二階の他人 昭和三十六年 山田洋次監督作品 | 俺の命はウルトラ・アイ

二階の他人 昭和三十六年 山田洋次監督作品

 『二階の他人』

 映画 トーキー 56分 松竹グランドスコープ

 公開日 昭和三十六年(1961年)十二月十五日

 製作国 日本

 

 制作   松竹

 製作   今泉周男

 原作   多岐川恭

 脚本  野村芳太郎 

      山田洋次

 

 出演

 小坂一也(葉室正巳)

 葵京子(葉室明子)

 平尾昌晃(小泉久雄)

 関千恵子(小泉晴子)

 永井達朗(来島泰造)

 瞳麗子(来島葉子)

 野々孝介(正巳の長兄鉄平)

 穂積隆信(正巳の次兄信哉)

 水上令子(三田村の妻)

 山本幸栄(遠藤巡査)

 水木涼子(遠藤貞子)

 須賀不二男(三田村部長)

 高橋とよ(正巳の母とよ)

 

 監督 山田洋次

 

 

 ☆平成二十四年(2012年)八月二十一日

  南座にて鑑賞☆

 

 

  松竹映画のマークに続いて、二階建ての家の模

型が映る。スタッフ・キャストが表示される。

 

 主人公葉室正巳・明子夫妻の二階建ての家に寄せ

る夢と諸問題の葛藤を示しているようでもある。

 

 山田洋次監督作品の記念すべき最初のシーンは、

 

雨の中の駅である。

 

 帰宅してくる人々の姿が映される。

 

 

 明子は夫正巳を待っている。

 

 

 正巳と三田村部長が駅にやってくる。

 

 

 正巳・明子は傘を部長に貸して、二人は坂を登って

 

帰宅する。

 

 三田村はかつて部下だった明子に想いを寄せており、

 

未練を抱いている。

 

 葉室夫妻は借金をして、二階建てのマイホームを建て

 

た。二階を他人に貸して、所得を増やして借金を返そうと

計画する。

 

 二階を借りにきたのは小泉夫妻であった。明子は小泉

 

久雄・晴子夫妻に食事を作ってあげるが、久雄は怠惰に

過ごして、仕事に就こうとせず、無職のまま遊んでいる。

 

 家賃の収入どころか、部屋代を踏み倒されて、困った

 

正巳は小泉を叱りつつ、三田村に頼んで会社守衛の職

を世話してあげる。

 

 葉室家には、正巳の母とみが現れる。久雄はとみと意

 

気投合して、花札に日々興じて、折角推薦してもらった

守衛の仕事をさぼり続ける。

 

 正巳は勤労の大切さを強調するが、遊び人の久雄は

 

怠惰が直らない。

 

 正巳・明子ととみはすき焼きを食べるが、とみは一度

自身の口に入れた肉を、他の人の肉と混ぜてしまうので、

正巳・明子は驚く。

 

 正巳・明子夫妻の忍耐も限度に達して、小泉夫妻に

 

対して食事を抜くことを決める。久雄は立ち退きを拒否

して立て籠もる。正巳は警官に相談し、久雄と対立し争い、

彼を叩き、追いだしを決定する。

 

 小泉夫妻は深く反省することなく、陽気な雰囲気のまま、

 

部屋を明けて去っていく。

 

 外交評論家を自称する来島泰造・葉子夫妻が、部屋を

 

借りに来た。「風呂を作って欲しい」と提案して十万円を即

座に払う来島夫妻に、正巳は好印象を持つ。

 

 母とみの居場所について、正巳は長兄鉄平・次兄信哉と

 

兄弟会議を行う。長兄から家の建築資金として借りた二十

万円の返済を迫られた正巳は悩み、来島に借金してお金

を返す。

 

 だが、外交評論家を自称していた来島は、五百万円を捕

 

って逃げている犯人であることを、正巳は週刊誌の記事で

知って愕然とする。

 

 クリスマスの夜。

 

 

 来島夫妻は、正巳夫妻を呼んで、華やかにパーティーを

 

催し、ダンスを踊る。

 

 来島夫妻は、逃げ切れないことを覚悟しているようで、派手

 

に躍りながらも、表情には悲しみが漂っていた。

 

 逃げ切れないと知った来島夫妻は罪を認めて逮捕される。

 

 

 借金をしていた正巳夫妻は心に痛みがあった。

 

 

 明子は三田村部長に借金を頼む。三田村は明子の提案を

 

正巳が知らないことを知ってほくそ笑み、金を貸すこと立場

を悪用して、明子を口説く。

 

