ヒーリングルーム Angel touch

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ヒーリングルームAngel touchのブログです。
【より善く生きるためのヒント】
として、
癒しのステップに役立つヒントを綴っていきます。

 

いつも当ブログをお読みくださりありがとうございます。

 

 

 

今回は、私たちを日々悩ませている思考についてのお話です。

 

私たちの中から湧いて出てやまない「思考」。

意識しているしていないに関わらず、

私たちは常に何かしら考えており、

その思考が、目の前の現実を判断し続けています。

 

それがまるで真実であるかのように。

 

もし、あなたの脳内を支配する思考が幸せなものならば、

問題は何もありません。

 

でも、それがストレスになる思考であれば、

あなたはそれによって自分の世界を幸せではないもの、

不幸なものだと認定するようになる。

 

 

あの人はこうだ、私はこうだ

これがあるから私は幸せではない

あれがあるから心配だ

私は(あの人は)こうあるべきだ

こうするべきだ

などなど。

 

それが真実であるかどうかにかかわらず、

私たちの脳内を支配している「その思考」が、

私たちを苦しめていきます。

 

ではもし、

その思考が全くなかったら?

 

そんな考えは、あなたの中に1ミリも存在しなかったとしたら?

 

あなたはどうなれるのでしょうか。

 

 

 

(アタシはネコだという思考がなかったら…)

 

 

 

バイロン・ケイティのザ・ワークは、

シンプルな問いかけにより 

私たちが「本当だと思い込んでいる思考」について探求するワークです。

 

あなたがもし、苦しんでいて、

その苦しみから解放されたいなら、

それについて探求することができます。

 

状況や相手を変えるのではなく、

自分の思考の探求によって、視点を変え、

内側に起こる気づきが自分自身を穏やかにしてくれるワークです。

 

 

 

それは本当でしょうか?

 

それが本当だと信じている時、

あなたは自分をどのように扱うのでしょうか?

 

その思考がなかったら、あなたはどうなりますか?

 

 

 

内側にあるその思考を探求すると、

想いも書けない気づきを得られます。

 

本当の問題はそれではない、

と気づけるのです。

 

 

ケイティは、

目の前に拳銃を突きつけられた時でさえ、

その問いかけができると言います。

 

「その時、問題はどこにあるのか?」

「ここ(マインド)です」

 

 

 

 

私たちが誰かや何かに対して

「それが問題なのだ」とするのは、

私たちがそのままでは幸せでいられないからであり、

心穏かに自分の人生を生きられないからです。

 

しかし本当は「それ」が問題なのではありません。

現実そのものではなく、

それに伴う「心の状態」が問題なのです。

 

 

私たちは自分が持っている恐怖や不安を基にして、

未来にその恐怖を投影します。

 

「こうなるに違いない」

「こうなったらどうしよう」

 

それが「起こる」と決まっていないのに、

そうであるかのようにあなたは頭の中で「計画」を立てて、

まだ起きていないことに対して「どうしよう」と、盛り上がります。

 

こういう書き方をするとなんだか滑稽に感じますが、

私たちは誰もがそれをやっているのです。

 

 

既に起きてしまった現実でさえ、ケイティは問い直します。

 

「それは本当ですか?」と。

 

大切な人が亡くなった

ガンになった

パートナーが去ってしまった

両親は私を虐待した

あの人は私を傷つけた

 

 

それが真実だと信じている時、

私たちの内側はどうなっていて、

自分をどのように扱うのでしょうか。

 

少なくとも、私たちはそれによって苦しみます。

自分を「苦しんでいる人」として扱います。

 

ワークをしていくと、

自分がなぜそれを握りしめてストレスでいっぱいになっていたかに気づいていきます。

 

すると苦しみを愛に置き換えることが可能になるのです。

 

 

 

 

ザ・ワークは、真実だと思い込んでいた思考を反転させて

自分のことや反対の内容に置き換えてみることで、

新たな視点に気づくことのできるワークです。

 

ただし、そのプロセスには、

苦しみを握りしめていたアイデンティティを手放す

というプロセスが含まれます。

 

私たちは苦しみながらも、

「その苦しみを抱えている自分」を大切に生きていたのです。

 

「私は辛い」という自分、

「私は〇〇を憎んでいる」という自分、

「私は自分が嫌い」という自分。

 

