いつも当ブログをお読みくださりありがとうございます。
今回は、私たちを日々悩ませている思考についてのお話です。
私たちの中から湧いて出てやまない「思考」。
意識しているしていないに関わらず、
私たちは常に何かしら考えており、
その思考が、目の前の現実を判断し続けています。
それがまるで真実であるかのように。
もし、あなたの脳内を支配する思考が幸せなものならば、
問題は何もありません。
でも、それがストレスになる思考であれば、
あなたはそれによって自分の世界を幸せではないもの、
不幸なものだと認定するようになる。
あの人はこうだ、私はこうだ
これがあるから私は幸せではない
あれがあるから心配だ
私は(あの人は)こうあるべきだ
こうするべきだ
・
・
・
などなど。
それが真実であるかどうかにかかわらず、
私たちの脳内を支配している「その思考」が、
私たちを苦しめていきます。
ではもし、
その思考が全くなかったら?
そんな考えは、あなたの中に1ミリも存在しなかったとしたら?
あなたはどうなれるのでしょうか。
(アタシはネコだという思考がなかったら…)
バイロン・ケイティのザ・ワークは、
シンプルな問いかけにより
私たちが「本当だと思い込んでいる思考」について探求するワークです。
あなたがもし、苦しんでいて、
その苦しみから解放されたいなら、
それについて探求することができます。
状況や相手を変えるのではなく、
自分の思考の探求によって、視点を変え、
内側に起こる気づきが自分自身を穏やかにしてくれるワークです。
それは本当でしょうか?
それが本当だと信じている時、
あなたは自分をどのように扱うのでしょうか?
その思考がなかったら、あなたはどうなりますか?
内側にあるその思考を探求すると、
想いも書けない気づきを得られます。
本当の問題はそれではない、
と気づけるのです。
ケイティは、
目の前に拳銃を突きつけられた時でさえ、
その問いかけができると言います。
「その時、問題はどこにあるのか?」
「ここ(マインド)です」
私たちが誰かや何かに対して
「それが問題なのだ」とするのは、
私たちがそのままでは幸せでいられないからであり、
心穏かに自分の人生を生きられないからです。
しかし本当は「それ」が問題なのではありません。
現実そのものではなく、
それに伴う「心の状態」が問題なのです。
私たちは自分が持っている恐怖や不安を基にして、
未来にその恐怖を投影します。
「こうなるに違いない」
「こうなったらどうしよう」
それが「起こる」と決まっていないのに、
そうであるかのようにあなたは頭の中で「計画」を立てて、
まだ起きていないことに対して「どうしよう」と、盛り上がります。
こういう書き方をするとなんだか滑稽に感じますが、
私たちは誰もがそれをやっているのです。
既に起きてしまった現実でさえ、ケイティは問い直します。
「それは本当ですか?」と。
大切な人が亡くなった
ガンになった
パートナーが去ってしまった
両親は私を虐待した
あの人は私を傷つけた
それが真実だと信じている時、
私たちの内側はどうなっていて、
自分をどのように扱うのでしょうか。
少なくとも、私たちはそれによって苦しみます。
自分を「苦しんでいる人」として扱います。
ワークをしていくと、
自分がなぜそれを握りしめてストレスでいっぱいになっていたかに気づいていきます。
すると苦しみを愛に置き換えることが可能になるのです。
ザ・ワークは、真実だと思い込んでいた思考を反転させて
自分のことや反対の内容に置き換えてみることで、
新たな視点に気づくことのできるワークです。
ただし、そのプロセスには、
苦しみを握りしめていたアイデンティティを手放す
というプロセスが含まれます。
私たちは苦しみながらも、
「その苦しみを抱えている自分」を大切に生きていたのです。
「私は辛い」という自分、
「私は〇〇を憎んでいる」という自分、
「私は自分が嫌い」という自分。
それは辛いことではあるけれど、
一方で自分自身を形成してきたアイデンティティです。
それと共にいることで、私たちは必ず何かを得ていたのです。
それがあるから私は辛い、怒っている、自分が嫌い、
という、
「その感情を持ち続けられる理由」をそこに留めていたのです。
思考を切り替えるには、
そのアイデンティティを手放す勇気が必要です。
だからこそ、ケイティはその人に寄り添い、
無理やり思考を変えようとさせたりはしません。
とても優しくそのプロセスに寄り添い、
ただ置き換えをすることで
自らが自分を苦しめていた思考を手放せるきっかけを得ていくのです。
(苦しみは悪者ではなくて
真実を知るためのきっかけだニャ)
あなたが「苦しみから解放されたい」と願うなら、
何かにストレスを感じていて、
それでも幸せになりたいと願うなら、
何かを変えなければなりません。
しかしその「何か」は、
外側の誰かや何かではありません。
私たち自身の内側なのです。
自己否定や自己憐憫ではなく、
ただ、あなたを苦しめているその思考を、
思考だけを手放せたら?
今までとは全く違う景色が広がります。
恐怖や不安に生きなければ、現実は贈り物だと、
ケイティは言います。
「すべての苦しみは過去のもの」
それを受け入れられた時、
私たちはありのままの現実を愛せるようになります。
「私はすべての自分の苦しみに感謝しています。
なぜならそれらが私をここまで連れてきてくれたから」
ケイティのこの言葉は、
苦しみを抱えるすべての人への贈り物です。
苦しみを否定するのではなく、
自分を否定するのでもなく、
新しい視点でその景色をみられた時、
私たちの現実は「自分が思っていたよりも優しい」のです。
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