戦いの振り返り2 | The Andre Times

戦いの振り返り2

今日も少し思い出しながら書きます。




病気が発覚してから数日間、ゆうすけくんからはほとんどメールがこなくなりました。
たぶん、腰がホントにいたかったのと、気力がわかなかったんだよね。

仕事の合間や、通勤途中や寝るまえの電話で連絡とってたなぁ。

もともと25日のクリスマスから、有給をつなげて会いに行く予定で、チケットもとってあった。けど、ゆうすけくんを1人にしたくなかったのと、心配で仕事が手につかない状況だったから、編集長に相談して、23日からアメリカに行くことになった。

23日が精密検査の日で、その帰りに空港に迎えにきてくれる段取りに。
でも、たしか当日検査が延期になって、24日に一緒に行くことになったんだよね。
だから、ゆうすけくんと過ごした初めてのクリスマスイヴは、アメリカの病院で半分過ごした感じでした。

病院はきれいなところで、おじいさんとおばあさんばっかりだった。クリスマスイヴだから閉まるのも早くて、最後の診察のゆうすけくんが診察室からでてくる頃にはもう周りに誰もいなくて、すごく静かだった。

帰り道、すごーく晴れてて、雪の白さと空の青さがすごくくっきりしてたなぁ。
でも、必死で落ち着いたふりをしようとしてたけど、頭の中は聞きたいことと不安で一杯で、しばらく無言で車に乗ってたと思う。ゆうすけくんは普通の顔で運転してて、逆に話しかけにくかった。
「お医者さんになんて言われたの?」
「れいちゃんは何も聞かないで日本に帰った方がいいよ」
「せっかく来たのになんにもしないで帰れるわけないじゃん。言いたくなったらちゃんと教えてよ。無理に今言わなくてもいいから」
「手遅れだよ」
「そんなわけないでしょ。治る病気なんだから。いいからあとで教えて」
車の中の会話はこんな感じだったかな。
普通にしたくても動揺して、変なトーンだったかも。



お店が閉まるまえに、食材の買い出しを終わらせて家に帰った。



その日の夜だったかな。
29日に手術すること、癌が転移してること、詳しいことは手術で大元を取り出さないとわからないことを、ゆうすけくんは話してくれた。このとき、まだご両親には病気のことを伝えてなくて、連絡することにギリギリまで抵抗があったみたい。電話で報告して、電話をきったあと、ゆうすけくんはしばらくうずくまって泣いていたとおもう。



それから手術までの何日かは、少し買い物に行ったり、カフェに行ったり、映画を見に行ったり、一緒にご飯作ったりして静かに過ごした。腰の痛みには波があって、眠れないほど痛い日もあれば、外に出られる日もあった。手術の日までの間、ずっと癌が成長しないように祈ってた。

体の中の小さい細胞がこんなにゆうすけくんを苦しめてるんだって思うと、一刻も早く取り除いて欲しい気持ちでいっぱいだった。

以上。一回目の手術まで。
不安だったけど、一緒にいられるのは嬉しかったな。
ご飯作って一緒にテレビ見て、ゆるゆる過ごしてたよね。