うまくコミュニケーションができるようになり、

人間関係もスムーズに心地よくなっていき、
 

結果として悩みも減っていくはずなのです。


現状を把握することは、良い解決策を導き出すために使うものです。

 

逃げる姿勢を取ってしまうのではなく、

「どうすれば自分の人生をより良くしていけるか」

という方法を探ることにシフトしていきましょう。

 

目線さえ変えれば、それは手にできます。

 

解決策を模索する方向にフォーカスできるようになってください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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~いつもお読みくださる皆さま、

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【過去記事】

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(そろそろ秋。)

 

 

 

 

 

 
自分の行動や感情が
『なぜこういう反応をしてしまうのか?』
と不思議に思うことはありませんか?
 
例えば怒り。
例えば不安。
 
そんな風にならなくてもいいはずなのに
特定の事象に対して過剰な反応をしたり、
コントロールできないほどのものを感じて
本来の意図とは違う行動をしてしまったり。
 
誰にでも経験はあると思います。
 
 
激しい感情を伴わずとも、
無意識に自分の行動を制限している場合もあります。
 
『これは私にはできないものだ』
と思い込んでいたり、
 
最初からうまくできるはずのないものでも、
ちょっとやってみてうまくいかないと
『自分はだめだ』
と落ち込んでしまったり、
やること自体を諦めてしまったり。
 
 
こういった『考え方の癖』は、
心の奥底にガッチリと錨を下ろしています。
 
どうしてそうなのかを、考えてもわかりません。
 
でも、確実に私たちの行動、言動に影響を与えています。
 
まさかそんな想いが根底にあって、
それによってこうなっていたなんて、
(オドロキ…!)
 
という出来事を引き起こしていきます。
 
多くの場合、ここには
幼少期に体験した出来事による
強烈な刷り込みが関係しているのです。
 
 
同じ出来事であっても、
同じ刷り込みが起こるとは限りません。
 
とある人にとっては重大な影響を及ぼす出来事であっても、
別の人にとっては何の影響も刷り込みも起きない場合もあります。
 
人それぞれではありますが、
大人からみたら『ほんの些細なこと』であっても、
子どもにとっては人生全体に影響を及ぼすほどの
強烈な刷り込みになってしまう場合もあるのです。
 
もちろん、
ポジティブな刷り込みなら問題はないのですが…。
 
 
(人間は大きいダメなネコ(犬)だと思っている方々)
 
 
 
例えばどんな刷り込みがあるでしょうか?
 
『私は好きなことをしてはいけない』
 
『最初からうまくできないなら価値がない、意味がない』
 
『周りの人が気分よくいられるように働かなければならない』
 
『人より秀でていなければ意味がない』
 
『母親が機嫌よくいるために、
自分はおとなしくしていなければならない
(自己主張はしてはいけない)』
 
などなど、、、
これはもう、いくらでも挙げられそうですね(苦笑)
 
 
 
母親や兄妹から
『可愛くない』
『女の子らしい格好は似合わない』
と言われたがゆえに、
そのままそれを『採用』してしまい、
女性らしい服を買わない、買えないでいる、
という方もいます。
 
 
『お前みたいなやつは運動には向かないな』
という、学校の先生に言われた不用意な一言で、
自分は運動をやる価値がないのだと思いこんでいた方もいます。
 
運動が嫌いなわけではないのに、
むしろ楽しいと思っているのに、
頑なにやろうとしなかった、
行動ができないことを紐解いていくと、
このような体験が出てくる、
という場合もあるのです。
 
その先生は、
そんなつもりで言ったのではなかったのかもしれません。
というか、決してそこまでのつもりではなかったでしょう。
 
しかし、その方には強烈な錨となり、
心の奥で
『私は運動をするべきではないのだ』
とインプットしてしまったのです。
 
何十年経っても
たとえ言われた人のことやその体験は忘れてしまっていても、
その錨は『そのまま』。
 
錨があることに気づけずに、
その思い「当たり前のもの」にしてしまっていればなおさらです。
 
 
 
(パンダは垂れるのが当たり前)
 
