ヒーリングルーム Angel touch

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ヒーリングルームAngel touchのブログです。
【より善く生きるためのヒント】
として、
癒しのステップに役立つヒントを綴っていきます。

 

いつも当ブログをお読みくださりありがとうございます。


あなたは、良い睡眠を取れていますか?

 

睡眠についてのお悩みを持つ方は多いです。

人生の三分の一は睡眠に費やされていると言われますから、

私たちにとって重要なものであるのはいうまでもありません。

 

しかし、睡眠に関しては誤解も多いのが事実で、

その誤解が睡眠に関する悩みや不眠症を引き起こしているケースも少なくありません。

 

そこで今回は、睡眠と不眠ついてのお話です。

 

 

(いつでも眠れるニャ)

 

 

 

睡眠は人生の中でとても大事な要素ですよね。

とはいえ、よく眠れているなら睡眠について考えたり気にしたりすることはありません。

 

でも、

よく眠れなかったと感じたり、

夜中に何度も目が覚めたり、

悪夢を見ることが多かったり、

朝起きても疲れが取れていない、

朝起きるのも辛い、

 

というような症状があれば、

 

自分の睡眠には問題があるのではないか

 

と考えてもおかしくはありません。

 

しかし、

そもそもなぜそのようなことになっていると思いますか?

 

もしあなたに何のストレスも悩みもなかったら、

そのような症状は出ずに良い睡眠が取れているはずです。

 

何か要因があるはずなのです。

 

睡眠についての悩みが出てきた場合には、

睡眠を妨げるほど神経が休まらない要因は何なのか

と考える必要があります。

 

あるいは、

あなたの睡眠に関する考え方が間違っているために

「私の睡眠には問題がある」と思っているのかもしれません。

 

 

 

(睡眠てナニ?

 知らない食べたことナイ。。。)

 

 

 

 

 

まず、睡眠のパターンは人それぞれ。

早寝の人もいれば夜更かしタイプの人もいます。

朝早く目が覚めるて活動できる人もいれば、

朝は苦手で遅く起きる方が調子が良い人もいます。

 

一定時間以上まとまって寝るのが普通だ、

と思っているかもしれませんが、

そうとは限りません。

 

2~3時間でスッキリ目が覚める人もいます。

平均の睡眠時間が3~4時間でも十分な人もいます。

一方で8時間9時間寝る必要がある人もいます。

 

大事なのはよく眠った感覚があるかどうか、

疲れが取れている感じがするかどうか。

 

たとえ短い睡眠時間でも、

スッキリ目が覚めるなら問題ありません。

夜中に目が覚めたとしても、

割とすぐにまた眠れるならば、それも問題ありません。

 

なかなか眠れない人はどうしても

「早く眠らなければ」と思ってしまいますが、

その想いがなおさら交感神経を刺激し、

リラックスできないのでさらに眠れなくなります。

 

眠れないことに意識を向けすぎるので

余計に眠れなくなるのです。

 

不眠症のほとんどは「眠れない」ことを意識しすぎる状態から始まります。

しかし、人間は本当に疲れたらいつかは寝ます。

眠らずに生きることはできないので脳がシャットダウンするからです。

眠れていないと思っていたとしても

実際にはある程度は眠っているはずで、

どこかで脳はシャットダウンしているはずなのですが、

本人が「眠れていない」と感じているために問題が生じるのです。

 

悩み事をずっと考えていたり緊張し続けていたら、

神経はなかなか休まらないので、

もちろんあなたは安眠できないし、寝た気分にもなりません。

 

眠れないのが問題なのではなく、

神経がリラックスできないのが問題なのです。

 

神経がリラックスできない要因が別にあるのだとしたら、

睡眠だけをどうにかしても問題は解決しません。

 

ところが最近は

眠れないなら入眠剤を、というように

その場しのぎで問題をなくそうとするやり方が増えています。

 

睡眠に限らず、

「小さな問題を摘み取りすぎると、問題が大きくなる」

という本質的な問題を、私たちは認識する必要があります。

 

例えば、

ちょっとした風邪症状をなくそうなくそうと躍起になっていると、抑圧されてかえってひどい症状になったり、

もっと深刻な病気になることがあります。

 

咳が出るから咳止め、

頭痛がするから頭痛薬など、

そうやって「とりあえず消す」という行動を取り続けると、

その奥にある問題は大きくなるばかりです。

 

