戦いの振り返り7
千歳から札幌市内にむかう途中に更新です★
ゆうすけくんが入院して、色々検査が終わって、すぐに抗ガン剤の治療が始まった。
「辛い治療に耐えれるかなぁ。。心細いよ。」
点滴が始まる前の日、こんなメールがゆうすけくんからきていた。
ゆうすけくんの入院していた病室は6人部屋で、周りはおじいさんばかり。この時私はまだお見舞いに行ったことがなくて、想像するしかなかったんだけど、副作用の説明されて、周りには似たような治療で苦しそうな患者さんがいて、きっとすごく不安だったと思う。
髪が抜けることは前もって言われていたから、ゆうすけくんは入院前に坊主頭にしてました。
病院の床屋さんで切ろうとしたらかなりへんちくりんになってしまったらしく、けっきょくかなり短い坊主にしていたみたい。
ゆうすけくんのお母さんはウィークリーマンションを借りて、毎日京大病院にお見舞いにいってました。
抗ガン剤の投与が始まった一日目は、吐き気もあんまりなく終わったみたい。
でも本当に一日中点滴うちっぱなしだし、点滴の最後の利尿剤?で超トイレ近くなるしで、大変だったったみたいだね。
外回り中もちょこちょこゆうすけくんにメールしてたなぁ。
「具合悪い?」って聞いてみたけど、この時は
「まだ大丈夫。」って言ってた。
投与2日目になって、
「ちょっと気持ち悪くなってきた」
ってメールがきて、そこからだんだん副作用がでてきて、
3日目くらいから「吐いちゃった」ってメールがきたりするようになった。
あんまりしんどい時にお見舞いに言っても迷惑かなぁと思いつつ、一回目の点滴が終わる週末に、お見舞いに行っていいかどうかゆうすけくんのお母さんに聞いてみた。
本当にありがたいことに、ゆうすけくんのお母さんのアパートに泊めてもらえることになって、一回目のお見舞いに行くことにした。
土曜日の早朝新幹線に乗って、京都駅からバスに乗り継いで、大学病院がある熊野神社前まで移動。
このルートも、入院してる間にすっかり慣れたなぁ。
中途半端だけど、もうすぐ札幌に着いちゃうので、今日はここまでっ!
ゆうすけくんが入院して、色々検査が終わって、すぐに抗ガン剤の治療が始まった。
「辛い治療に耐えれるかなぁ。。心細いよ。」
点滴が始まる前の日、こんなメールがゆうすけくんからきていた。
ゆうすけくんの入院していた病室は6人部屋で、周りはおじいさんばかり。この時私はまだお見舞いに行ったことがなくて、想像するしかなかったんだけど、副作用の説明されて、周りには似たような治療で苦しそうな患者さんがいて、きっとすごく不安だったと思う。
髪が抜けることは前もって言われていたから、ゆうすけくんは入院前に坊主頭にしてました。
病院の床屋さんで切ろうとしたらかなりへんちくりんになってしまったらしく、けっきょくかなり短い坊主にしていたみたい。
ゆうすけくんのお母さんはウィークリーマンションを借りて、毎日京大病院にお見舞いにいってました。
抗ガン剤の投与が始まった一日目は、吐き気もあんまりなく終わったみたい。
でも本当に一日中点滴うちっぱなしだし、点滴の最後の利尿剤?で超トイレ近くなるしで、大変だったったみたいだね。
外回り中もちょこちょこゆうすけくんにメールしてたなぁ。
「具合悪い?」って聞いてみたけど、この時は
「まだ大丈夫。」って言ってた。
投与2日目になって、
「ちょっと気持ち悪くなってきた」
ってメールがきて、そこからだんだん副作用がでてきて、
3日目くらいから「吐いちゃった」ってメールがきたりするようになった。
あんまりしんどい時にお見舞いに言っても迷惑かなぁと思いつつ、一回目の点滴が終わる週末に、お見舞いに行っていいかどうかゆうすけくんのお母さんに聞いてみた。
本当にありがたいことに、ゆうすけくんのお母さんのアパートに泊めてもらえることになって、一回目のお見舞いに行くことにした。
土曜日の早朝新幹線に乗って、京都駅からバスに乗り継いで、大学病院がある熊野神社前まで移動。
このルートも、入院してる間にすっかり慣れたなぁ。
中途半端だけど、もうすぐ札幌に着いちゃうので、今日はここまでっ!