それは辛いことではあるけれど、

一方で自分自身を形成してきたアイデンティティです。

 

それと共にいることで、私たちは必ず何かを得ていたのです。

 

それがあるから私は辛い、怒っている、自分が嫌い、

という、

「その感情を持ち続けられる理由」をそこに留めていたのです。

 

思考を切り替えるには、

そのアイデンティティを手放す勇気が必要です。

 

だからこそ、ケイティはその人に寄り添い、

無理やり思考を変えようとさせたりはしません。

 

とても優しくそのプロセスに寄り添い、

ただ置き換えをすることで

自らが自分を苦しめていた思考を手放せるきっかけを得ていくのです。

 

 

(苦しみは悪者ではなくて

 真実を知るためのきっかけだニャ)

 

 

 

あなたが「苦しみから解放されたい」と願うなら、

 

何かにストレスを感じていて、

それでも幸せになりたいと願うなら、

 

何かを変えなければなりません。

 

しかしその「何か」は、

外側の誰かや何かではありません。

 

私たち自身の内側なのです。

 

自己否定や自己憐憫ではなく、

ただ、あなたを苦しめているその思考を、

思考だけを手放せたら?

 

今までとは全く違う景色が広がります。

 

恐怖や不安に生きなければ、現実は贈り物だと、

ケイティは言います。

 

「すべての苦しみは過去のもの」

 

それを受け入れられた時、

私たちはありのままの現実を愛せるようになります。

 

「私はすべての自分の苦しみに感謝しています。

なぜならそれらが私をここまで連れてきてくれたから」

 

ケイティのこの言葉は、

苦しみを抱えるすべての人への贈り物です。

 

苦しみを否定するのではなく、

自分を否定するのでもなく、

新しい視点でその景色をみられた時、

私たちの現実は「自分が思っていたよりも優しい」のです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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~いつもお読みくださる皆さま、

 シェアしてくださる皆さま、本当にありがとうございます~

 

 

 

 

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(大室山からの眺め)

 

 

 

 

 

 

 


 

いつも当ブログをお読みくださりありがとうございます。

 

 

 

今回は言葉の持つ力についてのお話です。

 

これまでも何度か記事にしたことがありますが、

これからの時代は特に大事な、皆さんにもっと意識してほしい内容なので、改めてお話したいと思います。

 

 

あなたは今、頭の中で何を考えていましたか?

今日1日、あなたの思考はどんな言葉で作られていたでしょうか。

 

考えているということは、

言葉にしているということ。

その言葉は行動の基盤になります。

 

私たちは普段、何気なく言葉を使っています。

自分がどんなエネルギーの言葉を使っているかに対して、非常に無自覚です。

 

しかし、私たちの現実は、

私たちが日々思考している言葉によって多大な影響を受けています。

 

その事実を、みなさんはどれくらいご存知でしょうか。

 

 

 

こちらはマザーテレサの有名な言葉ですが、

紛れもない重要な真実を語ってくれています。

 

思考は言葉になり、言葉は行動になり、

行動は習慣になり、習慣は性格になり、性格は運命になる。

 

 

つまりまずは思考に気をつけなければならないのです。

 

思考は言葉によって形成されます。

私たちは自分の思考=言葉を24時間聞いて生きています。

 

つまり自分の言葉に一番影響を受けるのは自分自身なのです。

 

だからこそ言葉には気をつけなければなりません。

 

以前ご相談に来られた方で、

非常に重い病気にかかっていた方がいました。

 

その方は安眠できないと訴えていたのですが

「寝る前にその日一日の出来事を思い出し、

自分の行動を「反省」しながら眠りにつく」

と言ったのです。

 

私はその話を聞いて

「今日からそれを辞めて、二度とやらないでください」

とお伝えしました。

 

安眠などできるはずがありません。

眠る時に考えているということは、

寝ながらずっと反省会をしているのと同じだからです。

 

 

さて。ここまで読んでくださったあなたは、

 

「それじゃあ重い病気になるのも当然だよね」

 

と思いましたか?

 

でも、ここまで極端ではなくとも、

あなたも似たようなことをやってはいないでしょうか?

