いよいよ、クリスマス。日本では、ケーキやパーティーやプレゼントの、にぎやかな季節。


私はふだん、これといってクリスマスプレゼントはしないのだけれど、今年は、ちょうどこの時期に古希(77歳)の

お祝いをする方がいて、夫婦で贈り物をさせていただくことになった。


私が選んだのは、本。

この方が長年趣味で続けてこられた絵手紙の、「作品集」を作って贈ろうというもの。

喜寿(70歳)のお祝いの折に、ちらっと、ゆくゆくは作品を本にまとめたい……という話をされていたからだ。


予算の関係や少部数なこともあり、本格的な出版ではなくて、最近ポピュラーな”写真で作る本”「フォトブック」

のサービスを利用して、手軽に作ることにした。紙の作品をスキャナで読み込んで画像に変換し、パソコン上で

フォトブックのフリーソフトを使って、開いた時のバランスを見ながら、それぞれのページにレイアウトしていく。


やってみると、色の中でも墨の濃淡はなかなか再現が難しく、自動では目で見たとおりの色になってくれない。

一枚ずつ手作業で画像の色調を微妙に調整して、どうにかそれらしくすることができた。


ご本人からある程度、希望はうかがったものの、具体的な作品の並べ方や文章の入れ方など、ほとんどは

「おまかせ」でお願いされたので、緊張もひとしお。パソコン上のプレビュー画面の段階で、できる限りいろいろな

人に見てもらい、感想を聞いては少しずつあちこち手直しをして、じっくり時間をかけて完成させた。


幸い、一目見てたいそう気に入っていただいたようで、増刷まですることになり、作り手としては、ひと安心。

あの人に見せたらこんな感想だった、この人にも好評だった、と、嬉しそうに何度も報告を送ってきてくださる。


ひろく世の中に向けて本を出すのとはまた違って、たった一人の人を喜ばせるために本を作るというのも、

何ともいえず、特別で、いいものだ。


良い経験をさせていただいた。



心あたたまるクリスマス・シーズンをお過ごしください。

2012年が、平和で穏やかな良い年でありますように。
『365通のありがとう』  ジョン クラリク

この本の著者、アメリカ人の弁護士で現職は裁判官。
内容は、完全に行き詰まってしまったかに思われた状況から、どうやって巻き返したかという、人生の逆転劇。
そのきっかけになったのが、一年間、毎日一通は手書きのお礼状を書こう、と決意したことだった……。


彼はこれまでの人生で、お礼状を書いたことがほとんどない。周囲にも、お礼状を習慣にしている人はいない。


その事実にまず、驚かされる。


アメリカにはカードショップが多く、あれほど印刷された既製品のグリーティングカードがあふれているのに
時間をとってお礼状を書く人はどうやら、少ないらしい。


プレゼントをもらっても、誰からのものか覚えていなくて当たり前。
気に入らないものは、デパートでさっさと交換してもらおうと考える。


そう聞くと何とも味気なく、殺伐とした感じがする。


でも、考えてみれば日本のお中元やお歳暮だって、普通、メッセージを添えるようにはできていない。
いまどき、持参して手渡しする人も少ない。ただ、モノを送っておしまい、だ。味気なさでは負けていない。


自分自身はどうだろう。


この本を読みはじめたときは、「お礼状を書かない人生なんて、想像できない!」と思っていた。
人生最悪の状況に陥っているからといって、「感謝するようなことなど、何も思いつかない」と考える著者に、
正直、共感できなかった。人間どんな時でも、探せば何かしら、ありがたいと思えることくらい見つけられるはず。
たとえ今でなくても、過去を振り返ったらきっと何かある。親切にしてもらった経験とか、昔の友情とか……。


実際、著者は「一日一通のお礼状のネタ探し」という行為を通して、これまで気づかなかったさまざまな
「ありがたいこと」を発見し直し、それにつれて、満ち足りた謙虚な気持ちを持つようになっていく。
不思議なもので、彼の考え方が肯定的になると人生の流れも変わり、すべてが好転しはじめる。


やっぱりそうだよね、と思いながら読み進めていったけれど、途中から、だんだんと気になりだした。
自分が最後に「手書きのお礼状」を書いたのは、いつだったっけ?


そう考えだすと、落ち着かない気分になった。


切手代が高くつくから。お礼状は早く届いたほうがいいから。そんな理由をつけて、もう何年も、お礼はもっぱら
メール送信ですませていたような気がする。相手の顔を思い浮かべながらカードや便箋を選び、手で書くことは
気がつけば、いつの間にかほとんどしなくなっている。


この本でいう「お礼状」はThank You Note、ちょっと一筆という感じ。
あらたまった長文では決してなく、ささっとペンを走らせるイメージだ。


私自身、人生に行き詰まりを感じている。だから今こそ、お礼状を書くチャンスなのかもしれない。


久々に、住所録を引っ張り出してみよう。この時期、クリスマスカードや年賀状に書き添えてもいいかも。
とにかく、著者にならって手書きでお礼のメッセージを書くことから、はじめてみようと思う。


