いつ何時、どんな理由で、自分の行動がストップするかなんて、誰にもわかりはしませんネ。

その時に慌てるのではなく、あぁ、これは、休憩時間を取りなさいという事なのだと、自分に言い聞かせるくらいの余裕を持っていないと、自分の世界が消されてしまいますネ。

人生、そんな事はつきものなのですから、そんなときは、ドンとこい的なアバウトな感性に切り替える事も大切ですネ。

マインドコントロールによって、切り替える。

そうすることで、周りの人もビサクリするくらいに、自分を回復させることも出来ますネ。

経験の無い事にぶつかっても、そこで止まる事もあるという意識を持つことで、客観的に現実を把握することができますネ。


美の大敵は、精神的なトラブルです。

アクシデントくらいで、オタオタする事の無いように、普段から、心構えの中に、その様な考え方を備えておくのも大切ではないでしょうか。

いつもキレイでいる為には・・。

化粧品を購入するときの心のありかたは、楽しく感じているときのほうがいいと思いますネ。

そのときの心のありようで、ものの見方が偏ってしまうこともありますからネ。

特に色物のときなどは、そのようではないかなと思います。


やはり優しい心でいるときは優しいモノを選ぶでしょうし、そのモノを大切に使っていけるのではないでしょうか。

少しでもイラついているならば、それなりの色を選ぶでしょうしネ。

まぁ、そんなときは化粧品などは購入しないほうがいいのでしょうけれどネ。


しあわせの遣いの様な化粧品たちをザクッと選ぶより、しっとりとした心で選んでのほうが、後々の自分の為でもあるのだと思いますネ。


有用性のあるイメージをすることだって、イラついている心では出来ないであろうし、自分をキレイになどという発想にだって、陰りのある答えしか出てこないかも知れない。

単に道具と考えずに、自分をシアワセにしてくれる使者くらいに思えれば、なをいいのではないでしょうか。


化粧品たちを道具呼ばわりはしたくないですが、使うモノだから、道具ですかネ。


色味のモノに比べると、比較的アイブロウやライナーやマスカラといつたモノは道具らしいと言えますネ。 それだって真剣に選ばなければでしょう。 特に眼の周りのモノは、柔らかさが必要ですからネ。 硬いモノは、皮膚や毛穴をイジめる可能性が隠れていますからネ。

ライナーなどは、落ちない!!というよりは、落ちたら直せばいいだけのことですから。そのくらいの手間を惜しむようではメイクなどは・・。


長時間しっかりメイクをしなければ!という場合でも、お直しをするくらいの時間はとれるはずですからネ。

いろんなシチャエーションを考えて、自分を大切にすることを第一義にすることが必要ですネ。

モノは、使い勝手がよく、出来れば長持ちしそうで、値段も手頃がベスト。

壊れた場合は、仕方ないので交換。

道具としてのモノは、ガマンして使うものではないと思います。

使いにくいモノでは、キレイを演出する心をもそのようにしてしまいかねないので、ムダなガマンはしない方がいい。

所詮モノなのだから。

自分の心の余裕が大切ではないかと思いますネ。

モノに意思があったなら、真面目に付き合わない持ち主は、お叱りを受けるかも知れませんネ。

モノが豊富にあるので、ついと、そのモノのありがたみを忘れてしまう。


時間は、決して豊富にある訳ではないのに、その時間の有り難さを忘れて、ムダ使いしてしまう人が多いと思う。

時間は、モノのように器用に使い回すことは出来ないが、その経過によっては、心が癒されたり、悲しみをうすらげたりすることをしてくれる。人間が生きて行く力の源ともいえる心の安定を、その存在で与えてしれる事があることも確かです。


その事のように、化粧品などの道具たちは、女性の心のすきまを埋めてくれたり、心を華やがしてくれたり、外見をキレイに装おう手助けをしてくれたりする。

そのようなことに感謝こそすれ、有り難さを忘れるようでは、女性として恥ずかしい事ではないでしょうか? 女性としての人生をも飾ってくれるモノたちに、たまには感謝してみるのも悪くは無いのでは。


私は、仕事というものを通してモノたちから力をもらえている事に、常に感謝しています。 自分の意志を表現させてもらっていることをですネ。

道具というと、単なるモノのように感じる言葉ではありますが、手の代わりということなので、言葉云々には拘らずに、心を大切に出来ればいいなぁと思っています。

塗るということで、自分の心を塗りつぶしてはいけない。

むしろ、自分の心を外に出すためにぐらいでなければ。


化粧をすることは、隠すためではないのです。

ですが、多くの女性から感じる事に、仮面のような化粧をみることが多いということですネ。

私は、それをドキッ!としながらも、見て見ぬふりをしています。

まさか、通りすがりの人へ、口出しをするわけにもいかないからですネ。

その都度、心が寂しい想いにかられます。


もう少し、自然さを取り入れてくれるとキレイになるのになぁなどと想いながらでする


化粧をすることで、成り上がる必要はないけれど、成り下がってはいけない。


外見を整えることが化粧の役目で、心まで変えるようなことがあってはいけないが、人間、いろんな角度を持っているので何とも言えないけれど、素のものを隠して、外見総とっかえも多々ある。 できるなら、心を塗りつぶすようなことにはなって欲しくはないですネ。 くれぐれも。