睡眠の問題も同じです。

もしかしたら大きな問題になるほど眠れていないわけではなくても、

「まとめた時間寝なければ」という意識が強すぎると、

それだけで「私は眠れていない」と考えてしまいがちです。

 

その想いがより睡眠状態を悪化させる可能性があります。

 

そうではなく、

もし本当に睡眠が大きな問題となっているのであれば、

眠りが浅い本当の原因を見ずに

問題を「睡眠そのもの」に押し付けていたら、

睡眠状態はさらに悪化するでしょうし、

あなたの全体的な状態も悪くなっていく可能性が高いのです。

 

 

 

 

 

 

 

まず大事なのは、

小さな問題を大きな問題にしない、

ということ。

 

そんなに心配しないといけない状況なのかどうか、

という視点を持ちましょう。

 

もしかしたら問題はそこではないかもしれないし、

そこまで心配しないといけない状態ではないかもしれないのです。

 

心配が心配を呼び、不安が不安を呼んで、

かえって状況を悪化させているかもしれないという点に気づくようにしましょう。

 

小さな問題を無理になくそうとしないでそのまま様子を見られる強さを身につけましょう。

 

問題が何もない人はどこにもいません。

 

そして

「睡眠とはこういうものだ」

という思い込みに囚われていないか、

自分の意識、常識(だと思っていること)を見直してみましょう。

 

夜になったら寝なければならない、とか

〇時間以上続けて眠らないと眠ったことにならない、

などの思い込みを捨ててください。

 

睡眠は、自分の身体がうまくいくスタイルで取れば良いのです。

 

そして、スッキリ眠れないのであれば、

「神経が休まらない要因」に目を向けましょう。

 

このブログを読んでくださっている方は既にご存じですが、

多くの場合、

「問題だと思っていることは本当の問題ではない」のです。

 

あなたがもし

「睡眠に問題がある」と思っているとしたら、

それは睡眠が問題なのではなく、

そのような睡眠状態になってしまう別の問題があるのかもしれません。

 

睡眠状態にこだわるよりも、

まず自分が抱えている本当の問題に意識を向けてみましょう。

 

その上で、

寝る前にはできるだけリラックスすることを心がけ、

 

ストレッチや瞑想、

リラックスできる音楽を聴くなど、

 

自分なりの心地よい入眠方法を模索してください。

 

「眠れない、眠れない」と考え続けるよりも

「リラックスする」

「心地よく眠る」という意識を持つようにしましょう。

 

 

 

(心地いいニャ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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いつも当ブログをお読みくださりありがとうございます。

 

 

今回は、

「受け入れ難い現実」を抱えている人に参考にしていただきたいお話です。

 

誰でも、受け入れがたい現実を抱えることがあります。

誰でも、何らかの「思い通りに行かないこと」を抱えています。

 

身長、体重、容姿、家族環境、

お金、仕事、勉強、人間関係、

そして健康。

 

全て自分の理想通りに生きている人など、

ほとんどいないと言ってもよいでしょう。

 

「こうだったらよかったのに」といくら思っても、

そうはなっていない、ならないことは

誰にでもあります。

 

そして時に人はそれを

「深刻な悩み」として抱えます。

 

どうして私はこうなの?

どうしてあの人はこうで、私はこうじゃないの?

 

と。

 

私はこんな状況、望んでいなかったのに。

本当は、こうがよかった、ああが良かったのに。

 

どうしても受け入れられず、

そんな風に思った経験は誰にでもあるでしょう。

もちろん私にもあります。

 

でも、どんなに望んでも、現実はそうにはなりません。

事実を変えられないことも、この世界にはたくさんあるのです。

 

 

例えば私はとても背が小さいのですが、

いくら「もっと身長がほしい」「こんなに小さいのは嫌だ」

と思ったところで、現実はどうにもなりません。

 

「私は背が小さい」

それが事実。

 

その事実をどう捉え、どのように握って生きていくか。

それは私次第です。

 

深刻な悩みとして常に鬱々と「背が小さい」ことを悩み続けることもできます。

一方で「それはそれ」として受け入れ、

深刻な悩みとしては捉えずに生きていくこともできます。

 

どの問題も、それと似たようなものです。

 