 
 
特に両親や「先生」と呼ばれる存在からの刷り込みは、
強烈なものとなります。
 
その中でも特に、母親は子どもにとっては特別な存在です。
 
刷り込まれた思い込みの背景にあったのは、
実は幼少期に刷り込まれた
母親からの想念であった、
 
ということも少なくありません。
 
 
でも、刷り込んだ方も刷り込まれた方も
それがそんなに強烈な影響を及ぼしているとは認識していません。
 
だからなおさら、
自分の行動の原因がわからないし、
辞めたくてもやめられなかったり、
やりたくてもできなかったりする理由がわからないのです。
 
 
刷り込んだ当の母親はそんなつもりは全くないため、
子どもが大人になってから
『なぜあなたはもっと女性らしい格好をしないのよ?』
などと言ったりします。
 
 
「一人では何もうまくできない」
という思いを刷り込んでおきながら、
子どもがある程度の年齢になると
今度は自立していないことを嘆き出し、
 
「早く自立しなさい」
「うちの子は自立しないで困ったものだわ」
なんて言っているお母さんもたくさんいますよね(苦笑)
 
そして子どもの方は
「自立したい」という思いがあるのは嘘ではないのに、
なかなか自立への行動を取ることができないのです。
 
なぜかというと、
心の底には
「自分は自立できない、一人では何もできない」
という思いが錨を下ろしているからです。
 
 
(ゼッタイここから動きましぇん)
 
 
 
もし、
やろうと思うけどできない
ことや、
思い通りにうまくいかないこと、
 
やりたい気持ちに嘘はないのに
そこに行動が向かないことがあるなら、
 
それをすることを阻むような
「刷り込み」があるのかもしれません。
 
それを探すことができれば、
今までとは起こることが違ってきます。
 
でも、それを探すには、
一度、心の奥を見てみなければなりません。
 
押入れの奥にしまい込んだものを捨てるには、
押入れを開けて、奥まで覗いて見て、
引っ張り出して捨てなければなりませんよね。
 
それと同じです。
 
それは勇気のいることであり、
少々手間のかかることかもしれませんが、
発見することができれば、
その刷り込みを手放し、
人生のパターンを変えることができます。
 
しかも、それを発見できた時の
「そういうことだったのか!!」
という気づきは、
自分の心を軽やかに、明るくしてくれます。
 
そして
新しい人生のパターンを作り出すことができます。
 
ぜひ一度、勇気を出してみてくださいね。
 
 

 

 

 

 

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(出雲大社)

 

 

 

 
私たちは、
 
周りの人から優しくしてもらいたい
認めてもらいたい
労ってもらいたい
いじめられたくない
 
と思っています。
 
ところが、
自分に対しては?というと、
 
優しくしていないし、
認めていないし、
労ってもいないし、
むしろいじめている
 
なんていう状況があちこちに存在しています。
 
良い人を演じ続けてしまい、
嫌な思いをしていることがわかっていながら
そこから離れられなかったり
 
嫌な思いや辛い思いがあるのに、
正直に受け入れることができず、
自分の気持の方を否定したり押さえつけたり
 
身に覚えのある方は多いと思います。
 
これは、
自分に対する虐待です。
 
自分が自分のことを虐待している中で、
外側の世界(周りの人)が自分に優しくなるでしょうか?
 
そんなわけはありません。
 
この世界は、
「自分がオーダーしたエネルギー通り」
になっています。
 
そして外側の世界は自分の内側の投影です。
 
「私は私を虐待しています」
というエネルギーを発信しているわけですから、
宇宙からは「オーダー通り」の外側の世界がやってきます。
 
つまり、
自分で自分をいじめていたり、
ないがしろにしているのならば、
 
周りの人があなたを大事にしたり、
労わってくれるようにはならないのです。
 
 
 
(ハイ、自らハマりましたがなにか)
 
 
 
もちろん、
ある程度我慢しないといけないシチュエーションもあります。
 
全てが自分の思い通りになるわけではない中で、
それでもやらないといけないことがあったり、
我慢しないといけないこともあります。
 
でもそれは、
「本当に我慢しないといけないシチュエーション」
なのかどうか?
 
