昔、犬と散歩に行って、散歩綱を解いたことがあった。テレビで、犬の綱を解いても飼い主が呼ぶと犬が戻って来て仲良く遊んでいるのを見て、それに憧れた。犬は喜んで飛んで行って、呼ぶと確かに帰って来た。それを2~3回やって散歩綱に留めた。後は、散歩綱で歩いた。しかし、カチッと音がして綱を留めた瞬間、犬がしまったという顔をした(笑;;

そして、次の散歩の時、もう一度それをやったら、今度は戻っては来るものの、絶対に散歩綱の再装着をさせない。するりと身をかわす。あぁコイツ、学習したなと思った。後は、追ったら逃げる。戻ると、近くに来る。やられたと思った。散歩にかけられる時間は、犬はたくさんあるけれど、少年の私には他にやることもある。根負けして、犬を放置したまま家に帰ることにした。犬には、ちゃんと帰って来いよ、と言った。たぶん、賢い犬なので気が済んだら戻っては来ると思った。

夕方、戻って来た犬は庭で水を飲んでいた。満足したらしく、大人しく庭の鎖に首輪を留めさせてくれた。何事もなくてよかった、と思った。それで、それからは、散歩中に放犬するのはやめた。犬も、それを求めなかった。散歩に連れて行ってもらうだけで、まぁよしとしよう、と思ったのかもしれない。犬とあの川沿いの遊歩道を何回も走っては戻り、また走ってを繰り返したのは楽しかった。ホントごめん、毎日連れて行ってあげられなかった。あんなに散歩を喜んでいたのに。そんな思いが自作曲の『くりのワルツ』には、込められています。


.
何十年も『人間』と将棋を指したことがなかった。ゲーム機相手でもPCのソフト相手でも面白くなくて、しかも新聞などに載る詰将棋問題が少しも解けなくなって、将棋への関心を失っていた。

けれども、近所の飲み屋さんで、ん十年ぶりに将棋を指した。酔っぱらっていたし、どうせヘボ将棋じゃん、という侮りもあった。当然のように私は2回勝ったが3回目に負けた。わざとではない。すげぇと思った。その日は3勝1敗だったが、お相手の人はそれから私を好敵手として認知したらしく、親しい別の飲み屋のテルちゃん(ママさん)に、アイツ次はいつ来るかな、と何回も訊くそうだ。一度テルちゃんを介して電話で誘われたが、午後の時間に飲みに出かけるとその後何もできなくなる。その日は、コード譜を作っていたので、申しわけないけれど断った。

別の日、午前中、眼医者に行った。白内障手術の後、3度目の診察。次回は1年後に来てください、と言われて眼医者を後にしたが、何しろ待ち時間が長くて疲れ果てた。で、その定食店にビールを飲みに寄った。私の後、しばらくして好敵手86歳が登場する。私を見るなり、彼の目が輝く。早速、ヘボ将棋が始まる。その人は、前回の私との勝負を省みて傾向と対策を練っている。2度勝って、3度目に、いや、この人の努力はすごい、と感心してしまった。私への対策を幾つも、工夫している。人間相手に将棋をすると、そういう、相手の成長だとか対策だとか人間的営為が見て取れる。私は勝負を忘れて、人間相手の将棋の味わいを堪能していた。そうしたら、厳しい一手を指されて負けてしまった。

いやぁ、やっぱり勝負事は、強い弱いではなく、人間相手にやれるから面白いのだと改めて思った。そりゃぁ今の私はヘボ将棋だ。昔に較べて格段に弱い。でも、楽しい。4戦目を速攻で勝ってその日も勝ち越したが、そういう問題ではない。勝敗を度外視して、駒を動かすことを純粋に楽しめること、相手の努力とか気持とかそういうことのやり取りができること、相手の悔しそうな顔を見て飲むビールの美味しいこと・・・。ありがとうございました。また遊んでくださいね、S大先輩(笑;;


.
私は、新宿区の外れで育ったのだけれど、家が出前を頼む有楽庵のラーメンは、鳥白湯スープの塩ラーメンだった。物心ついてからそれしか食べたことがなかったから、ラーメンというのはそういう物だと思っていた。

ところが、祖父母と叔母に箱根に連れて行ってもらったとき食べたラーメンは、黒い醤油味スープでしかも黄色い卵麺だった。びっくりした。世の中のラーメンにはそういうものがあるのだぁと初めて知った。味は、有楽庵の方が美味しかった。