 

寝る時とは限らないのです。

日中、暇さえあれば自分を責めていたり、

自分の嫌なところばかりを考えたりしていないでしょうか。

 

この人のことをあれこれ言えない状況は、

あなたにもある可能性があります。

 

それはあなたがあなた自身を貶め、

自分をそのように仕向けているのと同じであり、

あなたが病気になる原因となっているかもしれないのです。

 

 

 

 

(アタシなんかどうせネコじゃないのよ)

(十分ネコだよ)

 

 

他人に対する悪口や恨み節でさえ、

実際にはまず自分自身が聞いています。

 

つまりそれは自分自身に言っているのと同じになります。

 

「人を呪わば穴二つ」とは、そういうことです。

 

もちろん、表面的なポジティブシンキングは

本来の自分自身との乖離現象を起こしてしまうので、

無理にポジティブになろうとするのはお勧めできません。

 

しかし一方で、

ネガティブな思考や自分や誰かを責める言葉をリフレインするのは、あなた自身への刷り込みとなります。

 

その言葉の力をあなどってはいけません。

そんなつもりはなくても、無意識に刷り込んでいる可能性は十分にあります。

 

そうやって知らず知らずのうちに自分に呪いをかけてしまうことも多々あるという事実を、私たちは認識しなければなりません。

 

 

謙遜についても同様です。

謙遜は美徳と言われますが、

「わたしなんか」と、自分にネガティブな言葉をかけるのは美徳ではありません。

 

本来の謙遜は、自己否定とは異なります。

謙虚に自分を見つめることは大事ですが、

否定や自分を貶める意識とは異なるという理解が大事です。

 

 

 

 

(自分を下げてはいけませぬ)

 


 

言葉の力が影響を与えるのは、

当然ながら自分自身だけではありません。

自分が発した言葉を受けた他者も影響を受けます。

 

特に気をつけなければならないのは子どもに対してです。

 

親でなくとも、祖父母や教師など、

子どもと接する機会の多い人は特に注意が必要です。

 

投げかけたのはたった一度であっても、

強烈にその子の思考の中に刷り込まれる場合もあるからです。

 

かわいくないね

かわいそうだね

どうせ似合わない、どうせできない

あなたにはムリだ

うまくいくわけない

 

などなど、

 

私たちが無意識に発する何気ない言葉で、

子どもは一瞬で傷つき、その言葉のエネルギーに引き込まれます。

そして彼らの潜在意識には「自分はそうなんだ」と刷り込まれてしまいます。

 

冷静な判断力が未熟であるほど、その刷り込みは大きくなります。

 

そしてそれが、その子のセルフイメージに大きな影響を与えてしまいます。

「私はかわいくないんだ」と刷り込まれた場合には、

「かわいくない」とされる現実を引き寄せることになります。

 

「かわいそうに」と何らかの形で言われた子どもは、

「自分はかわいそうなんだ」という認識で世界を見るようになってしまいます。

 

それが真実かどうかは関係なく、

そのように世界を見てしまうのです。

 

大人である私たちは、

子どもたちに対してどれだけ大きな影響力があるかという点を肝に銘じておかなければなりません。

 

 

 

(あなたは犬デス、犬デス…)

(うそやん)

 

 

だからこそ、

子どもに対する言葉がけには気をつけなければなりません。

 

まず大前提として、

否定形を使わず、肯定的な言い方で簡潔に伝えること。

 

そしてできるだけネガティブな刷り込みしない、という意識を持つこと。

主観的でネガティブな言葉がけをしていないかどうか、

常に意識的になってください。

 

言葉と行動の一致も大事です。

「好きにしていい」と言いながら、

実際に子どもが好きなように振る舞うと叱ったり、

不機嫌そうにしたりしていませんか?

 

これは「ダブルバインド」といって、

子どもの精神面の形成に非常に悪影響を及ぼすコミュニケーションです。

 

統合失調症の原因の一つは、

親や身近に接する人からのダブルバインドです。

ダブルバインドを受け続けると、脳が混乱してしまい、

相手の態度の意味の判断ができなくなります。

 

「いいよ」といわれても「良くない」と言われたような態度を取られるため、どういうことなのかわからなくなり、

相手の言葉を信じられなくなり、

自分がどういった態度を取るのが正解なのかわからず、

不安の増大や思考力の低下を招いてしまいます。

 

もし自分が「ダブルバインドをしているかもしれない」と気づいたら、言動に意識的になってください。

 

そして自分の内側に解決できていない心の問題があり、

それを子ども(相手)に投影しているかもしれないという点に気づいてください。

自分の感情的な問題に取り組む方を優先しましょう。

 

自分の言葉がけの影響で子どもを病気にしたりはしたくないはずですものね。

 

 

 

(キミはスーパーマン!