見極めの基準がおかしくなっている人は多いのです。
 
クライアントさんのお話を聞いていても
「その我慢はいらない」という状況や、
「これ以上我慢してそうやっていたら、
 本当に深刻な病気になってしまうよ」
というような状況があります。
 
自己評価が低いため
良い子を演じていたいため
嫌な人と思われたくないため
 
結果として、
自分が苦しみ、辛いままの状況を受け入れ続けてしまいます。
それを拒むことは「わがまま」だとか、
「根性が足りない」だとか、

周りから自分を否定されてしまうことを恐れて、

抵抗することができないのです。

 
でも、自分を守れるのは自分だけです。
自分を守ること以上に優先すべきことはないはずなのです。
 
大事なのは、周りから否定的なことを言われたときに、
「そうなんだ、私が悪いんだ(ダメなんだ)、
 もっと頑張らないとダメなんだ」
と思わないこと。
(既に自分を虐待しているのに、
 これではさらに虐待することになってしまいますよね。)
 
 
そのように言ってくる人たちは、
自分がそうやって我慢したり、我慢させられたことに対して
自分を労わることをできずにいて、
そこに不満を持っており、
それをあなたにぶつけているにすぎません。
 
「自分もこんなに我慢しているのだから、
がんばっているのだから、お前も我慢しろ」
という、
ねじ曲がった正当性を押し付けているだけです。
 
でも、これ以上病気になるのとどちらがいいのでしょうか?
 
もしも本当言に深刻なうつ病になって家から出られなくなったり、
あるいは自殺未遂などに至ってしまったり、
簡単には取り返しのつかないような病気やけがになってしまったら、
 
そうやって厳しいことをっ言い放っている人たちでも、
「そんなつもりで言ったのではない」などと言い出し、
急に手のひらを返したような態度になることでしょう。
 
 
 
 
(そんなつもりじゃ、なかったニャ)
 
 
 
 
本当の意味で自分を守れるのは、自分だけ。
 
仕事であろうと、学校であろうと、
あるいは友人関係であろうと、
 
自分が嫌な、辛い思いをするのがわかっていて、
それでもそこに敢えて飛び込んでいく必要など、どこにもありません。
 
何度も言いますが、
それは自分に対する虐待なのです。
 
 
自分がされたくないことは他人にやらない、
ことには気をつけていても、
自分がされたくないことはまず自分に対してもやらない
ということができていない人が多すぎます。
 
でも、自分自身に対する虐待をやめないうちは、
外側の世界が自分に優しい世界になることはありません。
 
他人に求めるなら、まず自分から。
 
隣人に優しく、
隣人を労る
これはとても素晴らしいことです。
 
でもその前に、
自分に優しく、自分を労っているでしょうか?
 
嫌なことをされても
『でも本当はあの人は良い人だから』
『悪気はないんだと思う』
などと言い訳をして、
自分か感じた感情を否定しようとする人をよく見かけますが、
 
あなたが感じた感情と、
その人が良い人かどうかというのは、
全く関係がないのです。
 
嫌なことをされているのが「事実」なら、
そこにはその人が良い人かどうか、
悪気があるかどうかは関係なく、
あなたはその人と関わるべきではありません。
 
それに、その人は十分嫌な人のはずですよね、
あなたにとっては(笑)
 
そこを否定しないことが大事。
嫌なものは、嫌なんです。
だから何なのでしょうか?
そこにいろいろな「意味」を乗せないようにしましょう。
 
私たちはネガティブな感情に対して、
「余計な意味を乗せすぎ」なのです。
 
 
感情は理性では片づけられないし、
感情はコントロールしきれないもの。
「勝手に湧いてくる」のが感情です。
 
嫌だったと感じた感情を、理性で抑えつけも、
何の解決にもならずに問題がこじれるだけ。
 
そうではなく、
ただ感じて、それを片付ければいいだけなのです。
それをどう片付けるか、を学ぶのが私たちの学びです。
だからこそ、
感じたものは否定せずに
自分の中では正直に受け止めてあげることが重要であり、
あなたが「良い人」「いい子」を演じる必要はないのです。
 
