さくら味★
今、最後の商談前にスタバで一休み中。。。
春のスタバはさくら系のメニューがいっぱいでなんかわくわく♪
毎年のお気に入りのさくらマカロンと、さくらスチーマーで春気分★
ふわーっと癒されるひとときでございます。
アポの時間が近づいてきたので、いってきます!
春のスタバはさくら系のメニューがいっぱいでなんかわくわく♪
毎年のお気に入りのさくらマカロンと、さくらスチーマーで春気分★
ふわーっと癒されるひとときでございます。
アポの時間が近づいてきたので、いってきます!
戦いの振り返り2
今日も少し思い出しながら書きます。
病気が発覚してから数日間、ゆうすけくんからはほとんどメールがこなくなりました。
たぶん、腰がホントにいたかったのと、気力がわかなかったんだよね。
仕事の合間や、通勤途中や寝るまえの電話で連絡とってたなぁ。
もともと25日のクリスマスから、有給をつなげて会いに行く予定で、チケットもとってあった。けど、ゆうすけくんを1人にしたくなかったのと、心配で仕事が手につかない状況だったから、編集長に相談して、23日からアメリカに行くことになった。
23日が精密検査の日で、その帰りに空港に迎えにきてくれる段取りに。
でも、たしか当日検査が延期になって、24日に一緒に行くことになったんだよね。
だから、ゆうすけくんと過ごした初めてのクリスマスイヴは、アメリカの病院で半分過ごした感じでした。
病院はきれいなところで、おじいさんとおばあさんばっかりだった。クリスマスイヴだから閉まるのも早くて、最後の診察のゆうすけくんが診察室からでてくる頃にはもう周りに誰もいなくて、すごく静かだった。
帰り道、すごーく晴れてて、雪の白さと空の青さがすごくくっきりしてたなぁ。
でも、必死で落ち着いたふりをしようとしてたけど、頭の中は聞きたいことと不安で一杯で、しばらく無言で車に乗ってたと思う。ゆうすけくんは普通の顔で運転してて、逆に話しかけにくかった。
「お医者さんになんて言われたの?」
「れいちゃんは何も聞かないで日本に帰った方がいいよ」
「せっかく来たのになんにもしないで帰れるわけないじゃん。言いたくなったらちゃんと教えてよ。無理に今言わなくてもいいから」
「手遅れだよ」
「そんなわけないでしょ。治る病気なんだから。いいからあとで教えて」
車の中の会話はこんな感じだったかな。
普通にしたくても動揺して、変なトーンだったかも。
お店が閉まるまえに、食材の買い出しを終わらせて家に帰った。
その日の夜だったかな。
29日に手術すること、癌が転移してること、詳しいことは手術で大元を取り出さないとわからないことを、ゆうすけくんは話してくれた。このとき、まだご両親には病気のことを伝えてなくて、連絡することにギリギリまで抵抗があったみたい。電話で報告して、電話をきったあと、ゆうすけくんはしばらくうずくまって泣いていたとおもう。
それから手術までの何日かは、少し買い物に行ったり、カフェに行ったり、映画を見に行ったり、一緒にご飯作ったりして静かに過ごした。腰の痛みには波があって、眠れないほど痛い日もあれば、外に出られる日もあった。手術の日までの間、ずっと癌が成長しないように祈ってた。
体の中の小さい細胞がこんなにゆうすけくんを苦しめてるんだって思うと、一刻も早く取り除いて欲しい気持ちでいっぱいだった。
以上。一回目の手術まで。
不安だったけど、一緒にいられるのは嬉しかったな。
ご飯作って一緒にテレビ見て、ゆるゆる過ごしてたよね。
病気が発覚してから数日間、ゆうすけくんからはほとんどメールがこなくなりました。
たぶん、腰がホントにいたかったのと、気力がわかなかったんだよね。
仕事の合間や、通勤途中や寝るまえの電話で連絡とってたなぁ。
もともと25日のクリスマスから、有給をつなげて会いに行く予定で、チケットもとってあった。けど、ゆうすけくんを1人にしたくなかったのと、心配で仕事が手につかない状況だったから、編集長に相談して、23日からアメリカに行くことになった。
23日が精密検査の日で、その帰りに空港に迎えにきてくれる段取りに。
でも、たしか当日検査が延期になって、24日に一緒に行くことになったんだよね。
だから、ゆうすけくんと過ごした初めてのクリスマスイヴは、アメリカの病院で半分過ごした感じでした。
病院はきれいなところで、おじいさんとおばあさんばっかりだった。クリスマスイヴだから閉まるのも早くて、最後の診察のゆうすけくんが診察室からでてくる頃にはもう周りに誰もいなくて、すごく静かだった。
帰り道、すごーく晴れてて、雪の白さと空の青さがすごくくっきりしてたなぁ。
でも、必死で落ち着いたふりをしようとしてたけど、頭の中は聞きたいことと不安で一杯で、しばらく無言で車に乗ってたと思う。ゆうすけくんは普通の顔で運転してて、逆に話しかけにくかった。
「お医者さんになんて言われたの?」
「れいちゃんは何も聞かないで日本に帰った方がいいよ」
「せっかく来たのになんにもしないで帰れるわけないじゃん。言いたくなったらちゃんと教えてよ。無理に今言わなくてもいいから」
「手遅れだよ」
「そんなわけないでしょ。治る病気なんだから。いいからあとで教えて」
車の中の会話はこんな感じだったかな。
普通にしたくても動揺して、変なトーンだったかも。
お店が閉まるまえに、食材の買い出しを終わらせて家に帰った。
その日の夜だったかな。
29日に手術すること、癌が転移してること、詳しいことは手術で大元を取り出さないとわからないことを、ゆうすけくんは話してくれた。このとき、まだご両親には病気のことを伝えてなくて、連絡することにギリギリまで抵抗があったみたい。電話で報告して、電話をきったあと、ゆうすけくんはしばらくうずくまって泣いていたとおもう。
それから手術までの何日かは、少し買い物に行ったり、カフェに行ったり、映画を見に行ったり、一緒にご飯作ったりして静かに過ごした。腰の痛みには波があって、眠れないほど痛い日もあれば、外に出られる日もあった。手術の日までの間、ずっと癌が成長しないように祈ってた。
体の中の小さい細胞がこんなにゆうすけくんを苦しめてるんだって思うと、一刻も早く取り除いて欲しい気持ちでいっぱいだった。
以上。一回目の手術まで。
不安だったけど、一緒にいられるのは嬉しかったな。
ご飯作って一緒にテレビ見て、ゆるゆる過ごしてたよね。
戦いの振り返り
せっかく自由にアメブロが使えるようになったので。
ゆうすけくんが元気になったらやりたいと思っていたことを始めようかなと思います!