 元気があれば、なんでもデキルゾ!)

 

 

 

このブログを読んでくださっている方にはおなじみのアドバイスですが、


私たちは常に

「どうだったらいいのか」という

「欲しい結果」に意識を向けるように心がけることが大事です。

 

あなたは、

あなた自身や、あなたが接する子どもたちがどうであってほしいでしょうか?

自分自身や大事な子どもたちに何を与えたいですか?

 

より良い未来を引き寄せたいなら、

後悔や自己嫌悪や、ネガティブな思考に浸っている暇はないのです。

 

辛いことや嫌なことを感じてはいけないのではなく、

それはそれとして受け入れた後に、

切り替えて、

 

「では、どうだったらいいのか」

「次はどうすればいいのか」

 

という点を、肯定的な言葉で考える習慣を身につけることが大切です。

 

 

言葉はものすごくエネルギーの強いツールです。

良い魔法にもなれば、呪いにもなります。

ギフトにもなりうる一方で、暴力にも虐待にもなります。

 

言葉の力で自分の世界に呪いをかけてしまわないように、

言葉の使い方に意識的になりましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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~いつもお読みくださる皆さま、

 シェアしてくださる皆さま、本当にありがとうございます~

 

 

 

 

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(秋も深まってまいりました)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも当ブログをお読みくださりありがとうございます。

 

あなたは今、どこかに「痛み」を抱えていますか?

 

普段からどこかに痛みを抱えやすいですか?

 


痛みを抱えている人はたくさんいます。

ケガだけでなく片頭痛、生理痛、腹痛、、、色々ありますよね。

 

痛みをどうケアするか、

どうしたら早くなくすことができるか、というのは

多くの人にとって大きな課題です。

 

 

今回はそんな「痛み」の本質を探るお話です。

 

 

 

(痛いの痛いの飛んでけ~)

 

 

 

痛いのは辛い。嫌だ。

 

当然ですよね。

 

好きで痛みを抱えている人はいないでしょう。

 

だからこそ人は

「痛みをできるだけ早く消し去りたい」と考えます。

 

しかしその想いとは裏腹に

「痛み」はなかなか私たちの目の前から去ってくれません。

薬を飲んでも効かなかったり、

すぐにぶり返したり、

やっと治まったと思ったら今度は別のところが痛くなったり。

 

しかも

病院に行っても原因が分からない、

「明確な理由がない痛み」もたくさんあります。

 

だからとりあえず鎮痛剤を処方される。

(効くかわからないけど)

 

四肢のどこかを切断して、

既に肉体はないのにそこの部分の痛みが続く、

という現象もあります。

 

痛みは明確な場所がなくても生じるものなのです。

 

一方で病気が重くても「痛みはない」という方もいます。

末期がんでも痛みがない人もいます。

 

ケガをしていてもアドレナリンが出ていて、

痛みを感じないでいられる場合もあります。


一体、痛みとは何なのでしょうか?

 

 

(痛いからもう何も出来ないヨ)

 

 

 

 

まず言えるのは、

痛みは体が持つ大事な機能である、

ということ。

 

もし私たちが全く痛みを感じなかったら大変なことになります。

先天性無痛無汗症という病気もあるくらいです。

 痛みがないと「加減」がわかりません。

そのため頻繁にケガをします。

少々のケガなら良いですが、

痛くないので無謀な行動をしてしまい、命の危険に繋がります。

 

痛みは体を守る大事な機能なのです。

 

痛みがあるから、私たちは「何かがおかしい」と気づけます。

痛みによって

「そこに何らかの不具合がある」と、教えてもらえます。

 

痛みがあるからそれ以上やるのをやめたり、

休んだりするしかなくなります。

 

「自分を守るためにこれが一番役立つ」と、

本当の自分がわかっているから、痛みを使うのです。

 

つまり、

私たちにとって、痛みはなくてはならないものなのです。

 

 

  

(これはアタシにとってなくてはならないものデス)

 

 

 

 

