Jeep Liberty(日本名:チェロキー)の兄弟車として、ダッジが
2007モデルより販売を予定している、ダッジ・ナイトロ。ダッジに
とっては、初のミドルサイズのSUV。


 Dodge Nitro


 メーカー : Dodge
 車名 : Nitro
 エンジン : V6SOHC
 排気量 : 3700cc
        4000cc
 最高出力 : 157kw[ps]/5800rpm
          190kw[ps]/5200rpm
 最大トルク : 319N・m[32.5kg・m]/4000rpm
          275N・m[28.0kg・m]/4000rpm
 ドア数 : 5


 男らしいというイメージを持つダッジらしいエクステリアを持ち
チェロキーの兄弟車だが、見た目は、新しいジープのコマンダーに
似た角ばったデザインを採用している。ジープブランドのモデルを
他のブランドで共有するのは今回が初となっている。

 
 チェロキーが日本でも人気を持っているようにこのナイトロも、
サイズが、全長4543*全幅1857*全高1758と、日本の道路事情にも合
うサイズ。


 インテリアは、機能性を重視したもので、特徴的なのは、カーゴ
スペースで、床を車体後部にスライドすることが出来、積み下ろし
をしやすくしていて、助手席と後部座席を倒すことでフラットスペ
ースも得られる。

 

 Dodge Nitro Cargo


 関連リンク:Dodge Nitro(英語)


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 1960年代の隠れたスポーツカー名車ともいえるスチュードベイカ
ーのアバンティ。わずか2年間しか生産されなかったが、スチュード
ベイカーの代表車となっていると同時に、スチュードベイカーの衰
退時に生まれた最高でもあり、悲劇でもあるモデル。


 Studebaker Avanti 1963

 

 1868年頃に馬車の生産会社として誕生したスチュードベイカーは、
1902年頃には、ガソリン自動車を開発し始めたメーカー。


 当初財政難に陥っていたスチュードベイカーは、デザイナーの
Raymond Roewyを迎え、スポーツカーによる業績復活を目指して、
このクルマを作り上げた。シャーシの新たな開発が出来ないため、
それまでのLarkというクルマの流用、ボディでのグラスファイバー
使用しなければならないという当時のBig3とはハンデがあったにも
関わらず、エンジン面では、フォードを凌ぐパワフルなものを開発
している。


 1962年のニューヨークオートショーでの出品直後は、同様にニュ
ーモデルとして登場したシボレー・コルベットスティングレイより
も多い、注文を受けることとなるが、生産ラインの遅れにより、待
ちきれない顧客は、コルベットに奪われてしまう。


 そういった問題があったにも関わらず、自動車部品メーカー
Paxtonとの協力の下、スーパーチャージャーを搭載したモデルR2に
更にパワフルなR3、R4とラインナップを追加し、R3は、330馬力を
誇り、レースで記録を残した。


 Studebaker Avanti


 更にハイパフォーマンスを誇るR5の開発が行われていたものの、
結局は、業績悪化により、スチュードベイカーは、工場を閉める
こととなった。当時で最高のパフォーマンスを持つクルマであった
であろうAvanti R3は、わずか9台だけが出荷されることとなった。


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 マッスルカーの代名詞にもなっているチャージャーの2代目にして、
ベストモデルと言える1970ダッジ・チャージャー。


 Dodge Charger R/T 1970


 今見ても、どのモデルのマッスルカー時代のチャージャーを見ても、
これがマッスルカーだという見た目のチャージャーの中で、1970年は
マッスルカーブームの頂点の年だと言われ、このロボコップフェイス
のチャージャー。


 1966年にデビューしたダッジ・チャージャーは、1966年から1978年
の「B-Body」と呼ばれるラインナップだが、実質は、1966年から2年間
の1代目と、全盛期の2代目、3代目となり、排ガス規制以後の1975年
から1978年のモデルは、クライスラー・コルドバをベースとした3代目
以前とは、趣が異なるクルマとなっている。


 2代目チャージャーは、1968年に登場し、毎年若干の変更が施され、
特にフロントマスクは、毎年変更されていた。更に前期モデルに比べ
てテールランプや、フロントドア横に「R/T」等グレードののロゴが付
けられている。更に、このモデルには、新たな変わった名前のボディ
カラーが導入され、Top Banana(黄色)、Panther Pink、Plum Crazy
(紫)などインパクトのある色が追加された。