ゆうすけくんの闘病生活を、自分の視点で振り返って、かたちにすること。
少しずつだけど。。自分の普通の日記もはさむだろうけど。。
もしちがうことがあったら、ゆうすけくんおしえてね。
淡々と思い出していくことにします。
2008年12月16日。火曜日。
あたしは外回り中で、そわそわしながら携帯を何度も確認してました。
何週間か前から続いてたゆうすけくんの原因不明の腰痛のCT検査結果がでるはずの日。
何回かアポの合間を見て、電話するけどでない。
もう向こうは夜だし、家に帰ってきてるはずなのに。
まさか何か問題があって緊急入院とか?。。そわそわが抜けなくて電話をかけまくりました。
16時半くらい。向こうは深夜。やっとゆうすけくんが電話に出てくれました。
「心配したじゃん!」って言ったと思う。ゆうすけくんは少し力なく笑ったと思う。
検査、どうだったの?って言ったあと、先がわかるような、暗い長い沈黙があって、
次にでた言葉が「れいちゃんは幸せになってね」って。動揺して、思いっきり問い詰めたら、また沈黙があって、「ガンだ。。。」って。
そのあとの会話はショックすぎで覚えてないけど、担当エリアにあるホテルのエレベーターホールで泣きながらしばらく状況を聞いたと思う。真っ白の頭で最後の商談をどうにかこなして、40台後半の会社の先輩に連絡して事情を話して、また喫茶店でぼろぼろ泣いて、編集部に戻った。
きっと治るんだって信じてたけど、まだ詳しく知らなかったから、「ガン」っていう病名の絶望感と重さに圧倒されて、不安でつぶされそうだった。
自分の中にそれがあることを知らされて、1人で夜を過ごさなきゃいけないゆうすけくんのことを考えたら、ぞっとした。どんなに心細いだろう、なんでゆうすけくんなんだろう、これからどうなるんだろうって考えれば考えるほど涙がでてきて、家に帰っておねいに話をしながらまたたくさん泣いた。
ここから、去年の9月まで、長い長い闘病生活が始まったんだよね。
ひとまず今日はここまでっ★
ゆうすけくんが元気になったらやりたいと思っていたことを始めようかなと思います!
ゆうすけくんの闘病生活を、自分の視点で振り返って、かたちにすること。
少しずつだけど。。自分の普通の日記もはさむだろうけど。。
もしちがうことがあったら、ゆうすけくんおしえてね。
淡々と思い出していくことにします。
2008年12月16日。火曜日。
あたしは外回り中で、そわそわしながら携帯を何度も確認してました。
何週間か前から続いてたゆうすけくんの原因不明の腰痛のCT検査結果がでるはずの日。
何回かアポの合間を見て、電話するけどでない。
もう向こうは夜だし、家に帰ってきてるはずなのに。
まさか何か問題があって緊急入院とか?。。そわそわが抜けなくて電話をかけまくりました。
16時半くらい。向こうは深夜。やっとゆうすけくんが電話に出てくれました。
「心配したじゃん!」って言ったと思う。ゆうすけくんは少し力なく笑ったと思う。
検査、どうだったの?って言ったあと、先がわかるような、暗い長い沈黙があって、
次にでた言葉が「れいちゃんは幸せになってね」って。動揺して、思いっきり問い詰めたら、また沈黙があって、「ガンだ。。。」って。
そのあとの会話はショックすぎで覚えてないけど、担当エリアにあるホテルのエレベーターホールで泣きながらしばらく状況を聞いたと思う。真っ白の頭で最後の商談をどうにかこなして、40台後半の会社の先輩に連絡して事情を話して、また喫茶店でぼろぼろ泣いて、編集部に戻った。
きっと治るんだって信じてたけど、まだ詳しく知らなかったから、「ガン」っていう病名の絶望感と重さに圧倒されて、不安でつぶされそうだった。
自分の中にそれがあることを知らされて、1人で夜を過ごさなきゃいけないゆうすけくんのことを考えたら、ぞっとした。どんなに心細いだろう、なんでゆうすけくんなんだろう、これからどうなるんだろうって考えれば考えるほど涙がでてきて、家に帰っておねいに話をしながらまたたくさん泣いた。
ここから、去年の9月まで、長い長い闘病生活が始まったんだよね。
ひとまず今日はここまでっ★