痛みがある場合、体の何処かに異常があるのが通常です。

しかし、身体には特に異常がないのにもかかわらず、

酷い痛みや慢性的な痛みに悩まされる場合もあります。

 

胃が痛い、胸が痛い、苦しい、ガンなのではないか、と、

不安にかられて病院に行ったら

「どこも悪くありませんよ」と言われた、という方もいます。

 

このような場合、

その人は安心すると同時にその結果に不満を持ちます。

こんなに痛いのにどこも悪くないはずがない、と思うからです。

 

その結果、「原因」を求めて病院をあちこち回る人もいます。

 

 

確かに「どこも悪くないはずがない」というのはその通りです。

でも、それは肉体ではありません。

肉体を調べてもわからないのは当然です。

 

痛いのは本当は身体ではなく、心です。

心の中にそれくらい痛みがあるのだ、と、

気づかない限り、

その痛みは良くなりません。

 

 

痛みの本質とは、

自分自身との間に起こる「ねじれ」です。

 

内側にいる本来の自分自身と表面にいる自分が真っ直ぐ繋がっておらず、ねじれてしまっているのです。

そのねじれが「痛み」となって現れます。

 

どこが痛いにせよ、それが痛みの本質です。

 

でも私たちはその「ねじれ」を見たくないのです。

だから余計に痛みが増すのです。

 

 

(…ねじれてます?)

 

 

 

 

痛みは私たちに何かを訴えています。

そうでなければ痛みが起こることはありません。

 

だからこそ、

繰り返す痛みや慢性的な痛みを抱えているならば、

「自分は痛みによって何を表現しようとしているのか」と、

自問しなければなりません。

 

痛みがあると不安を持つことができます。

原因がわからなければなおさらです。

 

きっとどこか身体が悪いのだ、と思うことができます。

深刻な病気なのではないか、

死んでしまうのではないか、

そうやって不安で「盛り上がる」ことができ、

そして問題を「その痛み」にすり替えることができます。

 

痛いのが問題なのだ、と。

 

痛くなければ私は安心できる。

痛くなければ問題はなくなる。

 

でもそれは、です。

 

痛みがひどいなら尚更、

痛みが本当の問題ではないと気づかなければなりません。

 

あなたの本当の問題は、一体何でしょうか?

 

本当のあなたと、どこがねじれてしまっているのでしょうか?

 

 

 

 

(何だろニャ)

 

 

 

 

痛みには重要な役割があります。

 

◆痛みは、今ここへ、肉体へと意識を戻し、

グラウンディングを助ける

 

◆痛みは、心の痛みを教えてくれる

 

◆痛みは、これ以上無理をしたら危ないと教えてくれる

 

 

あなたが痛みの原因にたどり着かないなら、

その原因は心の奥深くに潜んでいます。

 

身体の原因にたどり着いたとしても、

そこがどうして痛いのかの本質は、心の内側にあります。

 

だからこそ、痛みを薬で消しても、問題は解決しません。

もちろん我慢できない時には

一時的に和らげるための薬も必要ですが、

心の内側が訴えているものを見ようとせずに薬だけに頼れば、

問題はどんどん深刻になっていきます。

 

やがては痛みだけでは済まない問題になってしまうのです。

 

 

痛みは敵ではありません。

 

痛みを悪者にせず、

痛みと向き合う姿勢を持ちましょう。

 

痛みはあなたを守ろうとしている、

大切な、愛すべき存在なのです。

 

 

 

(参考記事)

 

 

 

 

 

 

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~いつもお読みくださる皆さま、

 シェアしてくださる皆さま、本当にありがとうございます~

 

 

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(萩の花)

 

 

 

 

 

いつも当ブログをお読みくださりありがとうございます。

 

今回は生理痛のお話です。

 

皆さんは、

生理痛があるのは「ごく普通のこと」だと思っていますか?

「仕方のないこと」だと思っていませんか?

 

生理痛やPMS(月経前症候群)に悩まされている方は多く、

ご相談に来られる方も多いのですが、
本来は生理痛は「生理があるなら当たり前」の症状ではありません。

 

「生理でホルモンが乱れているから」と考えている人も多いですが、ではなぜホルモンが乱れてしまうのでしょうか?
 

生理が来るからといって

必ずホルモンが「乱れる」わけではないはずなのです。

 

健康な人には生理痛やPMSはありません。

 

うらやましいですね。(笑)

 

 

 

(いつでも元気!)