そんな風に言うと

「背が小さいなんて大した問題じゃないじゃない、

私の問題はもっと深刻なんだから」

と思う人もいるかもしれません。

でも、実際にはあなたの悩みも他の人から見たら同じことが言えるのです。

 

誰かがあなたと同じ現実を抱えていても、

あなたのようには悩んでいない可能性があります。

「あなたの問題よりも私の問題の方が深刻だ」と思う人もいるかもしれません。

 

でもあなたにとってはとても深刻な問題。

背が小さいことも、人によっては人生を揺るがす大きな悩みになります。

(幸い私はそのようには思っていませんが。。。)

 

さて、あなたはどうでしょうか?

 

 

(この箱の中身は悩み?それとも…?)

 

 

 

 

「オランダへようこそ」というエッセイをご存知でしょうか。

「コウノドリ」というドラマでも紹介され一時期話題になりました。

 

これは1987年にアメリカの作家・社会活動家のエミリー・パール・キングスレイによって書かれた、「障がいのある子を育てる」ということについてのエッセイです。

 

「イタリアに旅行に行くつもりだったのに到着したのはオランダだった」

というメタファー(隠喩)を使ったメッセージになっています。

 

ダウン症をはじめとする障害を抱える子の母親や家族に向けたものですが、私はそれだけでなく、

「変えられない現実」を抱えて悩んでいる人全てに向けられたメッセージであると感じています。

 

 

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「オランダへようこそ」

エミリー・パール・キングスレイ

 

 私はよく「障がいのある子を育てるのってどんな感じ?」と、聞かれることがあります。 そんな時私は、障がい児を育てるというユニークな経験をしたことがない人でも、それがどんな感じかわかるようにこんな話をします。

 

 赤ちゃんの誕生を待つまでの間は、まるで、素敵な旅行の計画を立てるみたい。

 例えば、旅先はイタリア。

 山ほどガイドブックを買いこみ、楽しい計画を立てる。コロシアム、ミケランジェロのダビデ像、ベニスのゴンドラ。

 簡単なイタリア語も覚えるかもしれない。

 とてもワクワクします。

 

 そして、何カ月も待ち望んだその日がついにやってきます。

 荷物を詰め込んで、いよいよ出発。数時間後、あなたを乗せた飛行機が着陸。

 そして、客室乗務員がやってきて、こう言うのです。

 

 「オランダへようこそ!」

 

 「オランダ!?」

 「オランダってどういうこと?? 私は、イタリア行の手続きをし、イタリアにいるはずなのに。ずっと、イタリアに行くことが夢だったのに」

 

 でも、飛行計画は変更になり、飛行機はオランダに着陸したのです。あなたは、ここにいなくてはなりません。

 

 ここで大切なことは、飢えや病気だらけの、こわくてよごれた嫌な場所に連れてこられたわけではないということ。

 ただ、ちょっと「違う場所」だっただけ。

 

 だから、あなたは新しいガイドブックを買いに行かなくちゃ。

 それから、今まで知らなかった新しいことばを覚えないとね。

 そうすればきっと、これまで会ったことのない人たちとの新しい出会いがあるはず。

 

 ただ、ちょっと「違う場所」だっただけ。

 

 イタリアよりもゆったりとした時間が流れ、イタリアのような華やかさはないかもしれない。

 でも、しばらくそこにいて、呼吸をととのえて、まわりを見渡してみると、オランダには風車があり、チューリップが咲き、レンブラントの絵画だってあることに気付くはず。

 

 でも、まわりの人たちは、イタリアに行ったり来たりしています。そして、そこで過ごす時間がどれだけ素晴らしいかを自慢するかもしれないのです。

 

 きっと、あなたはこの先ずっと「私も、イタリアへ行くはずだった。そのつもりだったのに。」と、いうのでしょう。

 心の痛みは決して、決して、消えることはありません。
 だって、失った夢はあまりに大きすぎるから。

 

 でも、イタリアに行けなかったことをいつまでも嘆いていたら、オランダならではの素晴らしさ、オランダにこそある愛しいものを、心から楽しむことはないでしょう。

 

 

引用:公益財団法人日本ダウン症協会HPより

 

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ネコ(桜になりたかったニャ。。。)

桜 (ネコになりたかったな…)

 

 

 

 