 三田村の卑劣なハラスメントにショックを受けた明子は借

 

金を断って走り去っていく。

 

 積年の片想いがあったとはいえ、恥を知った三田村は、「

 

冗談だよ!」と謝るが、傷ついた明子の心は、三田村に対す

る怒りが強くなっていた。

 

 明子は口説かれていたことを隠して、三田村に借金を断ら

 

れたことだけを告げる。

 

 浮気の口封じにまで協力しながらも、借金を断られたと聞

 

いて、正巳は「部長はケチだな」と思う。

 

 明子は、口説かれたことを隠し通せて、内心ほっとする。

 

 

 雪の降る夜。

 

 

 正巳と明子は、貸家で様々な問題に出会ったが、二人で

 

これからも困難と超えて、歩んでいくことを確認する。

 

 

 ☆山田洋次の優しさが光る第一回監督作品☆

 

 

 

 山田洋次は昭和六年(1931年)九月十三日、大阪府豊中

 

市に誕生した。

 

 父親の勤務により、二歳で満洲に渡り、昭和二十二年(19

 

47年)に大連から引き揚げてきた。

 

 東京大学法学部を経て、松竹に入社して、野村芳太郎監督

 

に師事し、野村作品の脚本家・助監督を経て、昭和三十六年

(1961年)本作『二階の他人』で監督デビューを果たした。

 

 『二階の他人』は、若き夫婦の愛の絆を明かした傑作であ

る。

 

 小坂一也と葵京子は輝いている。

 

 

 冒頭のシーンで、明子は夫正巳が雨に濡れるのを案じて

 

傘を持って夫の帰宅を待っている。

 

 愛のこころを詩的に語った名場面だ。

 

 

 正巳と明子は、貸家で借金を返し収入を増やそうとするが、

 

増やすどころか、家賃を踏み倒されて大困りになる。それで

も相手を全否定せずに、守衛の職を世話してあげるところに

山田演出の優しさが光っている。

 

  平尾昌晃の小泉久雄も鋭い名演である。

 

 

 明るい笑顔を浮かべて他者を信用させて、博奕に溺れて

 

怠け癖から抜け出せない男の狡猾さを、鮮やかに表現する。

 

 関千恵子の小泉晴子は妖艶さが印象的だ。

 

 

 高橋とよの母たみは凄い迫力だ。花札に興ずる御婆さんの

 

渋く派手な個性が光っていた。

 

 穂積隆信は、初期山田洋次作品を支えた名優の一人であ

る。

 

 第一作の本作では、始めは優しい理解者に見えて、実は

 

冷厳な兄という難役だが、笑わせながら鮮やかに個性を証

すところは凄い。

 

 金持ちに見えた来島夫妻が、逃亡犯でクリスマスに悲しみ

 

をこめて踊るシーンに悲しさが溢れる。

 

 正巳・明子夫妻は、「来島さん達が自殺するかもしれない」

と不安に思う。

 

  

 

 明子は、借金問題から、「二人が死んじゃえば、借金を帳

消しに出来ると思っているんでしょ?」と夫を厳しく問い詰め

る。

 

 正巳は全否定できない自身を深く恥じる。

 

 

 ここにも、山田洋次の鋭い人間観察の視点がある。 

 

 

 来島夫妻の逮捕の後、正巳・明子が複雑な気持ちになるシ

 

ーンも印象的だ。

 

 来島夫妻に世話になったことは、正巳・明子にとって重い事

 

柄なのである。

 

 初期山田洋次作品には、「痛み」と「悲しみ」の感覚が強く

表現されている。

 

 三田村部長を粘り強く勤めているのは、名優須賀不二男。

 

 

  

 

 松竹・東映・大映の時代劇・やくざ映画で、悪役の名演を

顕示された名優である。

 

 喫茶店で、三田村が金を貸すことの代価として、愛人関係

 

を明子に求めようとする場面に、山田演出のサスペンスの

表現がある。

 

 三田村が明子を口説こうとしたセクハラについて、明子と

 

観客は知っているが、正巳は知らないままだ。

 

 この心理描写も鋭い。

 

 

 雪の振る夜。

 

 

 夫婦がこれまでの貸家問題の問題と悩みを思い出しつつ、

 

力を合わせて、新たな困難に挑もうとする姿は力強い。

 

 正巳と明子の夫婦愛の絆が、爽やかな感動を観客の心に

与えてくれる。

 

 

 

                              文中敬称略

 

 

 

 

 

 

                                  合掌

 

 

 

 

 

 

                             南無阿弥陀仏

 

 

 

 

 

 

                                  セブン