 

 

 

 

私は10代から子宮内膜症があり、生理痛はかなり重い方でした。

通常の鎮痛剤では対応できず、

婦人科で子宮の収縮を和らげるホルモン系の薬を処方してもらっていました。

しかし薬を飲んだとしても、生理の1~2日目は吐き気も腹痛もひどく、生理が来るたびに寝込んでいました。

痛みがひどすぎて過呼吸になり救急車を呼んだ経験もあります。

 

そんな状況だったため、生理が来る日はけっこうな恐怖でした。

 

 

補完医療を学び始め、子宮内膜症が治っても、

生理痛自体は残っていました。

色々学ぶうちに、おそらくこれは自分の内側にある

「扉を開けたくないもの(心の奥に押し込めた何か)」

に関係していると感じるようになりました。

 

かなり抵抗があるものだと感じたため、

これを解放するのはホメオパシーでないと難しいだろうと思ったのが、自分自身もホメオパシーをやろうと思ったきっかけです。

 

その結果徐々に生理痛は解消されて行きましたが、

それでも生理痛がすっかりなくなるまでには数年かかりました。

月によってはすごく重い時もありました。

 

そして生理痛がかなり改善されても

生理に対する恐れや不安はなかなかなくなりませんでした。

「生理が来るとものすごく具合が悪くなる」

という恐怖が心の奥に染みついていたからです。

 

 

 

 

(ほんとはコワくないヨ)

 

 

 

 

さて、ここで問題です。

一体生理痛には何が関係しているのでしょうか?

ホルモンが乱れる原因とは、一体何なのでしょうか。

なぜ「すごく辛い時とそうでもない時」があるのでしょうか。

 

 

物理的にはもちろん、

ホルモンバランスが関係しています。

でもそれは表面的な要因にすぎません。

本当に関係があるのは感情面のストレスです。

 

 

私たちは、ため込んだ感情ストレスを生理の血液とともにデトックスしています。

 

生理痛が重い人は、

1ヶ月間のストレスを生理で一気に排出しようとします。

普段から我慢しなければならないストレスが大きい人は

我慢していた分だけ生理痛が重くなります。

 

普段涼しい顔をしている人ほど生理痛が重い傾向にあるのは、

そうやって普段は何事もないようなフリをして押し込めているからです。

 

しかし生理痛が重い人は

自分が抱え込んだその「抱えたストレスのボリューム」に気づいていません。

むしろ「そこまではため込んでいない」と思っています。

 

この認識の誤りが、生理痛に関係しているのです。

 

 

一方で女性性に関する問題を抱えている人も生理痛が重くなる傾向にあります。

生理は女性性の象徴ですから当然です。

 

自分が女性であることや、女性としての自信に関する何らかの問題を抱えている場合、生理だけでなく女性特有の臓器(生殖器系や乳房)に病気が出る傾向が強くなります。

 

生理痛そのものにばかり注目して、

生理痛自体を問題視している間はその奥にある女性性の問題にはなかなか気づけません。

 

 

 

(き、気づかんかったで。。)

 

 

 

 

しかし、身体は嘘をつきません。

生理痛が、PMSが重いなら、それだけの何かを抱えています。

それが事実です。

痛みがひどいなら、

それだけ痛みのある感情があります。

身体の痛みは心の痛みを反映しているにすぎません。

 

女性にとって生理は非常に便利な現象です。

生理なんだから仕方がない、ということにして、

抱え込んだストレスをカモフラージュできます。

一体何を抱え込んでいるのかを見なくて済み、

生理痛ならば寝込んだり具合が悪かったりいつも通りに動けないことを周りに許してもらえるのです。

 

PMSも同じです。

「生理前なんだからしょうがないでしょ」ということにして、

溜め込んでいたイライラや不安を放出できます。

 

意地悪な言い方に聞こえるかもしれませんが、

これが事実であり、私たちのほとんどが無意識にこれをやっています。

 

そして「生理痛がひどくて困る、生理痛が問題だ」

「生理痛を何とかしたい」と言うのです。

 

 

 

(なんとかして)

 

 

 

でも、本当の問題は生理痛やPMSではありません。

薬やピルでは本当の問題は何も解決しません。

 

生理痛やPMSを軽くしたいなら、

心の中にどんなストレスを抱えているのかに意識を向けなければなりません。

 

生理痛は結果でしかない、と気づかなければ、生理痛は良くなりません。

 

自分が抱えこんでいる感情を受け止めて片付けていければ、

あるいは「本来は生理で出す必要はない」と気づければ、

生理痛は軽くなるのです。

 

あなたがため込んでいるものは

いったい何なのでしょうか?