私たちが「変えられない現実」について悩む時、

このエッセイにあるような、

 

「イタリアに行くはずだったのに気づいたらオランダだった」

「いくらイタリアに行きたいと願っても、オランダにいなければならない」

 

という状況に似ています。

 

私たちは、それを嘆き悲しみ続けることもできる。

不満を持ち続けることもできる。

イタリアに行った人を妬み、羨み続けることもできる。

 

でも、一方で

その現実から見える景色を楽しむこともできる。

 

もちろん、エッセイにもあるように、

オランダで過ごすことを受け入れられたとしても、

イタリアに行きたかった気持ちがなくなるわけではありません。

 

それはそうなのです。

 

だからといって、イタリアに行けなかったことを嘆き続けていたら、ずっとあなたの気持ちはふさぎ込んだまま、

オランダにいるからこそ味わえる良いことや楽しいことを受け取れずに、どんどん時間が過ぎていってしまうでしょう。

 

いずれにしても、

どんな風に過ごすか、どんな風にそれを受け取るか、

それはあなたの好きなように選択することができます。

 

それが私たちの人生です。

 

「そんなに簡単に切り替えられない」と思う方もいるでしょう。

もちろんそうかもしれません。

あなたの気持ち(辛さ)は、あなたにしかわからないのですから。

 

だから私は

「どうにかしてポジティブに見方を変えましょう」

と言っているのではありません。

自分の気持ちに蓋をしろと言っているわけでもないのです。

 

しばらくは泣いていても嘆いていても良いと思います。

前向きになれなくても良いと思います。

でもどこかの地点で

「どうにか前に進もう」と思った時に、

このエッセイを思い出して欲しいのです。

 

あなたが前を向いて進んでいこうとしたとき、

そこにはいくらでも助けになるものがある、

ということを覚えていていただけたら嬉しいです。

 

このブログも、

いつか、そんなときの助けになるものでありますように。

 

 

 

(前に進もう。)

 

 

 

 

 

 

 

 

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(ネコの世界へようこそ。)

 

 

 

 

 

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あなたは、自分の境界線を保てていますか?

 

今回は自分の境界線を保ち、

周りを巻き込んだり巻き込まれたりしないための大事なお話です。

 

 

(境界線を、突破出来ニャイ)

 

 

 

ここのところ、

自分と他者の境界線の課題が出ている方が多いと感じています。

 

世界全体が不安定だからでしょうか。

確かにそういう部分もあるかもしれません。

世界が揺れていると自分の内側も揺れやすくなるので

境界線はグラグラになりがちです。

 

では、境界線とは何でしょう?

 

別の言い方では「バウンダリー」と言ったりします。

「パーソナルスペース」と言ったらイメージしやすい方も多いかもしれません。

 

「境界線を保つ」

つまりそれは「あなたと私の境目」を明確にすること。

パーソナルスペースを保つという意味でもあります。

 

私は私。

あなたはあなた。

 

私はあなたではないし、

あなたは私ではない。

 

その境界を適切に保つこと。

 

これはパートナーであれ子どもであれ必要なことです。

 

そんなの当たり前じゃん、と思うでしょうか?

でもこの当たり前ができない方はたくさんいて、

それが問題の要因になっている場合も多いのです。

 

特に身近な人に対しては自分と他者を混同しやすく、

境界線は崩れがちです。

 

 

(境界線て知ってる?)

(知らニャイ、食べたことニャイ。。。)

 

 

 

境界線が保てなくなるとどのようなことが起こるでしょうか。

 

例えば、

 

◆相手の問題に入り込み、

相手を自分の考えでコントロールしたくなり余計な発言や行動をする

 

◆相手に自分の問題を投影し

自分の問題を棚上げして相手の問題に取り組んでしまう

 

◆自分の問題と相手(外側)の問題の区別がつけられない

 

◆誰かからの過剰な要求を断れず

相手の問題を自分の問題であるかのように引き受ける

 

このような状態が起こりやすくなります。

 

結果として人間関係のトラブルになったり、

自分が病んでしまいます。

鬱や不安症に陥る人は多いですし、

HSP(Highly Sensitive Person)のような状態になる人もいます。


 (※HSPさんの問題の多くは、境界線の問題が絡んでいます)

 

 

外側からの不要な影響を避け、自分を保つには、

まず

「境界線を保とう」

「自分の領域を守ろう」

という意志をしっかり持つこと。

 