戦いの振り返り6
めちゃめちゃ久しぶりの更新です。
ゆうすけくんも、ちょいちょい更新してるみたいなので、私も頑張って書きます。
ゆうすけくんがアメリカから帰国して、多治見まで会いに行って、その後すぐに京都の大学病院に入院することになった。
入院初日だったと思う。
色んな検査をする予定なのは知ってたんだけど、
検査の結果とか、ゆうすけくんに聞いていいのかどうなのか迷ってもやもやしてた。
夕方、ゆうすけくんからメールがきた。
「今から手術するらしい」
「なんの⁈」
「腰に管入れるんだって。絶対痛い。嫌だ」
「おしっこ出すやつ?」
「そう。」
隣の席にいた病気マスターのママさんに、
「カテーテルいれる手術っていたいんですか?」
って聞いたら、
「麻酔もするし、そんなに痛くないわよ」と。
ゆうすけくんに返信で、
「そんなに痛くないみたいだよ」って送ったけど、
「看護士さんに聞いたもん。絶対痛いって。もうだめだ」
相当びびっている様子。
でも、数時間後に、
「手術終わったよ。」
って割りと落ち着いたメールがきて、ほっとした。
入院中はほとんどそうだったんだけど、ゆうすけくんの消灯前少し電話して、電話終わったら仕事に戻ってた。
この日も仕事が終電で、夜、品川駅で乗り換える前に、ゆうすけくんのお母さんに連絡したと思う。
「ゆうすけくんに直接聞きづらくて聞いてないんですけど、検査の結果ってどうだったんですか」
「なんかねぇ、転移が腎臓だけじゃなかったみたいで。肺にも転移してるんだって。もっと早く帰ってくればよかったのに。。」
「そうなんですか。。治療、どのくらいかかるんですかね。アメリカでは4月くらいまでって言ってましたけど。。」
「肺に転移してなければ、もっと短くすんだかもしれないんだけど、肺にも見つかっちゃったから。。どれくらいかかるんだかね。。お医者さんは最悪の状態と思ってくださいって。長期戦になりますって。。もうあとは信じるしかないよね。」
泣きそうなのか、声がこわばってるのがわかった。
ゆうすけくんに聞くのも酷だけど、今思えばお母さんにかなりダイレクトな質問しちゃったなぁ。
最悪の状態。
癌の最悪の状態って。。。どのくらいの深刻さなんだろう。治らないこともありえるってこと???
私は治ることを信じなきゃいけないし、信じて励ましていかなきゃって思ってたけど、更に重たい不安に潰されそうで、なんでゆうすけくんがこんな目にあわなきゃいけないんだろうって、帰り道を泣きながら歩いた。
でも、支える決心はこの時もう固まっていた。
長い長い闘病生活がスタートしたのでした。
ゆうすけくんも、ちょいちょい更新してるみたいなので、私も頑張って書きます。
ゆうすけくんがアメリカから帰国して、多治見まで会いに行って、その後すぐに京都の大学病院に入院することになった。
入院初日だったと思う。
色んな検査をする予定なのは知ってたんだけど、
検査の結果とか、ゆうすけくんに聞いていいのかどうなのか迷ってもやもやしてた。
夕方、ゆうすけくんからメールがきた。
「今から手術するらしい」
「なんの⁈」
「腰に管入れるんだって。絶対痛い。嫌だ」
「おしっこ出すやつ?」
「そう。」
隣の席にいた病気マスターのママさんに、
「カテーテルいれる手術っていたいんですか?」
って聞いたら、
「麻酔もするし、そんなに痛くないわよ」と。
ゆうすけくんに返信で、
「そんなに痛くないみたいだよ」って送ったけど、
「看護士さんに聞いたもん。絶対痛いって。もうだめだ」
相当びびっている様子。
でも、数時間後に、
「手術終わったよ。」
って割りと落ち着いたメールがきて、ほっとした。