 
自分がイヤな思いをするなら、
その人やその場所、状況を避けることは
だめなことでもいけないことでもなく、
むしろ必要なことである、
と心にとどめておきましょう。
 
自分が嫌な人だと思う必要もありません。
 
自分が心地よい世界にいることを「基準」にできないと、
あなたの世界が優しく穏やかで、
自分にとって幸せな世界になることはありません。
 
誰よりもまず、自分をいたわりましょう。
自分がいる場所の基準(デフォルト)を、
自分にとって心地の良い世界にしてください。
 
そうに言われて
何かしらの抵抗感を感じるのだとしたら、
既に自分が「心地よくない状況」を基準にしている、
ということの現れです。
 
「我慢したり頑張ったりしないと自分が欲しいものは得られない」
と思っているから、
「そんな甘い話はない」
と思うのです。
 
そういう世界は、もう終わりました。
私たちは新しい意識の世界に生きています。
 
私たちは誰もが幸せで心地よく、穏やかな世界の中で、
気持ちよく毎日を過ごすことができるのです。
 
そこにおかしな形での「我慢」は必要ありません。
 
自分自身を、
自分の世界を、
大切に労わりましょう。
 
一番の隣人は「自分自身」であることを、
忘れずにいてください。
 
 
 

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休憩しよう。
(プチホテル&レストラン オールドエイジ in 清里)
 
 
 



住み慣れた家や地域があるのと同じように、

私たちの意識や思考にも、

「住み慣れた場所」があります。



すっかり慣れて当たり前のようになったその場所ですが、
本当は住み心地が良くない

という場合もあります。

実際にはそういう方、多いのです。


居心地が良くないなら、

居心地良いところに移動すればよくない?

と思いますよね。

 

しかし私たちはなかなかそれをやりません。

 

まるで錨を下ろした船のように、動かない…(笑)

誰からも強制されていないはずなのに、

自らそこにとどまり続け、

とどまり続けながら不満を漏らします。

(心当たり、ありませんか?)

 

腹の立つことばかり起こる、とか、

心配や不安ばかりだ、とか、

辛いことばかりだ、とか。。。

 

もう一度言いましょう。

そこから移動することは可能なのですよ。

 

あなたが本気で『その気に』さえなればね。

 

 

(いつでも移動しますよ、アタシが移動したくなった時にね)

 



慣れた行動というものは、
無意識に繰り返されるものです。

家に帰るのもそうですよね。
一日が終わったら、

無意識に家に帰りますよね。
それが「当たり前」です。

私たちの意識や思考、波動にも、
そういった『家』のような

デフォルトになっている場所があります。

Aさんはキラキラした幸せな、

穏やかな場所がデフォルトなので、
一日の終わりには意識はそこへ戻っていきます。

一方、

Bさんの「場所」は、暗くてギスギスした、不穏な場所です。
暗くて、重た〜いエネルギーが漂っていたり、
今はもう必要ないもので溢れかえっていたりします。

当然ですが、

そこにいても楽しい気分にはなりませんし、
『こんな場所は嫌だな』と思っています。

『つまらない』

『良いことがない』
『心配なことだらけ』 

『腹の立つことばかり』
 

と思っていたりします。

 

いつもなんだか、暗い気分で、
そこから見る景色は何を見ても

雲ったネガティブなものに見えてしまいます。

当然ですが、
「こんな場所からは抜け出したい」
と思っています。

 

それは嘘ではありません。

 

それでも、そこへ戻っていってしまいます。

でかけた先がどんなに楽しくて素晴らしい場所で、

すごく気分が良く過ごせて、
「ずっとそこにいていいんだよ」

と言われたとしても、

なぜかもとの薄暗い場所へ帰ってしまいます。

どうしてなのでしょうか?


