今ではすっかり女子高校生の定番になった、チェックのミニのプリーツスカート姿。
学校指定の制服であってもなくても、彼女らはあのスタイルをしたいものらしい。
でも、さすがに真冬は寒すぎるんじゃないの?ということで、
女子のスラックス(ズボン)スタイルの制服について、話題になっているようだ。

ニュース番組でも取り上げられていて、実際に着て見せていたけれど、
なぜかそのスラックス姿が、どうしようもなくカッコ悪かった。
とても今時のおしゃれに敏感な高校生が、喜んで着てくれそうにない感じ。

せめて、スカートと同じようなチェックの生地で、ひざを絞ってあるならまだよかったのに、
なぜか上着と同じ無地で、筒も太めの、ずんぐりだぼんとしたシルエット。
それを短め丈の上着に合わせているので、腰回りが太く見える。
たまたまニュースで取り上げた学校の制服が、今ひとつだっただけかもしれないけれど、
これじゃ着たくないよね、という印象だった。

おしゃれなスラックススタイルを実際の高校生から公募するとか、何とか、できないものだろうか?
制服はオーダーメイドなんだし、形によってはきっと、ずっとカッコよくなるはずなんだけど。

もしくは、スラックスでなく、スカートの下に学校指定の暖かいスパッツを着るよう義務づけるとか?

真冬にナマ脚むき出しで、寒さに唇の色が変わっているような女の子は、やっぱり不健康だと思う。
まだ高校生のうちは、親や学校がある程度、服装に介入した方がいいかも(男女関係なく)。

……なんてことをつい大人目線で考えてしまう自分は、高校生からしたら、うっとうしいんだろうな。
大寒から、暦どおり本当に寒くなった。
今朝もやっぱり寒かったけれど、それでも立春。

鬼のお面を片付けて、いよいよ、おひなさまを出さなくちゃ。

実家には、小学生の頃ねだって買ってもらった、なつかしい五段びながある。
決して豪華なものじゃないけど、それでも、自分で選んだだけに愛着はひとしお。
今住んでいる家は、五段びなを広げるには手狭すぎるので、もう何年も見ていない……。

今、家にあるのは、100均で何年か前に買った中国製の豆びな。
だるまさんのような形をしていて、人形の大きさがピーナツほどの、本当に小さなものだ。

本当は、小さくても手の込んだおひなさまが欲しいとずっと思っているのだけど、
なかなか、「これぞ」というものに出会わない。

この時期、おひなさまのコマーシャルを見るにつけ、何だかとてもうらやましいような気持ちになる。
親王飾りでいいから、欲しいなあ……。

大人になっても、自分のおひなさまを飾っている人って、どのくらいいるのかな?






17年目の「あの日」はもう過ぎたのに、なぜ今頃、阪神淡路大震災の話題なのかというと、

今年は、去年の東日本大震災のこともあって、ことさらに複雑な思いがいろいろと浮かんできたため

何を書くか決めるのに、数日かかってしまったから。


とか言いながら、毎年同じようなことを書いている気もするけれど、直接「あの日」を経験した世代としては、

覚えていることを伝えていくのも、また大切ではないかと思うので……。


1995年1月17日。


よくあることだけど、早朝にふと目が覚めて、そのあとじきに揺れがきた。

でも、関東では地震はけっこうよくあることだし、そんなに激しい揺れではなかったので、

ああ、地震だなあと思っただけだった。


目がさめてしまったのでそのまま起きだして、朝食の準備などしていたのだけど、TVのニュースで

初めて、神戸で大地震があったことを知った。


最初は映像がはいらなかったので、どの程度の被害が出ているのか、よくわからなかった。

相方の神戸の実家に電話をかけたら、最初の一瞬だけ電話が通じた。ものすごく動転していた。

(のちに、実家は半壊認定をうけた)


しばらくしてやっとTVに映像が入った。


阪神高速道路の高架が落ちているのをこの目で見た。


その瞬間、わかった。これは間違いなく、広範囲にものすごい被害が出ている。


相方に「すぐ実家に帰って!」と言って、家にあるありったけの食料、軍手、カメラなどを持たせて送り出した。

(とはいえ、新婚旅行から帰ってまだ2,3日目だったから、保存のきく食べ物はあまりなかった)

