ジェイクシマブクロ


こんなに楽しそうに音楽をつくりだす人は見たことない。


ウクレレ=ハワイアンミュージックの概念はまちがってる。

ウクレレという道具をつかって生み出されるジェイクミュージックのよう。


「これ、僕の恋人」といってウクレレを大事そうに抱きしめる笑顔はたまらなく素敵。


観客の雰囲気がとってもよかった。

年齢層が幅広くて、見渡すと皆ほんとにいい顔してた。


村に知り合いがふっと帰ってきて、なじみの顔が集まって談笑してるみたい。

カタコトの日本語を一生懸命に話すジェイクへの皆の眼差しがあたたかかった。


サイレントがあるから音がすばらしくて、

音があるからサイレントがすばらしい

みたいなこといってた。

両面からものごとを見れたら、いろいろな発見がありそうだな。


福岡は都会なのに心が田舎っぽいっていってた。おかげで少し福岡がすきになった。

salena



後ろにいるバンド達を子猫を横切ったかのように見つめたり、

ピアニストとこっそり会話するように歌ってみせたり、

彼女の家に招かれたような錯覚にとらわれたすてきな時間だった。


偉大なオーラをびしびし感じるのに近寄りがたくない身近な存在。


大好きなスタンダードナンバーが流れてくると泣きそうになる。

きっと私の細胞はジャズ寄りに出来てるのだろうな。 しかたのないことだ。



UDON


「なんか、ながいなぁ・・」

と思ったらそれが最後。


まわりくどい演出にいらいらしたり、早く終わらないかなぁーてうわの空になったり、そりゃないよ!てつっこみいれたりする始末。


普通なら感動するんだろうな ていうシーンも素直に感動できない。

いい話なのに、やすっぽく感じてしまうのはなぜだろう。

それって もう一息が足りない薄味の映画なんだと思う。


最初はおもしろかったけど、途中からぐだぐだ。

CGの使いすぎにおいてかれた気分にさせられるし。

あ、でもうどんは食べたくなった。

観なきゃマズイ!てキャッチコピーも気に入った。


とにかく、ながい !

えらそうにごめんなさい。

ユナイテッド93


2006 アメリカ

監督 : ポール・グリーングラス 

配給 : UIP Japan


どんな味付けもできたはず。 たっぷりの衣をつけれたはず。


なのにこの映画はそういうやましい考えを一切絶った。


この映画は 信じがたい事実を明確に伝えるための必要最小限の材料を、無駄なくしっかりと私達の心に届けてくれた気がする。


あのとき、ああいった対応をしていれば・・

あのときの政府の対応さえひどくなければ・・・


こういった類をテーマにしたドキュメンタリーは数多くあるけれど、見てくれる人は一握りだし、いつしか忘れられてしまう。


でも映画は世界中に届けられる。そして、いつまでも残り得る。


だからまだ生々しさが残るつい最近起こった実話を、いちはやく映画にしたんじゃないかなー


起こってしまった事故という意味で片付けないために。

起こってしまったこの悲劇から何かを感じ、学ぶために。


バグダッドカフェ

1987年 西ドイツ

監督 : パーシーアドロン

出演 : マリアンネ・ゼーゲブレヒト  CCH・パウンダー  ジャック・パランス

配給 : KUZUIエンタープライズ


舞台はアメリカ西部、モハーベ砂漠にたたずむさびれたモーテル「バグダッド・カフェ」。

そこは日々の生活に疲れきったモーテルの女主人や、日夜遊びに明け暮れる娘、売れない画家、ピアノの弾けないピアニストなど、うだつのあがらない人々が集う場所だった。そこへやってきたのがドイツ人のジャスミン。彼女の出現は、徐々に周りを変えていく。


ジプシーのように暮らしたいなら今すぐ家をでてみれば。


こだわりを発信したいなら家を改造して誰か招待してみれば。


歌声をきいてもらいたいなら外へ飛び出して思い切り歌ってみれば。


この映画を観たらなんだって出来そうな気がしてきた。

だってとかでもとかやっぱりとか、こまやかなものがどうでもよく思えてくる。


地球の裏側に自分だけの居場所をみつけられるかもしれない。

何ひとつないと思ってた大嫌いなところが、何をこなすにも十分なところだったのかもしれない。

そう思うと今すぐにでも種をまいてみたくなった。


やりたいからやってみる。芽がでるまでやってみる。


何度もさしこまれる名曲がいちいちしみる。 久々にいい映画みたー。


IL PORTIERE DI NOTTE


1973 イタリア・アメリカ
監督 : リリアーナ・カバーニ

出演 : シャーロット・ランプリング ダークボガード

配給 : 日本ヘラルド


1957年 ウィーン。かつてのナチス親衛隊の身分を隠しホテルのポーターとしてひっそりと暮らすマックス。ある日、収容所でもてあそんだルチアが、有名指揮者の人妻となって現れる。当時は支配するものされる者の関係に有りながら、異型の愛でむすばれていた二人。その再会は再び二人を狂気と頽廃の愛へと引き戻す・・・。ナチズムの狂気に翻弄された男と女の愛の悲劇。