相方がシンガポールに長期出張中なので、目下、かれこれ一ヶ月ほど一人暮らし中。


とにかく、新しいことに慣れることが苦手な性分なので、

結婚してから十何年もかかって、ようやく、二人暮らしになんとか慣れたくらい。


そんなだから、数年前、相方が日本とシンガポールを行ったり来たりで仕事をすることになった時には、

本人含め周囲もみんな、私が一人で長期の留守番なんて「大丈夫なのか?!」と、心配したものだった。


実際、最初は精神的に調子を崩したり、ひきこもりが悪化したりと、ペースをつかむのが大変だったけれど

そもそも結婚前はずっと一人暮らしだったので、意外と早く慣れてきた。


一人でいれば、朝四時起きでもかまわない。相方を起こさないように、気を遣ってコソコソしなくていい。

食事時間が不規則でもいい。食べたいものを気が向いたときに作って食べられる。

気ままにボーッと散歩するものよし、何かに過集中して時間を忘れるのもよし。誰にも迷惑はかからない。

とにかく、何時までに何かをしなければいけない、というくくりが、ほとんど一切ない生活は、実に楽。


うーん、そうだった。一人暮らしってこんなに自由気ままだったんだっけ、と再確認。


もちろん、いいことばかりじゃない。

相方のチェックが入らないと、苦手な掃除片付けがほとんど放棄されてしまうのは、困ったところ。


自分の定位置の周辺が、だんだんと出しっぱなしのモノで埋め尽くされて、床が見えなくなっていく。

(見えないところに置いたものは、たちまち意識から消えてしまいがちなので、出しっぱなしの方が都合がいい)


歩くのに邪魔、ということ以外、本人はまったく不自由を感じていないので、まあ、いいんだけど。


あとは、話し相手がいない、ということくらいか。

でも、もともと一人っ子だし、結婚するまでずっと一人でいたせいか、そんなに切実に淋しい感じもしない。


一人暮らしも、悪くない。

普段、二人でいることの良さも見えてくる。


今回のことで、一人でも日常生活くらいできるんだ、と、十何年ぶりに再確認できたことは、何だか心強い。

誰かと一緒じゃなければ、普段の暮らしも満足にやっていけないようじゃ、ちょっと頼りなさすぎるから。


相方が帰ってくるのは明日。

溜まってる掃除と片付けを、それまでに何とか終わらせないと……。

(あああ、ちょっと面倒くさいかも)



国王夫妻が国賓として訪日され、連日マスコミに取り上げられて、知名度急上昇中のブータン。

先王の時代から、その独特の政治ポリシーや、親日的なことで有名だったし、
個人的にも長年行ってみたい国のひとつだったので、今さらなぜ急に?って気もするけれど、
日本人がこれを機会に、ブータンにもっと注目するようになるのなら、それはとても良いことだ。

先王(ブータンを王政から立憲君主制へと移行させ、その際に退位された方で、現王の父君。
近代化よりも国民の幸福を第一にする今の国政のあり方を築いた)は、とても賢明な方だと思う。

例えば、隣国インドまで行った私が、なぜブータンには行っていないのかというと、
ブータンが外国人の自由旅行を受け入れていないから。
旅行会社とツアーの契約をしないと、入国できないようになっているし
外国人観光客の数にも、制限が設けられている。(年間わずか数千人程度)

むやみに観光開発したり、国民が外国の文化と過度に接触したりすることは、
必ずしも国民の幸福にはつながらない、というふうに考えられている。

目先の収入アップにとらわれず、国の伝統を守りつつ国民が満足できる生活を目指す政策は
こんな所にもしっかりとあらわれている。

今の日本は、西欧化の道を突っ走った末に、心の豊かさや幸福を見失っている感があるので
国王夫妻来日にともなって紹介された、ブータンのゆるがないポリシーは、
一種の驚きをもって受け止められたようだ。

日本人にとっては、自分たちの文化について改めて考える、いい機会だったのかもしれない。

若き国王夫妻は「とても礼儀正しい」という印象を受けた日本人も多かったようだけれど
それはお二人のエレガントな振る舞いの中でも、西欧文化にない「合掌」という伝統的な挨拶が
日本文化での丁寧な態度と、ちょうどぴったり合致したせいも大いにあると思う。

日本では僧侶くらいしかしない、合掌する挨拶。
実のところ、南アジアや東南アジアの広い一帯では今でもごく一般的で
例えばタイでもインドでも、当たり前のように、相手に向かってさっと両手を合わせる。
(特に年長・目上の相手にはそうする)

人を拝む挨拶は、一般人同士でも実にサワヤカで、気持ちの良いものだ。
実感としては、慣れないとなかなかタイミングが難しいのだけど、ぜひ見習いたい習慣だと思う。

合掌する習慣のある国にいらした際は、あなたもぜひ、チャレンジしてみてはいかがですか?
新型ASHIMOが発表されて、テレビ各局がいっせいに取り上げている。
進化したASHIMOの機能はもちろんすごいのだけど、興味深かったのは、人間の反応のほう。

相手は機械なのに、「かわいらしい」と感じるらしいし、
ASHIMOと対面した人は、誰もが人間の「顔」にあたる部分を見ている。
ロボットには表情がないにもかかわらず。

そして、ロボットに話しかけられると、返事のかわりに誰もがうなずく。

ASHIMOは音声を認識するけれど、うなずきや表情まで認識する能力があるのかどうかは、
ニュースを見た限りではわからなかった。

実際にそんな機能があるかどうかにかかわらず、人間はヒト型ロボットを相手にすると、
どういうわけか、人間扱いせずにはいられないらしい。

何ともいえず、面白い。