それは、

『自分がいる場所』

に意識的になっていないから

 

です。



(え?ここは寝床じゃない?・・・)



子どもの頃から染み付いていて、
ついやってしまうことってありますよね。


辞めればいいのに、

わかっているのに、やってしまう。


思考もそうなのです。

私たちは無意識に

『癖』となった思考に戻ってしまいます。

「もうやめなきゃ」と思っても、
無意識にそこに戻ってしまうのです。


自分の目の前に広がる「現実」を、
その思考で、その意識で見てしまいます。


「同じ出来事」であっても、

「どう見るか」は人によって違うのです。


怒りやすい人は「怒る材料」として。

不安や心配を持っていたい人は、「不安や心配の材料」として。

 

不満を抱えていたい人は「不満の種」として、

 

目の前の出来事を見ているのです。

 

 

さらには、

見ていたものがその対象ではなくなると、
(怒りや不安、心配の材料にはならなくなると)
別のものを「探し出し」ます。


それにより、

再びその意識を「リフレイン」することができるからです。

 

つまり、「その思考」の場所にいる限り、

怒っていたいし、

心配していたいし、

不安でいたいし、

不満を持ち続けていたいのです。

 

そういうものの見方をすることが

「デフォルト」「当たり前」になってしまっているからです。

 

当たり前なので、

それが「異常」であるとはなかなか気づけないし、

「そこから移動することができる」ことも

なかなか受け入れられません。

 

「そこにいることが基本」になってしまっているけれども、

そこから移動することは可能なのだ


ということに気づかない限り、
そこから移動できるようにはなりません。


だからこそ、「意識的になる」必要があるのです。

口ではどんなに、

「辛いのは嫌だ」と言っていたとしても、
そこが住み慣れた場所ならば、
無意識にはそこへ戻ろうとする力が働き続けてしまいます。

私たちの無意識は
辛いことは良くない、というような

「良い悪いの判断」はないので、
ただそこにいるようにインプットしてあるならば、
意識をしなければ、
当たり前のようにそこに戻っていってしまうのです。



(基本、垂れているものだと思っていますが何か)

 



あなたは今、どの場所にいるのでしょうか?

「基本」になる場所はどんな場所でしょう?

怒りや不満や辛さ、心配など、
マイナスの意識があることが「普通」になっているのなら、

そこに意識的になりましょう。

それがない場所を基本にすることは、可能なのです。

 

あなたの意識のデフォルトを

楽しく、穏やかで、安心で満たされている場所にすることは、

可能なのです。

 

それは「あなた次第」です。



でも、そうなるには、

まず自分のいる場所の状態に意識的になり、


そこからどこへ行けばいいのか、
どんな場所にいることを基本にしたいのか、

 

明確にしなければなりません。

そして、今までいる場所に

『つい戻ってしまう自分』にできるだけ気づくようにして、


「ここではなくて、新しい場所を自分の居場所にする」

と意識し続けなければなりません。

そうやってやり続けて、
やがてそれが「普通」になった時、
ようやく意識をしなくてもそこにいることが当たり前になります。



意識の居場所は、
現実が、

自分の状況が何も変わっていなくても、
変えることができるものです。

というよりも、
意識の場所を変えることができさえすれば、
現実はそれに合わせて自然と変わっていくでしょう。


それは、

「あなたの世界の見方が変わる」から

なのです。
 

 

 

 

 

 

 

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(身曾岐神社)

 

 

 
欲しい物を手にしたり、
やりたいことをやる代わりに
 
「対価」は必要ありません。
 
しかし、
なぜか
『代わりに何かを差し出さなければならない』
と刷り込まれていることが多いです。
(人魚姫が声を差し出す、みたいなね)
まぁ、ずっとそういう世の中でしたよね。。
 
ただなんの対価もなく、
好きなことややりたいことをやったり、
欲しい物を得るのは、
「わがままなこと」と言われたり、
「甘やかされている」「甘えている」と言われたり、
 
そんなことが当然とされてきました。
 
自由に生きることは許されない時代があったために、
その世代の思考が次世代に受け継がれてきたからです。
 
その影響で、
大人になって、
もはやなんの制限もないはずでも、
自分に対して
「ただ好きなことを好きなようにやっていい」
「ただ幸せになっていい」
という許可を出せないようになっています。
 