「ひどい人ね。」

「何で?彼女の望みを叶えてあげたのに。」


このセリフに、この映画の全てが込められてる気がする。

愛と死が隣り合わせのサロメの世界。

息苦しい退廃の空気がずっしりとのしかかる。


怪我して手から血が出る。

普通ならあまりの痛さで顔をゆがめるのに、狂ったように笑う。

突然 自分の自由を制限される。

普通ならそこから逃げ出そうとするのに、なぜか楽しんでいる。


いつもと感性が変わる普通じゃなくなる何か それが愛なのかなー・・・

甘いだけじゃないこんな痛々しい愛もあるのか。


シャーロットランプリングがこの世のものと思えないくらい美しい。


それからこの邦題いや。 昼ドラにつかわれてたし・・


ゲド戦記


何かが足りないんじゃないか と思った。


伝えたいことは分かる。

好きなシーンもいくつか見つけた。

音楽がすばらしい。


でも


なんだかひらぺったい。

「命を大切に」というセリフだけがまんべんなくちりばめられ、それを裏付ける深い何かが欠けている。

原作を読んでないため、この世界の決まりごとがよくわからずついてけない。(竜と人とか。真の名とか)

宮崎駿アニメ独特のユーモアがほとんどなく、笑う場面はなし。

突然アニメが雑に感じる時がある。


映画を通して伝えたいメッセージは、セリフにつめこめばいいってもんじゃない。

「何を伝えるか」より、「どうやって伝えるか」に力をいれてほしかった。

言葉にもたれかかって、ひとりひとりのイマジネーションを無視したら、こうなっちゃうってことかな。

どんなときでもユーモアを忘れないでいてほしい。


点が容易につながらない映画。

ふしぎでへんな映画だいすきだけど、これはちょっと難しいし好きではない。

かっこいいとかっこ悪いが合わさると、 強い!


ここ一番大事なところで派手にこけたり、二枚目だけどひどく頼りなかったり。

迫力と笑いが同時に楽しめる映画って貴重だと思う。


この映画を通して痛感したことは、吹き替え版の大事さ。

今まで、「吹き替えなんて観る人いるの!」て思ってた。(かなり偏見)

でも、いるいる。子連れの大家族がぞろぞろ観に来る。

子ども向け映画じゃないのに、幅広く人気のある映画。夏休みにぴったりだと思います。



ただ、終わり方がなー。そんな終わり方しなくたって続編みるってば。なんかちょっとすっきりしないー 来年5月までと思うと・・。


最近 「カビリアの夜」を観たせいで、「パイレーツ オブ カビリアン」っていってしまう。


あ。そうそう、これ観る人は最後までちゃんとみよう。

カビリア


1957年 イタリア

監督 : フェデリコ・フェリーニ

出演 : ジュリエッタ・マシーナ アメデオ・ナッツァーリ フランソワ・ペリエ


娼婦カビリアは、何度男に裏切られようと純粋無垢な心を失わず、いつか幸せな人生を歩めると信じていた…。  『カビリアは、真に愛してくれる男を純粋な心で待っている…。』-フェデリコ・フェリーニ


冒頭から突然川に突き落とされたり金をとられ騙されたりもう散々。

でも終始やすらかな気持ちで観れてしまうわけは、カメラを通して監督からカビリアへのあたたかい眼差しを感じるられるからだと思う。


とにかくやだ。今の生活をかえたい。 でもどうすればいいのか分かんない。

もがいて何かに必死でしがみついたり、とつぜん自暴自棄になるとことか、とても他人事とは思えない。

カビリアの意地汚さや見栄っ張りなとこまでひっくるめて、なぜだかいとしく思えてしまう。


ジュリエッタ・マシーナの強気な目。 切ない音楽。 だいすきな終わり方。 どれをとってもすばらしい映画。


mi3


もしも「せっかくだから」ランキングがあれば、めでたく上位に選ばれると思う。


1と2も観たし・・         せっかくだから。

トムクルーズかっこいいし・・ せっかくだから。

迫力あるアクションだし・・   せっかくだから。


期限切れしたメンバーズカードを持ってくるお客様率がたかい気がする。

おじいちゃんと息子からポスターの前で記念撮影を頼まれた。 とってもいい笑顔。

普段あまり映画館にいかない人まで呼び込んじゃう映画って、すごいなー!


せっかくだから効果は、映画館には最近ごぶさたの父にまであらわれた。

観終わった後、父はしきりにあらさがしをしながらも、満足げににこにこしてた。映画ってそういうものかも。