この週末秋篠宮皇嗣殿下の立皇嗣の礼が行われました。

皇居で行われた「立皇嗣の礼」で代々、皇太子に受け継がれてきた古い剣が儀式に用いられました。これまでベールに包まれていた剣の貴重な姿です。 宮殿「松の間」で行われた「立皇嗣宣明の儀」。天皇皇后両陛下と秋篠宮皇嗣殿下同妃殿下は伝統的な装束姿。成年皇族として参列された秋篠宮家の眞子内親王殿下、佳子内親王殿下はロングドレス。8日、皇居では秋篠宮皇嗣殿下が皇位継承順位1位の「皇嗣」になられたことを広く内外に示す立皇嗣の礼が行われました。 去年から続いていた御代替わりに関する行事は、これで一区切りとなりました。8日に行われた儀式のなかで、陛下から秋篠宮皇嗣殿下に継承されたものがありました。皇太子の印として伝わる剣「壺切(つぼきり)御剣」です。 1991年、陛下が「立太子の礼」に臨まれた時の映像。継承された壺切御剣は袋に包まれていましたが、今回は、その形状をはっきりと見ることができました。次にこの剣を継承するのは、いつになるのでしょうか。皇位継承順位第2位の悠仁殿下は14歳の中学2年生。成年皇族ではないため、今回の儀式に参列されませんでした。皇位継承順位第3位は現在84歳の常陸宮殿下です。前回の「宣明の儀」に参列されていた男性皇族は4人でしたが、今回は常陸宮殿下1人だけ。9日、安定的な皇位継承について加藤官房長官は・・・。  加藤官房長官:「きのう、立皇嗣の礼がまさに執り行われたばかりでもあります。現時点において、具体的な検討の在り方について決定しているわけではありませんが、政府に速やかな検討を求めている衆参の付帯決議、この趣旨を尊重してしっかりと対応を進めていきたいと考えている」  また、ある政府高官は取材に対し、有識者などから非公式にヒアリングをしているとし、静かに議論を進めた方が良いとの考えを示しました。

※敬称のもれや言葉の違いがありましたので、追加訂正しています。なお、上記に「次にこの件を継承するのは、いつになるのでしょうか。」との一文がありますが、不敬というよりも人としての礼に反する言葉ではないかと思います。普通、日本人であればこのような一文を入れることに抵抗があるはずだと考えています。

 

通常、剣は袋に入っていますが、今回袋から出されていたのはもしかしたら、剣ブームにある時代へのサービスだったのかと想像してしまいました。ただ、本当の所、なぜ今回袋から出したのだろう?と考えています。

 

本当はこうした儀式を全て生中継で見たかったし、この放送局ではなく他の映像で観たかったところです。

 

いずれにしましても、この立皇嗣の礼にて令和の御代替わり行事の公式行事は全て終了いたしました。(秋篠宮皇嗣殿下が神宮、神武天皇陵、昭和天皇陵へ奉告される儀式は延期のため)。

 

ところで、92年前の本日、昭和3年(1928年) 11月10日は昭和天皇の即位の大礼があった日です。昭和天皇は今上陛下の御祖父、上皇陛下の御父にあらせられます。以下に当時の貴重な映像があります。

 

このような映像を拝見すると、私はこうした儀式を生で拝見できる時代に居合わせたことを幸せに感じます。まだ幼かったりしていたら、せっかくの令和の御代替わり儀式もわかりませんでした。それなのにこうした儀式を平成と2回も拝見することができました。その前の昭和天皇の御代はとても長かったため、こうした儀式を目の当たりに出来る機会は、平成の御代替わりの時は久しぶりの事だったのです。そしてその前の時代は映像等が貴重な時代ですから、御代替わり行事を拝見することが出来るのはほんの一部の人達でした。私達はこうした行事を、映像で全て観ることが出来る幸運な時代に居合わせた最初の国民であり、これを伝えることが出来る最初の人達であるということを自覚したほうがいいかもしれません。

 

 

昭和天皇は即位の大礼の為11月6日東京を出立され、11月7日に京都に入られました。上皇陛下は初めて東京で即位の大礼が行われましたが、昭和天皇までは京都で行われていました。上記はその模様が記録された貴重な映像です。(ただし解説にはところどころ悪意が感じられます。)即位の大礼には、各国の使節も参列されており昭和初期の皇室外交が垣間見れます。またこれを機に、ラジオの中継放送が始まりました。ラジオに聞き入る人々の様子や、映像に映る影の濃さから、この日が暑さが感じられるほどの晴天であったことがわかります。太陽王と言われた昭和天皇は、実は皇太子時代には雨の行事が多かったともいいますが、流石即位の儀式は晴天だったんですね。

 

 

解説が随分偏っていますが、映像はとても貴重なものです。なお、日本の農村が貧困で大変だった半面、併合された朝鮮半島と台湾のインフラ整備に日本がお金をかけていたことは同時に語られるべきことです。植民地にそのようなお金をかけることはありません。併合であったということを物語る事実です。