 

 

それでも生理で出せるうちはラッキーです。

月に一度、自動的にかなりのデトックスができるのですから。

こんなに便利なものはないんです。

 

そしてこうしてデトックスできるからこそ、

女性は男性より長生きなのです。

 

しかし更年期になればそれはできなくなります。

体は毒素を溜め込むしかなくなります。

するとあちこちに不具合が出てくるようになり、

病気が現れてきます。

 

これが更年期障害の本質です。

更年期障害も生理痛と同じで、

誰にでも起こる症状ではありません。

 

更年期障害の重さは、

それまでの人生でどれくらい「溜め込んだか」に関係しています。

更年期障害はその結果でしかありません。

ストレスや苦しみを抱え込んだ分だけ、更年期障害が重くなるのです。
 

更年期障害になりたくなかったら、

できる限り心の中を掃除して溜め込んだものを片づけるしかありません。

 

そしていざ更年期になったら、

今までよりもより一層デトックスを意識しないと、

身体の中に毒素は溜まる一方になり、

更年期障害だけでなく、様々な病気の要因になってしまいます。

 

生理としてデトックスできなくなった分だけ、

生理痛と同じくらいの痛みを別の場所、別の病気で抱えないといけなくなります。

 

身体は毒素をできるだけ邪魔にならないところに置くしかないので、末端に溜め込むようになりますから、関節痛も増えます。

関節リウマチやヘパーデン結節などが増えるのは、その結果なのです。

 

だからこそ、

自分の気持ちに正直に向き合い、

自分と仲良くして、

自分自身を労われるようにならなければなりません。

 

 

運動をする、

お水をよく飲む、

食べ過ぎ飲み過ぎを控えるなど、

できることはやった上で、

自分の心と向き合い、ストレスリリースを心がけてください。

 

これは生理もPMSも更年期も同じです。

 

身体の症状は心の状態の反映であるという視点から

自分の内側を覗いてみてください。

 

心が自由になればなるほど、

不思議と生理痛は軽くなります。

更年期障害も同じです。

 

生理を悪者にする前に、

身体を労わりたいと思う気持ちをそのまま自分の心に向けて、

自分自身と向き合ってみてください。

 

 

 

 

 

(自分と仲良くした方が、いいことあるぜ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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~いつもお読みくださる皆さま、

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いつも当ブログをお読みくださりありがとうございます。

 

あなたは

「繰り返す問題」を抱えていますか?

 

その問題が出てきたとき、どんな感情を抱くでしょうか。

 

 

問題を繰り返す時、

あなたは幻想に支配されている。

 

「これが私の問題なのだ」という幻想に。

 

 

私は、

 

この問題があるから、

 

不幸である

 

幸せにはなれない

 

気分が落ち込む

 

などなど、

 

私の問題はこれだ!これなんだ!

私が困っているのはこのせいなのだ、と、

言い続けられる。

 

 これが「問題を繰り返す」という体験で得られる状態。

 

一体、私たちはそんなことを続けて

何がしたいのでしょうか。

 

 

私はこんなに解決のために努力しているのに!

 

と、更に不満を溜めることでしょうか。

 

「私の問題は簡単じゃない」

「私の人生はこんなに大変だ」

というエゴを強化することでしょうか。

 

「神様なんかいない、

 宇宙は(この世界は)私の味方をしてくれない」

と、神様や自分の世界を拒絶することでしょうか。

 

 

何度も繰り返してまで体験しているのですから、

それだけ重要な、強い想いなのですよね。

 

 

(ムズイっすね)

 

 

 

 

私たちは、

「目の前で起きている出来事」が問題だと思っています。

 

しかし、

あなたが問題だと思っているところに

本当の問題はない。

 

それではないんです。

 

だからいくらそれをつついても、

こねくり回しても、なくならない。

 

あなたが注目し続けているのは、

原因ではなく、結果だからです。

 

 

 