意識をしなければできるようにはなりません。

そして私たちは誰でも、

気づかぬうちにその意識が甘くなります。

その結果として外側の状況や相手のエネルギーに飲み込まれてしまうのです。

すると抱えていた問題が浮上しやすくなり、

それによって不安や感情の揺れが大きくなったり、

自分のパターンが出てきやすくなります。

 

気づいたらしっかり意識しなおすこと。

靴ひもやウエストのベルトは誰でも緩みます。

緩んだら締め直す。ただそれだけ。

 

どんなに強い人でも、

それができなければ境界線は崩れて行ってしまうのですから、

いかに意識できるかというのが重要です。

 

自分のパターンが出やすくなると、

「またこれを繰り返している」

「私は何も変われていない」

などと感じて落ち込んだり、

外側や他者を変えることばかり考えるようになってしまいますが、外側は変えられません。

 

 

世界の不穏なニュース

イライラしている上司や同僚

要求が多いクライアント

あなたを大切にしない友達や知人

あなたを攻撃する人や出来事

 

それは全て、外側の出来事です。

 

自分のエネルギーや機嫌、価値の基準を外側に置くのではなく、

しっかりと自分の中心に置きましょう。

 

自分の身は自分自身にしか守れません。

自分の機嫌も価値も、体調も、

自分自身でしか守れません。

 

「あなたと私の境界線」を守るのは、

あなたと私、両方を尊重することであると理解しましょう。

 

 

 

ちなみに、HSPさんはどうしても「敏感である」ことを前面に押し出してしまいますが、

敏感であることと境界線を保てないことはイコールではありません。

 

ここには注意が必要です。

 

実際、HSPの方は境界線が甘く、自分を保てていません。

彼らの特性ではありますが、

それを「HSPだから仕方ない」とするのは間違いです。

 

HSPであることを免罪符のように使うケースを時々見かけますが、非常に良くない傾向だと感じています。

それは自分を変えずにいるための逃避であり、

かえって自分自身を追い詰める行動であると気づく必要があるでしょう。

 

HSPであっても境界線を保つことは可能です。

自分の特性を知り、必要なトレーニングや内側の問題解決に取り組んでいけば、HSPであっても他者から不要な影響を受けすぎずに生きていけるようになります。

 

HSPを理由に逃げてしまうのは、

自分で自分を弱めてしまっているだけであると認識する必要があります。

そんな形で「特別な人」になる必要はないのですから。

 

HSPであるならば、

ネガティブな影響からは自分を護れるように自己鍛錬していき、

その良さを延ばして自分の世界をより良くしていきましょう。

 

「あなたと私の境界線」

問題や心の不安で揺れた時、一度考えてみてくださいね。

 

 

(境界線ナシ。)

 

 

 

 

 

 

 

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いつもブログをお読みくださりありがとうございます。

 

すごく嫌なことがあった時、

怒りを抱えた時、

堪忍袋の緒が切れた時、

 

みなさんはそれをどう処理していますか?

 

誰でも時にはそういう出来事が起こりますよね。

 

そんな時、感情の処理の仕方を間違えてしまうと

自分をさらに追い詰める展開となり、

結果として重い病気を抱えてしまう場合もあります。

 

今回はそうならないようにするためのお話です。

 

 

(要注意だニャ)

 

 

 

 

 

「良い人」であるほど、心の奥で我慢を重ねていたり、

そもそも自分が我慢していたという事実に気づいていなかったりします。

まるで少しずつ「怒りのダム」に水を溜め込続けているようなものです。

 

溜め続けてしまえば、どこかの地点でダムは決壊します。

 

それは、

「自分は怒ってもいいのだ」と気づいた時です。

 

一度決壊したダムはもう止まりません。

抑圧されていた感情は溢れてものすごい勢いで出てきます。

当然ですが溜め込んでいた分だけ、

我慢していた分だけ、大きく、激しい流れになります。

 

その結果、身体にも不調が現れます。

(多くの場合、ここでようやくご相談に来られます)

 

 

溜め込んでいたものの激しさとその人の持つエネルギーの強さは、不調の激しさと比例します。

今までの記事でも何度も話題にしているように、

「激しい症状は、激しい感情の現れ」

だからです。

 