『何の対価もなくそれを得るのは罪である』
と、どこかで刷り込まれてしまったままだからです。
 
これは深いところにあるブロックなので、
なかなか手放せないことが多いです。
 
その結果、何が起こるか。
 
虐待(される)体質になります。
虐待する人ではなく、
虐待されているような境遇に自ら飛び込んでいく、
敢えてそのような状況に自分の身をを置きやすくなる、
という状態になってしまうのです。
 
例えば、
やりたいことをやることがなかなかできない境遇に
自分を放り込んでしまったり
 
やりたいことがやれる場合にも、
対価として大変なことや辛いことを引き寄せて、
『やりたいことをやれるのだから、
これくらいは我慢しなければ』
と、本来であれば請け負ったりしなくてよいことまで
何故か背負ってしまったり。
 
やりたいことをやれたり、
幸せになるのは『贅沢なこと』なのだから、
簡単に手に入れてはいけない、
代わりにそういうもの(辛いこと)を引き受けなければ
帳尻が合わないのだ、
と刷り込まれてしまったからです。
 
しかし、
そもそもその考え方が間違いだったとしたらどうでしょうか
 
『贅沢』なのではなくて、
『(受け取れることが)当たり前のこと』なのだとしたら?
 
そうであれば、
わざわざ辛いことや苦しいことを
引き受ける必要はありませんよね。
 
仮にもし、それが『贅沢なこと』だとしても、
『ありがとう』
と感謝をすれば良いだけであり、
 
辛いことがなければ受け取れないものと考える必要はないし、
罪の意識を持つ必要などないのです。
 
しかし、私たちはいつまでたってもそれをやってしまいます。
 
こうやって「対価はいらないんだよ」と言われても、
「そんなはずは…」と思ってしまうほど、
強力に刷り込まれているのです。
 
 
 
(お布団で寝れるのは当たり前だニャ)
 
 
 
 
このシチュエーションは
それぞれの人の異なった状況のなかで、
ユニークな現れ方をします。
 
『まさかここにその思い込みが影響していたの?!』
と思うようなこともたくさんあります。
 
気づけるかどうか、がカギです。
 
辛い状況や困った状況を目の前にしたら、

 

『私は一体何を見ようとしているのか』

 

と自分に問わなければなりません。
 
事実を見ましょう。
 
事実は『自分が世界をどう見ているか』を教えてくれます。
 
自分や周りをそうさせているもの(思考)はなんなのか?
 
思い通りにならないならば、
『この世界は、私の思い通りにはならない』
という思考を見ているのです。
 
それは今の『事実』ではあっても、
『真実』ではありません。
 
事実(起きていること)と真実は必ずしも一致しないのです。
 
 
(…マジ?)
 
 
 
事実を見れば、
自分が何をしようとしているのか、
何を見ようとしているのかわかります。
 
それが真実ではないとわかったならば、
 
修整しましょう。
 
私たちはこの世界でそれを学んでいるのですから。
 
 
私たちが
自分の人生を自分の手に取り戻すのに、
代わりに差し出さなければならないモノなど
何もありません。
 
『その考え方はもういらないんだよ』
と自分に言ってあげましょう。
 
『でも、そういうものだと思っていたんだもの』
という、古い思考とこだわりを手放しましょう。
 
今からは、それはもういらないのです。
素直に「もういらないんだな」と受け入れて、
ここからは新しい思考を選択しましょう。
 
 
『ただ自分がやりたいことをやること、
 ただ幸せになることは、
 
 ごく当たり前の
 自分に与えられた権利である』
 
 
その考え方を本当に受け入れることができれば、
あなたの世界はそうなります。
 
その時になってようやく
「事実」と「真実」が一致するのです。
 
事実と真実を一致させましょう。
 
あなたにはもう、それができるはずです。
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【過去記事】

ヘルスケアコラム

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ヒーリングコラム

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(明野ひまわり畑)