蛇口が汚れているとします。

いくら蛇口を掃除してもきれいにならない。

少しきれいになったかな、と思ってもまた汚れる。

 

汚れる度に怒り、凹み、悲しむ。

「一体どうして?!」と感情的になる。

 

もしそんな人を見ていたら、少し滑稽に見えることでしょう。

 

そして、

「蛇口の問題ではなく、

蛇口から出ている水が汚れているからでは?」

と、あなたはアドバイスをするのではないでしょうか。

 

それと同じです。

 

蛇口を例にすればみんな頷くのに、

自分自身の現象になると同じ理屈を受け入れない。

 

おかしな話ですが、それが私たちです。

 

 

 

 

(へんなの)

 

 

 

 

世界はあなたが思っているのと逆の方向で成り立っている。

 

この問題が起きたから、

私は落ち込んだ、悲しんだ、鬱になった、

のではなく、

 

「その感情」を味わうために、その問題を引き起こす。

 

これが本当の順番です。

 

 

その感情が内側にあり、

解放できないでくすぶっているから、

あなたの無意識はもう一度それを味わおうとする。

 

そのために一番効率的な体験を呼び起こす。

 

だから、あなたはその問題を繰り返します。

 

 

宇宙は自分が出したその想いを、忠実に「返還」します。

自分をいじめる人に宇宙は優しくしてはくれないし、

あなたを助けるエネルギーを出してはくれません。

 

「だってこんなに辛いことが起こる自分のことを

好きになれないのはしょうがないじゃないか」

 

そう思うのだとしたら、

自分を追い詰めている自分自身と、

今すぐに仲直りする必要があります。

 

 

(仲直りしてニャ)

 

 

 

 

あなたは

自分と自分の世界に対してどんな感情を持ち、

どんなエネルギーを向けているのでしょうか?

 

もし、腹の立つことばかり起きるなら、

あなたが一番腹を立てているのはあなた自身に対してです。

目の前にいる誰かや何かではありません。

 

世界が自分をどう扱っているかを見れば、

自分が自分をどう扱っているかがわかる。

 

問題を繰り返すなら、

あなたはその時に感じる感情によって、

繰り返しあなた自身を貶めているのです。

 

どうしてそんなに自分自身にいじわるをするのでしょうか。

 

ためしに

「私はその感情を味わいたかったのだ」と、

一旦受け入れてみましょう。

 

そうだとしたら、

「それはなぜ?」

という疑問が出てくるはずです。

 

なぜあなたはその感情を味わいたかったのでしょうか。

 

それは、

その感情を最初に感じた時に、感じきれていなかったから。

そして感じきれずにしまい込んでしまったから。

 

しっかり感じきれたらその感情は手放すことができますが、

理屈をつけて抑え込み、しまい込めば、

それはあなたの内側でずっとくすぶることになる。

 

「片付かない感情」として、

グルグルと自分の内側をめぐり続ける。

 

だから、その感情を出すために「その出来事」が起こるのです。

 

 

 

 

(まだやるの、それ)

 

 

 

 

色んな事に取り組んだのに、

同じような問題を繰り返すなら、

 

やり方を間違えているか

注目する場所を間違えている、という証拠です。

 

もちろん、まだ取り組みが足らない場合もありますが、

そうだとしたら、

それだけ問題が複雑で、あなたの抵抗が大きい証拠。

 

問題を複雑にして

「簡単には片付かないくらい私は大変なのよ」

というシーンを演じていたいのです。

 

それはそれで、あなた自身が

「自分は今それをやりたいのだ」と、

納得できるならば、それで良いのです。

 

でも、「もうこりごりだ」と、本当に思うなら。

 

「これが私の問題だ」という幻想を捨てよう。

 

そして勇気を出して、

自分の抱えている感情に正直になってください。

 

ネガティブな感情を抱えていない人など、存在しません。

「そこにあるかもしれない」という事実を見るのを怖れずに、

「あってもいいんだ」と自分に伝えてください。

 

勇気を出してしっかり見てあげられれば、

それだけ早く片付けられます。

 

苦しむのをやめて、

自分を楽に、自由にさせてあげましょう。

 

あなたの世界は、

間違いなくあなた自身が創っているのですから。

 

 

 

 

 

(優しい世界へようこそ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 シェアしてくださる皆さま、本当にありがとうございます~

 

 

 

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