しかし、ほとんどの人が痛みの場所にばかり気を取られ、

その痛みが表現している秘めた感情を見つめる作業ができません。

 

頭痛でも歯痛でも腹痛でも、

本当の問題はその場所ではなく、

そこにその痛みを表現しなければならなくなった「感情」です。

 

もし、なかなか良くならない、

なかなかその症状を手放せないなら、

それだけ我慢に我慢を重ねていたのであり、

そう簡単には原因となった感情を片付けられないし、

片付けたくないのです。

 

それが今、あなたの目の前にある事実です。

 

それはつまり、

その感情の原因となった人や出来事に執着し続けている

という状況なのです。

 

 

 

(絶対に、離れニャイ!)

 

 

 

 

すごく傷ついた出来事や腹の立つ出来事があった時、

そのことが頭から離れなかったり、

その人のことが気になり続けてしまう、

という経験は誰にでも起こり得ます。

 

これが恋なら良いのですが(笑)、

ネガティブな状況となると、

気分も体調も悪くなるばかりで良いことはなにもありません。

 

そんなものはさっさと手放せばいいのに、

そうできないのはなぜなのでしょう?

 

もしかしたらあなたは、仕返しをしたいのかもしれない。

謝らせたいのかもしれない。

私は悪くない、相手が悪いのだと、

相手に認めさせたいのかもしれない。

 

でも、残念ながらそれは起こりません。

そういう意味での「あなたの欲しいもの」は、

手に入らないのです。

 

 

もちろん、そこを求めて裁判をしたり、

相手をずっと責め続けたりする人もいます。

しかしそれでその人が求めている結果が本当の意味で得られるかといえば、たとえ裁判に勝ったとしてもそれ以上に抱え込んだ感情の影響は大きいものとなります。

 

あなた自身が疲弊し、

エネルギーが削がれに削がれてしまいます。

その影響で大きな病気になってしまうこともあるのです。

 

憎しみや怒りは、ぶつけた相手よりも自分の心とエネルギーがより大きく、激しく損傷します。

その怒りやネガティブな感情で、

実際にはあなた自身が焼かれて、追い詰められてしまいます。

 

そこに気づけないと、

自分で自分の身を滅ぼしにいく結果となってしまうのです。

 

 

(あかんもうダメ)

 

 

 

 

抑圧されていた感情は、心だけでなく身体に影響を及ぼします。

 

体調が悪くなる、

どこかに原因不明の激しい痛みが生じる、

食欲がなくなる、

どんどん痩せていく、

 

もしそういった状況があるならば、考えてみてください。

 

私はこんなに大変なのだ、

辛いのだ、

こんなにひどい目に遭っているのだ、

 

そうやって「アピール」をして、

自分は何を得ようとしているのか。

 

一体、何が欲しくてそれをやり続けているのか?

 

そう、あなたはそれによって「欲しいもの」があるのです。

 

そしてそれは、

あなたが「被害者」の立場を手放したくない

という事実なのです。

 

そこに気づかないと、被害者の立場を手放せません。

そうやっている限り、あなたは幸せにはなれません。

そしてあなたの人生を、あなた自身の手に取り戻すことはできないのです。

 

 

 

(人間は、大きいダメなネコだニャ)

 

 

 

 

あなたが本当に良くなりたいなら、

そして苦しみや痛みから解放されたいなら、

被害者の立場にいるのをやめなければなりません。

 

心の奥で被害者でいたい間は、

治る方向、良くなる方向には向かいません。

良くなってしまったら被害者ではいられなくなるから。

 

それが現実です。

 

痛い、辛い、苦しいのは嫌だ、困る、と言いながらも、

そこに留まり続けてしまうのは、

「それによって得られるものがあるから」です。

 

こんなにひどい目に遭っている

あの人はあんなに酷い

そして私はその被害者だ。(私は悪くない)

 

そこに留まるためには、

あなたは苦しんでいなければなりません。

 

つまり「治りたい、良くなりたい」という意識とは裏腹の思いが、そこにはあるのです。

 

その視点を持てるかどうかが重要なポイントです。

あなた自身の心の平穏や、心身の健康、

そしてあなた自身の人生をより良い形へと進めるためには、

そこに対する執着を手放し、

被害者とは違う視点を身につける必要があります。

 