見事にキレイに塗れば、それが美しいというわけでもないですネ。

それよりは、その人が、キレイに見えるように塗るということが大切なんですネ。

近くで見ると、多少乱れていても、普通の離れ具合で見て、なんとなくとなっていれば、それでいいのではないかと思いますネ。

つまり、それがキレイに見えるということではないでしょうか。


見た目、見事に塗りつぶす毎日を送ることはできなくもないとは思いますが、必ずしも、心が伴うとは限りませんネ。

むしろ、逆の場合の方が自然であり、キレイにできると思われる。


化粧をするということは、心の満足も得られるべきことなのではないかと思います。

単に仮面をかぶる・・では無いのです。


自分の素の顔の表情を大切にしながら、化粧をするいう意識こそが、自然に見えるキレイさを表現できることなのだと信じています。

化粧品は、単なる道具ではなく、心を表現する道具なのだと考える事で、それらを大切に扱ったり、感謝をしたりすることで、より自分を大切にしているのだと気づかされることも有りでしょう。

お洒落心は、案外と、振り子のように行ったり来たりするのではないかと思いました。

心のありようでは、その時々によって随分と、その不利巾は大きいものと思いますネ。

モノに飽きるということから起きる現象だと思いますから、そんなものでしょうけれど、何事も必死になって追いかけるというものではないでしょうから、それこそ適当に見てればいいのでは。


自分で自分を組み上げるお洒落度は、深い味わいのあるものになるかと思いますが、それも、時間をかけて気になるものを追いかけてみると、それなりには、自分のものに出来るのではないでしょうか。

それを基にしながら、新しく自己流を発展させてみるのも楽しいことではありませんか。


手作りしかり、アレンジしかりですネ。

化粧品も、手作りをする場合がありますが、私は、それは、単なる自己満足のモノだと思っています。

ムリして作っても、それほどのモノになる訳ではありませんネ。

防腐剤をいれないから、などなどで、お肌に優しいから・・などの理由で化粧水などを作ってみても、それだけしか作れない。なんていうこともありですよネ。

どうせ作るのなら、全部手作り・・なんてことはムリな話なんですけれどネ。


安価なモノで、気に入ったモノがあれば、その程度でいいのではと思いますネ。

手作りということにだけ拘るのではなく、自分の出来ることをする程度のことで、お洒落心は楽しめますから、ムリをするのは、どうでしょうネ。

自分のキレイを維持する為には、どんなケアが必要なのか?と、よく質問されますが、私は、モノではないと答えています。

モノでよくなるようであれば、世の中には、そのようなモノが山ほど出回っているのですから、皆、キレイになっているはずですからネ。


髪だけの話ではなく、お肌も同じです。


市販されているモノを使うのが常ですから、色々と試してみればいいだけの話ではありますネ。

私の考え方では、どれも同じ。好きなモノを使えばいいと思います。 好みの問題ですから。

様は、そのように見える。というのが答えなのですネ。


素顔の自分を良く知ることで、かくす事を選択するのか、それをさらけ出すのかに分かれるだけです。

私は、かくすより、さらけ出しながら、更に、それをよりよくするという為の努力をお勧めしていますが、時間は、かかりますネ。

しかし、その時間をかけて手にいれたものでも、維持管理しなければ、いつでも簡単にこわれるということも、また事実ではあります。

つまりは、簡単には手にはいらなくても、手にいれただけでは、それはそれだけのことになってしまうということです。

心の中にあるキレイを求めるという部分を大切にしながら、日々の努力。これがすべてなのですネ。

決して、モノではない。心のありかたと努力。

そう、形のあることではないので、それをみせたり伝えたりすることは難しいですネ。

これからですネ。 乾燥というやっかいな季節にはいります。

夏の間にイージーケアで過ごした方にとっては、ビックリするくらいのダメージが表面かすると思います。


例えば髪などは、何をしても元には戻りませんから、諦めて下さい。

まぁ、そう言ってしまえばそれまでなのですが、モノを利用して、それらしい手触り感を手にいれるしかないですネ。

ただし、それは、まやかしに過ぎませんから、どこかで諦めて、カットするという覚悟をしなければですネ。


単純ではありますが、お湯の温度、ドライヤーの使い方、ブラシのとかし方、この3つが実は大敵の代表なのです。(流行のアイロンは、もってのほかですが。)

この3つを丁寧に考えてやることで、これから先の髪のケアが出来るのだと思って頂きたい。

シャンプーをする時のお湯の温度は熱、ドライヤーも熱、それらが髪をイジめる要素なんですネ。その事を意識することで、自分で気をつけられるようになりますから、先ずは、そこからなんですネ。

そういったことがケアということになると考えて欲しいものです。

モノを使うことをケアだと考えることよりもです。

美しい化粧とは、必ずしもキッチリと仕上げることではないと思えますネ。


仮面のように、笑顔すらしないようでは、単に人形がそこにあるのと変わりはしない。

自分本来あるものを総とっかえしているようでは、何とも言いようが無い。

少なくとも、あぁキレイだなと、近寄りたく感じるようでありたい。


加味も、お顔も、サラリと美しく感じるような方が少なくなったと感じるのは、私だけでしょうか。


やりすぎだったり、足りなかったり、何故?と思うことが多いと。


では、それほど難しいことなのか?考えれば、そんなことはないでしょう。


毎日の自分を演出させる心さえあるのなら、出来る事なのですからネ。


自分の為の時間を作って、自分の中の、その気というものを大切にしなければではないでしょうか。