その時とっさに作ったバターたっぷりのトーストが、相方のために作った初めての弁当になった。


その日は、新幹線も止まっていたし、阪神間の交通は寸断されていた。相方は途中の親戚の家で借りた

ミニバイクでガレキの中を延々と走り、翌日になってやっと、何とか実家にたどりついたという。


私はその日、情報を求めてTVを見続けていた。燃えさかる神戸の映像ばかりが延々と流れていたように思う。

教育テレビではいつまでも尋ね人情報が流れていて、まるで戦争のあとみたいだった。


ある意味、震災って戦争のようなものだ。


神戸の街は、第二次世界大戦の空襲で焼け野原になったのだけれど、震災の翌朝の神戸は、

再びその頃の写真にそっくりになっていた。


震災発生直後のことで記憶に残っているのは、このくらい。

その後数日の詳細は、記憶からみごとに消去されている。


覚えているのは、前年まで勤務していた元職場が倒壊・全焼したニュースなど、ほんのわずかなことだけ。

抜け落ちた記憶は、おそらく戻ってはこないだろうと言われている。


それだけショックが強かったということなのだろうけど、いつか、ふっと思い出せたりしないだろうか?

確かに辛い記憶には違いないけれど、できる限り、しっかり覚えていたいことだから。



料理は、特に好きじゃない。


間違っても凝ったことはしない。

一度に台所に立つ時間は、せいぜい15分から20分くらいが限度。


そんな私だけれど、インスタント食品や出来合いの調味料は、なるべく使いたくないと思っているものだから

「即席○○」や、「○○の素」、「○○用のタレ」といった類のものは極力、買わないようにしている。


決して、おいしくないからじゃない。最近の既製品は、ずいぶん進化していると思う。

ただ、消費者がハマってリピート買いしたくなるように作られている味というのは、それなりに風味がきつめだし、

野菜炒め用とか焼肉用とかサラダ用とか、目的に合わせていちいち買っていたら、冷蔵庫の邪魔になるだけ。


独身時代からずっと、そう思ってやってきた。

なのに。それなのに。


相方のリクエストで、「豚のしょうが焼き」を作ったところが、何度やっても、どうしてもこれぞという味にならない。


基本的に、私は食べたことのあるものなら何とかごまかして、それっぽい味に再現できるのだけど、牛丼とか

豚のしょうが焼きとか、いかにも男子なメニューは食べたことがなかったので、(だいたい女性一人で外食する

時って、牛丼屋や大衆食堂みたいなところにはあまり行かない、よね?)再現しようにも、そもそもどういう味を

目指せばいいのか、手がかりがぜんぜんない。


レシピを検索してみても、それらしきレシピはリンゴをすりおろして加えるとか、手間ひまのかかるものばかり。


あああ、面倒。私にはとてもやれそうにない。


というわけでついに最近、妥協して市販の「しょうが焼きのタレ」でなるべく添加物の少なそうなのを、試しに購入。


そしたら!!


あれほどいろいろ試行錯誤してもダメだったったものが、市販のタレ(それも、混ぜて焼くだけのもの)で作ったら

相方、腹が立つほど「おいしい~」を連発するではないか。


以来、しょうが焼きに関しては、あっさり市販のタレのお世話になっている。


おかげで、毎回作るたびにもれなく「おいしい、おいしい」と喜んで食べてくれるようになったのは、ありがたいの

だけど……。


パクパク食べながら、「妻の作るしょうが焼きって、最高だよね」って言われるのは、正直くやしい。


まさに激動だった2011年が過ぎて、新しい年がはじまった。


たまたま、景品でもらった2012年スケジュール手帳に「今年の目標」をいくつか書く欄があったので、

ものすごく久しぶりに、今年の目標など書いてみることに。


ところが、改めて考えてみると案外、これというものが思い浮かばない。

お休み中の相方まで動員して、ようやく空欄を埋めることができた。


お恥ずかしいので全部はあげないけれど、夫婦仲良く暮らすことにはじまり、年に数冊は英語の本を

読むこと、最近さぼりがちな運動を続けること、などなど。


相方があげてくれた中でユニークだったのは、「季節ごとに一緒に写真を撮ること」。

私は写真を撮られるのがあまり好きではなく、もっぱら撮る側なので、二人一緒の写真は確かに少ない。

(子どももいないことだし、ふだんの生活の中で家族写真を写すきっかけがない)

でも、彼がもっと写真を撮りたいと思っていたなんてことは、初めて聞いた。ちょっとびっくりした。


もちろん、昨年読んだ本にならって、「365通のありがとうの手紙を書くこと」も、今年の目標に入っている。

ただし、これは長丁場になりそうなので、期間を一年に限らないで根気よく続けていくつもり。


ちなみに年末年始、クリスマスカードなどにそえて送らせていただいた「ありがとう」の数は、8件。

先は相当、長そうだ……。



2012年が、平和でおだやかな年になりますように。



エイリアン@地球的異文化マサツな日々-2012年、今年のおせち