怒りは相手よりも自分の身を追い詰めるのですから

これ以上その「被害」を被らないためにも、

あなた自身がこれ以上自分を追い詰めるのをやめて、

痛みや苦しみを手放す方向へ舵を切りましょう。
 

あなたが悔しい、辛い思いをたくさんして、

腹を立て、誰かを見返したいのなら、

そことは全く関係のない場所で、

あなたが幸せに花開くことが一番の「仕返し」です。

 

ぜひ、自分に優しい世界へ進む選択をし、

それを自分に許してあげてください。

 

 

(自分に優しい世界を作ろう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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いつも当ブログをお読みくださりありがとうございます。

 

皆さま、お正月はいかがお過ごしでしたか?

あっという間に1月も後半になろうとしていますね。

 

昨年から家族の介護などもあり、

なかなかブログをゆっくり書く時間が取れず、

時々の更新になってしまっておりますが、

今年もできるだけ皆さんのお役に立つ記事をアップしていきたいと思います。

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

さて。

今回は

「スピリチュアルに間違った形でハマらない」ための視点、

第三弾です。

 

私が今の仕事を始めたのは20年近く前のことですが、

その頃はまだまだスピリチュアルな話題や言葉は抵抗を感じる方も多い世の中でした。

 

昨今はスピリチュアルな知識や考え方を普通に話せる世の中になり、それはとても良いことだと感じています。

「エネルギー」とか「魂」という話題だけで「アヤシイ」と言われるような風潮だったことを考えると、驚くべき変化だなという印象です。

 

スピリチュアル関連の言葉が当たり前に使われるようになり、

クライアントさんがご相談に来られた際にも、

色々なことがだいぶ説明しやすくなりました。

 

一方で、

スピリチュアルな言葉だけが独り歩きし、

意味を勘違いされている方も多い、という面もあります。

その勘違いを修正して再認識していただくのに苦労するシチュエーションは増えました(苦笑)

 

 

その中の一つは

「スピリチュアルな知識を自分を卑下したり否定するために使ってしまう」

という状況です。

 

例えば「世界は自分が作っている」という話。

 

これはこのブログでも何度も書いています。

確かにこの世界は映し鏡です。

自分の心の中が映し出された世界であり、

自分で創っている世界です。

 

しかしこの考え方は、

苦しい出来事や辛い出来事があった時に

「私が創っているんだから仕方がない、

私が望んでいるんだ、私が悪いんだ」

と考えるためのものではありません。

 

そんな考え方は一番してはいけない思考なのですが、

なぜかそういう風にこの知識を使っては、

自分を責め続けている方が多いのです。

 

あるいは引き寄せの法則。

嫌なことや辛いことが起きた時に

「これは私が引き寄せたのだから仕方がない」と考える。

 

誰かに意地悪をされたりひどいことを言われた時に

「過去世で私がそうやったからやり返されたのだ」とか

「私がそういう意地悪な人間だということなのかも」

と考える。

 

残念ながら、そういうことではありません(苦笑)

 

 

(使い方間違えとるで)

 

 

 

スピリチュアルな知識は、

自分がより良くなるため、

より幸せに生きられるようになるために活かすものです。

 

目の前にある現実は変えていくことができるし、

自分自身も変えていくことができる、

ということを顕現するために使うものです。

 

決して自分を追い詰めたり卑下したりするために使うものではありません。

 

しかし、いつのまにか勘違いして、

自分を責め続けてる材料にしている人が多いのは、

まだまだ私たちの本質的な理解が足りず、

精神的な成長度が足らないということなのかもしれません。

 

特にヒーリングなどを学んでいるヒーラーさん、

セラピストさんにその傾向が多いと感じます。

ヒーリングに興味があるということは、

「修行中」ということですから、

勘違いも起こりやすいのかもしれませんが…。

(これもなぜかそういうものを学んでいる人の方が「上」みたいに勘違いしている方、多いですが、大きな間違いです)

 

 

そもそも、

自分と仲良くできない人が、

現実をうまく創造できるでしょうか?

そんなはずはないですよね。

 

それを伝えているはずのヒーラーやセラピストが、

うまくいかないことがあると自分の知識をフル活用して自分を責め、さらに自分がうまくいかない方向へと自分を押しやってしまうなんて、おかしな話だと思いませんか?

