戦いの振り返り10
入院してから1ヶ月くらいたったころ、2月の終わりくらいに、ゆうすけくんに外出許可がおりた。
その時私は京都にいけなかったけど、お母さんとゆうすけくんが外出したときの写メを見せてもらって、嬉しかったのを覚えてる。
抗がん剤の副作用で免疫が下がってたので、写真のゆうすけくんはマスク付けてて、カテーテルも取れてなかったから、腰からの管はつけたままだった。今思えば相当不便な生活だったと思う。。。
2月の終わりか、3月入ってからだったかな、、2回目の点滴が始まったころのこと。話には聞いてたけど、抗がん剤治療は回を増すごとに辛くなるみたいで、ゆうすけくんは1回目よりだいぶしんどそうにしてた。
お見舞いに行っても、ベッドでぐったりするゆうすけくんを見守ることしかできない状況だった。
体を起こしたかと思ったら、ゴミ箱に向かって吐く。点滴中はご飯食べられないから、吐く物も残ってないんだけど、とにかく苦しそうで、何もしてあげられないのがすごく悔しかった。
主治医や看護師さんの前では元気に振舞ってたけど、この日病室で私と2人だけになったときに、消えそうな声でゆうすけくんが
「死んだ方が楽だ。。。」ってつぶやいた。同時に、ゆうすけくんの目から涙がこぼれた。このときの表情は、3年近くたった今でも忘れられない。
「そんなこと言わないで」っていうのが精一杯で、私も不安で泣きそうなのをこらえるのに必死で、明るく励ますことができなかった。
面会時間は19時までだったけど、お母さんが病院近くのウィークリーマンションに帰った後も、私はだいたいいつも消灯ぎりぎりまでゆうすけくんのところにいた。
病院の周りは夜は暗くて、帰り道泣きながら歩いてもあんまり目立たないから、私にはちょうどよかった。
なんでゆうすけくんばっかりこんな辛い思いをするんだろうとか、いつこの治療がおわるんだろうとか、他に自分にできることはなんだろうとか、帰り道はいつもぐるぐる考えごとをしてたなぁ。
続く。
その時私は京都にいけなかったけど、お母さんとゆうすけくんが外出したときの写メを見せてもらって、嬉しかったのを覚えてる。
抗がん剤の副作用で免疫が下がってたので、写真のゆうすけくんはマスク付けてて、カテーテルも取れてなかったから、腰からの管はつけたままだった。今思えば相当不便な生活だったと思う。。。
2月の終わりか、3月入ってからだったかな、、2回目の点滴が始まったころのこと。話には聞いてたけど、抗がん剤治療は回を増すごとに辛くなるみたいで、ゆうすけくんは1回目よりだいぶしんどそうにしてた。
お見舞いに行っても、ベッドでぐったりするゆうすけくんを見守ることしかできない状況だった。
体を起こしたかと思ったら、ゴミ箱に向かって吐く。点滴中はご飯食べられないから、吐く物も残ってないんだけど、とにかく苦しそうで、何もしてあげられないのがすごく悔しかった。
主治医や看護師さんの前では元気に振舞ってたけど、この日病室で私と2人だけになったときに、消えそうな声でゆうすけくんが
「死んだ方が楽だ。。。」ってつぶやいた。同時に、ゆうすけくんの目から涙がこぼれた。このときの表情は、3年近くたった今でも忘れられない。
「そんなこと言わないで」っていうのが精一杯で、私も不安で泣きそうなのをこらえるのに必死で、明るく励ますことができなかった。
面会時間は19時までだったけど、お母さんが病院近くのウィークリーマンションに帰った後も、私はだいたいいつも消灯ぎりぎりまでゆうすけくんのところにいた。
病院の周りは夜は暗くて、帰り道泣きながら歩いてもあんまり目立たないから、私にはちょうどよかった。
なんでゆうすけくんばっかりこんな辛い思いをするんだろうとか、いつこの治療がおわるんだろうとか、他に自分にできることはなんだろうとか、帰り道はいつもぐるぐる考えごとをしてたなぁ。
続く。
戦いの振り返り9
久しぶりに振り返りを更新します。
1回目のお見舞いが終わって、2月中旬に差し掛かるころだったと思う。
私は相変わらず平日はほとんど毎日終電だったから、悠介くんの病院の消灯前に会社の非常階段で電話するようにしてた。
最初の点滴から2週間くらいたったころ、いつも通り会社の非常階段で電話してたら、急に電話ごしの悠介くんの声色が変わった。
「なんやこれ。。。!?」
「どうしたの?」
「うわ、なにこれなにこれ。。。」
という感じ。
そのあと続けて、
「髪が抜ける。。。」
点滴直後は全然抜けてなかったんだけど、急に抜け始めたらしい。
もちろん治療の前に、全身の毛が抜けるっていうことは知らされてたけど、こんなにいきなり抜け始めるとは知らなかったんだと思う。
「痛いの?抜ける時。。。」
「痛くはないけど。。。」
私が聞いて見ても、なんだか上の空で頭や体のあちこちを確認してたんだと思う。
次のお見舞いに行った時は、悠介くんのお父さんがベッドに抜け落ちた毛をコロコロテープで掃除してた。
前回あげたばっくんも、コロコロされてた。
本人は弱音を吐かなかったけど、きっと辛かっただろうな。。
バレンタインの時期だったから、もし食べれたらと思ってクッキーを作ってラッピングして持って行ったんだけど、私が帰ったあとも、やっぱり気持ち悪くて一つも食べられなかったみたい。
最初の点滴よりも、2回目の点滴の方が副作用が強くなってる気がした。
この時期、インフルエンザや風邪が流行ってて、会社でも体調崩す人が続出してた。
風邪を引いたら治療中の悠介くんに会えないから、四六時中、外回りの時もずっとマスクを付けてたな。
ちょっと中途半端だけど、続く。。。
1回目のお見舞いが終わって、2月中旬に差し掛かるころだったと思う。
私は相変わらず平日はほとんど毎日終電だったから、悠介くんの病院の消灯前に会社の非常階段で電話するようにしてた。
最初の点滴から2週間くらいたったころ、いつも通り会社の非常階段で電話してたら、急に電話ごしの悠介くんの声色が変わった。
「なんやこれ。。。!?」
「どうしたの?」
「うわ、なにこれなにこれ。。。」
という感じ。
そのあと続けて、
「髪が抜ける。。。」
点滴直後は全然抜けてなかったんだけど、急に抜け始めたらしい。
もちろん治療の前に、全身の毛が抜けるっていうことは知らされてたけど、こんなにいきなり抜け始めるとは知らなかったんだと思う。
「痛いの?抜ける時。。。」
「痛くはないけど。。。」
私が聞いて見ても、なんだか上の空で頭や体のあちこちを確認してたんだと思う。
次のお見舞いに行った時は、悠介くんのお父さんがベッドに抜け落ちた毛をコロコロテープで掃除してた。
前回あげたばっくんも、コロコロされてた。
本人は弱音を吐かなかったけど、きっと辛かっただろうな。。
バレンタインの時期だったから、もし食べれたらと思ってクッキーを作ってラッピングして持って行ったんだけど、私が帰ったあとも、やっぱり気持ち悪くて一つも食べられなかったみたい。
最初の点滴よりも、2回目の点滴の方が副作用が強くなってる気がした。
この時期、インフルエンザや風邪が流行ってて、会社でも体調崩す人が続出してた。
風邪を引いたら治療中の悠介くんに会えないから、四六時中、外回りの時もずっとマスクを付けてたな。
ちょっと中途半端だけど、続く。。。