 
 このモデルには、1960年代初期のMax Wedgeエンジン以来最も性能
の高いエンジンの440・6パックが導入され、390馬力を誇るオプション
が導入された。当時としては、画期的なエンジンであったにも関わらず
シリーズ全体としては、あまり売上げ的には奮わなかった。 


 関連リンク:1970 Dodge Charger Registry(英語)
 1970年モデルに限定した詳しい情報があります。


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 ストレートな意味の車名を持ち、現在のアメリカンスポーツカー
の元祖とも言える、シェルビーACコブラ。

 

 Shelby AC Cobra 427
 
 シェルビーとは、1950~60年代にルマンで活躍したワークスドラ
イバーである、キャロル・シェルビーのことで、ドライバー引退後
に彼が、軽いヨーロッパスタイルのシャーシにアメリカのパワフル
なV8エンジンを搭載して作ったのが、ACコブラである。


 初期段階では、イギリスAC社のシャーシに、フォードの4リッター
V8エンジンを搭載して誕生したのが、1962年のことで、その後改良
され、4.7リッターV8エンジンを搭載したモデルは、5万台を売り上
げた。このマシンで、271馬力、最高速度225km/hをたたき出した。


 既に、そのライトなボディにパワフルなエンジンの搭載でのモン
スターマシンになっていたが、1965年には、7リッターの大排気量
エンジンを詰め込んだ「427」が登場。アメリカのスポーツカー史
に名を残すモンスターマシンとなり、数々の国内のレースに加え、
イギリスでのレースで輝かしい戦歴を残した。停止時からの加速で
は、その軽量なボディと爆発的な加速によって、テールが左右に振
られることから、「スネークダッシュ」という名前が付けられた。


 427では、パワーがありすぎて、公道では使えず、フォードの別
のエンジンを積んだ428などが登場した。その後、キャロル・シェ
ルビーは、オールズモービルやダッジのスポーツカーの開発にも
携わり、ダッジのモンスターマシン・Viperの開発者としても活躍
し、御年80歳の2003年には、コブラのDNAを継ぐ「フォードGT」の
テクニカルアドバイザーとしても活躍している。


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 今回は、アメ車と言えば、様々な特色がありますが、その中で
も、アメリカの文化をも象徴する「マッスルカー/Muscle Car」の
起源について紹介します。


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 マッスルカーのブームとなったのは、1960年代の後期だが、そ
の起源となったクルマでは、クライスラーの300レターシリーズ
がデビューした1955年頃という表現もあるが、主にマッスルカー
の定義としての「ミッドサイズ」というものとしては、外れてい
て、300レターシリーズは、ラグジュアリーセダンと言うカテゴリ
ーに分類される。


 そういった点を踏まえると、純粋なマッスルカーとしては、1964

年にPontiac GTO/ポンティアック・GTOが、それまでのハイパワー

を持つフルサイズセダンからの流れで、ミッドサイズのボディーに

6.5リッターV8エンジンを搭載したことが、マッスルカーブーム本

流の流れを作ったと言われている。


 Potiac GTO 1966


 1966年には、上記エンジンをオプションから、標準装備させ、
当時としては、GMの自主規制を超えたサイズのエンジンであった
にも関わらず、主に若年層からの支持を得た。


 1966年のマッスルカーの大量の登場によって、マッスルの意と
する、ハイパワーへの更なる追求、豪華な装備を求めたため、若
年層にとって歓迎できない価格の上昇に反応してか、プリマス・
ロードランナー、ダッジ・スーパービーなどが、廉価マッスルカ
ーが、1967,1968年にかけて登場し、マッスルカーブームが加熱
していく。

 
 マッスルカーブームのピークは、450馬力を誇るクルマが登場
した1970年頃と言われている。


 こうして、登場したマッスルカーブームは、当時のアメリカ以
外の自動車業界にも影響を与え、特にオーストラリアでは、オー
ストラリア国産自動車メーカーHoldenなどが、相次いで、マッス
ルカーを発売している。(⇒Holdenの記事へ

 
 そして、60年代中期のフルサイズセダンのハイパワー化からの
流れで、一気に時代を象徴するブームとなったマッスルカーは、
1973~74年にかけての排ガス規制の影響を受け、その短いブーム
を終えた。


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