 

今、もし何かうまくいかないことがあるのであれば、

それは自分を大事にできるようになるために起きている出来事であって、

「こんなことが起こるのは自分がそれを望んでいるからだ」と、

薄い笑顔でがんじがらめになるために起きているのではないのです。

 

それは完全に「使い方」を間違えています。

 

嫌なことは嫌だと言い、

自分を尊重してくれない人からは離れて、

怒るべき時には怒って自分を護らなければ、

健康な心の持ち主とは言えません。

 

 

現実は修正ポイントに「気づくため」にあるもの。

気づいたら変えればいいだけ。

ただそれだけなのです。

そこに甘んじろと言われているのではないのです。

スピリチュアルな知識は、その変え方を知るために使うものなのです。

 

もちろん、無意識の抵抗や葛藤があり、

変えるのは難しい面もあります。

でも、そこにも気づいていき、

変えていければ良いのであり、

「自分で引き寄せているんだから仕方がない」と

あきらめるのは、大きな間違いです。

 

しかし、私たちは、

一度「これはこういうことだ」と思い込んでしまうと

どうしてもそこに戻ってしまいがちです。

 

わかったつもりでもつい、

自分を責める思考へと戻ってしまいます。

 

だからこそ、その癖に気づけるようにしておかなければなりません。

 

 

 

(ナニカが違うんだニャ)

 

 

 

 

もう一つ、

ちょっと複雑ですが、

自分を護るために皆さんに知っておいていただきたい状況があります。

 

自分の方があなたよりもレベルが「上」だと思っているような人が、

自分の問題をあなたの問題にすり替えて、

あなたに罪悪感や自信のなさを植え付けようとしていることに気づいたら、

その人からはできるだけ早く離れてください。

 

 

スピリチュアルな学びを進めていき、

「自分はわかっている」という意識が芽生えてしまうと、

自分の問題を受け止めるのを避けるようになる傾向があります。

 

特にそれを自分より「格下」だと思っている人

(本当は上も下もないのですが)に指摘された時、

 

それを受け入れたくないが故に

今まで培ってきた知識やスキルを巧みに使って

「それはあなたの問題を私にぶつけているのだ」と、

問題を相手の問題にすり替えることがあるのです。

 

そこにあるのは恐怖と不安、自信のなさです。

それを認めるのが怖いので、

「私の問題ではない」ことにしたい、という現象が起こります。

 

もちろん、本人はそんな状況だとは考えていません。

本当に相手の問題だと思い込んでいるのです。

 

だからこそ、

もしもその現象を見たら、

その人からは離れなければなりません。できるだけ早く。

 

このような段階に来ている人は非常に巧みであり、

その人の問題をあなたが代わりに背負わされることになってしまうからです。

 

忘れてはいけないのは

誰でもそれを「やる側」「やられる側」、

どちらの立場にも立つ可能性があり、

だからこそ、誰もが注意しなければならないという点です。

 

特にヒーラーやセラピストの方々はこういうことがないように、

クライアントに対して自分の問題を投影しないよう気をつけていなければなりません。

 

なぜならこれは

「ヒーラーとして絶対にやってはいけないこと」だからです。

 

そしてこういった状況は、

前半に書いた

「スピリチュアルな知識を自分を卑下したり否定するために使ってしまう」

という現象を引き寄せることにもなりかねません。

 

だからこそ、

どんなにすごい人(すごそうな人)から言われたことであっても、

自分を卑下したり否定したりする思考に関しては

 

「本当にそうだろうか?」

 

と、冷静に見つめ直して欲しいのです。

 

 

繰り返しますが

スピリチュアルな知識は、

自分に優しくなるため、

自分自身や自分の人生をより良くするために活用するものです。

 

スピリチュアルな知識によって自分を責めたり、

追い詰められていると感じた時には、

「その使い方は間違いである」と気づいてください。

 

そんな風になってしまうくらいなら、

スピリチュアルな知識にこだわらない方が良いのです。

 

私たちは幸せに、自分らしく生きていけるようになるために、

様々な経験をして学んでいるのですから。

 

あなたが学んだスピリチュアルな知識が、

あなたの人生を豊かにするために活用されるものでありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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~いつもお読みくださる皆さま、

 シェアしてくださる皆さま、本当にありがとうございます~

 

 

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2026年がより良い一年でありますように☆