人間は、さすがに鳥とは違うから、卵から出て最初に見たものが母親だと思って付いて行く、とはならないけれど、いろいろなことの認識は、最初に出会ったものが基本になる、という点では同じようなものだ。ラーメンなら罪にならないけれど、他のことでも最初に何に出会うか、誰と出会うか、ということは、その人の人生にとってとても大切なことのように思う。運不運もあるだろう。よい人に巡り合えれば幸せに違いないし、そうでなければそれを取り戻すのが大変になる。幸いに、私はいろいろと恵まれていたのだと感謝している。

ちなみにその有楽庵に、新宿区を離れて20年以上経ってから行ってみたが、代替わりをしていたらしく、頼んで目の前に供されたラーメンは塩ラーメンではなく普通の醤油ラーメンだった。当時の職人さんはどこかで自分の店を持って商売をしているのかなぁとか思った。懐かしさと時の流れと、人生の流れと、自分の変遷と…。いといろなことを思い出しながらその一杯のラーメンを食べさせてもらった。


.
先日、近所のスナックで、水道配管業・塗装業・電気工事業の人がカウンターに座っていた。それぞれ顔なじみではあるけれど、別々に来ている人たちだ。

石油の話になった。まず塗装業の人が、石油不足でペンキの溶剤が入って来ないので先の仕事が受けられないと愚痴り出した。今やっている仕事も止まりそうだという。仕事が終わらないとお金が入らない。でも、従業員の給料は出ていく。2~3か月すると体力の弱い会社からバタバタと潰れていくだろう。すると、水道業の人が続ける。材料のパイプが入ってこない。石油原料はまず医療とかが優先されるから、材料が水道屋に回ってくるのは一番最後になる。コロナの時みたいに補助金なり助成金なりを行政から出してもらわないと、とても年内はもたない、と頭を抱える。電気業も、工事が止まれば、電気屋だって干上がっちゃうから、同じですよ。と、現場仕事の切実さを口々に言う。

タカイチは石油はあると言う。しかし、経産省の公表数値だけを見ても、6月に日本は詰んでいると発言している人がいる。タカイチの提灯持ちは、首相があるというんだからあるんです、とワケのわからないことを言う。ガソリンの問題だけではなくて、石油を原材料にしている製品は山ほどあるのだ。現場での悲鳴を吸い上げて聞いてやろうという人は政府にはいないのだろう。現場が困っていようが何だろうが、官僚は無事に給料が出る。切実さはわからないのだ。まして、戦争をする国に作り変えたいタカイチなどには、市井の人々の生活などどうでもよい。

トランプによる暴挙は、極東の島国にも容赦なく影響を及ぼす。きゃ~トランプさま~などと、浮かれて抱きついて媚びを売れば外交が上手くいくワケでもない。この国はどうなってしまうのでしょうか…。しがない鍵盤弾きにはよくわかりませんけれど。



.

今、ジャズの古いスタンダード曲に日本語の訳詞を付けて、歌謡曲のように歌ってみたい、というテーマでやっていたりします。少しずつ、訳詞をためています。

その昔、クラシックばかりを聴いていたころ、ふと、ショパンのピアノ・コンチェルト(ホ短調)が歌謡曲のように聞こえてきたのです。同じようにモーツァルトの20番(ニ短調)のコンチェルトも、やっぱ歌謡曲だよね~と思っていて、所謂通俗名曲と呼ばれる曲たちが(グリーグのイ短調とかも)鼻歌で歌える感じになって、一気にクラシックが身近なものになった経験があります。『歌謡曲』という言い方が悪ければ、自分の身近な音楽、とでも言い換えればいいのかなぁ。

ちなみに、グリーグのコンチェルトは少し練習して、私は鍵盤で和音で上がって行くグリッサードが好みで多用していますが(すみません、『音楽』を壊してまで使っています(笑;;)、それの元はそのイ短調協奏曲です。最初は、右手・オクターブ下から左手、オクターブ上の右手・左手、という感じで重く弾いていましたが、今は右手だけで軽めに使うことが多いです。和音中に9度音なども混ぜながらバリエーションしていますけれど。

ともかく、曲が『歌謡曲』に聴こえてくれば、ある意味で自分のものにした感じがして、クラシックそのものとは離れても、少なくとも自分の応用範囲には入ったので、別の曲にもそれが使えるようになるのです。ジャズ・スタンダードの歌謡曲、レパートリーに増やしていきたいです。



.