 

大正天皇の崩御は、大正15年12月25日、その日からただちに践祚され年号が昭和に変わりました。御大葬が昭和2年2月7日にあり新年の歌会始は服喪期間で行われず、昭和天皇初の歌会始が行われたのは昭和3年のことです。その時の歌のお題は「山色新」。

 

山山のいろはあらたにみゆれども

わがまつりごといかにかあるらむ

 

即位の覚悟が表れた御製となっています。

 

即位された時の昭和天皇は25歳、しかしその前に大正天皇の摂政としての時代がありました。摂生になられたのが大正10年の11月25日。歌会始の歌は前年に作られると言いますから、大正12年の歌が摂生になられてから初めての歌ではないかといいます。

 

大正11年の歌会始のお題は「旭光照波」。

世のなかもかくあらまほしおだやかに

朝日にほへる大海の原

 

大正12年の歌会始のお題は「暁山雲」。

あかつきに駒をとどめて見わたせば

讃岐の富士に雲ぞかかれる

 

大正13年の歌会始のお題は「新年言志」。

あらたまの年をむかへていやますは

民をあはれむこころなりけり

 

この前年の大正12年9月1日に関東大震災が起きており、皇太子だった昭和天皇は視察をされましたので、その心情が表れた歌ともいわれています。この頃から摂生官としての御覚悟が歌にも表れたのだともいいます。

 

大正14年の歌会始のお題は「山色連天」。

立山の空に聳ゆるををしさに

ならへとぞ思ふみよのすがたも

 

大正15年の歌会始のお題は「河水清」。

広き野ながれゆけども最上川

海に入るまでにごらざりけり

 

天皇はその心情を語りませんし語っても強く言いません。それは他への影響を考えての事といいいますが、唯一その心情が表れるのが御製といいます。歴史の先から振り返っている私達には、この後の昭和の流れが見えていますが、20代の若者がこれからの御世を背負って行こうと覚悟されていらっしゃる姿に涙が出てきてしまいます。現在の日本があるのは、昭和天皇の御覚悟があってこそ。ただ感謝することしかできません。

 

昭和天皇がいつも気にかけていらっしゃったのが収穫のことですが、病床の時におかれてもお天気を心配されていたことが知られています。

 

収穫の後にはいつの時代も、御歴代の天皇の祈りの集大成の時、新嘗祭があります。

 

そして天皇が即位した後、一世一代の新嘗祭である大嘗祭が行われます。

 

昭和天皇の大嘗祭は、この即位礼の直後である13日に鎮魂の儀、翌14日~15日に大嘗祭が行われ、16日~17日大饗の儀が行われています。つまり大嘗祭も京都御所で行われたということです。

 

昭和天皇はその後19日に伊勢に行幸され、25日にはまた京都に戻られ明治天皇陵で親謁の儀を行われてから、26日東京に還幸、27日に賢所・温明殿に還御の儀、30日に皇霊殿・神殿に親謁の儀をされてらっしゃいます。

 

昨年、天皇陛下の大嘗祭が行われたのは記憶に新しいところです。

 

 

 

今年は通常通りの新嘗祭が行われます。(大嘗祭は新天皇一世一代限りの新嘗祭)

 

 

 

なお、御代替わり行事に絡み皇室解体を目論んでいる輩の活動が活発化しています。これに対抗するのは私達が皇室に対して知ることのみだと考えています。メディアは偏向報道ばかりしていますので、自ら知ることのみと考えています。またSNS等も信頼にたる所が少ないとも意識しています。今回のアメリカの大統領選の報道にて日米ともにその報道の酷さが浮き彫りになっていますがそこにSNSも加わっているからです。今回の立皇嗣の礼のニュース記事をまとめたところアップできませんでした。昨夜 #マスゴミの実体 のツイデモがあり私も参加しましたが、そこには多くの事実がアップされていました。

 

 

 

 

また最近、三浦春馬さんの件に絡めて皇統保守を装った皇室批判ブログの内容を拡散させる人が増えています。こうした活動は隙さえあれば入り込んできます。三浦春馬さんのファンであれば、春馬さんが一番嫌なことはこうしたことをすることである、ということに気づいて欲しいと思います。なんといっても、そうした行いはそのまま、春馬さんが受けた誹謗中傷と同じことを天皇と皇室に行っていることにも気づいて欲しいです。また、三浦春馬さんの件で検索してこうしたブログに行きついた場合は、こうしたことがあるということだけ認識していただいて無視してください。こうした存在があることを知ることは、その存在を知らないよりもいいことです。

なお、こうしたブログについてまとめられたブログがありますので、こういう批判ブログに同調している方は、こちらを一度読んでいただきたいと思います↓こちらのブログ主は現在休止中ですので絡めません。また私もこうした内容での絡みは基本時間の無駄と考えています。ご自身で探求して答えを見つけない限り納得しないということがわかっているからです。絡みコメントがあった場合スルーしています。

 

三浦春馬さんの盟友、高橋優さんの新アルバム冒頭の歌