入院中はほとんどそうだったんだけど、ゆうすけくんの消灯前少し電話して、電話終わったら仕事に戻ってた。
この日も仕事が終電で、夜、品川駅で乗り換える前に、ゆうすけくんのお母さんに連絡したと思う。
「ゆうすけくんに直接聞きづらくて聞いてないんですけど、検査の結果ってどうだったんですか」
「なんかねぇ、転移が腎臓だけじゃなかったみたいで。肺にも転移してるんだって。もっと早く帰ってくればよかったのに。。」
「そうなんですか。。治療、どのくらいかかるんですかね。アメリカでは4月くらいまでって言ってましたけど。。」
「肺に転移してなければ、もっと短くすんだかもしれないんだけど、肺にも見つかっちゃったから。。どれくらいかかるんだかね。。お医者さんは最悪の状態と思ってくださいって。長期戦になりますって。。もうあとは信じるしかないよね。」
泣きそうなのか、声がこわばってるのがわかった。
ゆうすけくんに聞くのも酷だけど、今思えばお母さんにかなりダイレクトな質問しちゃったなぁ。
最悪の状態。
癌の最悪の状態って。。。どのくらいの深刻さなんだろう。治らないこともありえるってこと???
私は治ることを信じなきゃいけないし、信じて励ましていかなきゃって思ってたけど、更に重たい不安に潰されそうで、なんでゆうすけくんがこんな目にあわなきゃいけないんだろうって、帰り道を泣きながら歩いた。
でも、支える決心はこの時もう固まっていた。
長い長い闘病生活がスタートしたのでした。
桜
東京は今桜が満開です。
今日も近くの公園で朝からお花見をしてる人たちがいました。
稚内にはほとんど桜の木がないし、大学でもちゃんとお花見やったことがなかったから、実はゆっくり桜を見に行ったことってほとんどなかったりする。
一番よく覚えてるのは、去年の京都の桜かな。また今度アップするけど、ゆうすけくんが入院して、外出が許可され始めたのが去年のこれくらいの時期だった気がする。
散りかけだったけど、桜の花びらがあちこちに落ちてる京都で、ゆうすけくんとゆうすけくんのお母さんと歩いた時をよく覚えてます。
免疫が下がってたから風邪をうつされないように、マスクして、人ごみ避けて。
それでも一緒に桜見れてウルトラうれしかったんだよね。
来年一緒にお花見行こうねってメールした気がする。
でも、結局元気になってアメリカに行っちゃったから、今年もお預けだー(笑)
去年の自分達に、「心配いらないよ」って教えてあげたい気分だなぁ。
先のこと話して、不安をぬぐうのに必死だったから。
さて、商談の時間なので移動します。
ちょっとした思い出話でした。
今日も近くの公園で朝からお花見をしてる人たちがいました。
稚内にはほとんど桜の木がないし、大学でもちゃんとお花見やったことがなかったから、実はゆっくり桜を見に行ったことってほとんどなかったりする。
一番よく覚えてるのは、去年の京都の桜かな。また今度アップするけど、ゆうすけくんが入院して、外出が許可され始めたのが去年のこれくらいの時期だった気がする。
散りかけだったけど、桜の花びらがあちこちに落ちてる京都で、ゆうすけくんとゆうすけくんのお母さんと歩いた時をよく覚えてます。
免疫が下がってたから風邪をうつされないように、マスクして、人ごみ避けて。
それでも一緒に桜見れてウルトラうれしかったんだよね。
来年一緒にお花見行こうねってメールした気がする。
でも、結局元気になってアメリカに行っちゃったから、今年もお預けだー(笑)
去年の自分達に、「心配いらないよ」って教えてあげたい気分だなぁ。
先のこと話して、不安をぬぐうのに必死だったから。
さて、商談の時間なので移動します。
ちょっとした思い出話でした。